すぐ会える距離だからこそ「またいつか、そのうちに」って距離ができてた

 過去の恥ずかしい思い出までほじくり返されたあと、口を開いたのは柳澤だった。


「ところで、今さらかもしれないけど、“ビミョーな距離感”っていうのはどういう状態なの?」


 疑問を差し込んだ柳澤の視線は、なぜか常盤のほうを向いている。当事者は小宮のはずなのに。


「どうなの?」


 常盤は小宮に中継パスする。


「いいよ、ときちゃん。柳澤さんに説明して」

「おいらが?」

「うん。“おいら”が」


 小宮にパスしたはずのボールが再び常盤に預けられる。

 柳澤の視線が常盤に向けられていたのは、すでに小宮には尋ねていたからか。

 それにしても、「説明して」と頼まれるほど常盤も詳しいわけではない。ということは要するに、小宮はこの件について深掘りされたくないし、自分の口でもあまり説明したくないってことだ。

 仕方ないといったふうに、常盤は肩で一息いれる。


「“りぃちゃん”がああ言ってるので、おいらから説明させてもらいますが……」

 途端に小宮がばっと立ち上がる。そして何かを言い淀み、結局なにも言わずにそのまま座った。唇をギュッと真一文字まいちもんじに結んでいる。


「“りぃちゃん”というのは?」

「小宮のあだ名です。家ではそう呼ばれてるらしいんですけど、外で呼ばれるのは恥ずかしいみたいです」

「ちゃん付けはされてないし」

「否定するとこ、そこ?」

「ときちゃん、ちょっとこっちに顔を近づけて」

「え、なに」


 近づけるまでもなく、小宮のほうからぐっと迫ってきた。次の瞬間にはパチンとデコピンが炸裂していた。


ったぁ~」

「ときちゃんがヘンな呼び方するからだし」

「さきに人の恥ずかしい過去を暴露してきたのは小宮じゃんっ」


「やっぱり仲いいよね」とのんきな感想を漏らしたのは柳澤。小宮も本気で怒ってるわけじゃないし、ツンとした怒り方はむしろ可愛気さえある。

 常盤はおでこをさすりながら、ビミョーな距離感の話に戻す。


「高校のときの近藤のクラスメートに、静原さんって子がいるらしいんですけど、たしか近藤とは3年間同じクラスで、進学したのも近藤と同じ室町大学……だったよね?」


 常盤が確認を求めると、小宮は「うん」とうなずく。

 室町大学は関西難関私大のひとつ。京徳大学とは同じ市内にあり、おかげでお互いの住んでる場所の物理的距離は、地元にいたころよりも近い。


「その静原さんって人が近藤とデートをしたそうです」

「デート?」

「高3のお正月、……ってことは今年のお正月ってことですが、近藤と二人でデートに行ったとかなんとか」

「それで?」


 常盤はちらっと小宮の様子をうかがう。だが発言する気配はなさそうだ。


「それ以上詳しいことはおいらも知りません。小宮と近藤は二次試験おわりに出かけたりもしたみたいですけどね。ただ、卒業してからは顔を合わせていないみたいです。ラインでのやりとりはしてるみたいですが」

「ええっと要するに……、近藤くんが静原さんに浮気して、あとになってデートしてたことが発覚したってこと?」

「小宮自身はデートしたことを怒ったり恨んだりしてるわけじゃないって言ってますけどね」

「けど、その後近藤くんと静原さんは同じ大学に進学して、かたや小宮さんと近藤くんの関係はギクシャクしてると」

「だいたいそんなところだと思います」


 常盤の知ってる情報はこれくらいのものだ。小宮はバイトで忙しくしてたから、なかなか深く話す時間もとれなくて。近藤のことをあれこれ訊けたのは試験明けだったくらいだし。

 もしかしたら小宮のほうも、わざと忙しくしてたのかもしれない。そうすれば余計なことを考えなくて済むから。

 もともとの友達以上恋人未満という関係だって、あいまいな距離感には違いない。でも小宮はその関係を受けいれて、たぶん気に入ってもいたのだろう。それが今は、小宮が「ビミョーな距離感」と呼ぶ状態にある。


「別に関係性が壊れたってわけじゃないですよ? ただ何というか、接し方がうまく分かんなくなっちゃって。ちょっと時間を置いたら考えもすっきりするかなって思ってるうちに、いつの間にかけっこう時間が経っちゃったんですよね」


 最後にそう述べたのは小宮だった。

 別々の大学に進学したけれど、遠距離になったわけじゃない。いつでも会える距離だった。けれど、いつでも会える距離だからこそ、後回しにしてしまったのかもしれない。気づくと、会わないままの時間が増えていた。

 窓の外を眺める小宮の目は、切なげな色合いをたたえているようにも見えた。




すぐ会える距離だからこそ「またいつか、そのうちに」って距離ができてた

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