先輩の悟ったようなその笑みが隠しているのは何色ですか?

 数日後。

 柳澤から連絡を受けて、常盤は京徳大学近くのカフェに来ていた。しくもこの前近藤と入ったのと同じ店だった。

 実をいえば、先日小宮と話しているときは、柳澤のことがすっかり頭から抜け落ちていた。けれどよく考えてみれば、柳澤は“ハンバーグサンド”候補として名前が上がっておかしくない。むしろ状況的には柳澤をプッシュしたと言えなくもない。

 柳澤から〈話がしたい〉と連絡が来て、遅まきながらそのことに気づいた常盤だった。


「パフェでなくてごめんね」


 運ばれてきたスコーンセットを前にして柳澤が言う。このお店ではパフェのメニューがないので、こちらを注文したのだ。

 

「いえいえ、そんなこと気にしないでくださいよ。そもそもパフェの約束は、告白が成就したらって話だったじゃないですか」

「ああ、そうだったね」

「それとも、こうしておいらを呼び出したのは、あれから進展があったってことですか?」

「進展……したわけではないけど、常盤さんに訊いておきたいことがあってね」


 柳澤はコーヒーを一口すする。


「疑うのは申し訳ないとは思いつつ、半信半疑なところがあるから訊くんだけど……」

「妙にまだるっこしい前置きをしますね」

「単刀直入に訊くなら、近藤くんが小宮さんに片恋慕しているというのは本当なのか、を知りたい」


 一瞬、「カタレンボ」を「片恋慕」に漢字変換するのに時間がかかった。

 以前図書館で話したときには近藤が小宮に片想いしているかのような説明をした。柳澤はそれが事実なのかを尋ねているのだ。


「小宮に本当のことを聞いたんですか?」


 言ってから、そうではないことに常盤は気づく。もし小宮から本当のことを聞いているなら、こうして常盤に質問する必要がない。


「……ということは、やっぱりそうなんだ」

「はい。……騙すようなマネしてすみません」


 常盤はぺこりと頭を下げる。

 小宮に頼まれて、話を合わせたことを素直に認めた。

 しかし嘘を見抜かれたのに、常盤は不思議と意外感を抱かなかった。柳澤だったらいずれ見抜くだろうと、そんな気がしていたのかもしれない。


「謝罪しなくていいよ。騙されたという感覚もそんなにないんだよね。はじめから何となくそんな気がしてたから」

「はじめから?」

「小宮さん、ムキになったような言い方をしてたからね」

「あー……なるほど」


 そうだった。小宮が最初にその嘘をついたのは五山送り火の日の夜だ。常盤はその場に居合わせていなかったから、どんな言い方だったのかは知らない。しかしどうやら、小宮が見栄を張ったことに、柳澤は勘づいていたようだ。


「そのあとコモンズに集まって三人で話したときも、常盤さん、やけに小宮さんのほうを気にしてる風だったよ」

「そうでしたかね」

「近藤くんが自分に惚れてるって小宮さんが言ったときも、常盤さんは目をみはってた」


 そこまでは無意識というか、無自覚だった。でもたしかに、あのときは小宮のほうを気にかけてはいた。話題が話題だし、あのときは小宮の嘘に話を合わせなければならなかったから。


「やっぱり、嘘をつくのって難しいですね。小宮はそういうのも上手そうですけど、おいらはちょっとニガテです」

「いやいや。僕も違和感があったとはいえ、その場では気づかなかったよ。小説投稿サイトを覗いてみるまではね」


 そう口にすると柳澤は、タブレット端末を取り出して、ウェブ小説のページを開いてみせる。


「投稿サイトを利用して部誌を作ったって話をしてくれたたでしょ? もしかしてそのときの作品を読めるかもしれないと思って探したんだ」

「……よく見つけられましたね」


 たしかに、小説投稿サイトを利用して部誌のページをつくったことは前に話していた。とはいえ、どこのサイトにどんな名前ペンネームで載せたかという細かいことまでは話していなかった。


「青葉中学ってことは分かってたし、部活動として部誌をまとめたこと、中3のころなら4年前だってことも分かるから、絞り込めなくはなかったよ。小宮さんのあだ名も手掛かりになった」


 常盤は声低く笑う。


「面白いですよね。自分でペンネームにしてるくせに、“りぃ”って呼ぶと照れるんですから」

「なんにせよ、そういったいくつかの手がかりのおかげで、十中八九これだろうなっていう部誌のページまでたどり着けた」


 投稿サイトには“自主企画”という機能があって、ユーザーが自分で企画を立て、それに合わせた作品を募集することができた。その機能を利用して、部員の作品を企画ページに並べ、ウェブ版の簡易な部誌をつくったのだった。

 そして自主企画のページに辿り着けたのなら、それぞれの作品やアカウントを辿ることができる。

 柳澤はタブレットの画面に“りぃ”のアカウントページを表示して、常盤にも見えるようにした。作品やレビューの一覧にまとまっている。

 タブレットの画面に目を落としたまま、柳澤は読み上げた。


「まただ。また私の好きになった人には、別の好きな人がいた。いつもこうだった。そして……」

「ちょ、ちょっと!」

「ん……?」

「いや、こんなところで急に読み上げないでくださいよ。そういうの、結構恥ずかしいんですよ?」


 柳澤が読んだのは“りぃ”の名義で書かれた『難病の恋』の冒頭場面の叙述だった。

 もともとは三人で書いたリレー小説で、序盤を常盤が、中盤を小宮が、終盤を近藤が書いた。意中の相手にはすでに別の想い人がいて、主人公の女子はそんな相手の気を引くために自分の余命がわずかだと嘘を吐き、その嘘は実は相手にバレてたんだけど、想いの強さは伝わって振り向いてくれる……というのがあらすじ。

 ハチャメチャな展開になったリレー小説だったが、小宮はそれを気に入ったようで、自分で大幅に手を入れて作品として整えた。

 常盤も近藤もそれを了承して、“りぃ”名義の作品として発表したのだった。


「えーっと、この『難病の恋』は一例に過ぎないけど、一通り作品に目を通してみると、小宮さんの作品には恋愛小説が多くて、その多くが女子が男子に恋をするパターンになっている」


 部活動中の限られた時間で執筆したものだから、作品は短篇小説が多かった。柳澤が分析したとおり、小宮の作品はそのほとんどが女子視点の恋愛ものになっている。

 “りぃ”のアカウントで投稿されている作品には、中学時代の作品のほかに、おそらく高校の文芸部で書いたとおぼしきものも含まれていた。柳澤は高校時代も含めてチェックしたようだ。


「もっと顕著に特徴が表れているのは、レビューの状況のほうだね。とある人の作品に必ず応援コメントを書いている」


 投稿サイトには、他のユーザー作品のレビューを書いたり、応援したりする仕組みがある。“りぃ”はどちらかといえば自作の投稿よりも、レビューやコメントを多く書いていた。

 そして“りぃ”が欠かさずレビューを寄せているのが“些末なうどん粉”というペンネームのアカウントだった。


「小宮さんはこの人の作品を熱心にレビューしている。レビューの内容を見ても……色眼鏡をかけた感じというのかな。かなり贔屓目なコメントになってるんだよね」


 柳澤からタブレットを借りて見させてもらう。たしかに柳澤の言うとおりのレビューだった。ほかの作品のレビューと比べると、温度差を感じる。


「わかりやすいですね」

「たぶん、本人も好意を隠してるつもりはないんだろうね」


 それはそのとおりかもしれない。中3のときに告白をしているのだから、相手に対して片想いの気持ちを隠す必要もない。


「そこまで分析できてるってことは、このアカウントが近藤だってことも分かってるんですよね?」

「理由としては2つ。1つは今言った活動履歴からの判断だけど、もう1つはペンネームからの推測。これ、本名を由来にしてるんだよね? “些末さまつなうどん”を反対から読めば“近藤夏雅こんどうなつまさ”になる」


 あっさりと見抜いていることに、常盤は乾いた笑いさえ漏らしてしまう。

 いつだったか、近藤にペンネームの由来を尋ねたことがある。近藤は「名前じゃなくて中身で作品を読んでほしいから、あえてペンネームはテキトーにしている」と、そんなふうに説明したのだった。

 だから常盤が逆さ言葉に気づいたのは、それからしばらく経ってからだった。


「以前、小宮さんが“うどん粉”好きだって教えてくれたことがあったよね。“うどん粉”が好きっていうのは、近藤くんのことが好きってことだったわけだ」

「嘘はついてないですよ。小宮に“うどん粉って好き?”って訊いたら、“大好き”って二つ返事で返されたのは本当です」


 それが文字どおりのうどんのことなのか、“些末なうどん粉”のことなのかはあえて尋ねはしなかったけれど。


「……にしても、ネットって便利ですね。当時の部誌もこんなにぱっと読めちゃうなんて」

「おかげで僕も、こうして作品を読めたわけだしね」


 そう言って柳澤は微笑を浮かべる。だが、言葉とは裏腹に、その声はどこか物憂げだった。




先輩の悟ったようなその笑みが隠しているのは何色ですか?

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