まっとうであるよりずっとむつかしい 思いの丈にまっすぐなこと
常盤はしばらく柳澤からタブレット端末を借りて、サイトを眺めていた。柳澤はとくに口を挟むこともなく、スコーンセットを食している。
柳澤の言ったとおり、小宮は近藤の作品にマメにレビューをつけている。こうして改めて読むと、文字化された小宮の心情をなぞっていくような感じもして、なんだか微笑ましい。
「いくつか質問してもいいかな?」
常盤がタブレット端末を返すと、柳澤はそう尋ねてきた。
「高校受験のとき、近藤くんが志望校を変更して一緒の高校に進学しようとしたのは本当なの?」
「ああ、はい。それは本当ですよ。あのとき嘘をついたのは“近藤が小宮に惚れている”っていう一点だけだったはずです。近藤が受験する学校を変えたのも、その件でおいらとケンカしたってのも、本当のことですね」
近藤が小宮を好きだという嘘をついたため、柳澤は図書館で話したことがどこまで事実でどこから嘘なのか気になったのだろう。
けれど、残りの話はぜんぶ事実関係としては正しい。違うところがあるとしたら、キモチの部分を話さなかったところか。
「小宮が近藤に告白したあとでしたかね、近藤が志望校を変えるって言い出したのは。きっかけはたぶん、小宮が言った軽い冗談だったんですけどね」
あれは小宮が近藤に告ってから、少し経ったあとの出来事だ。
何のタイミングだったかは忘れたけれど、常盤は小宮と二人になる機会があった。小宮の髪形がツインのハーフアップだったことはなぜか憶えている。もしかすると、告白のときと同じ髪形だったからかもしれない。
最初はとりとめのない雑談だった。だが受験生ということもあって、会話が自然と進路の話になったのだと思う。志望校の話をしていたら、ふと小宮が「志望校変えようかな」と漏らしたのだった。「好きな人と一緒の高校に行きたい」という素朴な思いだった。
まさかと思って訊き返そうとしたら、小宮は「冗談だよ」と笑って発言を取り消した。
もし小宮が近藤と同じ高校を目指すなら、最も手っ取り早い方法は、志望校のランクを大きく下げることだ。学力も内申点も、小宮のほうがずっと上だったから。
でも、たかだか片想いを理由にそんなことをするのは、やっぱりバカげている。小宮ならもっとレベルの高い高校に行けるし、周りもそう思っていた。小宮自身も、本気で志望校を変えようと思っていたわけではなかったはずだ。
ただ一方で、「好きな人と一緒の高校に行きたい」という気持ちも嘘ではなかったように思う。だから冗談めかしていたとはいえ、そんな発言をした。
その発言が近藤の耳にも入ってしまった。
「小宮が受験する予定だったのは、県内トップの公立高校でした。その同じ高校を近藤も受けると言い出したんですよ。表向きは小宮が理由だとは言ってなかったですけど、でも状況的に判断すれば、小宮の気持ちを汲みとったようなものですよね」
近藤の両親は放任主義的なところがあり、担任の先生も(少なくとも表向きは)本人の自主性を重んじるという態度。高校入試の制度的な説明をして、併願校の選び方にも影響するだとか、いろいろリスクを説きはしたが、それ以上に口を挟むことはなかった。
そんなんだったから、いちばん色をなして噴火したのが常盤だった。どうして好きでもない人のために志望校を変更するのか。なぜ近藤がそこまでのリスクを背負う必要があるのか。無謀なチャレンジを勇断とは呼ばない。
常盤は口を酸っぱくしてまくし立てた。
「近藤はほとんど反論してこなかったんで、ケンカっていうより、おいらが一方的にキレただけみたいになりましたけどね」
「それからしばらく口を合わせなかったんだっけ?」
「はい。結局近藤は小宮と同じ高校を受けました。合格発表の後でしたね、ちゃんと話せるようになったのは」
結果論でいえば、近藤の選択が正しかったということになるのだろうか。
――常盤があそこまで激情するのは予想外だったよ
――けど、おかげで発奮材料にできたんだよな。それだけ本気で臨まなければと心したし、そこまで言うなら見返してやろうとも考えた
終わった段になって、近藤はそんなことを告げてきた。怒りを発しただけの常盤に感謝さえしてきた。
そのころになると常盤は、近藤の頑張りを認めていた。口を聞く機会を逃していただけで、入試が終わったらもともと謝るつもりではいた。けれど近藤は、しっかり結果まで手にしていたのだった。
「あらためて確認するけど、近藤くんは小宮さんを恋慕しているわけじゃないんだよね? 二人は交際してはいないんだよね?」
「そうですよ、
友情と恋情とは違うものらしい。近藤の頑張りはあくまで友人としての感情で、恋愛としての感情ではないそうだ。
だから“友達以上恋人未満”のような表現は使わないほうがいいのかもしれない。近藤は小宮に対して恋愛感情は抱いてはいないが、友人としては大切に思っている。それも、フツーの人が考える“友人”以上の大切さで。
それを理解してもらえないと、近藤と小宮の関係値は伝わらない。
もしかしたら恋愛感情を感じないからこそ、友人としての感情を大事にしたかったのかもしれない。ふと常盤はそんなことを思う。たとえ恋い慕う気持ちは伴っていなかったとしても、小宮のことを特別な存在としては感じているんじゃないだろうか。
「常盤さんはどう思ってるの?」
「近藤が本当に恋愛感情を持っていないのかどうかですか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「……?」
「二人がうまく行ってほしいって思ってる?」
「それは……」
もちろん、うまく行ってほしいと願ってる。けどそれは、恋人としてくっついてほしいということなんだろうか。
小宮はそれを望んでいる。しかし近藤は恋をできない。
「僕を応援するかわりに、恋が成就したらパフェをおごってほしいとも言ってたよね?」
「そう……ですね」
「小宮さんと近藤くんがうまく行くことを願いつつ、僕の恋も応援するつもりだったの?」
「矛盾してますかね?」
「パフェが食べたかっただけ……と解釈しとくよ」
「ハハ。いいですね、それ」
だってパフェは好物だから。
ミルクティーとレモンティーとを同時に飲みたくなるときだってある。
近藤も、小宮も、あるいは柳澤も、みんながハッピーであってほしいと考えているのも、常盤の本心なのだ。
「最後にもうひとつだけ質問してもいいかな?」
柳澤が思い出したように口を開く。
「なんですか?」
「常盤さんが使っていたペンネームについても知りたい」
どうやら近藤や小宮のペンネームと違って、常盤のアカウントは特定できなかったらしい。
「中学時代の作品なんで、あんまり読まれたくはないんだけどなぁ」
部誌の寄稿者は十名程度だし、ある程度アタリはついているだろうが、自分からペンネームを明かすのは、ほのかな抵抗感がある。
「どうしても知りたいなら、小宮にでも訊いてください」
そう言うと柳澤は苦笑いをする。
「小宮さん、素直に教えてくれるかな」
「多少からかわれるくらいの覚悟をしとけば大丈夫ですよ」
「その点、常盤さんなら正直に話してくれそうだと思ったんだけどな」
今度は常盤が苦笑いをする。
「おいらのほうがバカ正直だからですか」
「バカになんかしてないよ。常盤さんのいいところだと思う」
柳澤は常盤の正直さを「いいところ」だと述べてくれた。けどたぶん、常盤は正直であろうしているだけで、けっして素直なタイプではない。素直でない女なのだ。
常盤はコーヒーカップを両手で包むようにして持つ。表面が小さくたゆたっていた。
まっとうであるよりずっとむつかしい 思いの丈にまっすぐなこと
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