デートって言った直後の頭から湯気がのぼっていませんように
古書巡りを続けながら、お互いの知らない高校時代のことなどを喋ったりした。
中学のころは毎日のように顔を合わせていたけれど、高校生になってからは直接会うこともなくなっていた。常盤はこの春大学に進学するまでケータイを持っておらず、気軽には連絡をとれなかった。ケータイを持とうとしなかったのは小学校での一件を引きずってたからだけど、それだけじゃなく、つながりすぎたくないと思っていたからでもある。
文芸部だった三人は、小宮と近藤が同じ高校に進学したが、常盤は別の高校に行った。そして小宮と近藤はいわゆる友達以上恋人未満の関係だった。
常盤は二人の仲に割って入る気は無くて、その意識が余計に連絡を取ることを控えさせていた。
「……それで、小宮とはどうなの?」
「どうって?」
「さっき、小宮への気持ちは変わってないって言ってたけど……」
「ああ」
「ずっと“恋人未満”の関係ってこと? 高校3年間ずっと?」
「……なあ、その手の質問は小宮に尋ねたほうがいいんじゃねーか?」
「小宮にも聞いたよ。でも、いちおう本人からも聞いといたほうがいいと思って」
小宮の話題を出しても、近藤の表情は変わらない。でも、変わらないように押し殺しているようにも見える。
「高1の3学期のとき。いちばん険悪になったことのはそのときだったな」
近藤がぼそりと絞り出すように言う。そういえば、小宮から泣きつかれたことがあった気がする。
「険悪って? ケンカでもしたの?」
「部誌の原稿絡みでちょっとトラブルがあってな」
「高校でもトラブルがあったんだ?」
常盤たちが中3のころも部誌の製本作業のときにトラブったことがあった。
「まあ、ケンカらしいケンカをしたわけじゃないんだけどな。しばらく距離ができて。そのあといつのまにか元の仲に戻ってたんだけどな」
「そっか」
「それからは小宮とギクシャクすることも特になかったんだけどな……」
「けど……、今は“ビミョーな距離感”になってる……」
「小宮から聞いたのか?」
「まあ、ちょっとだけね」
「疎遠になってるというよりは、接し方に迷ってる感じ……かな。連絡もまったく取ってないわけじゃないし」
回りくどく「連絡もまったく取ってないわけじゃない」と二重否定の言い回しをするところに、“ビミョーな距離感”ってのが表れている。
「静原さんって人とデートしたんでしょ?」
「なんだ、聞いてたのか」
「ざっくりしか聞いてないよ。……何があったの?」
「まあ、いろいろと、な」
そうやって近藤はあいまいにぼかす。小宮と同じように。
――デートしたことを怒ってるわけじゃないんだよ?
静原という人のことは小宮から聞いていた。高校でクラスメートだった女子で、近藤と一度デートしたらしい。
だが、小宮はそれ以上詳しくは語らなかった。デートしたことを怒っているわけじゃないとは口にしていたが、それが本心なのか、取り繕っているのかもわからない。
「静原さんとはどういう関係なの?」
「元クラスメート」
「それだけ?」
「俺と同じく室町大学に進学した」
近藤と小宮は一緒に京徳大学を受験したが、近藤だけ落ちてしまった。それで近藤は受かっていた室町大学に入ることになったのだが、静原も同じ大学だったということだった。
「ほかには?」
「大学でたまに見かけて、ちょっと喋ったりはするよ」
「仲いいの?」
「いいんじゃないか?」
「いいんだ?」
「少なくとも、向こうから好意を持たれてはいる」
好意を持たれてはいる。近藤ははっきりとそう述べた。持たれているかもしれないとかではなく、はっきりと断言した。
静原は近藤のことが好きで、近藤はそれを自覚しているのだ。
「それ、告白されたってことだよね?」
静原から告白でもされなければ、近藤が「好意を持たれている」と言い切ることはたぶんないだろう。
「あ、いや、えっと……」
「そこでしどろもどろになるのかよ」
「ってか、さっきからなんか尋問っぽくなってねーか?」
「え、ごめん。ズケズケ聞きすぎたかな」
「いや、まあ、別にいいけど」
とはいえ、あまり踏み込み過ぎるのもやはり良くないかとも思う。
それに、いつのまにか古本市も終わりの時間が近づいていた。人通りもいくぶん落ち着き、ワゴンにビニールシートをかけて早々と店じまいの準備をしているせっかちな店もある。
会場スピーカーからは、アナウンスの声が響きわたる。
「本日は午後5時までです。ほとんどの商品は倉入れしますので、あとから問い合わせをされても、ご希望に沿えない場合が多くございます。買い逃しのないよう、お願いいたします」
アナウンスを聞いた近藤が「そっか。もうそろそろそんな時間か」と漏らす。それは独り言のようにも、常盤に話しかけているようにも聞こえた。
古本まつりはあくまで一時のお祭り。古本まつりが終われば、ふだんの開けた神社の参道に戻る。それが青空市というものだ。けど、そのことが妙にせつなく感じてしまう。
ふと、つぎに近藤に会えるのはいつになるだろう、と考えていた。
無意識に握りしめていたウエストポーチのベルトが、さっき買った文庫本の重さを伝えてくる。
「あのさ……、今度、いつ会える?」
言ってしまったあとで、常盤は自分でも驚く。こんなに素直に言葉が出るとは思ってなかった。
近藤がじっと見返してくる。
「もし、おいらがデートしたいって言ったら、応じてくれたりする?」
聞く予定のなかった質問まで重ねてしまう。
近藤の視線に耐えられなくなって、常盤は目をそらす。
世界から自分だけ切り取られてしまったかのように、時間はゆっくり流れ、空間は熱くなっている。心音が大きく鳴り響く。
「あ、えっと、デートって別にそういう意味じゃなくてさ……」
沈黙に押しつぶされそうになって、逃れるように常盤は言い訳を付け足そうとする。
しかし当の近藤は穏やかな態度のままで、常盤の言い訳も聞かず「いいよ」と口にする。
「え、いいの?」
「なんで誘った側が動揺してんだよ」
「いや、だって……」
「どっか行きたいところあるの?」
近藤はそういう男だ。人からの頼みを、何でもないことのように引き受けたりする。そういうやつなのだ。
デートって言った直後の頭から湯気がのぼっていませんように
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