第二帖 カフェ
久方の光ばかりに目を奪られ影があるのに気づかなかった
常盤が小宮から“ビミョーな距離感”のことを聞いたのは、期末試験が終了し、大学が夏休みに入ったときだった。テストが終わった息抜きに、ご飯でも食べに行こうと小宮に誘われたのだった。
「試験っていえばさ、じつは入試のとき、小宮と近藤が一緒にいるところ見かけてたんだよね」
何気ない話題のように、常盤は話を切り出した。
「入試のとき?」
「2月26日。2日目の試験が終わったあと」
国公立大学の入試は、前期日程が2月25日、26日に行われる。受験した学部が違うため、試験を受けた教室は違ったけれど、2日目の終了時に常盤は二人が一緒にいるところを目撃していた。
「え〜、だったら声かけてくれたらよかったのに~」
「おジャマかなと思って、遠慮したんだよ」
「気を遣ってくれたんだ?」
「いい雰囲気そうだったからね」
たんに入試の緊張感から解放されたということ以上に、楽しそうな顔をしていたと思う。
「入試終わったあと、
「え、泊まりがけの旅行ってこと? 二人で?」
「うん。ま、親には友達と行くってごまかしたけどね」
恋人未満の関係だから「友達」もウソではないよね、と小宮は笑って付け加えた。
「進展したの?」
短い質問ではあったが、常盤のその質問は、これまでより一歩踏み込んだものだった。
4月に京徳大学で小宮と再会してから、近藤に関しての話題はほとんど避けていた。常盤がそのことに触れないでいたのは、ひとえに小宮が近藤の名前を出そうとしなかったからだ。
小宮は近藤の話を避けている。なんとなく常盤はそう感じていた。
5月のゴールデンウィークのころになると、小宮はバイトのシフトを詰め込むように増やしていた。そんなこともあって、週1回の授業で一緒になったとき以外は、ゆっくり時間をとって話すこともできないでいた。
「すっごく楽しかったよ」
「そいつはなにより……じゃなくて、旅行の感想じゃなくて、近藤との仲は進展したのかって聞いたんだけど?」
「ま、大学は別々になっちゃったからね」
二人は志望校を合わせて高校に進学し、大学も二人で揃って受験した。高校受験のときは、近藤がもともとの志望校を変更して、小宮と同じ高校に行くことにしたほどだ。
「触れてほしくないってことなら、これ以上は訊かないよ」
小宮は常盤の質問をはぐらかしながら答えた。はぐらかすということは、はっきりと答えたくはないということなんだろう。
常盤が聞き出すのをやめると、逆に小宮は口をすぼめて語り出す。
「うまく行ってないわけじゃないよ。ただ、最近ちょっと、ビミョーな距離感になってるってだけで」
「ビミョーな距離感?」
「ちょっとお互い距離の図り方に迷ってるというか……」
奥歯にものが挟まったよう、という慣用句がそのまま当てはまるような言い方だ。
セピアトーンの声色で小宮は言う。
「近藤がね、お正月にデートしたんだよ。静原さんって人と」
「えっっ? デート? 近藤が???」
「そんなに驚く?」
「誰なの? その静原さんっていうのは」
「クラスメートだよ。写真部で、近藤とは3年間同じクラスだったみたい。どっちかっていうと、ちょっとミステリアス系の人かな」
「近藤がその子とデート? なんで?」
「近藤がだれかとデートするのがそんなに意外なんだ?」
「あ、いや……別にモテないやつだとは思わないけどさ。けど、近藤は……」
常盤はそこで言葉につまる。「近藤は……」の続きを言うのにためらってしまう。
しかし小宮はさらっと言葉を続ける。
「わたしと近藤は付き合ってるわけじゃないからね」
「……」
「だから別に、わたしは近藤がデートしたことを怒ってるわけじゃないんだよ。静原さんのことも恨んだりはしてないし」
「ほんとに?」
「恋人未満友達以上の関係でいようっていうのは、お互い話し合って決めたことだから。逆に言うとわたしは、近藤のカノジョでもなんでもないから、あれこれ言う資格なんてないってこと。近藤がほかの誰とデートしようと、ね」
小宮は吹っ切れたような話し方をしたが、そこにはどこかヤキモキした感情も漂っているようにも感じた。
受験終わりの観光旅行は、この一件の埋め合わせとして小宮が要求したものだったという。
楽し気に見えたあのときの二人の雰囲気の背後に、そんな出来事があったなんて、常盤は知りもしなかったのだった。
久方の光ばかりに目を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます