今も胸に
今日の小宮は三つ編みカチューシャがかぐわしかった。近藤と約束して出かけるのは久々だからなんだろうけど、気合いを入れすぎてると思われない程度に気合いを入れてる感じが絶妙だと思う。
8月ももう終わろうとするころ。
小宮の呼びかけどおり、
境内をひととおり廻り終えたのち、小宮と近藤、常盤と柳澤というペアになって二手に別れることになった。船坂山のときは、常盤が近藤の手を引っ張って離脱するという強引さを演じてしまったが、今回はそのようなこともない。小宮が近藤と二人で話をしたいということは、あらかじめ皆に伝えられていたから。
そういうわけで常盤と柳澤はいま、某ハンバーガーチェーンで時間を潰している。
「あの二人って、本当に付き合ってないんだよね?」
「“恋人として”って意味なら、その通りですよ」
フライドポテトをほおばりながら常盤は答える。じかにあの二人の様子を見たら、恋人同士と疑いたくなるのも分からなくはない。小宮は近藤にベタついてるし、近藤もそれを拒まないのだから。
「落とし物を拾ってあげてたよね、小宮さん」
「それがどうかしました?」
「自分の落とし物じゃないのに、近藤くんはなぜか小宮さんに“ありがとう”と言ってたよね」
「近藤もハンカチを拾って届けようとしていたからじゃないですかね」
前を歩いてる女性がハンカチを落として、それを拾った小宮が相手に駆け寄って手渡した。そして、戻ってきた小宮に対して近藤は「ありがとう」と言葉をかけていた。
常盤は女性がハンカチを落とすところは目撃していないが、近藤がハンカチを拾おうとするしぐさは目にしていた。実際には近藤が拾うより先に小宮が拾っていたけれど。
近藤はおそらく自分のかわりにハンカチを届けてくれた小宮をねぎらって「ありがとう」と言葉をかけたのだと思う。言われた小宮は華やいだ笑顔を見せていた。
「小宮さんがお手洗いで外そうとしたとき、荷物を持ってあげてたよね」
「不自然な点でもありましたか?」
「……この上なく自然だと思った」
「なら、いいじゃないですか」
柳澤の言いたいことは分かる。想像以上に呼吸がピッタリ合っていたということだ。小宮が「お手洗い」と言っただけで近藤はすっと手を差し出し、小宮も迷いなく近藤に持ち物を預けていた。ノールックパスだった。
「トイレ行くのに、自撮り棒はジャマですからね」
「でも、スマホを預けるのに何の
近藤が相手なら、スマホでもサイフでも預けられるくらいの信用はある。
「写真を撮ってるときもさ……」
「小宮はパーソナルスペースが狭いんですよ」
近藤に対してはとくに。それでも手をつないだりはしていなかったが。
小宮と近藤の様子はたしかに
高校時代の二人の様子を目の当たりにしたわけではないのに、それが
「小宮さんと近藤くんが二人でいるところは初めて見たけど、間には割って入りがたいものがあるね」
柳澤はなにかを確認するようにスマホを操作して、またしまう。
「やっぱり気になっちゃいますか? さっきからずっと二人のことを話してますけど」
柳澤もまた小宮に想いを寄せる身ならば、二人の様子を見て感じるところがあるのかもしれない。嫉妬とか、羨望とか、諦念とか。
「二人を見てたというより、常盤さんの視線の先が気になってたんだけどね」
常盤はポテトを食む。
「おいら、そんなにジロジロ二人のことを観察してましたかね?」
二人を目で追ってしまうことはたびたびある。二人が楽し気に過ごしている様子を見ているのは、純粋に心地よいものだと感じるから。
ばつが悪そうに柳澤は言う。
「二人のことをしきりに気にかけてたよね」
「ははは。それは気をつけないといけませんね」
するとなぜか柳澤は考え込むような格好をとる。ロダンの有名な彫刻みたいなポーズだ。
「逆に言うと、僕はずっと常盤さんのほうを気にしていた……ってことなんだけど」
「ずっと気になるくらい、露骨だったてことですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「……?」
「常盤さんに気があるってことだよ」
まだ続きの言葉があるのかと思って常盤は待ったが、柳澤はそれきり口を開かない。
常盤は自分がなにを言われたのか理解するのに、単純に時間がかかった。……というか、「え、どういう意味ですか?」と重ねて口にしてしまっていた。
柳澤は気まずそうに視線をそらす。
かわりにボールペンとスケジュール帳を取り出し、ページを一部切り取って、何かを書き始めた。
「常盤さんは紙派って言ってたよね」
常盤は柳澤からその紙を受け取る。
書いてあったのは有名な短歌だった。
かの時に言いそびれたる大切の言葉は今も胸に残れど
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