初っ端で言葉の辻斬り コイツトハ キットナカヨク ナレソウダナー
書棚のブロックを何気なく曲がったところだった。ふと目をやった先に見覚えのある人物の影があった。
近藤だった。
思いがけず常盤はさっと柱の陰に身を隠す。やましいことをしているわけではないのだから、隠れる必要はないと言えばないのだけれど、とっさにそんな行動をとってしまったのは、たぶん、近藤が女性と一緒に歩いていたからだ。
常盤は遠目にその人物を確認する。小宮ではない。でも同世代くらいの女子だった。連れ立って歩いて、会話している。それだけといえばそれだけ。手を繋いでるわけでもないし、むしろ近藤は無頓着に距離をとって歩いているように見える。
二人は会話をしながら、こっちのほうに向かって歩いてくる。どうやら近藤は常盤の存在には気づいていないようだ。
常盤はまぶかに帽子をかぶり、通路側スペースに背を向ける。柱の陰に立ちつつ、手近にあった本をテキトーに手に取り、あたかも熱心に本を探しているフリをする。
そして耳だけはその二人の声のほうに研ぎ澄ました。
「じゃあ、まだ伝えてないんだ?」
「あんま早く伝えて、変な期待をされても厄介だと思ってな」
「それだけが理由? 落ちたら格好つかないからとかじゃなくて?」
「落ちたら格好悪いわけじゃねーし、格好悪いことを嗤ったりするやつでもねーよ」
二人は常盤の後ろを通りすぎていった。近藤は常盤の存在に気づかなかった、もしくは気づかないフリをしてくれた。
乱れた心拍が落ち着くまで、常盤はしばらくその場に佇んで、常盤は手にしていた本を棚にもどす。手にしていた本は二村ヒトシ『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』という本だった。気になってもう一度手にとって、再び棚にもどした。
乱雑に並んだ書棚の本を少しだけ整頓してから、常盤はその場を立ち去る。
ビルの地下階は全体が書店のフロアになっていて、エスカレーターはフロアの中央付近にある。常盤はそのエスカレーターに目を配れる位置でウロウロしながら、つれづれなるままに時間を過ごした。エスカレーターを行く人の流れは絶えずして、しかしその中に近藤はいなかった。
近藤に見つからないように隠れたくせに、常盤は近藤をもう一度探していた。それでエスカレーターのそばで張っていたのだった。
「なにやってんだか」
上の階へ行く手段にはエレベーターもある。ここで見張っていても、近藤に会えるとは限らない。だいいち、近藤を見かけたらどういうアクションを取るつもりなのか。
そう思って踵を返しかけたとき、常盤の背後から声を掛けてきた独り言があった。
「いっけなーい。サイフ忘れちゃったー」
聞き覚えない声の、聞き覚えあるセリフ。
常盤に牽制を加えるような口調だった。常盤は声のした方向をつとめてゆっくり振り返る。
ぬうっと立って常盤を見据えていたのは、さっき近藤と同伴していた人物だった。はんなりとした笑みで常盤を見つめている。
常盤は目をめぐらして近藤がそばにいないことを確認する。
「サイフ忘れちゃった」は古本まつりで常盤が近藤に話しかけるときに使った言葉だった。それを聞こえよがしに呟いてきた。自分はそのときのやり取りを知っているぞというアピールであり、常盤へのイヤミでもある。
「初めまして。常盤さんだよね? 静原って言います。どうぞお見知りおきを」
髪を耳にかきあげる左手のしぐさは、目線が奪われるほどさまになっていた。
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