***

 ボクがそう告げたとき、彼女は言語中枢が麻痺したかのように言葉を失っていた。発言の意味をうまく咀嚼できていないようだった。


「だから、付き合ってもいいって言ったんだよ」


 しかたなくボクはそう繰り返した。


「なん……で………? どうして……なの? ウソついて騙してたんだよ?」

「狂言だってことは気づいてたよ」


 いずれ指摘しようとは考えていた。キミが必死に演じるものだから、その機会をいっしていただけのことだ。

 しかし彼女は、本気でウソがバレていないと盲信していたらしい。驚愕の色を隠せていない。


「だったら、なおさら……」


 彼女が言葉を継げないでいたから、ボクはその空白を埋めなければならなかった。含羞が面に表れないようにと留意しながら、ボクは説明した。


「たしかに、難病だと詐病していたのはヒドいことかもしれない。でも、そんな大迷惑な芝居をしてまでも、キミがボクのことを好きでいてくれてるんだってことは伝わってきた。だから、たとえウソだったとしても付き合ってみようと思ったんだ」


 それは理解の範疇を超えた感情だった。ボクはそこまで誰かに好意を寄せた経験はない。彼女が何すれぞそれほどの強い気持ちを抱いているか、その心情に共感できないでいた。だが、共感できなかったからこそ、理解したいと思った。

 彼女の目から涙がこぼれた。


「え、ごめん。まさか泣かれるほどとは思ってなくて」


 ボクは間抜け面で狼狽してしまったのだが、彼女はそんな様子を眺めて、泣きながら破顔した。これまでに見せたことのない表情だった。

 雨間あまあいに太陽が差し込んでいる。

 ボクは彼女の手を、そっと手で握った。

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