素直さじゃかなわないから せめてもと正直者になろうと決めた
「ねえ、ときちゃん」
小宮が振り返って声をかける。目が合ったとき、小宮ははにかんだ
「ときちゃんも、近藤のことを好き……だよね? 違うかな?」
「
「どうなの?」
――常盤さんはどうするつもりなの?
ついさっき柳澤にかけられた言葉が頭をよぎった。
常盤は力なく息を吐いてから答える。
「ずいぶん、いまさらなこと訊くね。これまで小宮の恋を応援してきたつもりなんだけどな」
「そうだよね、いまさらだよね。ちゃんと確かめたことなかったから」
中1で小宮と出会って以来、その恋路がうまく行くことを願ってきた。小宮の片想いはそのときからで、常盤の協力もそのときからだ。文芸部に一緒に入ったのがはじめの一歩。なにせ小宮は読書にも執筆にも興味のなかったから。
それから中学3年間はずっと。実を結ぶかどうかはともかくとして、常盤は二人の良好な仲を望んできた。
だから、いまさらだ。いまさら好きなのかと尋ねられても、答えに困る。
常盤が目をそらして答えずにいると、小宮も体の向きを変えて、常盤と同じ方向を眺める。橋の手すりに頬杖をするように身体を預け、ぼんやりと向かいをまなざす。
「ときちゃんって、嘘つけないよね」
「こんどは何、急に」
「いつからなのか知らないけど、嘘をつかないようになった。最初は気づかなかったよ。でも、大学で再会して以降、ときちゃんは嘘をついてない」
小宮の言葉は質問ではなく確認だった。常盤は口をつぐんで答えない。おそらく小宮は、その沈黙を肯定と受け取った。
「前に電話でさ、“ウソをつくいちばんうまい方法は、真実を適量だけ語って、あとはだまってしまうことだ”みたいなこと言ってたでしょ?」
ロバート・A・ハインラインの『異星の客』。小宮はしっかりタイトルを覚えていた。
「ときちゃんって、なんていうのかな、そういうミスリードを誘うような発言はあるけど、でも、明確に虚偽を述べることは無かったように思う。……違うかな?」
たとえば誰かを道案内するとき、小宮は「ちょうど近くまで行く予定だったので、それなら一緒に行きましょうか」なんて嘘を造作もなく言いのける。でも常盤はそういった嘘もつかないようにしていた。
「船坂山に送り火を見に行った日、ときちゃんは途中で帰ろうとして、わざわざ“遠くて近きもの”って答えてくれたよね。婉曲的な言い方はしたけど、真っ赤な嘘はつかなかった。テキトーな理由なんて、いくらでもでっち上げられるのに」
ひとこと「急用ができた」と述べるのも嘘になる。だからあんな持って回った言い方になってしまった。
常盤は返事をする代わりに、溜息を吐いて応じる。
「人ってさ、自分ができることは他人もできるって思い込みがちじゃん?」
「急に主語がでかくなったね」
「わたし自身はほら、平気で嘘を吐けちゃう人間だから。だから、ときちゃんが嘘をつけない、あるいはつかなくなってることに、なかなか気づかなかったんだと思う。それにときちゃんだって、中学のときはフツーに嘘ついてたじゃん?」
三人で科学館に行ったとき。常盤は取ってつけたような嘘を述べてあの場を立ち去ろうとした。当時はケータイを持っていなかったから、誰かから急な連絡が入るわけでもない。だから「急用ができた」っていうのは、すぐにバレてしまうような嘘だった。
「中学時代のときちゃんは、嘘をヘタっぴに感じるときはあっても、嘘がつけない人間ではなかったと思う。でも、大学で再会してからのときちゃんは、わたしの思い出せるかぎりの記憶を探っても、嘘をついたことは無いと思う」
「お茶を濁したり、あいまいな答え方をしたことはたくさんあった気がするけどね」
「それはたぶん、嘘をつかないようにそういう言い方をしたんだよね」
「……」
「そして嘘をつくくらいなら、沈黙を選ぼうとする」
はぐらかしたり、ゴマカしたり。相手が誤解しているときに、それをそのまま正さないということはあった。小宮が柳澤の前で「近藤が自分に惚れている」という嘘をついたとき、常盤自身はその嘘を訂正はしなかった。
そういう意味では、嘘にかぎりなく近いことは重ねてきたけれど、“嘘”そのものはつかないようにしていた。嘘=事実に反する発言を、常盤は慎重に避けてきた。
自分が素直な人間でないと自覚していたから、せめて嘘くらいはつかないように生きようと、そう決めたのはいつのことだったか。たぶん、中学を卒業するあたりのことだ。嘘をつかないように生きようと決めた。
もっとも、素直でない性格はたぶん変わらないままではあるけれど。
素直さじゃかなわないから せめてもと正直者になろうと決めた
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