君となら結婚してもいいくらいに思ってるけど恋はできない
ラインのメッセージが来たことを告げると、柳澤は「僕は構わないから、行きなよ」と言葉少なに送り出してくれた。
すっかり人通りの少なくなった橋の上。欄干にもたれて待っている一人の人物。その日は満月ではなかったけれど、その情景を切り取って一枚の絵にしたら
待っていたのが近藤ではなく小宮だったことにも、さして驚きはない。
常盤は小宮のそばに駆け寄ると、手を膝について荒い呼吸を整える。めいっぱいに走ってきたから、息が切れ切れだ。
「ありがと…………ごめん。まさかそんな全速力でダッシュしてくるとは思ってなくて……」
常盤は手で返事をする。息が乱れて、まだまともに返答ができなった。
セリヌンティウスのもとに駆けつけたメロスはこんな感じだったのだろうか。とてもじゃないがすぐに会話をすることができない。
常盤が息を落ち着かせるまでの間、どちらも言葉を発しなかった。常盤は手すりにうずくまるようにしながら水流を眺める。小宮は夜空を仰いでたおやかに手を伸ばしたかと思うと、すうっと手を下ろし、わずかに口元をほころばせた。
「あのライン送ったのって小宮?」
「うん。ドキッとした?」
「近藤はあんなライン送んないし。前にも勝手に似たようなことするの見てたから、すぐに小宮だって気づいたけどね」
「それでも、好きな人からハートマーク付きの文章が届いたら、ドキッとしない?」
以前小宮が常盤のスマホで勝手に文章を送ったのは、柳澤宛のラインだった。柳澤の言葉どおりなら、小宮は柳澤の意中の相手を知っていたはず。好きな人になりすましてラインしていたことになる。まったく、茶目っ気が過ぎる。
「今回は不正アクセスじゃないよ。ちゃんと近藤に協力してもらったから」
「……ってことは、前回のときは不正アクセスだって自覚はあるのね」
「えへへ」
笑えば何でもごまかせると信じ切っている子どものような笑みだ。
「それで、近藤は?」
常盤はあたりを見回しながら尋ねる。
「会いたかった?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ときちゃんと二人で話したかったから、彼には先に帰ってもらったよ。ごめんね」
小宮は両手を合わせて謝るポーズをつくるけれど、顔はニヤニヤを隠す気もない。
常盤はそんな小宮のおでこにデコピンを一発お見舞いしておく。メロスとセリヌンティウスだったらお互いに一発ずつ殴り合ってるところだ。常盤はそんなBL小説を演じる気はないので、デコピンで済ませておく。
「近藤とはどうなったの?」
「“友達”としてやり直すことにしたよ」
小宮の顔に陰りはない。「友達じゃダメか」と言われてショックを受けていたときとは違う。単にもとの関係に戻るのではなく、新しい関係が始まるかのような、晴ればれとした表情。
「そっか。……吹っ切れたんならいいけど」
報われない恋心を抱きながら友達の関係を続けることを小宮は選んだようだ。その判断が正しいのかどうかなんて分からない。でも、それがひとつの決断であり、ケジメなのだと思う。
ゆっくりと背を向けた小宮は、「でもね」と夜空を振りさけ見ると、とびきりの笑顔で誇るようにして言う。
「友達として、ずっとずっと仲良くいようねってお願いしてきた」
「なるほど、シンプルだね。その“ずっとずっと”っていうのはきっと、程度を表す副詞で、なおかつ、時間の継続を表す副詞なんだろうね」
「シンプルって言いつつ、小難しい言い方しないでよ。感想を述べるなら、短歌一首分くらいにまとめて」
「またそんな無茶振りを……」
無茶振りだと思いつつ、常盤はそのまま作歌しはじめる。
友達のままなんだけど そこいらのカップルよりも仲良くしてそう
「ときちゃんのおかげだよ」
「おいらの?」
「ときちゃんに力を分けてもらったんだよ」
小宮は再び背を向けていて、表情をうかがうことができない。
「それで、近藤はなんて?」
「うふふふ」
「いや、うふふじゃなくてさ。近藤はなんて言ったの?」
「ヒ・ミ・ツ」
小宮の「ずっとずっと仲良くいようね」というお願いに対して、近藤はどんな顔でどんな言葉を返したのか。小宮は独り占めして教えてくれない。だけど、少なくとも小宮が満足するような受け答えをしたことだけは、間違いなかった。
常盤は何とはなしに川のほうを眺める。川面に街の明かりが揺れ煌めいていた。
風がそよそよと吹きぬけるのを感じた。
君となら結婚してもいいくらいに思ってるけど恋はできない
大切に思ってくれるだけでいい。ずっと一緒にいられるのなら
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