どうしてさ あいつはずっと、ただずっと一途に好きでいるんだろうか

 夏休みなのでモグれるような授業もなく、とりあえず図書館や大学生協ショップ、時計台記念館の歴史展示室、ほかには竪穴式住居のパネルなどを見て廻った。

 オープンキャンパスは先週くらいに終わっているし、ぐるっと大学構内を巡ったあとは、なにを案内したらいいのか難しい。


「どっか行きたいスポットとかある?」

「京徳大学っぽいところがいいな」

「学生寮とか?」


 京徳大学には日本最古の学生寮があって、その独特の文化は「京徳大学らしさ」として有名だ。学生だけで運営される自治寮で、バイト・サークルばかりに勤しんでいる人、バックパッカーみたいな人、学生運動をしている人、各国の留学生などいろんな人が住んでいて(人だけじゃなく孔雀くじゃくとかも住んでいて)、たまにガサ入れがあったりする賑やかな場所だ。

 寮の食堂でライブをやってたりして、1回くらい行ってみたいなと思うけれど、立ち入るにはちょっと勇気もいる。


「万城目学の小説に出てきそうな怪しげなサークルとか実在しないの?」

「さあ」

「曖昧な返事だな」

「ないって断言するのは悪魔の証明だからね」


 そんな軽口を叩きあっているうちに、流れで「森見登美彦の小説に出てきた喫茶店」に行くことになる。

 京徳大学のそばにある喫茶店で、店内はレトロな雰囲気漂う落ち着いた店づくりだった。木目のテーブルが暖かみを感じさせる。

 それぞれスコーンセットを注文し、近藤はイギリス式のスコーンの食べ方はどうだと講釈を垂れた挙句、結局は無手勝流にスコーンを食べたりした。


「この前、柳澤さんに近藤たちのこと説明したんだけど」


 雑談のネタが一区切りついたところで、常盤はこの話題をそれとなく持ち出した。


「俺たちのこと?」

「近藤と小宮が友達以上恋人未満だって話」

「ふーん」

「ただ、一か所だけ嘘をついたんだよね」

「どんな嘘?」

「近藤が小宮のことを大好きだって嘘」


 常盤は小宮と電話で話した内容を含めて、ひととおりのいきさつを説明する。

 近藤は一瞬しかめるような顔をして、苦笑いした。


「それで、俺も口裏合わせに協力すればいいのか?」

「怒るって選択肢はないの? 勝手に嘘つかれてたことについて」

「なるほど。そういう考え方もあるのか」


 そういう近藤の反応を見て、常盤は溜め息のような笑いを漏らす。近藤らしいといえば、らしいなと思う。自分に具体的な迷惑がかかってるわけじゃないから、小宮の言動を許容してしまう。


「理由はいくつか並べてたけどさ、小宮がそんな嘘をついたのって、たぶん、願望なんだと思うよ。近藤に自分のことを好きになってもらいたかった。その願望がああいう嘘になって出ちゃったんだと思う」


 近藤はふと時計に目をやった。つられて常盤も視線を動かす。カウンターの奥の壁にある、しめやかな掛け時計だ。


「なあ」

「なに?」

「あいつ、俺のどこが好きになったんだろうな」

「え、いまさら?」

「むしろ今だからだろ」

「本人から聞いたことないの?」

「そこはほら、客観的な意見としてさ」


 そんなことを言われても、そもそも恋愛って主観的なものな気がする。はっきりとこれが理由だと言い切れるようなものでもないだろう。

 常盤個人の主観的意見を述べるのも、ためらわれる。常盤が近藤のことをどう思ってるのかを伝えることになってしまうから。

 とはいえ尋ねられた以上、答えてあげたいとも感じる。

 常盤は手帖てちょうを取り出して、中学のころを思い出しながら、書き連ねていく。


「手帖、いつも持ち歩いてるの?」

「そうしないと、メモしたいってなったとき困るくない?」

「スマホじゃなくて、紙派なんだな」

「あー、そっか。そうかも。ずっと紙だったから、こっちのほうがしっくり来るのかも」


 できあがった短歌を常盤は近藤に見せる。中1の春、小宮と文芸部に入ったころのことを題材にした歌。




好きになる予定と言って書いていた 丁寧な字で入部届を




 近藤は短歌に目を通すと、しばらく考えているようだったが、やがて顔をあげて常盤のほうをうかがう。目は常盤に問いかけている。


「小宮がどうして文芸部に入ったのかって知ってる?」

「本が好きだから……じゃ、ないのか?」


 常盤は首を振る。

 そもそも小宮は文芸部がどういう部活なのかもよく分かっていなかった。読書が特別好きだったわけでもない。好きな本について質問すると、映画化・ドラマ化された作品のタイトルを挙げていた。ほんとうに原作を読んでいたかも疑わしかった。


「近藤に一目惚れしてたからだよ、小宮が文芸部に入ろうと思ったのは。“本、好きなの?”って聞いたら、“これから好きになる予定だから、だいじょうぶ”って答えが返ってきたよ」


 小宮は近藤が文芸部に入部するという噂を聞きつけてきて、自分も入ろうとしたのだ。部の見学に行く際には常盤も同行することになった。たぶん、一人じゃ心細かったのだろう。文芸部は人数の少ない部活だったし(その年入部したのも近藤、小宮、常盤の3人だった)、惚れた相手がいるなんて動機を話すわけにもいかなかったから。


「一目惚れって、要は見た目ってことか?」

「うん。でも実際、見た目って大事だよね。もし近藤が男じゃなく女だったら、恋愛対象になってなかったかもしれないし」

「入部する前って、俺、小宮とほとんど接点なかったぞ」

「そりゃそういうもんだよ、一目惚れなんだから」

「そういうもん、か」

「けど入部して、近藤のよりパーソナルな部分も知るようになって、見た目だけじゃなく内面も含めて好きになっていったんだと思うよ。

 近藤はさっき、どこを好きになったのかって聞いたけど、むしろ大事なのはさ、小宮がずーっと変わらず近藤を好きってことなんじゃないかな」


 好きなところとか、好きになった理由とか、それはひとつじゃないし、変わっている部分もあるだろう。けれど、中高6年間、小宮は近藤に想いを寄せ続けているのだ。そこがすごいところなんだと思う。

 告白したのは中3の秋だった。でも小宮はそのずっと前から近藤のことを好きでいたし、好きであり続けたのだ。


「ふつうはできることじゃないよ。振り向いてくれない相手を6年も好きでいつづけるなんてさ」

「どこを好きになったのかじゃなくて、どうして好きでいつづけるのか……か。なるほどな」


 近藤は自戒をこめるような言い方でつぶやくと、手帖を常盤に返した。かわりに自分のリュックから大学ノートを取り出す。

 返し歌……というわけではないだろうが、常盤が短歌を詠んだので、応じるように近藤も短歌を記すのだった。

 



どうしてさ あいつはずっと、ただずっと一途に好きでいるんだろうか

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