筋書きは二人っきりになるまでであとは勇気とアドリブしだい

「へえ、じゃあ彼が近藤くん? 文芸部の部長だったっていう……」


 常盤が古本まつりで会っていた相手のことを「中学時代の部活仲間」と説明すると、柳澤はそう反応した。


「はい。部長っていっても、くじ引きで決めたやつですけどね」

「古代ギリシアの民主政とおんなじだ」


 中学時代、常盤、小宮、近藤の三人は文芸部で一緒だった。基礎ゼミのグループで自己紹介したときに、常盤と小宮が中学のころから縁があるという話はしたことがあった。そのときちらりと近藤の話をしたことを柳澤は憶えていたようだ。


「たしか両親が契約結婚だったんだっけ」

「よく憶えてますね」

「契約結婚ってドラマとかでは聞いたことあったけど、実際に身近にいるのは初めて聞いたから、印象に残ってたんだよね」

「いや、それもですけど、そもそも近藤の名前とかもよく憶えてるなぁと思って。そんなになんども話しましたっけ?」

「あー、それはほら、あれじゃないかな。どうして苗字で気になって聞いたから……」


 そう言われて、そういえばそんな話題が出たこともあったなと、常盤は思い出す。

 契約結婚のことはたしか、基礎ゼミで家族社会学のテーマが出たときのことだ。プライバシーも関わることなので喋るべきではなかったかもしれないが、小宮との会話の中で近藤の両親が契約結婚だという話をしてしまった。小宮はすでにそのことは知っていたけれど、初めて聞く柳澤は驚いたのだった。

 それから何かの話になって、苗字呼びのことに話が及んだ。文芸部の三人は一緒にどこかに出かけたりするくらいには仲よかったけれど、三人とも苗字で呼び合っている。近藤なんかは、同じ学年に別の近藤くんがいたから、クラスでは名前のほうで「夏雅なつまさ」と呼ばれてることも多かったのに、三人でいるときはほぼほぼ苗字呼びに限定していた。これは知り合った初期のころに「お互いを苗字で呼び合おう」と取り決めたためだった。

 もっとも、いつのまにか小宮は常盤のことを「ときちゃん」と呼ぶようになっていたけれど。


「近藤くんとは今でもよく連絡取ったりするの?」

「あー、いや、この前再会するまで、連絡先も知らなかったくらいですよ」

「ほんとに? 中学時代の話を聞いてると、すごく仲良さそうに感じるのに」

「おいらはケータイを持ってなかったし、人づきあいもサバサバしたほうなんで。小宮のほうはおいらの実家の番号は知ってますけどね」

「じゃあ、古本まつりのときはどうやって会ったの?」

「どうやって会ったっていうか……。あの日再会できたのは偶然ですね。近藤はツイッターもインスタもフェイスブックもやってないみたいなんで、連絡の取りようもないですし」


 柳澤は目を丸くする。この前の二人の様子は3年ぶりに再会したようにはとても見えないと驚いたようだ。

 ごちそうしてもらった抹茶パフェをついばみつつ、常盤は改めて文芸部のことや近藤のことを柳澤に紹介した。

 文芸部の活動としては、読書会も何回かはやったけれど、創作活動がメインだった。部活の時間内だけだとなかなか長篇の執筆はできなくて、短篇小説だったり、俳句や短歌などを詠むことが多かった。あとは三題噺やリレー小説でワイワイやってた感じ。

 ふだんの活動は部室内だけだったけど、たまに文芸部の活動と称してどこかに出かけることもあった。「創作の参考になるから」という理由をつけて。いちばん多く行ったのは市営の動植物園。近所だったし、中学生以下は入場無料だったからだ。あとは科学館なんかも行ったりした。

 部活動で作った作品は、文化祭のときに発行する部誌で発表していた。対外的な活動としてはこれがメインだった。部員たち自身の手で製本して部誌を作り、これまでの作品をそこに掲載する。

 その部誌づくりのときに大きな失敗をしてしまったことも、今となってはいい思い出だ。文化祭で配布する直前になって、原稿データを取り違えるというミスが発覚。一からすべてを作り直すのは間に合わない。そこで窮余の策として、小説投稿サイト上に部誌のページを立ち上げ、そのURLのQRコードをビラとして印刷し、配布することにしたのだった。


「それで、今日おいらと話したかったことって、こんな話だったんですか?」


 ひととおり昔話を済ませたあとで、常盤は改めて尋ねる。話しながら引っかかっていた部分だ。

 古本まつりのときに常盤らしき人を見かけ、その確認をしたかったというのはわかる。けれどそれだけならラインだけで済ませられる内容だ。直接会って確かめるほどのこととも思えない。小宮のいないところでという条件をわざわざつける必要もない。

 常盤の問いかけに、柳澤はかすかにたじろぐような表情を見せる。こういう緊張した面持ちは珍しい。ふだんは落ち着いた雰囲気のある人だから。

 常盤は柳澤が口を開くのを待った。

 意を決して、柳澤はようやく、言葉をそっと置くように切り出した。


「今日常盤さんに来てもらったのは、伝えたいことがあったからなんだよね」


 柳澤はそこで言葉を区切る。

 どうやらここからが本題のようだ。


「実はその、好きな人がいてさ……」


 思いがけないワードに、常盤は一時フリーズする。つい柳澤の顔をまじまじと見つめてしまう。


「そんなふうに凝視されると話しづらいんだけど……」

「すみません。まさか急に恋バナになるとは予想してなかったので……」

「恋バナって言われてしまうと、アレだけど……」

「あ、ごめんなさい」


 柳澤からはマジメに悩んでいる様子が伝わってくる。常盤からみれば恋バナでも、当の柳澤は真剣に悩んでいるのだ。柳澤は恋バナをしにきたわけではなく、恋愛相談をしたかったのだろう。


「ひょっとして、相手は小宮ですか?」

「え?」

「だってそうじゃなきゃ、小宮を呼ばないのは不自然ですよね?」


 柳澤はラインで、できれば小宮のいない場で常盤と話したいと伝えてきた。

 そのときはその理由に心当たりがなかったけれど、恋愛相談ということなら察しはつく。


「もし柳澤さんが単純に恋愛相談をしたいだけなら、おいらだけじゃなく小宮にも声をかけるのが普通だと思うんです。その手の話は、おいらより小宮のほうが得意そうだから。

 でも柳澤さんは小宮に声をかけなかっただけじゃなくて、小宮抜きで話をしたいってことでした。それは小宮が当事者だからですよね?

 つまり、柳澤さんの好きな人っていうのが小宮だから。だから恋愛相談の場に小宮を呼ぶわけにはいかなかった。そういうことですよね?」


 常盤と柳澤の間に、小宮の知らない共通の知人がいるわけでもない。だとすれば小宮を外して相談する理由はほかに思いつかない。


「…………話が早いな」


 今思えばうなずけるフシもある。小宮のことを相談しに行ったときも、とても親身になって対応してくれた。あれは好意を持っているからという一面もあったのかもしれない。


「ちなみに小宮のどういうところを好きになったんですか? いつからですか?」

「あ、いや、えっとね……」


 ゼミのときは論旨明快、理路整然といった感じの柳澤がこの場ではたじたじになっている。ズケズケと質問責めにするのはマズいか。


「なんとなくわかりますけどね。小宮、明るいし、やさしいし、かわいいし、茶目っ気あるし。おいらも男に生まれてたら惚れこんでる自信ありますよ」


 小宮は、小柄な身体に元気をあふれさせ、いつも笑顔を浮かべているような子だ。たまにイタズラ心が出るところがキズといえばキズだけど。


「それで、おいらにどうしてほしいんですか?」

「どうって?」

「①協力してほしい、②邪魔しないでほしい、③邪魔してほしい」


 常盤は指折り数えながら、選択肢を挙げる。


「どれがいいですか?」

「最後の“邪魔してほしい”ってのは何?」

「乗り越える壁が多いほど、愛はドラマティックになる。……って受け売りなんですけどね」

「そんな作為的な壁でもいいんだ……」

「恋愛に演出は付き物ですよ」

「はぁ」


 柳澤は気の抜けたような溜息をつく。

 本気で悩むようなことじゃないはずなのに、柳澤は「ちょっと考えさせて」と告げて、しばらく押し黙る。どうやら考えをまとめているようだ。

 常盤としては「③邪魔する」というのは冗談として言っただけで、実質二択だと思っていた。

 だから柳澤の次の言葉を予想しないでいた。


「③かな」

「へ?」


 思わずすっとんきょうな声が漏れる。


「③の“邪魔する”って言ったんだよ」

「本気ですか?」

「常盤さんがどんなふうに邪魔してくれるのか、一興いっきょうの愉しみではあるね」

「よしてくださいよ、そんな。おいらだって本当に邪魔したいわけじゃ……」

「でも、3つ目の選択肢を提示してきたのは常盤さんのほうでしょ?」

「うぅっ……」


 今度は常盤が頭を抱える番だった。

 正直、柳澤が邪魔してほしいと頼んでくるとは思っていなかったし、人の恋路を邪魔するのは快いものではない。


「降参です。③の邪魔するって話はなかったことにしてください。悪役になりたくはないです。応援……させてください」


 柳澤のほうが一枚上だった。常盤が観念してそう言うと、柳澤は短く「そう」とだけ答えた。


「柳澤さん、今日このあとなにか予定あったりします?」

「いや、特にないけど」

「じゃあ、これから一緒に送り火を見に行きませんか?」

「あー、そっか。五山送り火って今日だっけ」

「ぜひ、一緒に見ましょうよ。ちょうど小宮も来ることになってるんで」

「あー、そっか。そういうことか」

「安心してください。おいらは途中でおいとましますから」


 常盤はパフェの残りを食べながら思う。やっぱり甘い物は好きだ。

 柳澤が、空になったカップを途中まで持ち上げて、また下ろすというヘンな動きをしていた。




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