先輩のおごりでパフェを食べたいと約束をしたカフェの残り香
近藤には申し訳ないけれど、キャンセルの連絡を入れる。返事はすぐに「了解」と返ってきた。こちらの都合で振り回してしまったのに、近藤はなんでもないことのように受け止めてくれる。この埋め合わせは別の機会にしよう。
送り火の点く20時まではまだ時間があったので、常盤と柳澤はそのままカフェで雑談しながら時間をつぶした。これまで柳澤とは恋バナをしたことはなかったので、常盤はかなりむずかゆかく感じたほどだ。
「常盤さんだったら、どんなふうに告白されてみたい?」
「おいらの意見なんて聞いてもしょうがないですよ」
「いやいや、参考までに聞かせてほしいな」
「……笑わないでくださいよ?」
「笑うような変わった趣味嗜好でもあるの?」
「変わった趣味嗜好っていうか……むしろ古典的といえば古典的ですよ」
「というと?」
「平安時代みたいに、和歌に想いを託して贈り合ったりするのとか憧れます」
「……なるほど。それは古典的だ」
あとは、少しでも柳澤の役に立てばと、小宮のことをチョロチョロ話す。文芸部で小宮の書いた小説の大半は恋愛ものだったこと。昔はロングヘアだったこと。
常盤は髪を巻いたこともないけれど、小宮のヘアアレンジ、ヘアアクセサリーのバリエーションの多さには舌を巻いた。
「食べ物だと、小宮はわりと辛い系や塩気のあるものが好きですね」
「そこは常盤さんとは反対だよね」
「はい。けっこう意外って言われたりしました。おいらのほうがシブそうなのにって」
甘党の常盤に対して、小宮は辛党だ。小宮も甘い物がニガテってわけではないけれど。
「あー、そうそう、小宮の大好物と言えば、うどん粉っていうのがありましたね」
「うどん粉?」
「前に訊いたことがあるんですよ。“うどん粉って好き?”って。そしたら“大好き”って即答だったんですよね」
「なんでまたうどん粉?」
「さあ。それは本人に直接訊いてみたほうがいいんじゃないですかね」
柳澤は不思議な顔をする。すこしイジワルな言い方をし過ぎたかもしれない。が、ウソをついたわけではないので、良しとしておこう。
その後、いい頃合いの時間になったのを見計らって、二人はカフェを出た。
船坂山公園には小高い丘があって、そこに登れば五山の送り火のうちの最大四つを見渡すことができる。小宮と待ち合わせした公園入り口までは、カフェから歩いて数分の距離だ。
8月の太陽はまだ沈んでおらず、店外には、日中の暑さの残りがじんわり漂っていた。
歩きながら向かう途中で、常盤は口を開く。
「柳澤さん、ひとつ賭けをしませんか?」
「賭け?」
歩行者用信号が赤になり、立ち止まる。
「もし柳澤さんの告白が成功したら、おいらにパフェをおごるっていうのはどうですか?」
「条件付き贈与契約ということかな」
「もし失敗に終わったら、逆においらがおごってあげますから」
「……なるほど」
頭をかきながら柳澤は苦笑いした。
成功と失敗。柳澤がどちらの図を思い浮かべたかはわからない。ただ「わかった」と短く言って、常盤の提案を引き受けた。
「約束ですよ。おいしいパフェが食べられるのを楽しみにしてますからね」
常盤はなんとなく後ろを振り返って、さっきまでいたカフェのほうを見やる。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないです」
常盤は再び前へと向き直る。歩行者信号はなかなか青へと変わらないでいた。
先輩のおごりでパフェを食べたいと約束をしたカフェの残り香
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