そばにいるだけでよかったはずなのにもうそれだけじゃガマンできない

「ま、いつまでも落ち込んでても仕方ないよねッ」


 小宮が軽やかに笑って見せる。もしかしたら空元気からげんきなのかもしれないが、それをオクビにも出さないのは小宮らしい。


「ねえ、ときちゃん。食べないなら、それ、ちょうだい」


 常盤の側の皿にはまだハンバーグサンドが2切れ残っていた。小宮の皿にあったはずのカツサンドは、いつのまにかぺろりと平らげられている。


「どうぞ」


 常盤はお皿ごと小宮の手許に差し出した。


「ありがと」

「小宮って、けっこうガッツリ食うよね」

「食い意地は、女にだってあるんだよ?」

「……575だ」

「なにその感想」


 小宮はおかしがって笑い、その笑顔のまま「じゃあ、下の句考えてよ」と常盤にフッてくる。

 短歌は前半の575の部分を上の句、後半部分の77を下の句と呼ぶ。小宮は575に続く77を考えろと言っているのだ。

 こういうふうに上の句と下の句を別の人が詠んで合作することを短連歌たんれんがと呼ぶ。




「食い意地は女にだってあるんだよ?」ハンバーグサンドおかわりをする




 今の状況にマッチする形にして、常盤は詠んでみた。ハンバーグサンドの部分は字余りになるが、そうしないと8音の語句は収まらない。


「う~ん」


 小宮は唸るようにして考え込む。


「なるほどね」

「そんな感心するような歌じゃないでしょ」

「そう? メタファーを込めたんじゃないの?」

「メタファー?」

「肉食系・草食系みたいに、恋愛を食べる系の言葉でたとえるのはそんなに珍しくはないよね」


 メタファーとは暗喩・隠喩のこと。

 言葉の表面上の意味の裏側・奥側に隠されている意味のことだ。


「性欲を食欲、男をハンバーグサンドで喩えたのかと思っちゃった」


 あっけらかんに小宮は言う。

 

「性欲は女にだってあるんだよ。次の男に手をつけている」

「なんか、ミもフタも無いような歌だね。……それに、おいらはそんなつもりで詠んだわけじゃないよ」

「でも、解釈を決めるのは作家じゃなくて読者だよ」

「据え膳を食べてもらえないのは、女の恥だって、昔から言うよね」

「据え膳食わぬは男の恥……でしょ」


 据え膳食わぬは男の恥。

 相手のほうから言い寄ってきたのに、それに応じないのは男の恥だという意味の慣用句。これもまた色情を食事に喩えたメタファー表現だ。


「実際のところどうなの? 別の人を見つけるって選択肢は?」


 もし常盤が小宮の立場だったら、そうやって気持ちをリセットしようとするかもしれない。


「わたしは恋をしたいんじゃなくて、恋をしちゃっただけだから」


 小宮ははっきりと告げる。近藤との接し方に戸惑っていると述べていたのに、彼への好意じたいはまっすぐだ。そのひたむきさに、こっちのほうが尻込みする。

――乗り越える壁が多いほど、愛はドラマティックになる

 昔、小宮が言っていたことだ。

 報われない恋、叶わない恋に、どうしてそんな顔ができるのか。不思議だ。


「近藤にを持ってもらいたかった?」


 改めて常盤は尋ねる。


「そりゃあ、わたしだって女として見てもらいたいもん。女として扱ってほしいもんっ」

「もんっ……て」


 言い放つと小宮は、ハンバーグサンドの最後の1切れもぱくりと頬張ってしまう。

 ざっくばらんというか、あっけらかんというか、でもそれだけに小宮の本音でもある気がした。




そばにいるだけでよかったはずなのにもうそれだけじゃガマンできない

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