いつだって“はい”か“イエス”に決まってる とおせんぼなんかされなくっても

 スーパーで買い物をしていたら、後ろから膝カックンをされる。

 振り向いて確認すると、にこやかな顔の小宮がそこに立っていた。


「奇遇だね~、ときちゃん」


 人に膝カックンをした直後の表情のあどけなさは、小悪魔的才能があると思う。


「やっぱ小宮だったか」

「あれ、分かっちゃってた?」

「こんなところで膝カックンされるのは予想外だったけど、こんなところで膝カックンしてくるような人は小宮くらいだからね」


 大学の近隣でお互い一人暮らし。住所的に生活圏は重なっているのだけれど、こうしてばったり遭遇するのは、そういえば初めてだ。


「ときちゃんも買い物? お夕飯なににするの?」


 今日の小宮は淡いアイシーブルーのヘアクリップで左に髪を留めている。


「せっかくだし、ウチに来ない? 一緒にご飯食べようよ」

「え? それって夕食を小宮のうちで食べていいってこと?」

「ほかにどういう意味があるのよ?」

「小宮がご馳走してくれるってこと?」

「材料費は折半だからね」


 部屋に招いて料理を振る舞ってくれると言うなら、折半でも安いものだ。むしろ場所代や手間賃の分、こちらが多く払うべきかと思う。


「今日は牛スジがお買い得みたいだよ」

「へえ」

「八丁味噌はこのまえ実家から送られてきた」

「……ってことは、どて煮?」


 常盤がどちらかといえば甘党なのに対し、小宮はわりと辛党だ。舌の好みは分かれるのだけれど、どて煮が好物だという点は一致している。小宮が牛スジと味噌をアピールしてきたのは、つまりそういうことだ。


「梅酒もあるよ」


 あまつさえ小宮はそんな誘い文句すら謡ってくる。


「いや、フツーにダメでしょ、それ」

「大丈夫。自分たちで飲むために家で作る分には違法にならないから」

「酒税法違反のほうじゃなくて、未成年者飲酒禁止法違反のほうだってば」


 成人年齢の引き下げが決まっても、20歳未満が飲酒できないのは変わらない。


「それで、来るの? 来ないの?」

「え……あー、えっと」


 言い淀んだのは、この流れで返事すると梅酒を飲まされるんじゃないかと思ったから。


「別に梅酒は冗談だから安心して」


 小宮は常盤のかぶっていた帽子をひょいと摘まみとって、自分の頭の上に乗せる。


「それとも、わたしとご飯を食べるより大事な用事でもあるのかしら?」


 ほやほやの新妻みたいに、小宮はしなをつくって微笑みかけてくる。ご丁寧に、常盤の逃げ道をふさぐような位置でとおせんぼまでして。


「ぜひともお邪魔させてください」


 常盤は四角ばった声を出してしまい、小宮にくすくす笑われた。




いつだって“はい”か“イエス”に決まってる とおせんぼなんかされなくっても

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