第17話 深宇宙戦闘艦の開発

 防衛省・技術研究所の第3研究室長である柳瀬みどりは、部下にあたる室員の5人と共に目の前にある巨大な葉巻状の物体を感慨深く眺めていた。そして、彼女から少し離れた所には2人の青年を引き連れた少年が、その物体を指さして何かしゃべっているのが見える。


 あの少年と御付きの斎藤、西川氏の2人と云うと失礼だろうか。2人とも彼女もまだ取得していない博士号を持っている研究者でもあるのだから。


 その3人に初めて会ったのは、もう1年と2ヶ月前になる。彼女が、予告された時間に防衛研究所の応接室に呼ばれた時に、彼らはそこに座っていたのだが、最初は気が付かなかった。なぜなら、そこには彼女の上司の研究所長の中野芳樹がおり、しかも大臣の丸山がいたのだから、そっちに気を取られるのに無理はない。


「よく来てくれた。まあ座ってくれ。第2研究室の川辺君も呼んでいるので少し待って欲しい」

 中野からそう呼びかけられたが、取りあえず大臣に挨拶する。

「始めてお目にかかります。第3研究室長の柳瀬みどりです」


「うん、大臣の丸山です。まあ、座って下さい」

 入り口側の空いている椅子に座ると、間もなくノックの音がして、同僚の川辺芳樹が入ってきて、彼女と同様大臣の存在に驚き、同様に挨拶して座る。


 彼女は座ってから、漸くその少年に意識を向けて、彼がネットによく登場するようになったカケル君であることに気付いた。確か年齢は13歳で中学生であるが、日本で生まれた様々な発明品の実質的な考案者という。実際に、それらの開発の関係者に彼の名前は常に含まれているので、事実であろう。 


 彼の存在は防衛省では有名である。なにより、自分達の研究所が核無効化装置を開発したとして世界の防衛関係者を驚かせたのであるが、それが自分達の成果でないことは、みどりを含めた所員が最も良く解っていた。


 核無効化装置は、翔の関与の元に実質的にK大学ですでに装置化されていた。それをアメリカに持ち込んで実証実験を行い、実際に使えることを立証したこと、さらに生産体制を確立して同盟国に急ぎ配備したのは防衛省である。


 だが、研究所としては単に使えることを立証するのに立ち会ったのみである。彼女は翔に面識はなかったが、川辺は会ったことがあるようで彼に挨拶していた。


 各々が椅子に落ち着いたところで、最初に丸山大臣が話を始める。

「今日集まってもらったのは、このカケル君から素晴らしい協同開発の話があったからです。それは、力場エンジンという、物質の噴射や撹拌によらない推進機関を積んだ万能機の開発で、地中は無理だけど、空中、水中、宇宙のどこででも行動できる艦船です。

 力場エンジンは腕などの物質によらず、力を振るうことができます。これは、電力を動力に推力を発揮するのみでなく、物を動かしたり、場合によって衝撃から身を守ることが出来るそうです。幸いNFRG機は間もなく実証運転を行う段階にあり、超バッテリーであるA型はすでに実用化されています。


 NFRGが実用化されれば、ほぼ無限の航行が可能になりますし、小型機についてはA型バッテリーで駆動できるでしょう。研究所ではA型バッテリーを使ったプロペラ機を開発しているようです。ですが、それはそれとして、この力場エンジン駆動の航空機を開発しましょう」


 その話を聞きながら、みどりは余りに途方もない話に半ば呆然とした。これが別の場で、別の人から言われたのであれば、一笑に附すか、怒って非難しただろう。丸山大臣は、丸い体に厳つい顔つきで柔和な表情で語っているが、『出来る』と評判の人でもある。


 大臣は、翔の『実績』を評価しているのだろうと思う。彼が中心になって、従来の科学の常識では『あり得ない』発明品をすでにいくつも世に出している。しかも、彼が属しているK大学からあり得ない数の発明と呼べるレベルの手法、製品が続々と生まれている。


 ネットでは公然と言われているが、これは全てに翔君が絡んだものらしい。つまり、彼は大学内の色んな研究室に出入りして、色んなディスカッションに参加するそうだ。そのなかで、問題を整理して様々なポイントを指摘していくうちに問題の解決に至るらしい。


 だから、彼については研究室で取り合いになるので、学内で会議をやって順番を決めているという。みどりはそれを読んだ時、自分もK大に行きたいと思ってしまったものだ。


 みどりはそのように逸れていく自分の考えを、大臣から聞いたことに戻した。そして、興奮してくるのを抑えきれなかった。つまり、大臣が言っているのは電力、それも実用化が近づいている常温核融合発電システムと、実用化されたA型バッテリーを動力源としたシステムである。


 そして、それを動力にして力場で推進するエンジンを作り、それを大小の機体に載せるということだ。まず、物質の噴射または撹拌によらない推進というものは、人工的なものはなく、自然界に重力があるのみである。


 つまりそれは、全く新しい推進システムであり、さらに機械的な腕によらない作業を可能にする可能性もある。まさに歴史的な発明と呼べるものだ。加えて、水素のみをいわば燃料にする核融合システムは、完全な密閉状態で運転できるもので、多分それを動力とする力場エンジンは同様に密閉で可能であるはずだ。


 ということは、この推進システムを搭載した機体は、空中・宇宙空間さらに水中の活動が可能であることになる。このような軍用の機体が、従来の航空機、水上艦、潜水艦に比べどのような優位性を持つのか。航空機・ミサイルの研究をやってきた軍事技術者の一人として、気が遠くなる思いであった。


 気が付くと、所長の中野が大臣の話を受けて話し始めていた。

「一通りは伺っていましたが、改めて聞くととんでもない開発ですね。これを構想されたのは、カケル君だと聞きましたが、カケル君の考えているその研究が成功した時の姿というものをお聞きしたいのですが。よろしいですか?」


「はい。僕の構想では、この開発の目標は深宇宙を対象の宇宙戦闘艦です。具体的には地球上においては、空中・水中を問わず行動でき、地球1周を1時間程度で周回できます。

 力場エンジンは3G位の加速が可能になるはずなので、わずか7分足らずの加速で地球1周1時間の速度である12㎞/秒を超えます。どうです、1時間と云わず30分でも地球1周は可能でしょう? 


ですから、一応光速という限界があるにせよ、太陽系で一番遠い天王星の45億㎞でもその半分までずっと加速して、残り半分を減速すれば大体10日もあれば着きます。この場合の最大速度は1万2千㎞/秒程度になります。

 このような10日連続の加速ということも、NFRGと力場エンジンの組み合わせなら可能なのです。どうです?開発しようとしている宇宙艦は、太陽系全てが活動範囲に入る訳ですよ」


 そこで、大臣が遠慮しながらであるが口を挟む。

「ええと、カケル君、我々は地球のそれも日本の防衛を担っていて、太陽系の防衛をしようとするわけではないのですよ」

「ハハハ、まあそうですよね。つい本音が出てしまったかな?」


 カケルは頭を掻いて、舌をちょろっと出すが、真面目な顔に戻る。そういう彼は、細身で締まった体つきのスポーツマンタイプの普通の中学2年生に見えるが、目には尋常でない知性が覗いている。彼は言葉を付け足す。


「いや、そういう性能のものになりますが、別段そのことでコストが上がる訳ではないのです。このシステムは、NFRG搭載の力場エンジン駆動の艦、例えば海自の潜水艦の船体に適用できますが、最新の潜水艦に比べコストはむしろ安くなります」


「ええ?本当ですか?」

 中野所長が驚くが、カケルは平然と答える。


「ソナーとかそういうものを除いても、大鯨型は電池システムとか、静粛にするために相当金をかけてますよね。

 まあ、この場合の開発する艦のNFRGは10万㎾級で、ピーク動力についてはA型バッテリーを積み、励起システムも備えます。それで、約20億、それに力場エンジンははっきりと言えませんが、まあ30億円。どうです、こっちの方が安くないですか?」


「う、うーん。そのコストが正しいなら明らかに安いですね」


「それに、空はおろか宇宙まで飛べて、地球1周を1時間で楽々周回します。移動が速いということは、数が多いのと同じことになりますから、多分今の日本の潜水艦の果たしている役割は4機もあれば、果たせます」


「うーむ、それは、それは大変なものだな。ねえ、中野所長。これだけ大変な物とすれば、アメリカを含めて世界から相当警戒されると思う。むしろ力場エンジンということを表に出して、平和利用の宇宙探査ということで開発したらどうかなあ?」


「はあ、しかし、カケル君、そのような大型の機体のみでなくて、戦闘機レベルのものは考えていないのですか?ちょっとその辺りを聞いておかないと判断できませんから」


「もちろん、考えています。まあ、上陸用舟艇のような位置付けですがね。といっても、今の戦闘機などとはレベルが違いますが。基本的には機体としてNFRGを積むのはちょっと無理なので、動力源としてはA型バッテリーを使います。

 ああ、力場エンジンは戦闘機のエンジンより小さく軽くなるはずです。さらにF15レベルの機体でも10万㎾h程度のバッテリーは積めますから、フルパワーで2時間の活動時間はあると考えています。


 実際にはそんなに動力を使う機動はあり得ませんから、12時間位は活動することになると思います。その意味で、トイレを始めとする生活機能の保持が問題だと思っています。勿論、活動範囲は大型艦と同じで水中を含み、大気中と宇宙ですし、加速性能の3Gは最低だと思っています。こっちでも、地球の周回、月に行くくらいは楽にできます」


 カケルの言葉に、一同はあきれ返ったが、みどりは思わず聞いた。

「あ、あの。戦闘機が地球を回れる?まさか、月に行けるのですか?」


「ああ、楽勝ですよ。5分加速をすれば速度は1300㎞/秒です。月までは38万㎞ですから、僅か5分の飛行です。加減速を入れても、20分はかからないですね」


 みどりは聞いて、自分で簡単にスマホを使って計算してみて、カケルの言うことが正しいのが判った。しかし、地球を簡単に周回できる戦闘機は、どういう位置づけになるのだろうと彼女は思った。カケルの言ったように、兵器は簡単に移動できないから、それぞれの防衛個所を守るために数を揃える必要があるのだ。


 20~30分で地球のどこにでも駆け付けられる戦闘機隊があれば、一つを例えば日本に置いておけば、それで全地球をカバーできるだろう。海上部隊だって、カケルの言うように今度開発する艦を少数配備しておけば日本近海はすべてカバーできるだろう。


 しかし、むろん多数の敵がいる場合にはこちらも撃ち合うために数が必要になるが、速度において絶対的に勝るなら、付きまとって適宜敵の数を減らして行けば良いのだ。あたかも、嘗ての騎馬部隊が歩兵部隊を翻弄したように。


「うーむ、大臣、これは開発の目標が明らかになったらまずいですね。宇宙開発のためというのはいいかも知れません」

 中野所長が言い、カケルが笑いだして言う。




「ハハハ、アメリカが一番怒るだろうな。彼らの最強と思っている兵器が、すべて陳腐化するわけだから。さらには、絶対的な強みだった核兵器はすでに日本に対しては無力だものね。この開発を知ったら、全力でつぶしにかかるだろう。ハハハ!」


 丸山大臣は頭を抱えて、恨めしげにカケルに言う。

「カケル君。笑い事ではないですよ。本当になりそうだから困っているのですよ。私も前に聞いた時には、これほどのものではないと思っていましたからね」


「いや、すみません。そういう側面は考えていませんでしたが、考えておく必要があると思ったら可笑しくなって。でも、僕は日本の若者として、いい加減にアメリカの顔色を伺うのを止めたいです。これが出来れば間違いなく、少なくとも彼らに守ってもらう必要はありませんよね?」


 カケルがそう謝ると、第2研究室の川辺が話し始める。

「いや。僕はこの開発は正直に発表しても、本当とは思われない可能性が高いと思いますよ。ただ、カケル君の実績があるからひょっとしたらとは考えるでしょうが。だから、目標を、うんと控えめにして、基礎研究に近いものだと言っておけばどうでしょう。


 目的は宇宙開発のための開発だけど、我が省はその派生する技術の軍事化を狙っているということで、いいのじゃないでしょうか?我々も出来るだけ大げさにしないようにすべきです。それに開発をこの研究所でやるのはまずいでしょう。他国の研究者もいますから。

 カケル君はどのくらいの期間の開発を考えているのかな?」


「はい、大体は計算と基本図面はできているので、半年強でエンジンの実証、1年とちょっとあれば試作機を飛ばせるでしょう。今のところ大型と小型の両方を考えています」

「「「「1年!」」」」


 皆聞いて唖然とした。普通のルーティンに近い開発でも1年の開発期間というものは少ない。まして、これは歴史を塗り替えるほどのものだ。

「う、いや、カケル君、我々はお役所でね。予算がないとなにもできないのだよ。1年以内で1億位だったら何とかなるが、それ以上は……」


 中野所長の話を大臣が引き取って言う。

「10億位だったら私の方で制服の方からも回して何とかして見せるが、それ以上は難しいかな。ううん、どうしたものかな」


「いや、それは判っていますので、大学の技術研究所から50億円の枠を取ってもらいました。だから、研究費は心配ありません。開発の場所は前に言ったようにK市の四菱重工の事業所でやりましょう。四菱重工のO.Kは取っています」


 カケルがそのように言ったところで、すっかり気を飲まれた中で、川辺が気を取り直して話を引き継ぐ。


「なるほど、1年強ですか。それから、ある程度実戦配備をしないとアメさんに対抗できないから、最短で2年程度ですね。そのくらいだったら、何とかごまかしきれるのじゃあないかな。だけど、ここにいる僕らがよほど機密保持に気を使う必要があるけどね」


 そのような議論があって、防衛研究所とK大開発技術研究が共同で「宇宙開発に用いる宙航機の開発」のテーマで研究開発を行うことになった。予算は1億円であり、全体として5年の開発期間をとっている。


 少年のカケルの住所に近いこと、かつ広い場所が必要なので四菱重工のK市事業所が開発場所に選ばれた。研究所側はジェットエンジンとミサイルの推進機構が専門の第3研究室が担当となり、室長以下5名がK市に居を移した。


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