第37話 原子変換による肥料生産

  原子変換によるリンとカリウム肥料の生産を翔から任された西川は、翌日午後、翔から図面とメモ他の書類を受けとった。翔が自分の研究室で、大スクリーンを使ってまずメモに内容を説明する。その席には研究室の全員と、笠松・名波両教授が加わっている。


 西川が、両教授にやろうとしていることを説明したら、説明には是非参加したいということになったのだ。常温(原子力工学では千℃は常温と言って良い)での原子変換装置を開発しようという話を見逃す研究者はいない。


 普通の人が言い出したら笑われて終わりだが、なにしろ翔が出来ると言っているのだ。彼の、『宇宙均衡論』にはその実現を定性的には証明しているが、誰もその実現の方法が判らなかったのだ。まさか、翔がその実現の方法を頭の中に持っているとは思っていなかった。


『聞けばよかった』と思う研究者達だった。特に西川は、斎藤と『宇宙均衡論』のその部分を議論して、実現するための詰めた議論をしていたのだ。

 だから、斎藤はもちろんその開発に加わったし、女性陣で物理が専門のシンディ・ローバーと美木さつき、化学のアン・マークレンに応用物理のルイーズ・フランソアが加わる。一方で医学の茂田カンナは専門も違うし、香川教授の研究室に入り浸っているので、パスとなった。


 翔が最初にスクリーンに映したのは、『宇宙均衡論』の原子核論のなかの原子変換の基本原理が示されている部分である。物理学専門の者は、何度もその論文を読んでその理論そのものは理解している。


 それを軽く説明した翔は、それの応用編として実現に向けての理論展開を説明する。そして、その結果としての装置化については、NFR機の励起部を参考にしたものであった。


「実のところ、このアイデイアを思いついたのは、A型バッテリーの大型化を考えていて、試行錯誤している時のデータからなんだ。だから、僕も2ヶ月前だったら聞かれてもそんなことはできないと言っただろうな」


 それを聞いていた者たち、とりわけ笠松・名波教授さらに斎藤など、物理を専門としていて翔の理論をきちんと理解していた。にもかかわらず、自分達が全く思いつかなかったことを、翔が最初から解かっていたというのは、才能の差は自覚していても気分のいいものではない。


 その点で、翔も最近きっかけがあって思いついたというのは、少々ではあるが安心の材料であった。

「さて、今度目的としている原子変換を、出来るだけエネルギーの収支がなく、効率よくやりたいわけです。例えばケイ素からリンに原子変換すると原子量が28から31にするわけだから、核融合の考え方からすればとんでもないエネルギーが必要です。

 逆にカルシウムからカリウムは、原子量が40から39で、これは原子量が小さくなるほうですが、ここで大きなエネルギーが生まれても困るのです。


 だから、原子の構造とその構成を考えて、素粒子を入れ替える方法を取ります。この場合には、連鎖反応は起こらず、NFR-T機で熱を加え、かつNFRGで発電した電力を電磁波に変えて照射してやることで無理やり変換を起こすことになります。

 エネルギー消費は大きいと思う、時間千トンの処理で百万㎾時相当の熱と電力のNFR機が必要になるはずです。NFR機が無ければ、結構なコストになるところだったですね。原料は細かい方がいいから、リンの場合の原料のケイ素は細かめの砂、カリウム場合のカルシウムは粉体で十分です。


 さらにこの方法は、さほど原料の純度を上げる必要はありません。ケイ素としては砂で十分ですが、砂は純粋なケイ素じゃないから、リンの場合には変換できるのは30から50%程度になるはず。一方でカルシウムは純度を上げるのは簡単だから、カリウムは80%を超える程度になると思う」


 翔は一旦それを説明した文章を指して一旦言葉を切り、画像を映して再度続ける。

「さて、今度は装置化です。これが、装置の概念図です」


 それは3次元CADで作図した立体的な装置図であり、外側の寸法をみると長さ10m、幅が4mで高さ4m余りだ。構成する機器に名前が入っているから、どういう用途かはわかる。ちなみに翔は今やCAD使いについては達人になっている。

 物事を説明するのに、図に示すほど解り易いものはないから、毎日のように使っている内にそうなったのだ。


「これはリンの変換装置の実証機です。ここが材料のホッパ、これが供給スクリューコンベア、反応装置、熱供給ユニット、電磁発生器と照射器、製品ホッパという感じです。生産量は時間百㎏ですが、リンはその30から50%レベルで、製品としては粉体になるはずです。

 ただ、この場合は独自の電源を持たず、電力は外部から供給して、熱は電力から変換する施設になっています。消費電力量は時間2万㎾レベルになるはずです。

 さらに、これが各機器の現状で決められるスペックです。ここでは、西川さんと製作する江南製作所の専門家の活躍を期待しています」


 図の次に、翔は機器名称と用途、要求される機能などを示した表を示す。担当する西川は身を乗り出して真剣に見ている。


「ええと、この実証装置がうまくいったら本装置になりますが、ネットで調べた所では日本のリン鉱石などの輸入量が百万トン、世界のリン鉱石の生産量が2億5千万トンというところです。

 日本だけだったら時間5百トンのプラントで3百万トン作れますので十分です。世界は42千トン/時の能力が要りますね。

 だから、百万㎾級の電力と熱発生のNFR機を1基ずつ付設して、2千トンのプラントを基本とすると、この図位の大きさになります。まあ、日本も2千トン/時位のものを設置すればいいと思います」


 そう言って翔はスクリーンに配置図を示す。大きさは100m×100mだ。どうも変換機本体よりNFRGの方が大きくなってしまっている。

「これが、年間6千時間稼働するとして、年間1200万トンの鉱石相当のリン肥料を作れる訳です。全部代替すると、世界に21台必要ですね」


 そこで笠松教授が口を挟む。

「おお、大きいね。だけど、本体より2基のNFR機の方が大きくないか?」

「ええ、そうです。今電力も熱発生のNFR機も出力100万㎾で200億円くらいですから、多分全部で600億円位のコストでしょう。ちょっと高いかな」


 翔のコメントに西川が言った。

「電力消費に換算するトンで2千㎾h、つまり㎏2㎾hです。以前だったら㎾12円位はしていましたから、トン2万4千円かかっていました。ですが、工場内の電力料だったら2円/㎾h程度ですからトンで4千円位です。

 そこで製造コストをその倍の8千円とします。一方でリン鉱石の輸入価格は今3万円/トンを超えて、年々10%以上上昇しています。輸入価格3万円に、この方法を製造費8千円の差2万2千円で10年運転すれば、2兆円6千億円です。だから、600億円というのは激安です!」


「うん。まあそうだね。まあ輸入するより十分安くは出来るわけだ。それに途上国向けだと、消費地に近いところにプラントを作れば人件費も安く済むよね。肥料が結構安くできるから、途上国でも使いやすくなるね」


 この翔の言葉に、化学が専門のアン・マークレンが口を挟む。ちなみに、この会議は彼女らのこともあるので、英語で行われている。


「ええと、この素晴らしい話に感動しています。私の実家は農家ですが、肥料の高騰に悩まされています。燃料については、A型バッテリー駆動の農機に変えて大幅にコストが下がったのですが、肥料、特にリン肥料、カリウム肥料の高騰がそのプラス分をすでに消しています。それが、結局食料の高騰を招いているのです。

 私の国USAも、この方法には間違いなく大きな関心を持つと思いますが、私も父を助けるために、出来るだけ早くUSAに今スクリーンに映されている工場を建てたいと思います。こうしたことは早くから準備をしておけば、早く進みますから、大使館に知らせて準備に掛からせて頂けませんか?」


「うん、いいんじゃないかな。確かに、実証試験の段階から絡んでおけば、実際の建設は早いよ。現場には君がいて、それに何人かやってくれば、日本と同じ位のタイミングで建設に掛かれるかもね」


 翔が気楽に言うと、イギリス人シンディ・ローバー、フランス人のルイーズ・フランソアも手を挙げて、口々に大使館に知らせて人を送り込みたいと云う。彼らは本来このような時のためにいる立場だから、K大学も望むところだ。


 日本が翔発の技術を独占すれば、諸外国との間にどうしても角が立つ。日本とて、友好国は必要であり、そのためには自分が不利にならない程度に、相手の便宜を図ることは必要であると考えている。

 そして、国連の『地球を豊かに』のキャンペーンに係わるものは、出来るだけ技術を開示するという方針が出ているのだ。


 会議は、次のカリウムに移った。塩化カリウムの国際価格はさらに高く、ウクライナ・ロシアの戦争が終わって落ちついてきたが、現状でトン20万円ほどである。日本の輸入量が年間45万トン余り、世界の年間生産量は4300万トンである。


 このように、カリウムの方が値段は高い。そして、炭酸カルシウムを原料にしての原子変換する場合には、原子量が大きいためにエネルギー投入量が大きく、大体リンの倍になるという。だから100万㎾級のNFR機を使う場合には生産量はリンの半分になる。


 従って、施設の建設費の償却までいれた生産コストはリンの2倍近くになる。翔はカリウムはリンの半分の能力のものとして、リンの実証装置と仕様表を少し修正したものを示し、1千トン/時のプラントの図を示したが、これもリンと殆ど同じであった。


 翌日には、西川と斎藤は江南製作所に挨拶に行き、常務取締役である翔の父の水谷亮太が迎えて、用意した事務室と工作室を案内した。差し当たって、翔の研究室からは西川、斎藤に4人の美人たちである。


 江南製作所は、協力チームのリーダーが課長級の島津義人であるが、他に5名が配置されていて必要が生じる都度、増員されることになっている。同社は、自ら翔達の開発の場と人員を提供することを申しでた訳だが、目的が原子変換によるリンとカリウムの製造と聞いた社長の南清吾と、亮太の間にこのようなやり取りがあった。


「な、なんと、原子変換でリンとカリウムを作ると?それも、ケイ素とカルシウムから。それにしても、原子変換とは!」

 社長の南は渡された装置の構想図を手にもって、呆れて言う。


「ええ、翔の言うには、あれの『宇宙均衡論』の特殊物質論の公式3の2項に可能であることが示されているのだそうです。私にはさっぱりわかりませんが……。

 まあ、我々も作っていても原理の判らないものが沢山ありますよね。その図とスペック表があれば、うちの技術屋が作れるはずです。最終的な生産プラントはこの図で、1haの敷地に入る大きさで、時間2千トンを製造というか変換できるらしいです」


 亮太は実際のプラントの図を渡しながら、説明する。

「ふーん。リン酸鉱石が現在年間2億5千万トン生産されていて年々、値が上がっているそうだね。塩化カリウムが4300万トンか。こっちも値上がりしている。当たり前だよね、これらは農業には必須なんだろう?」


「ええ、そうです。そして、資源量は限られている。上がりますよね。うちが権利を持っていれば上げますよ」


「それが、窒素のように工場生産されるようになるということだ。生産国は大変だなあ……、それにしてもリンがケイ素から作れ、カリウムがカルシウムのような賦存量の多い物質から変換できるとなると、他の物質のそうだろう?チタンとか、いや金や白金だって他の金属から出来るんじゃないかな」


「僕も同じ質問を翔にしたのですが、原子量が50を超えると難しいようです。まあ、原子量の大きいカリウムの動力消費はリンの2倍ですからね。そういうことはあるのでしょう。でも材料としての金には、IC製造に細い金線を作るくらいの用途しかありません。白金はいろいろ使い道がありますけど」


「うん、そういう意味ではうまくできているな。金に変換する方法など無い方がいい。僕は金ぴかが好きじゃないしね。

 まあその辺りは置いておいて、いずれにせよ、世界初の画期的は設備の開発だ。設備そのものの値打ちは勿論、派生する技術が楽しみだ。費用は惜しまずに、人員も要望に応えるように段取りしてくれ。誰をリーダーにしたのかな?」


「課長級の島津君です。リーダーシップは優れているのと、社内に顔が広いので必要が生じた場合に、人を手当する場合には都合が良いと思っています。ただ、少し技術面で心もとないところがありますから、サブに磯村君を付けましたし、さらに若手の最優秀なメンバーを選んであります」


「うん。まあそういうことなら島津君でいいと思う。わが社も最近は優秀な者が増えたからな。この開発は世界の歴史に残るものになるはずだ。だから、メンバーだけで囲いこむことなく、出来るだけ広く社員に係わりを持たせて欲しい。

 ところで、アメリカ、イギリス、フランスからも人が来るという話なったな。

 まあ、人が増えすぎて必要だったら緊急にプレハブの建屋を用意しても良いな。英語は、判る若手も多いから大丈夫だろうけど、フランス人が入っていたな、そっちの言葉はどうなの?」


「メンバーは、大部分K大学の教官と学生からくるようです。まだ、人数ははっきりしませんから、それがはっきりしてから建屋は決めます。フランス人は英語で大丈夫ですよ」


 開発の最初は、やることの理解である。最初の2日間は翔もやって来て、自分が作った資料を解説して、製造に使える資料の情報とデータをチームに引き渡した。その後、新たに製造するものを洗い出し、その設計に着手する。


 また、並行して既存のもので買えるパーツ、装置をリストアップして、発注仕様書を作成して注文する。原子変換装置という前例のない装置を作る割に、新規に製造する機器は少なく、これらの製造期間は3ヶ月ほどと見積もられた。


 こうした設計と発注にあたっては、人工頭脳による支援システムがあって、業務の効率アップに貢献している。加えてK大学関連では、知能強化の処方を受けた者が増えつつあり、翔の伝手で江南製作所も50名ほどが受けている。

 そして、原子変換装置開発チーム員は全員が受けている。このようなことで、当初は1年かかると思われた、ケイ素からリンに原子変換するリン肥料製造装置の実証プラントは、半年後に翔の予想通りの期間で完成した。


 その最終組み立て時には、国際色豊かなメンバーが入り乱れ、最後のボルトが絞められた時は拍手が沸いた。しかし、それで完成ではなく、作動を一つ一つチェックして間違いなく装置が自動で動くことを確認する。さらに、各装置を単独で運転して所定の機能を発揮することを確認する。


 その後、6時間の連続運転試験を行って短時間では機能することが確認された。そこで、招待した来賓を迎えて、公式の実証運転の披露である。国連の食糧機構と経済開発部のトップ、日本の農林水産大臣、アメリカ、イギリス、フランスの農林大臣クラスがやって来て、実証運転が成功したことを見とどけて帰っていった。


 さらにマスコミも呼んで、大々的に実証運転成功を打ち上げた。その結果として、リン酸、塩化カリウム等の販売に係わる企業の株価が暴落したのは当然である。

 また、PNGにいる崎山麻衣には西川から実証運転の成功と、製造するリン肥料、カリウム肥料の価格の見込みが通知されている。彼女がその装置開発のきっかけを作ったこと間違いないのだ。


 日本を含めた4か国は、すでに2千トン/時の能力のあるリン肥料製造装置の計画を作っており、敷地造成はすでに着手している。そして、実証運転の成功を受けて、日本が作った詳細設計図を用いて、必要な機器の製造に入っている。


 このレースでは日本は圧倒的に有利である。このプラントに必要なのは、100万㎾NFRGと100万㎾相当のNFR-T機(熱発生機)であるが、日本では各々1機は常時在庫がある。


 その点で、他の3か国ではNFRGは他の用途の物を回せばよいが、NFR-T機についてはまだ生産量が少なく、調達に少なくも1年3ヵ月を要する。カリウム肥料の製造装置はリンに遅れること、1週間で実証運転に入れる見込みである。

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