第36話 国連軍の活躍

 新生国連は、ミャンマー軍及び軍が形成するミャンマー政府を、歴史上嘗てない恥ずべき組織として、解体を命じる国連安全保障理事会命令001-2027/10/1を発令した。


 これは安全保障理事会の2/3以上の賛成によって成立したもので、この命令を拒む場合には国連軍によって武力で強制できるものとしている。この命令は、両組織の解体と、名指しする当事者に国連軍事裁判所に出頭することを命じている。


 その当事者は、ミャンマー軍の司令官以下85人、ミャンマー政府の25人、ミャンマー司法省の裁判官8名である。命令に関する議決がされたのは、旧政権の指導者であるアンサラ・ソチンに死刑判決が出されたことがきっかけであった。


 ミャンマーは、軍事政権になって以来中国を除いた国際的なリンクから切り離され、経済はぼろぼろであるが、国民の政権に対する抗議は、ますます増長している軍部の、もはや遠慮なく住民に銃撃を加える暴挙に対して抗しえないのが現状である。


 しかし、中国の政変で、中国政府が西側の政策に同調する態度を見せ始めているため、ミャンマーの軍事政権を相手にしなくなっている。このため、軍部はますます過激になっており、その一環が旧指導者の死刑判決である。


 これに対して、一般国民の爆発物を使った自殺攻撃が頻発し始めており、もはや放置できない状況になっている事も決議の背景にはある。

 国連総長ジョン・マッカーシーの決議の後の演説である。


「本日、国連憲章、第2項第3章第2項によって本日ミャンマー政府及び、ミャンマー軍に対し、それらがその国民にとって有害なものとして、その組織を解体し、別にリストアップする人員を、国連法廷に出廷することを命じる議決がなされた。

 これに対して、両組織が48時間以内にそれを受け入れる声明を発しなければ、国連軍が実力を持って強制する。そうなった場合には、対象者の量刑は2段階重くなることを承知してもらいたい。


 また、すでにミャンマー政府の指揮下にある裁判所による判決は、全て無効であることを宣言する。とりわけ、元指導者アンサラ・ソチンの処刑を実行した場合には、それにかかわったもの全員を死刑に含む重罰に処す。

 よいか、ミャンマー政府及びミャンマー軍。只今、ミャンマーにおける時間2027年10月12日9時である。これから48時間後までに、隣国タイにある国連支部に我が国連の命に従う旨を無線にて所属を明らかにして通知せよ。


 それに対して、同支部から確認の連絡を入れる。その連絡が真実と認められれば、我が国連軍が陸軍本部とその他、政府の大統領府その他を接収する。その回答が無い場合には我が国連軍が、ミャンマー軍を打倒して降伏させるか、あくまで抵抗する場合にはせん滅する。また、政府に対しては、その後強制的に解散させる。

 この場合には、先ほども言ったように、裁判における量刑は2段階重くなる。


 さて、ミャンマー軍は恐らく近世において現れた最も恥ずべき軍である。軍の役割はその民及び領土また財産を守ることである。それに対して、ミャンマー軍は私利私欲に走り、侵略者または民を脅かす敵に向けるべき武力を、自国民に向けてしかも殺傷している。

それも、自分達の権力を失いたくないがためのみの動機によるものである。これらの事実に鑑み、我が国連はこの存在を許してならないという結論に達し、本日の議決になったものである。私からは以上である」


 総裁の言葉の後に、総裁秘書からミャンマー軍、政府、裁判官の法廷に呼び出す者の地位と名前が呼び上げられた。国連のこの発表は、各国の要請で殆どあらゆるメディアが声明の全てを放送した。


 無論、ミャンマー軍にコントロールされたミャンマーの放送局は放送しなかった。しかし、安全保障理事会の議事は、数日前から世界で大きな話題になっていて、ミャンマーの人々もインターネットで知っていた。


 だから多くの人々はインターネットで国連総長の声明を聞いていて、多くは国連の介入が始まることに快哉を挙げた。しかし、反軍の立場でもそれを聞いて複雑な思いの者も多くいた。


 ヤン・ジュラスもその一人であり、放送を聞いて歓声をあげた友人のムセラ・ミューライを窘める。

「ムセラ、そんな歓声をあげることではないぞ。あれは、軍だけではなく俺たちミャンマー人が馬鹿にされているも同然だ。

 我が国は、25年間も軍事政権が続いてきたんだ。軍は政治・経済の双方を握って意のままに国を動かしてきた。だから、軍人はいわばこの国の貴族だったわけだ。そのために、人々の意欲は削がれて、我が国は国際社会からは切り離されて、遅れた貧しい国になってしまった。


 それでも、民主化の波は押し寄せて、軍は何とかごまかそうと、支配権を握りつつ国際的孤立と経済を何とかしようとした訳だ。だけど、民意は彼らが思ったより軍に厳しく、選挙では圧倒的に彼らの支配する政党は負けちゃった訳だ。

 憲法と選挙制度は、まだ軍に都合の良いものであるにも関わらずだよ。つまり、少なくとも民意は軍にはない。それを抑え込もうと、軍はしょうこりもなくクーデターを起こしてそれが続いている訳だ。


 確かに軍は武器を持っていて、危険だよ。でもそのしょうもない軍の兵力は40万人ぐらいだ。一方でミャンマーの人口は5500万だ。たった1%以下のならず者に牛耳られているという訳だよ。だから歴史嘗てない恥ずべき軍というのは正しい。国連総長の言う通りだよ。

 だけど、その恥ずべき軍を養って見過ごしてきたのは我々だ。我々も恥ずべきなんだ。国連軍を頼るばかりではなくて、なんとか自分達もなにかできないかなあ。でもカガンのような爆薬を抱いて自爆はしたくないしね」


 こぶしを握り締めて悔しそうにそういうヤンに、ムセラは自爆して死んだ友人の一人を思ってしゅんとなる。

「うん、でも僕らが準備できる武器は刀、槍や弓位だ。爆薬は手に入るけど、不安定だしね。でも、確かに国連が来たとき、俺たち市民はなにも出来なかったというのは情けない、何とかできないかな」


 一方で、国軍総司令官アヤン・ルタスはその放送をBBCで聞いて怒り狂っていた。

「なんと、一国の栄えある国軍に対してこのような無礼なことを言うとは、許さん!」


 彼は会議室で参謀総長のルカラ・ミラーンを横に、12人の国軍幹部と共に大きな机を前に座っているが、その机を思い切り叩いての怒りだ。

「何という無礼な!」

「侮辱だ!」

「何もできない国連が偉そうに」


 会議室の者達は、司令官に同調して口々に非難するが、末席に座る若手の参謀部課長のミラワン・ルカイ少佐は来るものが来たという思いであった。国連の今日の議決とその後の発表を行うことは予告されていたので、ミャンマー軍は朝から会議室でその放送を見ていた。英語が出来ないものは、通訳官の翻訳を聞いている。


 以前の国連であれば、恐れることはなかった。西側諸国が何か提示しても、必ずロシアや中国が否決するので何も決まることがなかったのだ。まして、一国の主権を無視した議決が決まることはあり得なかった。


 そして、仮になにか決まっても、国連軍という牙がないため、各国軍を寄せ集める必要がある。しかし、今や事態は変わった。現実に、ミャンマーの主権を否定する議決がなされたのだ。さらに、国連軍は今や最強の牙を持っている。


 規模こそ、兵員が僅か1万人であるが、彼らは世界中どこへでも1時間で行ける。 しかも、宇宙まで軽々と飛行でき、大口径のレールガンを備えた宙航艦を複数持ち、それらには小回りの効くレールガン装備の宙航機を抱いている。


 地上兵については専用のF型の大型輸送艦があって、これには兵員のみならず飛行戦車が積まれている。そもそも、兵が出るまでもなくミャンマー軍は宙航艦、宙航機のみに対しても手も足もでない。それに、飛行戦車が出てくれば、何も抵抗できずに、レールガンを撃たれて、ミサイルを撃たれてせん滅されるのみであろう。


 望みとしては相手の弾切れのみであるが、相手は引き返してまた不足する弾薬等を積んで戻ってくればよいのだ。相手の背後には世界がついているのだ。

 ルカイ少佐は、ぼんやり上官たちが興奮して議論をしているのを聞いていたが、「人質を取れば良い」という言葉に反応した。


 それを言ったのは、冷酷そうな白髪の少将の襟章をつけた、将軍の一人である。

「もう一度言う。各駐屯地、軍の施設を人質で囲むのだ。人権とやらで縛られている国連軍は手も足も出んよ。さらに、軍を引かなきゃあ、一人一人処刑すればいい」


 ルカイ少佐は、その言葉に対しての部屋の反応を冷静に見た。半数以上は嫌悪感に顔をゆがめている。一方で、それに解決策を見いだしたような顔をしているものは20%ほどか。


 自分もこの腐った軍に属している一人で、えらそうなことは言えない。しかし、いくら何でも自国民を人質というのは無い。しかも、要求を聞かないと処刑だというのはテロリストそのものだ。


 腹を決めて手を挙げてアピールしたところ、司会役の参謀総長が指名した。ルカイは参謀総長に評価されており、この席への出席もその命令だ。

「人質は取るべきではないと思います」


「なぜだ、お前は滅びるのを待つというのか?……まさか、宙航艦、宙航機を擁する国連軍にわが軍が勝てるというのか?」

 人質作戦を言い出した少将が問い詰める。

「いえ、わが軍は歩兵が騎馬軍にあしらわれる歩兵のと同じ立場で、勝てる要素はありません」


「ということは、……。降伏しようというのか?」

「いえ、戦って滅びるべきです。人質などを取ってはなりません。すでに、我々は守るべき人民を撃つという醜行を成しています。この上に、自国民の影に隠れる国軍などの醜いことをするべきでないと言っています。

 はっきり言って、我々は国連があのような決議を出した時点で敗れています。そして、従来の国連軍なら、ことが決着するまで多分2年ないし3年の時間があったでしょう。しかし、国連軍の装備はご存じだと思いますが、彼らは上空にずっと留まって戦えます。


 そして、彼らは力場のバリヤーを持っていると言われています。だから、小銃、大砲、ミサイルは通じないでしょう。しかも彼らにはレールガンがあります。

 人質を取ったからって、どうなりますか?無論、その中から選んで処刑などは出来ませんよ。わが軍は全員で40万人ですが、間違いなくタイムリミットまでに兵の半分以上は逃げ出すでしょう。

 5500万の国民に、20万足らずの志気が最低の軍がどう戦うのです?中国からの補給もない今、弾薬も不足しています。さらに……」


「ええい、黙れ、黙れ!この敗北主義者め!」

いきり立った少将が、腰のホルスターから拳銃を抜いてルカイを撃とするが、その前に「バン!」という轟音が鳴って少将の額から血が吹き出す。一瞬の沈黙の中で、参謀総長のミラーンが座ったままで構えた銃を下ろしながら言う。


「このような席で発砲しようとするとは、愚か者が!」

 それから、司令官を向いて言う。

「総司令官アヤン・ルタス殿、国民の人質はあってはならないことです」

 それから、立ち上がり皆に向かって言う。


「我々には我々の理想があった。しかし、それは全く理解されず、国際社会と称するものを代表する国際連合からはあのような侮辱を受けた。そして、彼らは我が国に侵略して来るという。であれば我々は、全力で迎え撃つのみである。よいか!?」


「「「「おお!」」」」

 鬼気迫る参謀総長の言葉に、部屋の全員が圧倒されて賛同して叫ぶ。無論、ルカイは尊敬する参謀総長に賛同して叫ぶ。


 その叫びの余韻が静まった時、参謀総長は更に言った。

「なお、これからタイムリミットの前に軍から去りたいものは止めるな。ただ、銃器を持ち出すものは許すな。聞かないものは射殺しても構わん!」


「「「「は、承知しました」」」」

 軍を動かしているのは参謀総長と言われていたが、その通りになった形であった。なお、総司令官はラオスに逃げようとして、護衛であるはずの兵に射殺されている。タイムリミットまでの2日間、ヤンゴンを始め国中の都市では、長くなかった市民の軍政反対のデモの嵐が吹き荒れ、軍からは脱走者が引きも切らず続いた。


 タイムリミットが来た。参謀総長は、周りを固めた2千の兵と10両の戦車と共に、陸軍本部にこもっている。一方で、各軍の駐屯地などの基地は、国連に告発された者が中心になって守りを固めている。市民のデモは尚も盛んに行われているが、軍が固めている基地周辺には近づいていない。


 国連軍のミャンマー派遣部隊司令官は、前歴が米軍の海兵隊の大佐だったマイク・カーネル准将である。彼の指揮下に各コメット型宙航機4機を搭載した宙航艦2艦の空飛ぶ戦闘艦があり、さらにスワン型輸送艦1隻に2000人の兵士に空とぶ戦車であるビートル10機が積まれている。


 ミャンマーの状況は、現地協力者と、上空に浮かべたドローンによりリアルタイムで把握されている。タイムリミットが過ぎて出航した3隻の大型艦であるが、旗艦コスモス1号内で、カーネル准将が、副指令の片山圭吾大佐に話しかける。


「へい、ケイ。どうもミャンマー軍は1/3も残っていないらしいな。とは言え、陸軍本部と2つの駐屯地はそれなりに守りを固めているらしい」

「ええ、どうも幹部連中は玉砕覚悟のようです。総司令官はラオスに逃げようとして射殺されたようですしね。今は参謀総長がトップのようです」


「ああ、しかし上が玉砕と言っても、下はそうじゃないよな。自分の国民に銃を向けるような連中にそんな覚悟はなかろう」


 カーネル准将は、最も守りを固めている陸軍本部の指揮を執った。コスモス1号がその千m上空に浮かび、コメット4機が時速500kmで飛び回る。やがてコメットの1機が、陸軍本部の上空200mで静止してアナウンスする。


「こちらは国連軍である。直ちに武装を解除して降伏せよ。5分以内に降伏しない場合には攻撃を開始する」

 それに対する返事は、携帯ミサイルのコメットへの発射、さらに小銃の集中攻撃であった。しかし、人工頭脳に操られるコメットは力場バリヤーを張るまでもなく、スイとミサイルを躱す。


 また、小銃弾は25㎜の装甲板を貫けない上に、バリヤーで止まることになる。

 コメットは2基のレールガンの右を一発、1秒遅れて左を一発撃った。さらにそれらは10秒に一発づつ、20発を撃ちこむ。


 それは、本部の石壁を撃ちぬいて砕け、超高速かつ高温の火柱となって、幹部の部屋を通り抜ける。その際に参謀総長の部屋を焼きはらうことになった。ミャンマー軍は、数分で1機のコメットのために廃墟となった陸軍本部を見て、指揮官である参謀総長が死去したことを悟った。

 また自分達の攻撃が何の効果もないことを知ったミャンマー軍は、銃を捨て白旗を振って降伏した。他の基地での戦いも同様な経過を辿った。


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