第38話 人類とイセカ帝国との接触

 国連は、てんびん座η星の生物とどのように接するか議論を重ねてきた。まず、相手のことをもっと知るべきというもっともな意見が優勢になり、今度は有人のそら型が送り込まれた。


 ただ、疫学的な危険を避ける意味から、乗員には大気圏内に入ることを禁じられている。高度100㎞以上の高空からの概略地図の作成、地上に調査ドローンを下ろしての細菌、ビールス調査等の基本的な調査を行うことになっている。


 特に地球から、この惑星に病気を持ちこんではならず、逆も同様であることが徹底された。天然痘などを持ち込んで、アメリカの先住民を全滅させかけ、梅毒を持ち帰ったコロンブスの誤りを繰り返さないことが重要である。


 さらに、地上からの放送を地上の文化、さらに疫病の流行などの状況を分析することになっている。幸い仮称C1A帝国では初歩的な白黒の映像であるが、すでにテレビ放送が始まっていて、映像と音声を比べることで言語を学ぶことは容易であった。


 この結果、人工頭脳を使ったAIによって、僅か1週間で、通訳AIは現地の帝国名イセカで使うイセカ語と、英語、フランス語、日本語の通訳が出来るようになっている。さらに、イセカ帝国には、地球で過去起きたような致命的な疫病の流行は起きていないことも分かった。


 同時にイセカ帝国の文化の分析も並行して行われている。結果として第1次の無人探査機の調査結果の分析はほぼ正しかったことが判明した。つまり、イセカ帝国は、この惑星において圧倒的な進んだ文化を持ち、技術も進んでいる。


 イセカ帝国のあるミーライガ大陸には、国が他に12ある。そのうち帝国の近傍にある3つがやや文化が進んでいる。だが、完全に帝国の模倣であり、産業面でその技術を取り入れ、比較的高い生産性を発揮しており、さらに市民生活も似たような文化だ。


 帝国は、元々現在では100万都市である首都のイーライを中心とする豊かな国であった。それが、数百年をかけて順次周辺の国や地方を併合して大きくなってきたもので、まさに『帝国』であり、彼らもそれに相当する言葉で自分の政体を呼んでいる。


 そのように併合した地域はその出身者に統治させていて、特に圧政は引いていないようだ。そのため、特段の反乱等の政治的混乱は起きていない模様で、むしろ他の国の方が飢えのための反乱、強盗団の活動など問題が多くみられると、帝国の放送ではよく語られる内容である。


 さらにそれなりに精強な軍を持っているが。どうも過去に周辺の『蛮族』が大規模化して、侵略された経験からのもので、防衛軍的な意味合いが強いと彼ら自身は思っている。そして、その軍事レベルについても分析された。


 まず陸については各兵が単発銃を持っていて、隊毎の砲を持っている。さらに、初歩的な動力駆動の戦車まで持っている。ただ全部の歩兵をトラック等で輸送する機動力はない。飛行機は知られていないので、空軍はない。


 無論放送で傍受した結果なので、信ぴょう性は高いと考えれれるが、テレビやラジオの放送しているのは、帝国とその周辺数か国なので、それ以外の地区の意見は聞けない。


 ちなみに、少なくともミーライガ大陸の知的生物は、帝国の『人』と殆ど姿形は近似している。さらに、男女はあっても卵生なので女性に乳房などはなく、対格差も小さいが、頭のトサカのようなものの形が違うのが男女を見分ける徴である。


 これらの調査結果から、国連はイセカ帝国が大陸内では圧倒的に文明化しており、かつ軍事的に強者にもかかわらず、侵略的な国ではない点を評価した。そして、人類を代表する国際連合として、交流を行うべく交渉することを決定した。


 つまり、地球としての交流先としては、異星の文明社会の第1号がイセカ帝国ということになる。このため、最初に小人数の外交交渉団が送り込まれた。交渉団の団長は国連の渉外局長、ナセル・アクランでサブがマリア・カースレイクである。

 随員の2人が若い地球人の例として、肌の黒い黒人の男性と黄色人の女性である。


 彼等は、まず帝国の首都イーライの宮殿の前庭にドローンを送り込み、スピーカーで交渉したい旨を繰り返し述べた。ちなみに力場エンジンを積むと、ワンボックス車程度に大型化するのでコメット宙航機で高度5千mまで下りて、プロペラ式のドローンを放っている。


「この機は、地球という惑星から来た人類の代表が、栄えあるイセカ帝国と交流したいということでやって来たものだ。この機は機械のみで構成されており無人である。我々が、交渉の資格のある方と交渉したい。この機では誰も傷つける能力はない」


 ドローンの大きさは4枚の羽根の径が50㎝位で、華奢で危険には見えない。飛行機を知らないイセカの人々は、たちまちドローンの回りに集まって、指さして興奮して騒いでいる。


 しかし、すぐに警備兵がやってきて、人々をドローンから遠ざけるが、それから少々遅れて、制服らしいきちんとした服装の2人がやって来たところで、ドローンが繰り返しの言葉を止めて、話しかける。


 しゃべっているのは、カメラで外の様子を見ていた団長のアクランである。彼はイーライの上空100㎞に滞空しているそら型宙航艦に座乗している。スピーカーから流れた彼の言葉である。


「私は、我々の母星である地球を代表する、国際連合という組織の対外交渉の責任者であるナセル・アクランである。私は今、あなた方より100㎞の上空にある船に乗っている。私は、地球を代表して、あなたの国であるイセカ帝国と交流を始めたいと考えここに来ている。

 交流とはお互いに人が行き来をしあって、互いの知識を教え合い、お互いに足りないものあるいはないものを売買することだ。例えば、我々はあなた方に、空を飛ぶ方法を教えることができる。さらに、この国にない様々な便利な物を教えるまたは売ることができる。


 それに際して、大事なことを申し上げたい。我々は絶対に貴方の国を侵略することはない。我々には戦争をして殺し合った歴史があるが、今はそれを必要としない、そして人々がそのように互いに争い殺し合うこと、相手を迫害することに嫌悪するようになっている。

 我々は交流のための条約を結びたいが、相互の不可侵という言葉は必ず入れたい。いずれにせよ、当面我々交渉団4人を受け入れて欲しい。我々の乗っていく船はこのようなものだ」


 そう言って、ドローンに備えたスクリーンのカバーを外してコメットの映像を映す。それには、横に平均的なイセカの人の立像が比較のために立たせている。

それを見て、制服を着た年上に見える男がドローンに向かってしゃべりかける。


「うむ、私はイセカ帝国渉外省職員のミズカリ・スン・カジラスである。俄かには信じられない話であるが、この映像に映しているものついては我々の技術の及ぶところでないことは判る。

 さらに、飛んできたというこれは何というか知らないが、今一度飛んで見せて欲しい。そうすれば我が上司にも説明がしやすい」


「承知した。少々音がするが驚かないで欲しい」

 アクランの声が言い、4枚のプロペラがウイーンという音を立てて、ドローンが軽々と離陸する。


 それは10mほど上昇して、100mほどの円を描いて再び着陸する。

「どうかな、飛行できることに納得して頂けたかな?」


「うむ。ではお待ち頂きたい。私は上司と話してみる、いや上司が参ったようだ」

 そこに、華やかな服を来た者が、3人の銃で武装した兵を従えてやってくる。


「これは、ミーベル第3皇子殿下、ここにいらっしゃるのは聊か危険かと思いますが」

 2人の制服を来た者達は恭しく叩頭したが、カジラスがやって来た貴人を窘める。


「良い、対外卿の姉上にお願いして許してもらった。それで、先ほどこれが飛んだのはどういう経緯か?」


 第3皇子が軽く手を振って問うのに、カジラスが答える、それをカメラで見ているアクランには、彼等のしぐさは人間と変わりないように見える。

「……そういうことで、その私の要望に応じて、この機械が空を飛んで見せたのです」


「ふむ、遥かな高みにいるものが、この機械を通じて話をしてくるということだな。そして要望に応えてくれたと。ふむ、そして彼らは自分から侵略はしないと言っている訳だ。その前提で、乗り物に乗った彼らが我らと交渉するためにここに下りたいという訳だな?」


「はい、その通りです」

「よろしい。アクラン殿、もう一度貴君の乗り物の絵を見せて欲しい。良いかな?」

 皇子はドローンに話しかけると、「解りました」とスクリーンが再度現れて宙航機の写真が現れる。


「ふむ。それほど大きなものではない。これが下りる時に、周辺の民を傷つけることなないと約束できるか?」


「はい、この機は自在に宙に留まれますので、決して周辺の人々、また物を傷付けることはありません。大体兵の方々が空けている程度の空きがあれば、私の乗り物は下りることが出来ます」


「では、よろしい。下ろしてくれ。我々は待っているが、どのくらいの時間がかかるかな」

「はい、30ミル(大体30分)程度あれば十分です。では、このドローンはその間は、空中に退避します。なお、これはドローンと言いますが、後程操縦機をつけて皇子殿下に贈らせて頂きます」


「おお!それは嬉しい。飛ばすならゆっくり飛ばしてくれ」

 そう言った皇子は、自分の言葉に応じてドローンのプロペラが回り機体が、ふわりとゆっくり浮き上がるのを見て、横のカジラスに言う。


「なるほど、あの羽根が回ることで、浮き上がる力を生み出すのだな。しかし、どうやってそれを自在に動かすのか解らん。こうしたことを教えてもらえるなら、彼等『チキュウジン』と交流することは大いに利益があるぞ。

 まあ、差し当たって話をして、今後どのように手続きを進めるか、姉上と話す必要がある。しかし、私は彼等との交流に賛成だ」


「はい、私も彼らとの交流には大きな利益があると思っています。しかし、どうも彼らの知識は我々より大きく進んでいるようです。ですから、彼らが我が帝国を侵略しようと思えば、簡単にそうできるでしょう。

 とは言え、このように彼等が空から我々の所在を、そして我が帝都を知ったからには、ここで我らが拒もうと結果は変わりません。だから、彼らの言うことを信じて受け入れ、得られるものを早急に得るという態度が正しいと思います」


 カジラスはこのように皇子の言葉に応じるが、皇子はそれを聞いて言う。

「なるほど、カジラス良いことを言う。その通りだ。お前が言うように、帝国に侵略を恐れる者はおるはずで、彼らは交流に待ったをかけるだろう。しかし、もうすぐ彼らの乗り物が来ると、どれほど我々の水準と隔絶しているか判るだろう。

 そうすれば、お前の論で全体を説得して、国をチキュウジンに開くことが出来るだろう」


 そのような話をしている内に、ますます増えた群衆の内の数人が空を指して叫ぶ。

「おお、何かが下りて来るぞ!」


 皇子もその声につられて上空を見上げると、確かに青空に豆粒のような点が見え、目を凝らすとどんどん大きくなっていく。そしてそれは、身長の5倍ほどの高さに静止して、声が聞こえる。それは、確かに今は空に浮かんでいるドローンから聞こえてきた声と同じものだ。


「皇子殿下、そこの空いた場所に降りてよろしいでしょうか?」

「おお、良いぞ、降りてくれ」


 コメット8号は、音もなく人垣に囲まれた石畳の上に、速度を落としながら重量がないような軽さで下りる。それは長さが7m余り、幅が3mで高さは2.5mほどの丸みを帯びた箱型の鋼製の機体で明るいグレイに塗られている。


 軽そうな動きであるが、重量は20トン以上ある。地上に落ち着いたのち、5分ほど待たせて、その横腹に割れ目ができると、両側のシリンダーに支えられた側板が下がって端が地上に着いて斜路になる。


 待たせている間に、空気を吸入して細菌などの検査をしていたのだ。空気の成分が人間に無害であることは既に確認されている。また野生動物を捉えての調査、家畜からサンプルを取っての調査、人を眠らせてのサンプルを取っての調査で、人間にとって有害な菌・ウイルスなどは蔓延してないことは一応確認されている。


 加えて、イセカ帝国に降りる者は、可能な限りの防疫のための薬剤を服用して、相手にこちらから持った菌類を移すことなく、移されることもないように措置をされている。


 そこから、4人が下りて来る。国連の渉外局長のナセル・アクラン、外世界担当官マリア・カースレイクに、随員の米国人の黒人マーク・エイブルに、日本女性マリ・キクチである。


 アクランはアラブ人、カースレイクは白人だから、まさに地球の人種の展覧会であり、男女2人ずつということも意図的である。なお、マリは医学、特に伝染病など疫学の専門家であり、マークは機械・電子機器の専門家である。


「始めまして、私が今回の地球からの交渉団の長を勤めるナセル・アクランです。こちらは、私のサブを務めるマリア・カースレイク、さらに随員のマーク・エイブルにマリ・キクチです。この2人はそれぞれ機器類と、医学の専門家です」


 服装からして、明らかに貴人の皇子の前に来て、アクランは自分達の紹介をする。それに対して、皇子が応じて自己紹介をする。


「私はこのイセカ帝国の皇室の第3皇子である、ミーベル・カザラ・ドラ・イセカである。外務卿である姉の委嘱を受けて貴殿らを迎えている。これは、外務官僚のミズカリ・スン・カジラスである。彼が貴殿と話をしたらしいな?」


 そのような話から、彼らは皇宮に招かれて外務卿を務める帝国第一皇女に会い、取りあえずの交渉の開始と、調査団の受け入れを受け入れられた。その了承に当たって効果的であったのは、そら型の宙航艦の帝都上空での飛行であった。


 これは、ミーライ皇子から、アクラン等の乗ってきた宙航機が、違う星からやって来たにしては小さすぎると提起したのに対して、正直に話して呼び寄せたのだ。

 上空に浮かぶ巨体を見た帝国の人々は、今の帝国では地球人にはどうあっても敵わないということを納得したのだ。そして、そうであるなら出来るだけ友好的に接する、という方針が皇帝も同意の上で出された。

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