第9話 核兵器無効化装置の機能確認と配備

 丸山大臣は、青山からの連絡を受けてすぐに行動に移していた。彼はあらかじめ首相と官房長官との面会の約束を取り付けており、直ちに首相官邸を訪問した。


「丸山さん、特大のニュースがあるというのはどういうことかな?」

 川村官房長官が、いつもの平静な表情で部屋に入って来た丸山に尋ねる。


「はい、端的に言うと、核兵器を無効化する装置がK大学で開発されました。今現物がK大学にありますので、大学の了承を得て直ちに防衛研究所に移送するように指示しました」


 首相は、丸山の言葉が直ちにはピンとこなかったようで、怪訝な顔をしたが、かみそりと言われる川村はすぐに反応した。

「なに!核兵器の無効化?それにK大学というと、今日の記者会見で大変な開発を発表したばかりだよね?」


「その通りです、彼らにはまだ隠し玉があったのです」

 そこにようやく事態を把握した加藤が反応する。

「核兵器を無効化する装置ねえ。それを君はどうやって知ったのだね?」


「はい、森田議員、彼はK大学を含む選挙区ですが、彼からの情報で、開発担当の参事官をK大に確認に行かせたのです。それが、たまたま、今騒ぎになっている記者会見の直後になりました」


「それで、その参事官が確認したと……、そういうことですね?」

「そうです。ただ、無論実験室での実験結果の確認ですが、十分に信頼できるもののようです。しかも、すでに開発は終了して、実装置が3基あったそうです」


「ふむ、それを丸山さんは、それを東京に運ばせるように手配したということですね?」

 丸山が頷くのを見ながら官房長官は更に聞く。


「それで、それはどういう仕組みで、どのような機能があり、どうやって核を無効化するのですか?」

 畳みかける官房長官に『この人は苦手だな』と思いつつ、丸山は応える。


「それは、透過性の高いある特性を持った電磁波を照射すると、ウラン235のような核分裂物質の活性を落とすことが出来るそうです。その照射の時間は1マイクロセカンドということで、ほんの一瞬で、その効果が出るそうです。

 だから、その照射装置に一瞬だけ大電流を流すことで過負荷状態にして、有効範囲半径10㎞を得ているということです。つまり、その装置の有効範囲は10㎞ということですから、例えば迎撃ミサイルに積んで10㎞の範囲に入った時点でスイッチを入れれば、無効化できるということです」


「なるほど、確かに完成された核無効化装置ですね。いわゆる近接信管の有効範囲に入れることは無理でも、敵ミサイルの10㎞の範囲に近づけることは簡単ですね」


「丸山君、そ、それがすでにある訳ですね。核兵器を無効化する手段があれば、わが国の立場がどれだけ変わって来るか。アメリカの核の傘なるものが当てにならないのが判っていても、唯一の被爆国が核禁止条約にも加入できない。

 また、中国もそれが当てにならないのを見透かして舐めた態度をとる。ロシアだってそうだ。多分彼らはウクライナに侵攻するのだろうが、GDPが韓国並みの彼らがそんな馬鹿なことをするのは核あればこそだ。それに……」

 首相の加藤が熱に浮かされたように言い募るのを川村が止める。


「総理、お気持ちは良く解りますが、だからこそ、その効果の確認が必要です。その確認は本物の核を使う必要がありますので、わが国ではできないのは明らかで、その場合は軍事同盟の相手たるアメリカでやることになります。

 しかし、我々はアメリカにそれを持ち込んで実証することが日本の国益にとって良いのか検証する必要があります。また、アメリカがそれを受け入れるか、ということもです」


 それに対して丸山が答えた。

「その点は、防衛省内で、『もしそういうものがあるのなら』ということで、制服組も入れて揉みました。その結果ですが、まず、彼らがその実験を受け入れるかどうかについては必ず受け入れるという結論です。

 これは、まず彼らが核戦力に係わる新たな開発を、知らないということは承知できないから、ということです。


 さらにもう一つ彼らが受け入れる理由があります。それはアメリカにとって核が無効化されることは彼らの国益に叶うのです。それは、アメリカは通常戦力において、圧倒的に世界一であるからです。 

 ところが核の存在がある故に、GDPでは1/10にしかならないロシアの存在を意識せざるを得ないし、吹けば飛ぶような北朝鮮にまで気を遣う必要があります。


 アメリカは世界一の核戦力を持っていますが、それが無効化されるとよりその安全は高まります。

 つまり、日本から核無効化装置なるものの存在を知らされ、その実証実験を持ちかけられてそれを断るなどの選択肢は、アメリカにとってあり得ないということです」


 その言葉に、村山と加藤が大きく頷いて加藤が口を開く前に村山が冷然と言う。

「うむ、まあそうだろうな。私もそれに同意するよ。喜んで受けるだろうな」


「さて、そうして、アメリカを頼ることが国益に叶うかどうかですが、これは日本にとって選択の余地はないということです。まず、その装置が実際に働くことを確認することは、国民と国土を守る義務のある我々にとっては責務です。

 そして、その存在をアメリカに知られ、かつ彼らに提供することが我が国にとって不利になるかどうか。我が国は、粛々とこの装置による核防衛システムを構築すればよいのです。そうすれば、わが国はアメリカの核に対しても安全になります。


 一方で、仮にロシアとウクライナの紛争や対北朝鮮に関して、憲法に縛られていて、国内にそれを後生大事に掲げている勢力がいる限り、その運用は中々困難です。その点では、アメリカなら、相手の都市を破壊する訳でないので、防衛のみならず相手の領土の無効化も気楽にやってのけるでしょうよ。

 我が国は、世界に積極的にこの技術を伝え普及に手を貸すべきです。そうすれば、5年もたたないうちに核禁止条約は世界で有効になるでしょうよ。その場合の日本のデメリットは無いはずですよ」


「うん、うん。完全な答えだな。だけど、技術を伝えるというか装置を売る場合には国益を考えた売り方をするべきですな。ねえ、総理?」


「うん、そうだね。表向きには言わないが、核を暗に脅しに使うような国を同じ扱いにするわけにはいかんな。よく解かった、アメリカに実証実験を頼もう。防衛省ではどういう形を考えているかな?」


「はい、これは日本の防衛省と、アメリカの国防省マターで行きたいと思っています。多分、実際に進むと大統領から総理に話は有ると思いますがね。それで、私から国防長官のマーク・ヒギング氏に直接話をして段取りを取ってもらいます。

 今は午後5時ですから、ワシントンは朝7時ですな。防衛省に帰って出来るだけ早く連絡を取ります」


 そう言って丸山は防衛省に帰り、アメリカの午前9時である午後8時まで、様々な準備を行う。それにK大から帰って来た青山参事官が立ち会っている。彼はK大訪問のこともあって、今後の実験まで担当することになったのだ。


 その間に、NIDの3基が防衛研究所に着いた知らせを受け、アメリカに行って実験に立ち会う人員の選定を防衛研究所と幕僚長に依頼した。そして彼らには、最短の場合には翌日出発できるように準備を命じるようにした。


 ワシントン駐在の武官、秘書官を通じてのアメリカ国防省への連絡は、スムーズに繋がり、午後9時には相手からの連絡が入る。

「ハロー、ミスター丸山、ステイツの国防長官のマーク・ヒギンズです」


 彼らはまだファーストネームで呼び合うほどの仲ではない。

「聞くと、画期的な技術を開発したのでその実験を、我が国でやりたいということだが。君と私が連絡を取り合うほど重要な話かな?スーパー・バッテリーの話は聞いているが、それはそれほど緊急ではないと思うけどな」


 いささか嫌味たらしい言い方であるが、すでにA型バッテリーの話を国防長官が知っているのは流石に情報が早い。

「重要だと思いますよ。我が国では、核兵器の核弾頭の爆発を抑制することのできる装置を開発したのです。その装置が3基あるので、そちらに運んで、実際に機能することを実証したいのです」


 丸山は流ちょうな英語で応じるが、相手は明らかに戸惑っている。

「え、ええ?耳がおかしいのかな。核爆発を防ぐ装置があると聞こえたが……」


「その通りです。そのように言いました。それは使い捨てですが、3基あるのでそれを貴国の原子爆弾が事実爆発を抑制できることを確認したいのです」


 しばらく沈黙があり、相手が何やらスタッフと話をしているようだが、5分ほど待たされて再度ヒギンズが話し始める。

「ああ、失礼した。そういう装置があるなら、こちらもぜひ試したい。それは東京にあるのかな?」


「そうです。我々の研究所にあるから、お宅の横田基地には近いのですぐに運べます。それとそれについては実験室レベルの検証は済んでいるので、その原理的な説明を含めた詳しい書類を送るようにしますので、秘密を守れる送付方法を指定してください。」


「なるほど、じゃあ、すこし待って欲しい。こちらで準備をしてみよう。ちなみに、横田から我が国にそれを積んで、実験する場所まで運びたいということだね。それはどの程度の重量かな?」


「1基が30㎏ですが、わが方のスタッフも5人ほど立ち会わせたい」


「3基全部で100㎏以下か、軽いな。スタッフが来られると……、まあそれは当然ですな。承知した。30分以内にもう一度電話をする」


 丸山が交渉の成立にほっとして待っていると、20分後に再度の連絡があった。

「ハロー、ミスター丸山。段取りがついた。明日正午にC-7が横田を発ってサンジェゴを経由してナホバ砂漠の実験場に下りる。そこで明後日、戦術核やウランやプルトニウムを使った実験を行い、場合によっては再度ケース分けして実験する、と言うところが概要だ。

 以降は私の補佐官のメアリー・ホットマン准将に担当させるので、君も担当者を決めておいてほしい」


 そのような話で、以降の準備は青山参事官が担当することになった。

 国防長官のマーク・ヒギンズは、統幕参謀長のジャック・カサトリアス中将と一緒に、軍用輸送機に乗って、ナホバ砂漠に向かっている。


 報告では、日本からの仮称NID装置は所定の位置に設置され、2㎞~10㎞の間の2㎞毎にウラン235とプルトニウム238の試料が置かれ、10㎞の位置には戦術核の弾頭が置かれている。


「ジャック、それで、実験の準備はすでに終わって実施は2時間後だが、日本からの書類はちゃんとしたものだったようだね?」


 ヒギンズの質問にカサトリアスが平静に応える。

「ああ、部下と研究者何人も見せたが、なるほど理論が正しければ言うような機能は発揮するという。さらに回数は少ないが実験結果によるとその結果は理論を裏付けているということだ。だから、その装置はまっとうなものだかから、今日の実験は成功する可能性が高い」


「うーん。余りにとんでもない話なので、同盟国への単なるお付き合いと思ったが、本物のようだな。それにしても、これが成功すると世界の軍事プレゼンスが全く変わってくるな。何より、核大国と云うだけのプレゼンスだったロシアは、惨めな存在に成り下がる。

 中国にしても、彼らがのさばっているのは結局核があればこそだ。口では自分達が先に使うことはないなどと言っているが、陰では露骨に脅している。核の存在抜きでは、いつも脅している日本を侵略することも出来ない。

 彼らの厄介なのは、亜宇宙から降って来る核弾道ミサイルなんだが、もはや核抜きでは我々の空母部隊の敵にはならない。その意味では、調子に乗っていた北朝鮮は単なる道化師に成り下がるわけだ」


 ヒギンズが言うとカサトリアスが応じる。

「ああ、我々は圧倒的な戦力を持っているが、核についてはその余りの被害の大きさに引いて警戒するしかなかった。しかし、これがちゃんと機能すれば、我々の軍事プレゼンスが実力通りになる訳だ。その意味で、日本はこれでどういう風にそのプレゼンスが変わるかな?」


「一つ言えるのは、核保有国に囲まれた弱者ではなくなった。彼らの拘っている北方領土だってその気になれば取り返せるだろうよ。それに核無効化装置を開発した国ということで、それなりの名声というかプレゼンスは得られるだろうな。

 私は、世界がわが国も含めて核全廃条例の締結に進むと思う。その場合にはそれを決定づけた国というのは意味が小さくない。だけど、日本でいきなりこのようなものを出してきたか調べる必要がある。


 一つの大学から、あのA型バッテリーに、I型モーターが開発したと発表されたばかりだ。あれらは、わが軍の装備を大きく変えるはずだ。

 それに加えて、この核無効化装置だ。しかも、この核無効化の原理を使って核廃棄物の放射能を大きく低減できるらしい。それも、それらは特定の人物から生まれた発明であるというから、その人物のある限り、さらに驚くようなものが生まれる可能性が高い」


 ヒギンズ達がこのような会話をしている内に飛行機は着陸して、メアリー・ホットマン准将が出迎えた。彼女から準備完了の報告を聞き、飛行場にあったNIDの本体を視察した。また、その際には日本から来ていた防衛省のメンバー5人に面会したので、聞いてみた。


「ミスター青山、ところでこのNIDはどのくらいの値段を想定しているのかな?」

「はい、1基当たり30万ドルを考えています」

「ふーむ。この小さな物の割に高いが、効果を考えれば安いな。それで、1年で千基を我が軍に供給できるかな?」


「千基!ええ、そんなに?だけど、まあ量産体制を整えていますので、1年あれば大丈夫でしょう」

 

 彼らは、そのように会話をしながらスクリーンやモニターを並べた部屋で、NIDや距離ごとに設置した試料、実験に使う核弾頭の映像を見ながら、試験の時間を待つ。 その部屋は、実験のエリアから20㎞ほど離れた飛行場においたものだ。


 結論から言えば、実験は成功した。核弾頭は起爆しても爆発しなかったし、試料に取り付けたモニターはきちんと放射線の大幅な低減を示した。


 ロシアのウクライナ侵攻が始まったのはその2日後であった。1週間で全土を占領状態に置く予定であったロシアは、西側の最新兵器を供給されて戦意の高いウクライナに手古摺った。

 西側の経済封鎖に苦しみながらも、2022年の末になって、漸く東部3州の占領にほぼ成功したことで、一方的に併合を宣言した。


 そして、それは裏から主要国に対して核を使用するとの宣言を伴ってのことであった。日本とアメリカはNATOにNIDの情報を供与し、その構成国がNIDによる核ミサイルに対する防衛体制を整えるまで待つということになった。


 日本では2千基を目標にNIDの量産体制に入り、2024年の4月にはNATO各国とその加入申請国については核兵器に対する防衛体制が完了した。日本は、2023年末には核兵器への防衛体制構築を完了した。


 一方で、アメリカはそれに加えて、積極的防衛つまり仮想敵国の核兵器を無効化できる体制を同じく2024年の4月までに整えた。

 その結果を受けて、ウクライナは2024年の5月にロシアへの反攻を宣言したのだ。

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