第8話 核兵器無効化装置

 防衛省開発担当参事官の青山誠二、防衛研究所の第2部長の長柄健太にその部下の主任研究員の三浦亜美がK大学の笠松教授のもとを訪れたのは、大学の記者会見の日であった。


 大臣の指令から2日後のことで、行動の遅い日本の官庁としては異例の速さである。とは言え、防衛研究所はK大学の記者会見のことは把握しており、職員を派遣するつもりであった。そのため、その研究職の職員はそのまま派遣され、指令を受けた青山が長柄たちを選定して連れてきたのだ。


 記者会見出席に紛れた方が目立たないということで、青山らも記者会見には同席したが結果として、大いに感銘を受けた。


「青山さん、このA型バッテリーとI型モーターは、自衛隊でもぜひ導入するべきですよ。陸では戦車やヘリはこれで行けるのじゃあないですか?また、潜水艦のバッテリーは是非早急に交換です」

 長柄が興奮して言うので、青山は宥めるのに苦労した。


「うん、うん。この件は、防衛省として正式に研究チームを立ち上げる必要があるな。だけど忘れてはいかんぞ、我々の目的は核兵器の無効化だ。これは日本の防衛にとってはずっとずっと重要だからね」


「ええ、まあそうです。でも、青山さん、さっきまで核兵器の無効化が出来るとは思えないと言っていたではないですか?」


「いや、君もさっきの発表を見ただろう。あれだけの開発を成し遂げる組織なら、核分裂物質の核分裂の抑制位は、やってのけるだろうと思うようになったよ。そして、発表した研究者はあれらの開発の発想が自分でないことを匂わしていたよね。

 だから、大臣に聞いた超人的なキーマンがいるのだと思う。これは期待していいと思うぞ。しかし、そういう装置があっても兵器として組み上げ、実証するのは我々の役割だから、事実そのようなものがあれば、これから大変だぞ」


 長柄も実際のところ、青山に同感であった。K大の発表したバッテリーとモーターの自衛隊というより兵器への応用はたちまち多数思いついた。だから、如何にそれらが有用な開発かが判る。だが、一方で研究者として発表を聞いていて、既存の技術からあまりに大きい跳躍に異様さを感じる。


 だから、大臣から言われたという超天才が絡んでいると考えるしかないと今では思っている。従って、その核兵器の無効化が可能な装置というものがどんなものか楽しみであった。


 彼らは記者会見が終わった後、アポを取っていた、笠松教授の研究室を訪れた。部屋には、放射能発生の抑制の研究の指揮をとった応用物理学科の島村准教授と、助手の金子に加えて翔と、今や翔の秘書役の斎藤に護衛の西川が同席している。


 斎藤と西川であるが、彼らはいずれも期間3年のドクター・コースの院生で、博士号取得を目指して本来テーマを持って研究を進めているべき立場である。それが、常に翔と一緒に行動することで、彼の多様な専門分野の横断的な活動に付き合うことになる。


 とは言え、彼らは指導教官と翔とも相談の上で自分の専門分野での研究テーマは既に決まっていて、それに翔のアドバイスが入るのである。だから、十分博士号に値する結果は出て論文にできることは約束されている。


 さらには、翔と行動を共にすることで知る、多様な専門分野の知識と人脈は、彼らにとってかけがいのないものになっている。無論論文を自分でまとめることは必要である。だが、翔も自分で、データまたは論文の検索を行い、論文を執筆する時間はあるので、その間に執筆を行えばよいので十分その時間は取れている。


 さて、訪れた防衛省の3人であるが、案内された物理学科の会議室において、互いの紹介の後に、先に青山参事官が要請内容を説明した。またそれに伴って、日本の置かれている軍事的な状況とその中で突出する核兵器の脅威を述べた。


「このように、ロシア、北朝鮮、中国の核に対する対応が必要なのですが、率直に言って、今のところ対応できていないというのが正直なところです。

 これらの国による脅威は、主としてミサイルによるものですが、最近ではロフテッド軌道など様々な軌道を取ること、また極超音速飛行のできるミサイルも出現して、迎撃が出来ると言えない状態に置かれています。


 そこで、我が防衛省の丸山大臣が、こちらで放射性物質の活性を抑える方法を開発されたということをお聞きして参った次第です」


 それに対しては先ず笠松教授から答えた。

「ええ、ロシアとウクライナとの間がきな臭くなっている状態では、核兵器の存在が問題になることが予想されました。一方で、放射性物質からの放射能発生を抑制する方法の研究をこのカケル君が行っていました。

 その応用で核弾頭のウラン235などの活性を抑える方法を開発したというのが経緯です。具体的に最適条件を見いだして装置を組み立てて、実験をやって来たのが、この島村准教授と助手の金子君です。


 お聞きになると判ると思いますが、研究そのものはすでに成功裏に終わっています。しかし、放射性廃棄物の放射能の抑制はともかく、高濃度放射性物質の核分裂反応の抑制はちょっと世界に与えるインパクトが大きすぎます。

 ですから、島田さんには気の毒でしたが、今回の発表からは除かせてもらいました。でも、これは多分実用後に世界に向けて堂々と発表することになると考えています。では島田さん、研究の説明をお願いします」


 眼鏡をかけて白髪の、生真面目そうな50年配の准教授は淡々と説明を始める。

「はい、まずこの研究というか開発は、この翔君が理論的に可能であることを証明して、その示唆する条件に沿って私達が素材の作成、装置について試行錯誤して実用できるものにした案件です。

 ですから私は研究者として、実機化を担ったという訳ですね。とはいえ、この技術は放射性廃棄物の処理・処分に大きな貢献することは間違いないですし、加えて核兵器の核爆発を防ぐ機能があることから、核兵器の全廃に繋がると考えています。だから、学者としてこの開発に係われたことは光栄に思っています。


 さて、前置きはその程度にして、研究の結果と導かれる機能について説明します。

まず、放射性廃棄物の放射能の発生の抑制については、その抑制のための電磁波の照射によって可能であることは確認しました。抑制率は照射時間と照射の強さによって変化し、実用的に可能な照射の強さで1秒足らずで95%程度の抑制が可能です。

 ただ、放射能の強さは指数的に表されるので、95%程度ではあまり実用的とは言えませんが、繰り返しの照射によって中程度の汚染物質までであれば、ほぼ害のないレベルに抑制できます。その結果を示したのがこのグラフです。多分自衛隊もこの技術は欲しいと思いましたので紹介しましたが、良かったですか?」


 その言葉に、三浦が大きく頷き言う。

「勿論です。放射能の除染も自衛隊の任務の大きなターゲットの一つですので、この結果は極めて重要です。それに、今回開発された、A型バッテリーがあれば、簡単に持ち運び可能でポータブルな装置ができますね?」


「そう、そうです。ということで、これは原発関係の廃棄物の処分、福島の放射性物質の処分に使いたいと思っています。ですが、この技術があれば、核兵器の無効化に繋がるので今のところは発表を控えています。

 さて、本命の核兵器の無効化ですが、要は放射能の除染とおなじことで、電磁発生器の電磁波照射でウラン235などの活性を下げて臨界量を大きくします。つまり、核爆弾が起爆して、臨界量以上の核物質がくっついても連鎖反応による爆発をしなくなるということです。


 無論、威力の大きい爆弾の弾頭部には多量の核物質が装着されていますが、連鎖反応を起こすための核物質の量は臨界量プラスアルファに限られていますので、爆発の抑止は可能です。それと、この照射による反応は不可逆性です。

 つまりは、一度照射すれば、無効化は続くということです。それで、そのデータをこのノートバソコンで見て下さい」


 島田はノートパソコンを開いて、防衛省の3人にグラフを見せると、研究者の2人は夢中になってのぞき込む一方で、青山はその意味をはっきり理解できていない。


「な、なるほど、このGZα線を照射することで、このU235のγ線と熱量がえーと、80%以上減少していますね。しかも、その後はそのまま安定している。効果は明らかですね」


 三浦がスクリーンを睨みながら言うのに続いて、青山が聞く。

「えーと、ということは、そのGZα線ですか、それの照射で核分裂物質の反応を抑えられ、さらに一旦そうすればその状態が続くということですね?」


 これは青山が本質は理解していることを意味する。それに対して島田が頷いて更に言う。


「まさにその通りです。これは画期的です。しかし、これは単に定性的に連鎖反応を緩める効果がある放射線が存在することを立証したのみです。

 一方で、核爆発を防ぐための装置の実機化には、これをどのように使うかを考える必要がありますが、実用的に可能な投入する動力に対して有効範囲が狭いなら、実用には適しないということになりかねないですね。

 加えて、核爆弾は金属のケースに入っています、それに対してその電磁波の照射が十分に効果を及ぼせるかという問題もありますね」


 そこに翔の少年の声が割り込む、今から説明することは翔が殆どを解決したのだ。

「その問題に関しては、まず、GZα線は極めて浸透性の高い電磁波ですので、現状の通常のケーシングであれば、作用を及ぼすのは問題ないと考えています。

 ただそれに対抗しての遮蔽は可能ですが、GZα線の効果と存在を知らなければ遮蔽は出来ませんので、当面はこの面では問題ないでしょう。


 また、現状のところ計算上は1万㎾級の動力を投入して有効範囲が10㎞といったところです。従って、固定基地に照射器を設置するというのは現実的ではないですね。

 ただ、10マイクロセカンドの照射で対象の機能の劣化には有効ではあります。ですから、この場合は戦闘機あるいは迎撃ミサイルに積んで、有効範囲に入ったミサイルなりをストロボのような機能で短時間照射するという方法しかないでしょう」


 その話を受けて、島田が防衛省側に尋ねる。

「戦闘機もそうですが、核ミサイルの探知とそのデータを使って迎撃ミサイルで10㎞の範囲で照射することは可能でしょう?」


「ええ、現在の我が国のレーダーシステムで、弾道ミサイルを国土の3千㎞以内で見落とすことは、低空のもの以外はあり得ません。そして、ミサイルであっても迎撃ミサイルまたは戦闘機が10㎞の範囲に捕らえることは100%可能です」


 長柄部長がキッパリと言ったが、今度は青山が問う。

「なるほど!と言うことはその装置はすでに出来ているのでしょうか?」

 これに対して、総合的にマネジメントをしている笠松が応える。


「ええ、秘密を守ることが重要なので、無理の効く地元企業に3基作ってもらっていますから、試験も出来ますよ。その業者は、四菱重工のK市事業所の出入り業者なので、量産は四菱重工ができるはずですよ?試験はどうせ、アメリカに持ち込まないと出来ないでしょう?」


「え、ええ。そこまでやって頂ければそうなります。しかし、現状のところ、その予算がある訳ではないですから……」

 進行の余りの早さに、今さらあたふたし始める青山に笠松教授が言う。


 「まあ、開発費としては今のところ3億位です。そのお金は、バッテリー関係で協力してもらっている会社に出して貰っていますので、後で払って貰いたいですね。その装置、我々はNuclear Inability Devise 略称NIDと呼んでいますが、一基でまあ2千万円ですね。

 核兵器を無効化する装置としては格安でしょう。アメさんからはもっと貰ってもいいでしょうな。装置はこの近くの部屋にありますから、見ますか?」


「「「もちろん、見ます」」」

 防衛省から来た3人は大きく頷く。使える核無効化装置があるというのに、見て帰らないという選択肢はない。


 30mほど歩いて入った部屋に2基置かれているそれは、概ね30㎝位の直方体であり、銀色のアルミ板で覆われていて、基礎の台にはボルト孔のあるフレームが取り付けられている。

 さらに側板には20㎝角程度のスクリーンがはめ込まれ、20㎝ほどのアンテナのような棒が突き出している。


「まあ、まだプロトタイプの扱いですが、構成もしかるべく考えていますし、軽量化には努めて大体30㎏程度の重量です。信号を受けて照射を行いますが、その照射で照射器は壊れますので使えるのは1回限りです」


 笠松教授の説明に長柄が頷いて言う。

「思ったより、製品化されていますね。ちょっと中を見ていいですか?」

「ええ、ええと、斎藤君と西川君、そこに工具があるからお願いできるかな」島

 田准教授が院生の2人に頼む。


「はい、じゃあ」 

 2人は素直にアルミ板を止めているビスを外す。一枚の側板が外れたところで、長柄と三浦が中を覗き込んで小声で会話していたが、やがて長柄が言う。


「なるほど、きちんと配置されているし、中の機器の支持もされていますね。ここの台盤のフレームをミサイルなどに取り付けるわけですね?」

「ええ、そうです、装置の起動の信号は基本的に地上または管制機などで、必要なレンジに入ったことを確認して送ることになります。このアンテナがその受信アンテナです」


 島田の説明に、2人が深く頷くのを見て青山が話し始める。

「なるほど、機能的に満足すれば、量産も早い内に始められる訳ですね。帰りましたら、大臣に早速申し上げて、最速で核を使った実験を行います。それで、すでに作られていると言われる、3基は実験に最低でも必要になると思います。

 実験は言われた通り、アメリカで行うことになるはずです。その場合は横田基地からアメリカに運ぶことになります。それで、差し当たって、米軍側に説明する資料が欲しいのですが、それは……」


「はい、これが英文の資料です。原理から実験の過程、結果、運用の方法が書いてありますから、信用する、しないは別として相手に正当性を説得できる資料です」

 翔が持っていたカバンから冊子を取り出して見せると、青木は呆れたように上を向いたが話を続ける。


「はあ、解りました。では今後の手続き等で、早速大臣と連絡を取ります。場所を変えて電話をさせて下さい」


「ええ、じゃあ我々は、先ほどの会議室に帰りますので、電話が終わったら来てください。この部屋の鍵を渡しますので鍵をかけて下さいね」

 そう言って、青山以外の一行は会議室に戻って待つと、10分ほどで青山も戻って来て部屋に入ったところで言う。


「大臣閣下と話をしました。まず、予算的には核無効化装置の開発と製作の費用は、根拠のある支出についてはすべて認めるということです。

 それから、今日の内にK駐屯地には早急に防衛研究所に、3基のその装置、NIDでしたか、それを運ばせるように命令を出すそうです。ですので、万が一のことがあってはいかんので長柄君、三浦君はそれに同行して欲しい。


 さらに、島田先生、笠松先生と翔君にお願いということで、NIDの50基を出来るだけ早急に製造して欲しいということです。さらに、その段階で量産体制を整え、少なくとも千基を1年以内に作れるようにして欲しいということです。

 どうでしょうか。まずこちらにある3基をお預りすることはよろしいですか?」


 その問いについては、笠松が応えた。

「ああ、いいよ。持って行ってもらっても。こっちはいつでも作れるからね。それと、今まで使ったものの費用の清算は急がなくていいよ。但し、今後の製作については納品後早急に払って貰いたい。

 それと、50基程度作るのに問題はない。量産体制の構築は元々その気だったから、計画はほぼ出来ているのでアメリカでの実験がうまく行けば問題なく量産に入れるだろう」


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