第7話 防衛大臣の憂鬱、超バッテリー・新型モーターの発表

 防衛大臣の丸山良治は、親しい友人であり、ちょくちょく飲んで互いに愚痴をこぼしている、同僚議員の森田修一と飲んでいる。森田はK大学のあるK県第2区が選挙区である。


 彼らは、以前は料亭やクラブを利用していたが、新型コロナ騒ぎ以来、互いの住居を訪問する宅飲みになって、そのまま続いている。

 森田は長身痩躯の57歳であるが、細面の色白ハンサムであり、一方で丸山は中背小太りの57歳である。丸山はどちらかと言うと強面であり、防衛大臣に似合っていると言われている。


 今日の宅飲みの場所は森田の所有するマンションであり、森田が父から相続したものだ。その場のホステス役は森田の妻の絵里であり、大学生の姪の三嶋真理が手伝いにきていて、料理は仕出しである。


 丸山が、嬉しそうに美人の友人の妻に注いで貰ったビールを一口飲んで言う。

「今日は急に何だったんだ?何か事情があるそうだけど」


「うん、実はね。俺の地元のK大学で凄い開発話がわんさか出ていてね。その中に防衛関係で、大きな開発があるんだ。だから、いろいろ憂鬱そうな君の耳に入れておこうと思って来てもらったんだ」


「何だよ、その凄い開発の話というのは?」

「うん、前に言ったことがあるだろう?俺の同級生で学者がいるってね?」

「ああK大学の学部長だったな。大したもんだ。それでその学者がなんて?」

「これはオフレコだぞ」


「おまえ、機密の塊の防衛大臣の俺に何を言ってるんだ。勿論守るべき秘密は守るさ。とっととしゃべろよ」

「ああ、まずはK大学で、超大容量の電池が開発された。うん、丁度この辞書の大きさ、3㎏強で100㎾hの容量だ」


「なんだと!俺だって電気科ではないが、工学部出身だぞ。そんなバッテリーがあってたまるか!俺を馬鹿にするんじゃないぞ」

「いや、これは事実だ。明後日、K大学が発表するけど、実証実験は済んでいる。それに、回転子などの巻き線を鋳鉄製にしたモーターも一緒に発表する」


「へえ。実証実験が済んでいて、大学が発表すると。モーターの回転子を鋳鉄製だと?何だよ、K大学は!しかし、考えたら、容量100㎾h程度のバッテリーはあるよな」


「だけど重量は500㎏以上だろう。値段は100万円以上だし、それに問題は充電時間だ。もっともこれは電気を流して充電するのではなく工場で『励起』という処理をする。だから、交換することになるけど、交換する蓄電部は1㎏足らずだから交換は楽だぞ。それにこれは、何台でも並列に設置できるので、500㎾h程度は容易に取り付く。値段は試算だと単体で8万円位になるようだ」


「ほお、それは大事(おおごと)だな。それだけ差があると、多分どんどんというか5年位で全部そのバッテリーに代わるな。その名前は何と呼んでいるんだ?」


「A型蓄電池またはA-バッテリーだ。Aはアトミックの略な。まあ、化学反応によった電池でなく、原子の反応を利用しているので、原理的には正しいのとNuclearは使いたくないのというのだけど。まあ安直だけど解り易くはあるな」


「ところで、そのモーターはどうなんだ。効率が悪かったりしないのか?」

「ああ、それは既存のモーターと変わらんようだ。単にコスト的に30㎾級以下で45%程度に下がり、100㎾級だと30%を切るようだ。まあ、今は銅があがっているからなあ」

  丸山は森田の話を聞きながら丸山は手元にウイスキーを眺めていたが、向きなおって言う。


「ところで、防衛関係で大きな開発というのは何だ?」

「ああ、核分裂物質の放射能の発生を抑えることが出来る装置だ」

「ええ?核分裂物質の放射能の発生を抑える?核弾頭に使うウラン235やプルトニウム238は核分裂物質だよな。その放射能を抑えるというのは、核反応を抑えるということか?」


「その通り、よく勉強しているな」

「当り前よ。核兵器を持っていない国というのは防衛に関しても弱いんだよな。だから必然的に勉強するよ。だけど、というのは、つまり核弾頭の連鎖反応を抑えることが出来るということか?つまり、核兵器の無効化ができると?」


「ああ、まあ大体その通りだよ。少なくとも、その装置で処理をすれば、現在造られている核弾頭の臨界量では足りなくなるから、連鎖反応が起きず。爆発はしない」

「ということは水爆も一緒だな。あれは中心に核分裂爆弾を仕掛けて爆発させ、その熱で周りに仕掛けたトリチウムの核融合反応を起こすのだから、その核爆発がなければ反応しないわけだ。なるほど、だけど本当か?」


「ああ、俺の同級のK大の笠松の話では、少なくとも核廃棄物の放射能を95%抑え、サンプルのウラン235の反応が80%近く減衰した。だから、間違いないようだ。それと、その装置で『処理』した核物質は再び活性化しない。

 それと、その処理は特殊な電磁波を浴びせることで、かなりの範囲でその処理ができるらしい。俺も良く解らなかったけど、半径10㎞程度の範囲の核弾頭は一瞬で無効化できると言っていた。それだと、使えるんじゃないか?」


「ああ、アンチミサイルが難しいのは、近接時に爆発するようなミサイルでも、せめて100mの範囲に近接させないと破壊できないからだと聞いている。10㎞の範囲に迎撃ミサイルを近づけるのは簡単のはずだぞ。

 いや、実はな、ロシアがウクライナの国境に軍を集めているが、どうも本当に近くウクライナに侵入するのではないかと米軍は見ている。彼らは、簡単にウクライナが白旗を挙げると思っているようだけど、ウクライナにも西側の武器が相当入っているので、そう簡単にはいかんと言う。


 そうして膠着状態になると、ロシアは間違いなく核を脅しに使ってくる。こうなると、誰も手を出せなくなる。

 そうなると困るのは、一つにはロシアがその核の脅しを東の日本に向ける、さらに北朝鮮が調子に乗って核で脅す、加えて中国が核で露骨に脅すというのが常態化することだ。だから、ここに核の無効化の手段があると、どれだけ変ってくるか。

 世界が変わるぞ。おい、森田君、いや森田さん。大学にどうやって接触したらいいのかな?紹介してよ、その笠松教授にさ」


「むろん、その心算で来て貰ったんだ。だけど君が直接行くのは目立つからダメだよ。それと、これらの開発のキーマンは少年だよ。小学校5年生のK大付属小学校の生徒だ。もっとも殆ど小学校にはいかず大学に部屋を持っているがね」


「ええ!少年がキーマン?まあ、いくら旧帝大と言えど、急にそんな発明がどんどん出てくるのはおかしいよな。まあ、その子は凄い天才と言う奴なんだろうな?なにかラノベのような話になって来たなあ」


「その通りだ。天才というのもあほらしい位だ。結局、その天才が理論化して装置を構想したものを、大学の研究者が取り囲んで試行錯誤して物にしている訳だ。ということで、その少年にとっては、このバッテリーとモーターに放射能の抑制程度は、まだウオーミングアップレベルらしいぞ」


「え!本命は他にあるのか?」

「ああ、常温核融合だそうだ。核融合で生むエネルギーを、直接電力または熱に変える装置で、理論はすでに確立されているらしい。特許を押さえるまで理論の発表も待っているということだ。装置の概念設計はすでに出来ていて、あと2年位で実証試験が出来ると言っている」


「うーむ、そのA型バッテリー・さらにモーターと組みあわせれば、全ての動力機械は電気由来になるし、工場の熱源もその核融合機になるな。日本が変わってしまうな……。勿論世界も……。

 というより俺はまずその核抑止だ。とりあえず防衛省から、大学の笠松教授を訪問させる。その際にそのキーマンの少年、名前は?」


「水谷翔、普通カケル君と呼んでいる」

「うんその、カケル君も立ち会わせてくれると有難い」

その後、ストレスから一時的に解放された丸山は、森田と痛飲してくだくだになって、秘書が迎えに来るという、いささかみっともないことになった。


   ―*-*-*-*-*-*-


 それから2日後に、森田が言ったように、K大学が記者会見を開いた。主題は2つのテーマで、まずは、現時点の他のものに比べるとスーパー・バッテリーと言えるA型バッテリーである。次は大幅にモーターを大幅にコストダウンしたI型モーター(Iron-Motorの略、極めて安直な名称)である。


 予めマスコミには案内のメールが送られているが、主題についての内容的には次のような記述であった。

① スーパー・バッテリー;名称はA型バッテリーで、蓄電容量当たりの重量を1/100、コストを1/10にしたバッテリーの開発。


② 省コストモーター;名称はI型モーターであり、主要材に鋳造した鉄を使い、コストを半分以下に抑えたモーターの開発


 そのとんでもない内容に、まずネットでさわぎになって、あちこちに問い合わせが錯綜し、とりわけ重大性を悟ったマスコミも騒ぎはじめ、2日前のインフォーメーショであったにもかかわらず、マスコミはテレビ局が3社を含む80人、官庁・メーカーから50人ほどが詰めかけた。


 司会は、開発の調整役であった、工学部の電気工学科の主任教授である安田正弘教授が務めた。開会の挨拶の後、どちらかと言うと軽いテーマであるモーターの紹介である。


 会場は後ろの席が高くなっている大講堂であり、出席者は備え付けの机と椅子の授業で受ける椅子に座っている。大学側は、前面の一段高くなった段の上に並べた机に、10人ほどが座っている。


 演台の上方には大型のスクリーンがあってプロジェクター等の映像を映せるようになっている。テレビカメラは2台で撮影しており、カメラマンは5人ほどがいて適宜位置を変えて撮影している。


「では最初に、銅が多用されているモーターの部材を大部分鉄に置き換えた、I型モーターの紹介をしてもらいます。開発の指揮を執った永田直美准教授、説明をお願いします」


 前段に座っていた、40歳代に見える眼鏡をかけた小太りの、スーツを着た女性が立ち上がって自己紹介の後に再度座り、コンピュータを操作しながら早速説明を始める。


 「さて私が開発を担当したモーターは次に控えるバッテリーに比べると、大幅に地味なのでサッサと説明を終わらせます」


このように自虐ネタで最初に聴衆を笑わせ、すぐにスクリーンにモーターの写真を写す。


「これが、我々の名付けたI型モーターの写真で、これの出力は30㎾です。I型というのは英語でIron-typeということで、安直であるのは認めますが、解り易いことを重視しました。

 このモーターの大きさは既存のモーターと殆ど一緒で、効率も同様に殆ど一緒です。ただ、内部の映像をご覧ください」

 彼女は映像にポインターを指して話を続ける。


「このように、I型は巻き線がなく、鋳造品です。現在のモーターの製造に当たっては勿論巻き線はなどは自動化されてはいますが、銅線を巻くのに比べると、鉄の鋳造品を使う方が大幅に安くなることは自明の理です。

 何だ、そんなことかと思われるかも知れませんが、従来回転子などを鋳造にすることは原理的に不可能であったのです。そこに、モーターを作っておられるメーカーの技術の方がおられますが、鋳造の回転子などとんでもない話ですよね?」

 彼女が呼びかけると、中年の背広を着た人は激しく頷く。


「そうなんですよ。出来たモーターは性能や大きさは変えず、コストを大幅に下げたものです。そして従来の常識を覆すために、いくつかの工夫をしています。具体的に言うと、回転子の部材の主要材の鉄はある特性を持たせた特殊な合金です。

 さらに、回転子には電磁波と磁場によってある特性、結局回転子として使える、そのような特性を持たせています。そうしたことで、殆ど鋳造の部品で構成されたコストの低いモーターが出来たのです。


 その結果、大体この写真の30㎾のモーターで従来の45%程度のコスト、この写真の 100㎾だと30%程度に収まるという計算です。

 今後、後で説明されるA型バッテリーが普及するとモーターは、現在に比べると3倍程度使われると想定しています。銅は比較的資源量が少ないので、今の計算よりもっとコストは上がるでしょうし、必要量が得られない可能性もあります。


 そして、これが写真の30㎾と100㎾のモーターの連続240時間の試験結果のデータですが、10日間程度の連続運転では全く異変は生じませんでした。

 このように、このI型モーターの開発の意味は小さくはないと思っています。ちなみに、I型モーターについては、すでに日本のみならず各国の特許を申請しており、比較的承認が早いアメリカを始めとする数か国ではすでに成立しています」


 この説明に関しては、具体的な素材や処理の方法に関する質問があったが、現状では応えられないと回答している。実のところ、聴衆の大部分が次のバッテリーの話を聞くために来ているが、意に反してI型モーターについてもその独自性と将来性に感じいった様子であった。


 さて、いよいよ次が西村准教授によるA型バッテリーの説明である。現状においては、とりわけ電動車がトレンドになっているものの、その普及の伸び悩みの大きな原因がバッテリーの値段、重量、長い充電時間である。


 その意味で、今回のA型バッテリーはそのすべてに応えるものとなっている。しかし、今日の会見では自動車メーカーも出席はしているが、技術者は殆ど来ていない。これは、実はA型バッテリー、I型モーター共に、開発に目途がついた段階で、笠松教授の指示で自動車メーカーに接触していたのだ。


 誰が考えても、A型バッテリー、I型モーターのどちらも最大の需要者になるのは自動車メーカーになるのだから、実現の目途がたった段階で接触して出来るだけ普及を早めようということである。

 

 この記者会見は、秘密裏に動いていた行動を表に出そうということで開かれたものだ。そのため、どちらも歴史を変えるほどのインパクトがあるのに、殺気立つほどでは無かったのは、最も利害関係のある人々はすでに知っていたという事情がある。


「では、次にA型バッテリー、Atomic Typeですね。これについては、西村涼子准教授に説明してもらいましょう」

 司会の言葉に、西村が立ち上がって挨拶し、再度座り説明を始める。


 「A型バッテリーは、このように蓄電部と電力の抽出部になるケーシングに別れています。蓄電部については、媒体になる物質の組成をいくつも試行して、最適な組成が決まりました。

 また、これから電力を引き出せるようするために、『励起』部についても、様々な試験繰り返し、最適の使用機器と操作手法を確立しました。


 A型バッテリーは、このように蓄電部と、ケーシングとしても機能する抽出部からなっています。そこて、電力を放電しきると、工場で『励起』の操作を行って再度蓄電状態になりますので、交換する訳です。

 現状のところでは、蓄電部はこの写真の通りで、寸法は10㎝角の高さ3㎝であり重量は0.8㎏です。そして、この容量が100㎾hとなります」


 その時にスクリーンを見ていた聴衆から「「「「「おおー」」」」という驚嘆の声と歓声が巻き起こったが、それが治まるのを待って西村は話を続ける。


「ケーシングは、これが蓄電部を1基の挿入タイプですが、最大10基挿入タイプまでありますが、現状のところ蓄電部は100㎾hの容量の1タイプのみとしています。

 複数挿入の場合には、電力の抽出は順次行い、抽出が規定量できなくなったら次の蓄電部に自動的に切り替えることになります。

 この放電して空になった蓄電部は工場で『励起』が必要ですので、取り出して工場に送り、代わりに充電したものを挿入します」


 このような説明を行い、西村はその後も想定される値段、励起のための工場の概要などを説明し、一通りの説明を終わらせた。しかし、その後質問が続出して、その対応に1時間ほども要しても終わらなかったので、司会の安田教授が記者会見を打ち切った。


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