第10話 A型バッテリーを使った電動車の実用化

 I型モーターについては、既存のモーターの廉価版ということで、発表後殆ど直ちに既存のモーター工場の改修が始まった。これについては、開発時から生産ラインは構想されており、メーカーも早くから生産ラインの開発に参画して、容易には真似のできない高度に自動化された極めて洗練された高効率のラインが設計された。


 その生産ラインは、既存のラインも一部改修されて使われたが、大部分が新規に構築されたが、大きく拡張された。これは、素材の合金の製造、部材の電磁波による処理など特殊な加工が必要であること、省力化したラインによる低コスト製造など10年程度は国際的な競争力を保てるとして、輸出まで考慮したものである。


 K大は海外メーカーへもI型モーターの権利使用は認めているが、当然日本メーカーが生産において先行しており、その中で開発されたこの工場の自動生産ラインのノウハウは、生産メーカーのもので真似をされるのを防ぐため、技術の公開が必要な特許化をしていない。


 この中で、K大技術研究所には、日本メーカーから生産ラインの規模に応じや生産の特許利用契約金、出力・台数当たりの特許使用料が流れ込んでいる。また、現在海外メーカーからの契約金が入り始めており、近い将来には日本メーカーからの輸入の5倍程度の特許料が流れ込んでくることになる。


 A型バッテリーについては、現場で電力を流して充電するのではなく、励起工場が必要であるために、経産省が音頭を取って励起工場が全国にどんどん作られている。明らかに将来における自動車の100%の電動化、それもA型バッテリーを使った電動化を目指している。


 この場合にはバッテリーの交換所が必要であるが、これは給油所が使われることになる。基本的に車には、原則セルと名付けられた充電部が2セル以上収納できるバッテリーが備えられ、給油所転じてセル・ステーションで交換することになる。


 つまり、各バッテリーは大容量のセルを最低2つ備えているので、当初は200㎾hの容量を持っており、一つのセルが空になってから、その交換を行えばよいことになる。セルは車の購入時の買取であるが、これはいわば権利を買い取ることになる。


 だから、セル・ステーションで交換するごとに、別のセルに入れ替わることになる。このように、従来の電動車が低容量かつ1つのバッテリーしかないのに比べると大幅に容量に余裕がある。


 従って、国は励起工場のみならず、給油所へのセル交換システムの導入も全面的に後押していている。給油所は、当分の間ガソリン・軽油を燃料とする車も使うことになるので、両方の機能を持つ必要があるので、スぺース的には不自由な形になるが、やむを得ない。


 これに対して『特定の技術への偏向ではないか』と、野党を中心としての非難があった。それに対して経産省では大臣自ら記者団に説明に当たった。


「この技術の既存のバッテリー技術への優位性は歴然としています。そうでしょう?」

 中根経産大臣は、コスト、サイズ、重量、充電性能、トータルコストを比べたフリップを掲げて記者団に見せつけて、彼らが頷くしかないのを確認して続ける。


「さらに、昨今の気候変動は記者の皆さんもご承知の通りで、その原因が温室化ガスというのはまず間違いないと見られています。だから、我が国のみならず、世界で温室化ガスの大きな発生源である自動車の電動化は避けられないと言う状況です。


 そして、従来のバッテリーでは、重量、サイズ、価格、充電時間、そして全体としてのコストの面でエンジンには敵わなかったのです。しかし、A型バッテリーはそれを完全に解決しました。だから、国として必要な励起工場建設を後押しするのは当然と考えました」


 それに対して、ある記者から質問があった。

「その励起工場で、大きな電力が必要と発表されています。それは従来のバッテリーが電力を充電すると同等であるようですが、その場合には現状の電力需給のひっ迫した状態では問題が出るのではないでしょうか?」


 それに対して、中根大臣は我が意を得たりという表情になって言った。

「仰る通りで、ウクライナとロシアの紛争以来、世界のエネルギー事情はひっ迫しており、コストも大きく上がっています。また我が国は原発の再稼働がまだ進んでおらず、夏や冬にエアコンが必要になりますと、電力については厳しい状態にあります。

 だから、確かに励起工場がすべて稼働し始めたら、わが国の電力事情はよりひっ迫することは間違いありません。しかし、その点は、報道されていますので、皆さんも耳にされていると思いますが、近い将来、電力供給に大きな福音になる技術が完成に近づいています」


 中根が言葉を切ると、すかさず記者から質問が来る。

「それは、K大で開発が進んでいるという常温核融合による発電のことでしょうか?」


 中根は大きく頷いて答える。

「その通りです。政府では国益に大きく寄与することから、当該開発を重大な関心を持ってフォローしてきております。まだ実証試験には時間は1年以上を要するようですが、ベンチレベルの確認は出来ているということで、大きな期待を持って見守っています」


 翔はその映像を大学の自分の部屋で見ていたが、苦笑いをして、一緒の部屋の斎藤と、西川に言う。

「流石に大臣だ。なかなか、政治利用が上手だね」


 それに、口数が多い方の西川が先に応じる。

「そうですねえ。森田さん(代議士)の連絡でベンチレベルですが実現性は検証されたということで、ようやく慌ててお出ましになったのでしたよね」


「まあそうだけど、でも好意的にみると、国も今はA型バッテリーに振り回されているからね、仕方がないとは言えるかな。でも、国の励起工場の建設は明らかにNFRG(Nuclear Fusion Reaction Generator)の実用化を計算に入れていますよね?」

 斎藤が口を挟み、西川が答える。


「まあ、そうでないと、あほだよね。励起工場の規模は徐々に大きくする予定だけど、大体平均的に消費電力が当面2万㎾、最終的には10万㎾の電力が必要だ。最終的にはそれぞれにNFRGが専属で建設されることになるね。

 いずれにせよ、ベンチレベルではあるけど、実証実験を目の前で見せて、国、関係機関・電力などの企業連合もNGRGの実現性に同意した。だから、実証プラントの建設が始まったし、それに並行して小型プラントを並行しての建設準備を進めている。


 実機の標準に当たる100万㎾級のプラントの設計も進んでいるから、そうだな1年後の2024年春には、大々的に大型を含めたプラントの建設に入ることを宣言するはずだな。楽しみだね」


「だけど、その頃だろう?核兵器の無効化装置が同盟国に行き渡るのは?」

 斎藤が言うのに翔が答える。


「ああ、その頃だ。その時点からウクライナの反攻が始まる。多分ロシアは間違いなく核を使うという見込みで、それを機会にどうもアメリカはロシアの核兵器無効化に踏み込む予定のようだね。つまりロシア全土に無効化装置を載せたミサイルを飛ばすのだね」



「そうするべきですよね。大体において、どう考えてもロシアのウクライナ侵略の意味が解らない。仮に占領に成功しても、自国民を多数殺されて家を破壊されて憎しみを持った民をどう統治するのか。

 大体、自分で破壊した膨大なインフラをどうするつもりか。東部3州の領土化を宣言したけど、復旧は殆ど進んでいなようだね。だから、領土化したと言って最初は喜んだロシア系住民もロシア政府を強く非難しているようだし。まあ、本当に2日で国全体を制圧するつもりだったのでしょうがね」


 西川が応じるが、その2人ともすでに博士課程は終わり、無事に論文審査も合格してそれぞれ物理学博士号、工学博士号を取得している。その一方で、翔は中学2年生の未だ義務教育期間中である。


 斎藤と西川の現在の身分はK大学技術研究所の上席研究員であり、研究所から給料をもらう立場である。そして、休眠状態だった研究所に諸々の特許料が入ることにしたために、今年の収入の見込みが1千億円を超える金満研究所になったおかげで、彼らは1流企業の社員並みの収入がある。


 お陰で、斎藤と西川は付き合いのあった院生仲間と結婚をしていて、研究所の所有するアパート形式の住宅に入って暮らしている。彼らは、このことからも翔の傍にいる研究者が、いかに有利な立場か痛感している。


 これは自分の博士論文の研究が、それを傍観していた翔のサジェッションによって、学会の話題になるほどの画期的なものになったことがある。何しろ、一日の半分程度は一緒にいるのだから、困ったことは簡単に聞けるのだ。


 そして、翔は膨大な論文やデータを整理して頭に入れており、聞かれたことは、それと照合して、人類としては最高レベルの頭脳で答えをはじき出すのだ。外交的なほうでない翔は、気楽に付き合える彼ら2人が秘書役を務めてくれるのは歓迎である。


 ちなみに、研究所の理事長は今の仕組みを作った笠松教授であり、薄給で研究所を管理をしていた元教授の元理事長は、顧問の肩書で残っているがこう言っている。


「やれやれ、隠居仕事だったものが偉く盛んな研究所になって、大金が流れ込んでくるので、儂も給料が増えて孫に小遣いをやれるようになった。有難いことじゃ。しかし、K大も盛んになったものじゃなあ」


 現在、研究所の職員は22名、別途研究者をすでに30人抱えて、隣接地に事務棟と大規模な研究棟を建てている。また、今後膨れ上がると見込まれる収入の使い道として、国内の大学の研究者に、来年1千億規模の研究費の贈与をする予定で、選定に入っている。


 K大の発表から、概ね1年で各都道府県に少なくとも1ヵ所は充電工場が完成して、半数程度のガソリン・スタンドにセル交換設備が備えられた。これで、最低限のAタイプ自動車の運用体制が整ったことになる。


 これと時を同じくして各自動車メーカーから一斉にA型バッテリーを搭載してI型モーターを使ったAタイプ車と呼ばれる自動車が発売された。

 ちなみに、セルには大容量の電力が貯えられているので、個人でのセルの交換は安全性の確保の面から法で禁じられることになっており、専用の交換冶具が使われて資格者が交換する。


 これは、セルが無秩序に市内にばらまかれるを防ぐためと、給油所の救済策でもある。このための、セルステーション~励起工場間の移送、ステーションでのセルの保管、セルの交換などに必要な一連のシステムが開発されて建設している。


 このシステムは、翔の父の勤務する江南製作所が先行して開発したために、大部分の権利を押さえている。とりわけ、給油所に設置するセルの倉庫に連続するセル交換装置の製作を一手に担っている。


 また、江南製作所はA型バッテリーのケーシングと呼ばれる励起部の製作で一定のシェアを持っていて、どんどんその業容を拡大している。

 A型バッテリー搭載のAタイプ車は余裕のある安定性のある電源を使った完全電化カーというべきものになっている。


 これは燃料タンクとエンジンまたは巨大なバッテリーが不要になってスペースに余裕ができている。その室内は様々な電気製品などのオプションを使うことで居間のような心地良い空間になっている。


 更には、コントロールは日本の自動車メーカーが集まって開発したカーブレイン1型(Car Brain: CB1)によっており、これは自動運転も可能であるため、現在最後の実証試験と可能にする立法措置を進めているところだ。


 CB1は、電動車化によって、日本メーカーのエンジン技術の優位性を生かせなくなることに危機感を持った自動車メーカーが集まって、『困った時のカケル君』頼みをしたものだ。


 その経過の中で、K大の電子工学科の仁科誠一教授が、翔の知恵を借りながら開発したもので、現在のAIを含む論理回路を一時代超えたものである。さらにこれは既存と違う論理を使っているために、真似が非常に難しいものになっている。


 さらにAタイプ車は、使用できる電力が大きくなったので、搭載するモーターが大きくなっており、平均的に60㎾程度になって馬力が大きく上がっている。この場合でも、余裕を見ても150㎾h程度のバッテリー容量が使えるので、走行距離は800-1000㎞余りになる。


 このタイプはエンジン、ガソリンタンクなどの必要な容量は減ったが、全体の大きさは変えずに居住性を高めている。しかもオプションなしの標準タイプは製造コストCB1を含めてもは多少下がった。


 このために、標準タイプの売り出し価格は、従来最も安かったガソリン車と同程度である。更にはハイブリッド車の燃料費と比べても、セル交換費は60%程度に留まる。とは言え、交換を担うセル・ステーションの収益は、燃料の仕入れコストに、比べバッテリーの励起のコストは半分以下なのでむしろ上がっている。


 このように、A型乗用車については欠点がないため需要は極めて大きくなり、野放しにすると最初の1年間の販売台数は500万台を超えると予想されている。しかし、国としては、電力需給のひっ迫を睨んで、最初の1年の販売台数は300万台に限るように得意の行政指導を行っている。


 K大は自らが開発したA型バッテリーとI型モーターについては、海外メーカーへの使用を認めると当初から公言している。ただ、頭脳であるCB1については、開発に参画したメーカー連合が半分の権利を持っているので、彼ら次第であるが彼らは公開する気はない。


 そしてCB1を搭載したAタイプの車は圧倒的な人気を集めて、日本においては販売を制限したためにエンジン車を買う者はおらず、買い控えが起きた。

 一方で海外においては、販売の前に励起工場と、給油所へのセル交換シムテムの導入が必要である。


 その整備は、アメリカ、ヨーロッパや東南アジアなど友好的な国の首都と主要都市で、日本より1年ほど遅れて始まっている。アメリカとヨーロッパに関しては、日本が全数を生産した核無効化装置の販売によって、友好的に受け入れが決まっている。


 とは言え、地球温暖化を意識せざるを得ないアメリカやヨーロッパについては、受け入れる以外に選択の余地はないのだ。しかしながら、Aタイプ自動車の販売が始まってみると、日本車と米欧で生産された車は顧客の満足間に差がありすぎた。


 翔も関わり時間をかけて熟成してCB1が搭載された日本車と、短時間の準備期間でAタイプにモデルチェンジされたアメリカ・欧州車の差であり、ある意味で当然の結果であった。


 欧州は得意の独禁法で日本車を規制したが、日本車を買えなくなった国民が猛反発した結果、3ヶ月で追加関税をかけることで輸入を再開した。アメリカの状況も同様であった。この状況で、日本政府の余りの顧客満足感の差に軋轢の拡大を恐れて、メーカー連合会に妥協に必要性を訴えた。


 その結果、日本のメーカー連合も輸出したCB1を欧州とアメリカのメーカーに使わせることで合意した。一方で、世界有数の自動車市場の中国は、その大きな需要をたてにA型バッテリーとI型モーターと励起工場のノウハウ公開を迫った。


 これに対して、K大は政府とも相談の上で断り、以降の交渉については単純に無視した。これに対して、中国は国内での日本メーカー製の自動車の生産を規制し禁止すると宣言した。


 だが、それに対して日本政府は、その独善的なやり方を非難して、国際的な同調を求めた。それは効を奏し、核兵器無効装置の供給以来、技術も含めた安全保障を日本と同調している西側先進国は一斉に中国に対して最大限の非難をした。


 この時点では、ロシアは世界からの経済封鎖に直面しながらも、ウクライナの東部3州をまだ領土化している段階であった。中国は、主要国では唯一ロシア寄りの姿勢を取っていたために、殊更西側諸国の反感を買っていた。


 一方で、中国の経済は『世界の工場』の立場に支えられていた以上は、主要国と決定的に反目するのは避けたかった。かつ、中国の日本工場を閉鎖することは、結局中国人労働者の働き場を失うことである。


 そのこともあって、中国は日本の工場閉鎖の命令は出せなかった。こうした高圧的な態度によって、彼らは世界がこぞって導入しようとしている、A型バッテリーの製品及び技術を手に入れる方法を無くしてしまった。

 とは言え、製品は入手出きるので、得意のリバースエンジニアリング、分解して再現しようとしたが、半年の試行錯誤で全く手に負えないことに気付いた。


 ちなみに、トラックや特殊自動車については、車両本体が高価なので、エンジンと燃料タンクをA型バッテリーとモーターに取り換えるユニットが発売されている。大型車ではあれば、バッテリーはセルを3枚から4枚挿入できる大容量になっていて1000㎞の走行が可能である。


 トラックは基本的に経済性を貴ぶ商用車であり、燃料の消費量も大きく、走行距離も長いので、燃料費の削減はコストに極めて大きく響く。このために、この交換作業はどこのトラックオーナーも超特急の交換を要求した。

 そして、トラックの運用会社は近い将来の核融合発電による、セル交換費用の削減を大いに期待している。


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