第29話 北方領土の返還

 2026年4月、北方領土がシベリア共和国から返還された。北方4島と言われる島々のみでなく戦後、ロシアに取られたサハリン(樺太)の南半分、さらに千島列島を含めた全部である。


 大体面積で4万㎢ほどになり、日本の面積は37万㎢から40万㎢を超えることになる。住民は32万5千人であり、アジア系、ロシア系、ウクライナ系、朝鮮系その他の雑多な人々である。

 返還条約で、日本は彼らを追い出す訳にはいかず、日本国籍を選ぶ者には与えることになる。結局彼らの面倒も見る必要がある訳だ。


「うーん。北方領土を取り返すのは歴代政府の悲願ではあったけど、千島列島と50度線までの樺太の南半分は要らなかったのだけどね」

 加藤首相が、少し萎れた顔で言うのに、川村官房長官が慰め顔で言う。


「まあ、そう都合よくはいきませんよ。でも、マスコミは褒め讃えているじゃないですか。国民の大半は喜んでいるようですし、良かったのですよ」

 その声に、同席していた東野雅美農林水産大臣が賛同する。


「ええ、住民は多くが漁業に従事しているので、周辺は好漁場だから漁業資源も豊かで十分な収入は得られますよ。そして、避暑地として開発すれば、5~6万の人口は十分に食っていけると思います。

 それに農業だってちゃんと開発すれば自給できる位はやれるはずです。寒冷地ではありますが、なにしろ、FR機のお陰でエネルギー費が劇的に下がっていますから、結構快適に暮らせるようになるはずです」


「うーん、まあね。国内の景気は過熱気味位だから、全体の経済にとっては重しにはならんだろう。そもそもあるべき姿だから、粛々と内地並みに開発していくだな。ただ、行政区は北方特別区かな?」


 首相の言葉に官房長官が答える。

「そうですね。北方特別区にして、国直轄で北方開発庁を設けるべきでしょう。北海道に被せるのはいくら何でも無理でしょうし。ええと、3ヵ月前のアンケートでは8割が残って、その6割が日本国籍を取りたいと云うことです。景気の良い日本に大いに期待しているようです」


「うん、まあそうだろうね。曲りなりに主として漁業や農業で食っていたわけだから、そこに設備を整えてやれば、大丈夫だろう。今日本じゃ魚はいい値で売れるからね。それで土地や不動産の権利関係はどうなっているのかな?」


「はい。4島について、日本は所有権を主張していますので、私権は残ったままです。しかし、樺太と千島列島については所有権を放棄しましたので、私権は残っていません。

4島に所有権を持つ家が当初3千戸ほどでしたが、現状では千戸程度ですね。ある意味幸いなのは、私有地は海岸際の2%程度の面積なのでそれほど大きな問題にはならないでしょう。


 これらの土地は、島に住む旧ロシア人に所有が移っているでしょうから、その辺の調整が必要ですね。ロシアが相手なら、不法占拠だから自分らで始末をせよと言うところですが、シベリア共和国相手ではちょっとそれは出来ないでしょう」


「なるほど、まあ日本の地価に比べれば二束三文ではあるだろうが、旧島民と現島民との間で調整が必要だな。自治省に任せればいいだろう。ちなみに、やっぱり僕が出席しなきゃいかんかな?」


「そりゃあ。奪われた領土が返って来る。さらには領土が1割増えるという一大イベントですよ。総理が出席して、今回の返還の意義を高らかに演説するところです」

 官房長官がにこやかに言う。


「ふーむ。まあ自分の役割は果たさなきゃね。ところで、北方開発庁は今のサハリンスク、旧豊原に置くのだったね。人口20万というからそれなりの街だな。返還イベントは当然そこでやるのだよね?」


「ええ、イベントをやる程度の建物はあります。ただ市の電力が危ないようなので、10万㎾のNFRGをすぐに持っていきますよ」


「ああ。核融合発電機、NFRGはすっかり名前が定着したね。それにしても、F型機が出来たお陰で、10万㎾級だと工場から直接空を通って運んで、据え付けて終わりだものね。四菱重工はF型機の色んな派生型を作って大儲けだな」


「ええ、四菱重工の仕掛けたF型機の登場で、アメリカとヨーロッパの在来の飛行機のセールスが全滅ですものね。四菱重工は、旅客機開発の失敗を取り返せてウハウハですが、政府は、これらの製造工場のあった国からの圧力で大変ですよ」


「うーん。僕も大分嫌味を言われているけど、技術の進歩だから仕方がないよね。とは言え、航空機需要はまだまだ伸びていたから、ショックは大きいだろうな。

 核融合の件では、同様に産油国から散々言われたけど、連中のロシア・ウクライナ以降の欲ばったやり口にはうんざりしたもんね。これについては、『ざまを見ろ』という感じだったな」


「ええ、産油国は油以外に力もないですから、基本放置で問題ないのですが、航空機産業は相手がねえ。彼らの主要産業が無くなる訳ですから。まあ、四菱重工は事の深刻さを理解してくれて技術供与を受けてくれましたが、F型機は余りに既存の航空機と違いますからね」


「うん、片や機体がアルミ系の合金で、複雑な翼の操作必要とするジェットエンジン駆動だから高価になるよね。片方のF型が、鋼板溶接構造で力場エンジン駆動だから動きは力場ですべて済ませ、運転は全て人工頭脳任せ。

 F型は言ってみれば船を作るようなものだからな。四菱は船も作っているから対処は簡単だったけどね。航空機メーカーがF型機を作ってもなかなか付加価値がつかないだろう?」


「ええ、そうです。とは言え、F型機というか力場というものが世に出てきた以上、航空機だけじゃない色んなものがものすごく影響を受けます。自衛隊の潜水艦だけでなく、護衛艦でさえF型の推進に変えようとしています。ですから民間の船も全てF型推進になって空を飛ぶでしょう。

 また、F型吊貨機は建設の常識を変えつつあります。数千トンクラスの大型の設備や構造物が一体で空を飛んで運べるのです。NFRGだけじゃなく、全てのものが工場で組んで一体で運ぼうとしています。それに、クレーンやバックホウなんかの建設重機も力場を使ったものになるでしょうよ」


「うん、NFRGが出来た時もそうだったけど、今後廃れる機種、産業も数多くでるだろうな。今のところは、日本にカケル君発の新技術で作られた様々なものの注文が集中しているお陰で、大変な好景気になっている。

 その為に業種転換も難しくはないから問題になっていないけどね。NFRGもユニット化のお陰で、現場の工数が大きく減って、折角養成した技術者の働き口としては大したものではなくなった。

 でも、あのメンバーには熱発生のNFR-Tタイプの場合は、電線を繋いでという訳にはいかないので、鉄とか金属の精錬工場で結構活躍してもらっているようだね」


「そうですね、熱発生タイプの石炭などからの切り替えも相当進んできました。今では日本の温室効果ガスの発生量は、2020年の3割くらいになっています。

 それから、先ほど話のあったように現場で設備や構造物を工作して組み建てない分、今では工場で殆ど工作が終わって組立てています。その方が品質も効率も良いし、事故も減って良いことなのです。


 ですが、今では工場で大物を作るようになったので様々な業種の大きな工場がどんどん建っています。100万㎾級の工場なんかは、幅が40mで長さが200m以上あって、5基を同時に組んでいますからね。

 最初は『早く』が命題だったNFRGですから、結局ユニット化が進んだのですが、なにせ、力場エンジンが実用化したのが大きかったです。それと工場ですから制作の自動化も出来る訳です。


 結果として、コストが3割以上とドラスチックに下がった上に工期が圧倒的に早くなったのですね。そのために、競争力が増しちゃって海外からの注文が凄いことになっています。

 だから、今でもどんどんNFRGの製造工場が出来ています。なにせ、どこもコストもまあ注目はしていますが、どれだけ短期に動かせるかが争点です。

 ですから、基礎を用意しておけば、3ヵ月で営業運転までいく日本に注文が集まるのはしょうがないですよ。日本の建設も順調で、2年ほど予定を前倒しになっていて今年度末には建設は終わる予定です」


「うん、もう核融合が電力源の80%を超えたんだよね。今では電気代は㎾hが5円だものね。家内も喜んでいる。ああ、だいぶ話が逸れたね。ところで、北方領土の人々の反応はいいと聞いているけど、正直なところどうなの?ロシア時代は返還などとんでもないという意見が大部分だったけど」


「はい。正直に歓迎が9割以上でしょう。無論、ロシア人を中心に強硬な反対者はいます。しかし、ウクライナとの戦争で負けたこと、さらに決定的だったのは核兵器が手もなく無効化されたことです。

 だから、以前だったら日本より少なくとも軍事的に強いロシアの一員という思いがあったのですが、それが無くなったのです。また経済面での打算もあります。北方領土は、極東地区のさらに辺境だけに、住民はロシアでも所得の低い人々です。


 そこに、シベリア共和国の一部の住民になった訳ですが、ロシア時代は日本への対抗意識もあって、ロシア政府はそれなりにこの地区を優遇してきています。

 それが、ロシアでも貧しい部分が切り離されたシベリア共和国に、ロシアのような優遇は望めないでしょう。それと、近年の日本の奇跡のような科学的な発展は現地では有名です。彼らは距離が近い先進国としての日本への関心は高いのです。


 とりわけ、彼らには核融合発電への関心が高いようです。というのが、近年は電気供給が不安定、さらに彼らのアパートには温水が供給されているのですがこれもしばしば途切れるそうです。

 まあ設備の老朽化と、ガスが輸出に回って割り当てが無いためのようですが。だから、NFRGやNGR-Tタイプを設置してもらえれば、快適に暮らせるという訳です。


 そういうことで、日本の一部になれる、さらに国籍だって貰えるということなれば賛成ということです。シベリア共和国は、最初は北方4島と千島列島だけの返還のつもりだったようです。

 ところが、サハリン州が自分達も日本に入りたいと希望したようです。しかし、共和国が石油とガスの出る北を放すのを拒否して、戦前と同じ50度線で返還ということになったという訳です」


「なるほど、NFRGの緊急設置はそういう意味もあるのだな。そうであれば、式典でもそう揉めることはないな。とは言え、出来るだけ彼らを失望させないように、統治をする必要があるね」


「そうですね。数年は年間1兆円規模のインフラ開発をするので、それなりに潤うでしょう。またその開発で、漁業と農業のテコ入れをするので、まあまあ満足できる程度の収入が得られるようになると思います。

 大人も含めて、日本語教育が必要ですが、国内が完全な人手不足ですから、国内に来たがる人もいるでしょうね。まあ日本国籍を持つわけですのでね」


 2026年4月10日、樺太のサハリンスク、旧豊原において北方領土返還記念式典が行われた。会場はロシア主要都市にある人民公会堂である。

 加藤首相は、秘書官2人、SP4人を伴って、首相官邸のヘリポートから首相専用F型飛翔機に乗って出発した。この飛翔機は長さ8m、幅が4mなのでヘリポートに楽々発着できる。樺太までは高度100㎞に昇っての僅か1時間の旅である。


 式典は午後2時からであるが、時差があり日本より2時間早いので、日本時間正午ということになる。着陸は人民公会堂に付属する広場であるが、現地時間10時に到着し、11時からシベリア共和国サビライ・サリミカヤ大統領との間で返還の調印を行って、共に昼食をとる。


 午後2時に式典に出席して、手放す側のサリミカヤ大統領の挨拶を聞き、次に新しく属する国の責任者としての挨拶を行う。その後、数人の挨拶があってダンス、歌などの催しものがあって、午後4時に閉会する。


 出席者は2万人を超えて、凄い熱気であり、期待の大きさに加藤首相は半分嬉しくもあり、重さも感じた。その後は領土返還記念パーティに出席して、午後6時に再度専用機に乗って官邸に向かって出発した。

 朝7時に出発して、午後5時に帰ったのであるが、気を抜くところが少なく、首相は激務である。


 ちなみに、F型飛翔機の専用機が出来てから、首相が移動に費やす時間は非常に短くなった。国内はどこにいくのも概ね直接離着陸するので、1時間以内にいける。海外に行くのも、同じく相手側にヘリポートがあれば離着陸できるので1時間足らずの旅である。


 加藤首相が、ホワイトハウスにこの専用機で現れたとき、ジェファーソン大統領はより大型のF型飛翔機を直々に彼に頼んでいる。結局、世界35ヵ国の首脳用に150機のF型飛翔機が納入されている。


 そのため、世界の首脳のフットワークが大幅に軽くなり、互いの面談が2倍以上と大幅に増えたことが報じられている。


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