第30話 恒星間調査への着手

 2027年9月1日、国連軍の宙航艦『UN-Space1』及び『UN-Space2』が恒星間調査へ出航した。これは、日本から供与された潜水艦の船体を使った宙航艦である。惑星間の飛行は力場エンジン艦で十分であるが、恒星間では年単位の時間を要する。


 それに備えて、すでに翔が空間転移装置を完成して、日本の『そら』によって空間転移の実証は済ませている。当初は翔達は他の恒星系の植民までをすぐにやることを考えていたの。だが、他の凶暴な知的生物に出会うことによる人類全体の危険性を考えて、慎重に調査すべきとなったのだ。


 そこに新生国際連合が発足して、日本はその重要な役割を担うことになったことから、恒星間探検あるいは調査は国連としてやるべしという政治判断になった。翔は地球を一つの国、人類全体が一つの民族として考えるべきと言っており、自分としてもその意識の高揚のために行動を起こすと言っている。


 この命題そのものは理想論ではあるが、素晴らしいものである。だから、この翔の意見には賛同者が増えつつある。しかし、世界の人々の生活レベルは徐々に上がっているが、信じられないほどの格差があることは事実である。その一つの指標が一人当たりのGDPである。


 地球の人口は、現在82億人、GDP総計が95兆ドルと算定されている。つまり、世界平均の一人当たりG世界のDPは11,600ドルである。

 ちなみ世界に国は200個ほどあり、1万ドルを超えているのは80ヵ国、最高は一人10万ドルを超え、最低は何と300ドルレベルである。


 これだけの格差があれば、互いに話が通じなく、互いの考えを想像することもできないであろう。だから、国連の重要な機関として、『開発局』が作られ、加盟国の最低の国の一人当たりのGDP平均を、10年以内に年間一人1万ドル以上にするという課題を与えられることになった。


 これは日本で新国連の仕組みを研究し、新たな仕組みを準備した時に、翔の意が加えられた成果である。だが、ある国のGDPを10年に30倍にすることは、現実的には不可能な命題である。


 そして、これだけの格差を放置して平然としているのは、所詮『よその国』という意識があり、またその格差を埋めるために貧しい国や地方を豊かにするのは、必要な資金のほかに距離、水資源、基本インフラなど物理的に簡単なことではないからである。


 一方で、翔が開発した核融合機、力場エンジンの開発はエネルギーの問題を解決し、世界のどこにでも1時間内外で行けるなど地球上の距離を劇的に縮めた。

 このことで、世界の最も辺境の地のあばら家が並ぶ部落でも、その気になれば1週間で、発電所を設置して、井戸を掘り、近代的な生活が出来る基盤を作ることができる。


 だから、人々の意思次第で先述の命題を達成することもできるのだ。例えば、日本人は、返還された北方領土の人々が貧しい状態に置かれ、平均一人GDP8千ドルレベルであることを知った。


 その状況を何とかしようと考えるかどうか?最近日本国籍を取ったような連中は放っておけと思うのか、いや帰って来た同じ国の領土に住むのだから、何とか引き上げやろう、と思うのか。日本政府は後者に人々の考えを誘導している。


 そこを、『開発局』は同じ地球人なのだから、貧しい人々をなんとかしようと、人々が考えるように導きたいと考えている訳だ。

 それに当たって有効な方法であると考えられたのが、知的生物の住む異星の存在である。特に有効であるのが、他の星の知的生物であり、この存在が明らかになれば、『地球人』としての一体感は強くなると人工頭脳は判定している。


 従って、恒星間調査は国際部隊、つまり国連が行うべきということになったのだ。

2艦で出発するのは、通信手段がないので、何かあった時には1艦は必ず帰るようにということである。


 これら2艦が出発するのは、アメリカから追加の2艦が提供されてからである。日本で製造しているギャラクシーは、船体が出来たばかりでまだ半年以上かかる。人類の歴史上始めての調査行は、新生国連発足式の時に発表したの。

 だから、乗船希望者が多数というのも憚れるほど出現した。しかし、国連はすでに選抜のガイドラインを出していた。


 ちなみに、乗員は各艦100人である。最長半年の調査行であるためこの人数に留めている。内訳は国連軍及び船内サービス員から成る乗員25人、研究者25人、政治家・官僚15人、マスコミ関係者35人となっている。


 研究者は空間移転装置を開発した(ことになっている)K大技術研究所が、自大学からの参加者10人の他は、世界の分野ごとに決めた数の学者を選んだ。誰もが行きたがったので、自薦は受け付けられなかった。また、適切な調査のためには、合理的な配員が必要だからである。


 政治家は、やはり社会的に影響が大きいので、参加することもやむを得ないということで、安全保障会議の点数付けを元に国を振り分けて国から推薦させた。マスコミは、人々に旅の様子、発見した星の様子を人々に広く・詳しく知らせることが重要なので最大人数を乗せている。


 これは、発表はしていないが、この調査行のそもそもの理由の一つが、異星の存在を人々に認識させて、地球は、地球人類は一体ということを考えさせるということである。

 マスコミのメンバー選定は、議論百出して決まらなかったので、条件を明示した上で人工頭脳に決めさせた。軍人も参加するという話があったが、乗員として国連軍の将兵が乗るので不要となった。


 恒星間調査隊の出発は、一大イベントになった。指揮官は、国連軍の宙航隊司令官である中瀬遼太郎国連軍少将である。彼は、日本の自衛隊で、『そら』初代艦長を務め、尖閣事変及び、斎藤と西川が空間転異装置の試験を行った時の艦長でもあった。


 研究者のリーダーは、アメリカのNASAで天文宇宙の惑星の研究を行っていた。マーク・オコンネル博士である。翔は大学の研究室で、いつもの斎藤、西川とテレビ画面で、出発式の様子を見ていた。


「カケル君、調査は随分遅くなったねえ。転移装置の機能の確認は1年半前に出来ていたのにね」


 斎藤が翔に話かけるが、斎藤と西川は、転移装置の試験運転を実施したのに、今回の調査行に行けなかったのが少々忌々しい。ただ翔に常に付き添っている2人は学者としては、ゼネラリスト的存在で、恒星間調査という面では専門性が足りないということだ。


「ああ、仕方がないよね。国連が大々的にやることに意義があるからね。まあ、それでも早く進んだ方だと思うよ。スぺ1、スぺ2もあの色に塗って国連のマークを付けるとそこそこかっこいいね」


 翔が言うが、国連軍の『UN-Space1』及び『UN-Space2』の2艦は日本では簡略して翔が言ったようにスぺ1、スぺ2と呼ばれている。

 画面では、調査行に加わるメンバーの紹介がされている。ただ、乗員とサービス要員は名前と顔写真のみの紹介で、他は経歴と共に紹介されている。


 中に、K大学の10人の研究者が混じっているので、様々な大学・研究機関から派遣されている研究者のグループとしては最大である。政治家は半年という期間もあって、現役の者は少なくて、元首相などの大物が多い。


 マスコミは、何人かは世界的に有名な作家や詩人も含まれているが、多くはテレビ、週刊、月刊誌、新聞記者である。

 10月の始めの朝10時、シベリア南部は気温15度微風でさわやかな空気である。陸にあっては巨大な2隻の宙航艦は、元のままのずんぐりした葉巻の形状で、艦橋は窓が開いていてべたりと低くなっている。


 胴体にある大きな両舷4つの突起は、艦載機である宙航機が半分埋め込まれ、半分見えているところだ。全体に明るい空色に塗られているので、軽やかに見えて嘗ての潜水艦とは随分印象が違う。


 この艦は横腹を大きく切り裂かれて機関などを取り出し、また違う機関を納めた。だから後で穴を塞いだために多くの醜い溶接線があるが、塗装のために目立たず遠目には判らない。だから、多くの人はその新規性もあって新造と思っている。


 その2隻の艦の前に2百人の乗員・乗客が整列しているが、乗員に当たる50人以外は、軍人ではないので、あまり秩序だってはおらず、立った様子も締まりはない。

 その前の演壇に、国連総裁のジョン・マッカーシーが立ち、世界に向けて今回の調査行の意義を述べ、乗組員、乗員を激励する。


 次に調査隊長の中瀬少将が答辞を述べ、さらに、明確な調査の任務のある研究者グループからマーク・オコンネル博士がその任務と抱負を述べる。音楽隊の演奏と共に、乗員が斜路を登って艦内に消える。斜路が引き上げられ、下部ハッチが閉まり。艦からスピーカーで放送がある。


「只今11時5分、5分後の11時10分に2艦同時に離陸します」

 時間になると、唸り音が高まって互いに100m離れている2艦は、同調したように鉛直に上昇する。


 1Gの加速で上昇するのでどんどん早くなっている。1000mの上空で突然運動方向を変えて、斜め45度の角度で上昇し始める。

 やがて画面で2隻の艦は豆粒ほどとなり、やがて消えて行く。


「行っちゃったね」

 翔が言うと、斎藤と西川が頷く。


 日本の呼び名に従うと、スぺ1とスペ2は、まず最も近いケンタウルスαを目指したそこには、すでに発見されていた惑星の他に3つの惑星があった。すでに発見されていた惑星は巨大ガス星で、他はうっすらと大気圏はあるが、酷寒と砂漠の星でいずれも生命の痕跡はなかった。


 次にシリウス、これも8つの惑星が発見されたがやはり酸素、水のある惑星はない。しかし、このことから、恒星は惑星を持つのはごく普通のことであることが明らかになった。


 さらにエリダヌスε星、この第4惑星は青く有力だった。これには接近して細かく観察する。直径は1万5千kmで1万2千kmの地球より直径で25%、面積で56%、体積で1.95倍大きい。重力波の測定結果からは地表での重力は地球の1.1倍程度で、平均密度は少し小さく5.2程度である。


 青い海、雲が浮かぶ空、赤道で気温が40℃程度で地球よりやや暑いが、中緯度地方は適温である。大きな大陸が2つあり、地峡でつながっている。

 陸地面積は全体の21%である。大陸の海沿いは緑でおおわれており、長さ2万km、幅1万5千kmにもおよぶ大陸の中心部では部分的に緑はあるが、茶色の大地が広がっている。1000kmの上空を3回ほど周回したが、文明の痕跡はみられなかった。



 スぺ1とスペ2は3カ月の旅から帰還した。元々、特別の事が無ければ、3ヵ月の予定であったのだ。現状のところ通信手段はないので、地上に降り立ったあと報告して、初めてどういう結果であったか人々は知ることが出来るのである


 2隻の宙航艦はシベリアの国連軍基地に降り立ち、待ち構えていたマスコミ、また一目見ようと来た人々数万人が集まるなかで、早速記者会見が行われ以下の点が発表された。


1)11光年離れたエリダヌスε星の第4惑星は地球型の惑星であり、直径は地球より25%大きく、海洋78%に陸地22%の面積で植生は海岸寄りでは植生に覆われ、内陸では砂漠も見られる。


 大気には酸素が20%程度含まれ、地球に住む生物の居住に適する。調査の結果では、知的生物の存在は発見できず、さまざまな金属鉱物の鉱床が確認された。病原菌等の調査は、探査ドローンによって3点行ったが、危険なものは発見できていない。


2)同エリダヌスε星の第6惑星で大規模な鉄鉱床が発見された。この惑星に大気はなく寒冷ではあるが、採掘に大きな困難はないと考えられる。


3)12光年離れた、クジラ座τ星の第3惑星は同様に地球型の惑星であり、直径は地球とほぼ同等、海洋70%に陸地30%で、陸の状況はエリダヌスε星の第4惑星と同様に地球に住む生物の居住に適する。


 調査の結果では、知的生物の存在は発見できず、さまざまな金属鉱物の鉱床が確認された。病原菌等の調査は、探査ドローンによって3点行ったが、危険なものは発見できていない。


 これらの映像およびデータは公開され、特に映像データは世界のテレビで放映されて、大人気番組となった。人々が宇宙に自分達にも住める場所があることを自ら納得した瞬間であった。


 また、人々は参加した研究者から、様々な報告を聞いた。その中で、調査の結果から知的生物の発生はそれほど、確率は高くはない。だが、人類並みの知的生物が住む惑星があることは確実であることを聞いて、人類が孤独でなないことが共通認識になった。

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