第31話 翔の近況

 宇宙に植民可能と考えられる惑星があって、しかもそこに行く手段があるということが知れわたると、世界中で大騒ぎになった。世界には、大都会のごみごみしたところに住んでいる人々が大勢いるのだ。


 あるいは、砂漠の殆ど不毛の地に住んでいる人も、あるいは寒冷なやせた地に住んでいる人々も。

 そのような人々が、異なる惑星の青い海、無人で動物が群れる大草原、ゆったりと流れる大河川を見た時、このようなところに住みたいと思うのに無理はない。あるいは、そうした光景に『フロンティア』感じて、行きたいと思う者たちも多数いる。


 国連は、これら恒星系の惑星に関する今後の方針を発表している。

 それは、今後3年を掛けて半径50光年の範囲の約3200の星系を調査する。調査は無人機5機によって行う。


 調査対象星系の中に、知的生物の惑星が見つかった場合で、その生物が惑星間の航行を実施していない場合には、亜宇宙からの基本的な調査を行って帰還する。それが、惑星間の航行以上の技術を持った文明と判断される時には直ちに帰還する。


 そして、追われて逃げきれないと判断される場合には自爆する。こうした調査行は10星系ごとに帰還することにしており、予定通り帰還しなかった場合に、どこで行方不明になったかは、10個の星系に絞られる。


 この調査の結果、直径100光年の範囲で、地球にとって危険な文明が無い場合には、直径50光年の範囲で開発を行う。その後も、その外側を着実に調査は続けていく。国連がこのような方針を発表したことで、人々は国連が未知の危険な文明を警戒していることを知った。


 そして、そのような文明が確実に存在することを想定していることも。そのことに関して、慎重すぎるという意見もあれば、地球全体の安全保障を司る立場として当然の措置だという意見もあった。しかし、国連以外にそのような調査を成せる機関が無い以上その結果を待つしかない訳だ。


「まあ、迂遠な話だけど、仕方がないよね。5号探査機の国連への引き渡しは1ヶ月後だったかな?」

「うん。あれは四菱の神奈川工場で作られているけど、正確には28日後には完成して、国連軍基地に送られる」

 斎藤が答えるが、ここは翔の研究室で斎藤・西川も一緒だ。


 そこには、最近大体5人の妙齢の女性が居座っている。髪をみても黒2人、金・茶・赤各1人と多彩だ。彼女らは全員がK大学の学生であるが、明らかに日本人でない3人は、各国がK大学に作った研究所の所属であり、それぞれに極めて優秀な女性である。


 日本人の2人も同様に選びぬかれたメンバーで、色白中背で少しふっくらしている柔らかい表情の美木さつき16歳、少し小麦色の肌色のきつめの表情の茂田カンナ17歳である。それぞれ、飛び級制度のあるK大の物理学科、医学部の1年生であり天才と言われてきた女性である。


 また金髪の女性が17歳のイギリス人シンディ・ローバー、物理学の修士である。

 茶髪が17歳のアメリカ人のアン・マークレン、化学工学の2年生だが、混血で茶色の肌だ。さらに赤毛が、フランス人のルイーズ・フランソア、応用物理学の3年生である。


 彼等はそれぞれの出身国政府の強い推薦の元に、翔の研究室に送り込まれている。そもそも、K大学には、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・カナダ・イタリアそれぞれの国の学生が800人、留学生として送り込まれている。


 他の国は日本政府と調整中であり、インドと北欧諸国にウクライナを含む東欧諸国、新政権になった中国、中南米諸国からもまもなく留学生が送り込まれることになるとされる。


 K大学の場合の留学生制度の特異な点は、教官にあたるそれぞれの出身国の研究者が、K大学内に研究室を持っていることである。これは研究者が自ら希望して、各国がそれを後押しして実行された。


 これはある意味当然である。最近2~3年のK大学の世界の大学・研究所における、重要な発見・論文の数は群を抜いている。それは、過去年間における世界の僅か10~20のその数を倍以上に押し上げ、その6割以上を占めている。


 その要因は、『翔』の存在以外に考えられない。そして、カケル・セミナーの存在はすでに研究者に知られており、研究者たる彼らが、そのセミナーに参加できるところに行きたいというのは当然である。


 確かに過去、大きな成果を挙げてきたのは翔が混じってのセミナーであった。しかし、最近では子セミナーとして、翔と一緒のセミナーを何度も経験した研究者が、翔を加えずにセミナーを行って成果を挙げて始めている。


 これは、引っ張りだこで困った翔が、ノウハウをまとめたものをテキストにして使った結果である。現状では、翔の混じったセミナーを経験しない研究者・技術者のセミナーを、孫セミナーと呼んでいて、製品の改良などの検討に成果を挙げている。


 これらは、『開発セミナー』と呼ばれてK大学出身者を中心に日本の企業や研究所に広まっている。また、こうしたセミナーには『メンター』と呼んで中心になる者が必要であり、メンターにはその主題の広い知識と共に、心理的な才能が必要であることが判っている。


 翔はこれを面白がって研究して、1時間程度の質疑でその才能の度合いを評価する方法を編み出した。その度合いは、最高のメンター1から3とランク分けをしており、現在では比較的創造的な仕事をする場合の、重要な才能として位置づけられている。


 また、他との関係の調和を図ることに気を遣うためか日本人に、優れた才能を示す者が多い。またこの才能は、セミナーに多数参加するなど、訓練によってその才能は伸びることが認められている。


 このようなことが知られてくると、その本家本元の日本、それもK大学に来たいというのは無理からぬところである。とは言え、そのような大量の留学生は教官の数が足りないので受け入れられないのは当然である。


 しかし、そう言った日本政府・大学の拒否は、相手国にとってもっけの幸いで、教官たる研究者も一緒に受け入れろということになった。そうなると、すでに受け入れている800人余の留学生、研究者に加えて、更に追加の800人を収容する場所だけの問題である。


 欧米を中心とする800人の学生、研究者については既存のキャンパスに場所をねん出して、研究・校舎棟を8棟建てて押し込んだ。しかし、それ以上は無理だったので、大学から徒歩10分ほどの位置にある30haほどの市管理の運動公園を、キャンパスの一部として取得した。


 国と大学は、代わりに新設の運動公園を市の郊外に造ることになった。こうして、スペースに余裕ができると、日本の他の大学や研究所だって黙っていなかった。この場合は、共同研究棟をキャンパス内に作り、各大学や研究所の研究者が交代でやって来ることになる。


 かくして、K大学は世界でも唯一の本当の意味での国際大学になり、入試も国際化され、大学としてのレベルが世界No.1になったのは2027年のことである。ちなみに、2028年にK大学技術開発研究所は一般財団法人となっている。


 無税である公益財団としなかったのは、政府の介入・監視を嫌ったからである。2025年には研究所の年間の特許などの収入が、税抜きで5兆円を超えており、さらに増加するカーブを描いている。


 ただ、その収入の半分以上は、核融合機の建設時の出力㎾当たりの国内千円、海外2千円と、稼働時の国内0.1円、海外0.2円/㎾hの特許料である。熱発生用の核融合機は熱を電力に換算して、支払わせることになる。


 この料金は世界全体でみると巨額であるが、既存の発電機建設及び、運転を考えると驚くほど安く、支払者から不満は出ていない。発電所の建設費は既存の火力発電で20万円/㎾、原子力は2倍以上である。


 一方で、建設費は半分から1/3になって、㎾当たり千円または2千円の課金ということであるから水準の低さが判る。運転費は更に極端で、現状で5~7円/㎾hであるのが1~2円/㎾h程度になり、それに0.1円または0.2円/㎾h課金される。


 研究所は、自ら年間5千億円を超える研究費を使っているが、政府との取り決めで日本の大学の研究費として約4兆円を出している。これは大学の研究費と分類される予算と同額であるので、これらの機関の研究費は2倍になっていることになる。


 大学の研究費は純粋に研究に当てられる金額が半分程度と言われており、この額が倍になることは、純粋な研究に3倍程度の金額を充てられると言われている。つまり、K大学は日本の科学技術のみなら、全分野の研究開発に大いに貢献していると言えよう。


 K大学の所有する特許による収入は、2026年4月の段階で権利化したものに関して言えば、3年後に税抜き8兆円でピークに達して、8年後に5兆円に下がってその後安定するとされている。


 このK大学のキャンパス内に、世界各国の研究所が出来て、そこから特許を取るような開発が行われた場合には、その研究所が特許権を所有するルールになっている。 このために、同じキャンパス内に研究所があるだけに、技術の盗用が懸念された。


 この対策として、各研究所は研究の各過程を記録して、スタンドアローンの人工頭脳に登録している。これで、盗用が疑われる場合に権利を主張できるので、こうした問題は起きていない。


 このような状況の中で各国が国益のために、翔の周辺に自国の研究者を置きたがるのは当然であり、実際に多くの要求が出されている。この要求への対応を問われた翔はこう答えた。

「綺麗な女性だったら歓迎だよ。でも、まあ5人が限度だけど」


 そういうことで、新たに与えられた広い翔の研究室に5人の美人が、毎日通ってくることになったのだ。

 実は翔の事案を監理する部署が内閣府内にあり、その責任者が鍵田麻衣という42歳の女性管理官である。彼女は部下の日陰良治の持って来たファイルを一通り読んで、日陰に言った。


「まずいわね。確かに各国から出てきた50人を超える候補者から選ぶと、この3人になるけど皆美人ねえ。あのカケル君は天才だけど、情緒は年齢通りの16歳で中学生に近いわ。そしてスケベよ。

 各国から出してきた53人の中にはお色気専門という娘も半分ほどいたから、皆、カケル君のそのことには気づいているわ。あの子、女に会うとすぐに胸元に目が行くし、相手が美人だと全身を眺めているわ。本人は相手が気付いていないと思っているけど、見え見えなのよ」


「はは。まあ、そうも言えるかな。それでも鍵田さん、それはちょっと言い過ぎじゃありませんか?男の16歳と言ったら皆そんなものですよ。至って健康で普通の高校生ということでしょう。少々、頭の出来が良すぎるだけで……。とは言え、各国はカケル君の子種がほしいと企んでいるとお思いで?」

 痩せてひょうひょうとした日影がいつもの軽い調子で言葉を返す。


「そうよ。彼ほどの天才は歴史的にもまだ現れていないはずよ。彼の子供に、その能力が遺伝するかどうかは判らないわ。でももし遺伝したら、これほどのメリットはないわ。彼の出現で日本のみならず、世界がすでにどれほど変わったか。

 日本に齎した利益は、すでに500兆円以上と計算されています。また、それ以上に人類全体に対する貢献が大きいわね。


 その一つは核戦争の恐怖から人々を救ったことね。もう一つは、快適で近代的な生活を送る上で欠かせないエネルギーの問題を解決した。それも同時に地球温暖化の問題も解決してね。

 加えて、宇宙に人が行け、住めることを立証した。

どう、これだけのことをしたのよ。1/10でも出来る人がいたら凄いことよ。カケル君の子供だったらその可能性があると誰もが思うわね」


「うーん。日本も負けてはいられないと?」

「そうよ。すでに、日本の候補は絞り込んでいるわ。日本からは2人送り込みましょう。地元の特権よ。2人とも美人で、K大学に飛び級で入っているから、まあ天才よ」

「彼女等には因果は含めているとか?」


「ええもちろん。でも強制はできないわ。彼女らもその分野の天才だから、お金で吊るのも難しいから説得をしたのよ。どちらも彼と結婚したいとは思っていないようね。

 世界に例がないほどの存在と結婚するというのは、ストレスでしかないとい言うのよ。それに、結婚に対して憧れとかプラスの感情は無いようだったな。

 だから、歴史上最大の天才との間に生まれた子の母になるのはどうかと持ち掛けたのよ。結構乗り気だったようね。どちらも、自分の能力には自信があるのよ。だから、シングルマザーになることは恐れていない。


 それより、あほな男と暮らすのはまっぴらという考えが強いのよ。だから、その子と暮らす上では、国が最大限のアシストをすると言ってあるわ。鍵っ子にしないなどのことは、子育てでは重要だからね。

 それに、彼女らが研究者になるとしても、それほど高給という訳ではありませんから、それなりの援助は助かるはずよ」


「なるほど、そういう天才肌の子だから、却ってそういう考えなのかも知れませんね。ところで、カケル君については今まではそういう機会を与えないように、SPにも誘導されていましたが、今後は逆にするわけですね?」


「ええ、別に海外からの子と子供を作ってもいいのよ。結婚してその国に行くとかならなきゃね。それに、その5人に限らず、出会って子供を作って貰うのは歓迎よ。結婚して特定の女性としか子供を作らないより、国としては都合が良いのよ。

 そのために気軽に使える、そういう場所も見繕っているから、どういうことになるかな?」


「おお、性に飢えた16歳の少年が、そうするように仕向けられたらどうなるかなあ?考えたら本人も億万長者だしね。これは、羨ましいですな」


「まあ、そうね。普通の男からは、羨ましいかも知れないわね。だけどそれは彼の天才があってのことだからね」

 女性管理官鍵田麻衣は、椅子に深く腰掛けて宙を見ながら言った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る