第32話 大学の翔、医学への係わり

 翔は最近数ヶ月、医学に集中している。とは言え、彼は以前から学内の取り決めに従って、K大の医学部へはそれなりに顔を出して、ちゃんと成果に繋がっている。彼が積極的に関係したのは、ウイルスによるガン等難病の治療法である。


 ウイルスは極めて分子量が小さいため、細胞への浸透が容易である。ウイルス性の疫病の感染力が強い理由でもある。だが、人体に害のあるがん細胞などへの攻撃の能力を持つなど、良性の性質を持たせれば、治療効果を上げやすい。


 実際にこのような性質を使って、ウイリスにがん細胞を攻撃させて治療する方法が実施され始めている。このことで、嘗てであれば難治の患者の治療が成功するなど効果を挙げている。

 ただ、これは試行錯誤の試みで、劇的な成功例もあれば、殆ど効果がないこともあるが、完治の例は少ないようだ。


 翔は、がん治療が専門の医学部の春日教授の研究室に呼ばれて、この手法の改善を相談された。翔の考えでは分子量の小さいウイルスは構造が単純であるはずであり、各部分の機能を解析・分類できれば、求める性質を与えられるはずと考えた。


 そこで、電子顕微鏡の視覚の中で、ウイルスに力場を始め、電磁波、磁力、PHなど様々な刺激を与えてその変化などを記録できるウイルス分析装置を組み立てた。人工頭脳に管理させるこの試験装置は、例によって四菱の工場で様々なメーカーの協力の元に完成した。


 これは、1基10億円にもなったが、核融合機などのように量産が必要なものではない。結局11基の装置が作られて、世界の有力研究機関に買われてウイルスの分析に使われた。


 その結果、5年で完全と言われるウイルスの分類、機能、操作のライブラリーが完成した。その後、大きな広がりを見せるウイルス治療法の実用化の幕開けである。

 ただ、これはほぼ無数にあると言われる薬剤を併用した場合の解明が済んでおらず、このためには未だ20年の研究が必要と言われている。


 しかし、現段階においても、すでに比較的豊富な治験例のあるガン治療には、現状でのウイルス分析装置による調査の結果を合わせて十分なデータが集まっており、春日研究室はウイルスによるガンの治療法を確立したと発表している。


 この方法のメリットは、患部を切る必要がなく、分解し無害化したガン細胞は消化器を通じて排泄できるため、体力の衰えが無い点である。ただ、半生物と言われるウイルスを使っての体の生理反応による治療のために、2週間から1ヶ月の時間がかかる。

 しかし、手術でガンを摘出するのに比べると、手術の傷から回復する必要がなく、全体の回復はむしろ早い。その結果、日本人の死因の1位であるガンは、末期の状態になっても治る病気になり、様々な副作用のある抗がん剤を飲む必要がなくなった。


 このウイルスを使った方法は、2020年の段階で、すでに保険適用が認められた程の公知の方法であったために、比較的早く使用が認められた。それでも、2025年4月時点で、漸くガン治療の標準法として認められて比較的軽症の患者に適用されるようになった。 

 それまでは、他の方法で助からないことがはっきりした場合についてのみ使用が認められてきたのだ。


 その成果から、助かった患者自身、その家族から猛烈な治療法早期承認のアピールが厚労省に挙げられた結果が、最初の治療から3年後の公式承認である。


「春日先生、こういうものが認められるのは時間がかかるものですねえ」

 翔の言葉に55歳のふくよかな春日教授はにこりと笑って云う。


「まあ、人命にかかわるので、仕方がないのだよね。まあ、それでも他の方法が無い場合には、認めてもらって多数の治療例があってこの承認がある訳だ。先人がウイルス療法を試してきて頂いたお陰だよ。

 まあ、その意味では、後で手を出した私がその方法を完成した結果になったという点は少々忸怩たるものがあるけどね」


「ええ、でも今までのやり方をしていたら、10年後でも確立した方法は出来なかったでしょう。今までも効力はあって、延命は出来ていましたけど、治ったというには遠かったものが多かったですよね」


「ええ、まあそうなのだけどね。まあ、早期に治療法として確立したお陰で、わが国で年間37万人を超えていた死亡者が、治療に耐える体力のない人以外は助かるようになります。だから、医者の一人として、十分満足はしていますよ。

 まあ、がんの治療法確立にはカケル君が作ってくれたあの装置は余り活躍しなかったけど、このウイルスを使った治療法は、あらゆる病気に使える目途が立ってきているよ。


 今の、薬剤を併用しない状態でこうですからね。薬剤を併用すればもっともっと用途は伸びますよ。当面、次の目標として、悪性の腫瘍、骨肉腫などの治療に取り組んでいるけど、これらも殆ど目途が付きました。

 カケル君が言ったようにウイルスが単純な構造なので、きちんとその機能と操作因子を掴めば、広く治療に使えるという意見は正しかった訳だ」


「うーん。そうですね。いずれにせよ。年間に37万もの人が亡くなっているガンの治療法の確立にお役に立てたのはうれしいです。またウイルスによる治療法が、難病に苦しむ人を救えればこれに越したことはないですよ。

 それで、前から言っていた人体の活性化に取り組みたいと思っています。その種のインチキ臭い話も山ほどありますが、人工知能に分析させて可能性のある方法を抽出させました。それらを治験に掛けて、ほぼ結論が出ましたよ。

 アンチ・エイジングは生理学教室の香川教授がご専門ですが、明後日最後のセミナーを開くんで春日先生も出て下さいよ」


「へえー。目途が付いたのか。それは老人に片足を突っ込んでいる僕にも大いに興味があるな。是非参加させてもらうよ」


 翔の出席するセミナーはどんどん参加者が増えており、通常100人位が出席する。だから、翔の研究室の斎藤と西川に5人の美女も大体は参加しているが、その日のアンチ・エイジングのセミナーにも同様である。


 なんでも屋の斎藤に西川はともかく、女性陣で医学専門は2人であり、他の3人は専門が違うが、翔がメンターのセミナーには出席して慣れるためのものだ。

 斎藤と西川は、現在ではメンター1ランクであるため、彼らがメンターになってセミナーを開くことが結構ある。アンチ・エイジングの開発セミナーはすでに5回目であるが、翔が力を入れている分野なので、翔が自らメンターを務めている。


 セミナーを開く部屋、『開発セミナー講堂』は正方形であり、中心にメンターの演壇と回転する椅子があり、その周囲に資料発表者の机が取り囲み、その外に放射状に階段状の作り付けの机と椅子が取り囲んでいる。


 メンターの頭上にスクリーンが4方を向いて取り付けられているので、皆がメンターまたは資料発表者の映す映像を見ることができる。当初は普通の教室でパイプ椅子を並べてやっていたが、現在では本拠たるK大ではこのような部屋を大小6つ持っている。


 ただ、企業や研究所でやっている子セミナーや孫セミナーでは、普通の部屋でやっているのが通常である。

その日は、アンチ・エンジングの開発セミナーの最終になるという話が伝わって、他大学や医療関係者も来て、定員200人の部屋が一杯になっていて、隣の部屋で傍聴している者も100人位いるという盛況であった。


 開発セミナーは、初期には出席者が少なく、双方向の議論が行われるが、最終期は研究発表会に近くなるのはやむを得ない。


 その日のセミナーもそうだった。会場で待つ席で、川西市厚生病院の医師、村井早苗はドキドキして開始を待っていた。彼女は、このセミナーで考えられた処方を、痴ほう症の進んだ患者に施す協力をしてきて、その成果の大きさにに驚いているのだ。


 彼女等のように、セミナーで考えられた処方に協力してきた関係者はセミナーに呼ばれている。村井の場合はセミナーに出席するのは始めてだ。


「西野先生、それにしても私らのやって来た処方は、このセミナーで考えられた方法のごく一部だそうですね?」

 彼女は、隣に座った先輩の西野健吾に聞く。


「うん、今日の発表で、全体の姿が見えるはずだ。セミナーの目標は、人が寿命で死ぬのは避けられないが、生きている間は普通に生活できるようにということだ。健康寿命を90歳近くまで保とうということだよ」


「90歳!男性70歳、女性73歳ですから20年位伸ばそうと……、というより寿命も伸ばそうということですか?」


「うん、そのようだね。だから、どうも50~60歳くらいから処方を始めて、身体の衰えを防ぎ、頭の衰えも防ぐということを標準としたいということだ。頭のほうは、頭脳の働きを検出する機器が出来ていて、いわゆる頭のいい人とそうでない人の働きが判るようになっているらしい。これは体の方も測定できるらしいがね。

 それと、頭の働きを改善する方法もすでに見つかっているという。体の方は僕らも協力したよね。だから、アンチ・エイジングと呼んでいる研究だけど、対象は御老人に限らないようだよ。ほら、君だってこの処方をすれば頭の働きが良くなると言われれば受けるだろう?」


「え、ええ。もちろん、受けますよ。私たちの仕事って激務じゃないですか?結局私達は自分の能力、と言っても知的な意味での能力ですけど、その一杯にやっているから疲れるのですよ。

 私の高校の頃の同級生がいるのですが、彼は凄く頭が良くて、私らがヘロヘロになってやっていることを涼しい顔してやっていました。結局余裕があるから、疲れないのでしょう。その余裕が欲しいと思いますよ」


「うん。僕らはこのセミナーでやっていることが、老人相手のことだと思っていたけど、実際のところカケル君は人類を進歩させるつもりじゃないかな」

「進歩させる!?」

 村井は驚いてなかば叫ぶが、周囲はそれなりにざわついているので目立つことはない。


「ああ、彼が今までやってきたことからすれば、そのくらいのことを考えているとする方が自然だ。それに、国連軍の恒星間調査もそうだけど、彼は『地球人』ということを強調しているよね。

 貧困層を無くそうというのは、その底上げの一つだ。この研究も異星人に会った時の地球人の能力アップだ、位の事は考えていそうだ」


「うーん、そうね。確かにカケル君の研究として、アンチ・エイジングは少し違和感があったことは事実ね」

 そこに翔と資料発表者が6人部屋に入ってきて、自分の席に着く。


「皆さん、お待たせしました。第5回のアンチ・エイジングのセミナーを始めます。今日も私、水谷翔がメンターを務めます。

 さて、今日は大体このセミナーの最終となると考えています。アンチ・エイジングに関する既往の研究の整理を元に、他分野の参考になる研究成果も加えて有望な方法を抽出しました。

その中のツールといて必須のものとして開発したものが、活性分析器ということで、AAD(Active Analizing Divice)と呼んでいまして、これが実物です」


 翔は50㎝角程度の箱に足のついた装置を指した。

「これはこの研究の大きな成果でもあります。頭脳と身体の働きの指標となる信号が、脳細胞、内臓、筋肉から発生しており、それらをこれで測るわけです。これを検知するようになったことで、各処方の手法が有効であるか否かが判るのです。

 つまり、これでどの処方が有効かを正確に知ることができます。では、今からその治験例をいくつか紹介します。では、吉田さんお願いします」


 そういう翔の言葉は、相当に早口である。セミナーに出席するものは、その道の専門家であるので、クリヤーに聞き取れる言葉であれば、早口で喋り時間を節約するのだ。ある映画で出演者がやけに早口で喋っていたが特に苦情は出なかったようだ。


 呼ばれた吉田という研究者が、成果を発表する。彼女の発表は老いた犬と猫を使った治験であり、いくつか方法を組み合わせた処方の結果である。

 それは驚くべきもので、2種の動物共に、老衰して歩けなかったものが、1週間の処方の後に元気にきびきび歩けるようになっている。さらに、彼女はAADによる測定結果を示して言う。


「このように、頭脳に関してはACKC剤の投与の上で、電磁波であるDC波照射と、力場による微振動を与えました。結果の前後はこの通りで、このように。殆ど活性が無かった脳が活発に働くようになっています。

 身体的には、内臓にはKGHG剤投与と身体活性の効果があることが認められているウイルスR203を投与さらに、筋肉にはウイルスR203投与、MKA2剤投与、力場による微振動ADC波照射によりました。

 その処方の前後の、AADの測定結果からはこのように健全な同種の動物の状態とほぼ等しくなっており、内臓の働きは正常になり、筋肉も正常に働くようになりました」


 彼女の発表は動物が相手なので、必要と思われる処方は全て実施できた結果、ほぼ満点の結果を得ている。


 さらに、人間の相手の治験結果を示されたが、以下のような結果が得られている。

1)老衰して痴呆状態にあった、82歳の元大学教授に、脳に係わる処方を行ったところ、目に光が戻り、喋れるようになって正常な判断を下せるになった。

 さらに、本人の同意を得て内臓と筋肉の処方をした結果、今では自分で歩いて正常な生活を送れている。


2)老人に関する同様な例は村井の発表も含めて5例紹介された。


3)脳に関して、AADの測定結果が低い人、普通の人、比較的が高い人について10人ずつの治験を行っていずれも測定結果に、改善傾向が見られた。しかし、当初測定結果が低い人ほど引き上げの度合いが大きかった。

 そして、全員が頭の働きが良くなったことを自覚しており、処方後最も長い人で3ヶ月その改善は続いているとしている。


4)胃、肝臓、腎臓、心臓など内臓の働きが悪い人に処方を行った結果、程度に差はあってもいずれも改善された。


5)筋肉に関して正常な人10人に処方を行ったところ、明らかに全員の筋肉の力が上がっている。


 それらの結果は、その日の内に、出席者からマスコミに漏れて大騒ぎになった。


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