第33話 2027年の東京、日本の日常

 斎藤は、妻の和美と1歳の娘の美沙を連れて東京に来ている。斎藤の弟の聡の結婚式のためである。彼等は、K市の郊外にできたK市空港から、F型飛翔機に乗って東京の羽田空港に45分で到着している。


K市はK大学関連の企業、つまりK大学に出入りしてその開発品を生産して販売する企業、が大幅に増えたこともあって、過去5年で人口25万から35万に増えた。そして、市街地は新しく出来た工場を中心に郊外に大幅に伸びている。


 K大学には留学生とその母国の研究者と、やはりK大学目当ての外国企業の従業員を加えて、欧米人を中心にK大学関連だけで2万人を超える外国人がいる。


 今では、日本では人口20万都市以上には空港ができて、全国各地に向けてF型飛翔機が飛んでいる。F型飛翔機は滑走が必要ないため、最小5haあれば建設可能である。さらに、騒音の発生もないので、市街から近い便利な位置に建設される。


K市飛行場はその一つであるが、国際都市になったK市の飛行場であるので全国で20しかない国際空港の一つで、敷地も45haあり、ターミナルビルの規模も大きい。とは言え、こうした新設飛行場はF型飛翔機の専用であり、ジェット旅客機の発着はできない。


 一方で国際便の旅客機は、未だ30%程度はジェット機であることもあって、K市飛行場は税関機能だけが国際線として機能している。つまり、外国からの客は羽田なりに降りて、そこから税関を通らずにK市行きに乗り換えてF市で税関を通る訳だ。


 もっとも、2年後にはジェット旅客機は世界的に禁止される予定になっている。だから、市街地から20㎞~30㎞離れている不便な空港は、廃止されて市街地に近い位置に再建する計画が進んでいる。


 K市空港からは100人乗りの東京行が1日3便飛んでいる。とは言え、海外への直行便が乗り入れるとしても、便数は多くはないと考えられている。それでも国際空港化が強行されたのは、K大学があることで、チャーター便が多いと考えられたからであり、実際に毎日数便の海外からのチャーター便がある。


 斎藤夫妻は娘の美沙を連れており、自宅からタクシーで飛行場まで来ている。現在では自動車の90%以上はA-タイプであるが、商用車であるタクシーは当然Aタイプでその大部分は自動化されて無人である。


 通常の乗用車も、人工頭脳がコントロールしているのが日本車の売りであるが、タクシーとしての自動運転への変更は同じAIで可能である。このため、タクシーの運転手は大部分失職したが、日本は空前の好景気に沸いており、このため幸いに生活に困る人は殆ど出なかった。


 斎藤は東京の八王子市出身であるが、大学はK大に入学して、大学の研究員になったためにK市に居を構えることになった。結婚して最初の1年は職員宿舎に住んだが、その後大学から車で10分ほどの郊外に家を買って住んでいる。


 彼は翔と一緒に仕事をしていることで、開発を任されることもある。彼は物理が専門であるが、コンピュータは得意で、人工頭脳とその言語を作る時に、最初は翔を一部指導している。だから、F型機を操る人工頭脳の開発は、K大の電子工学教室も協力したが、彼の手も相当入っている。


 その時開発された人口頭脳SVBについては、斎藤も1/3の権利を持っている。同様に様々な開発で翔と協力した、あるいは自分で思いついた開発品もあって、彼はかなりの特許に名を連ねている。


 このため、研究所から支給される給料以外の手当てが月50万円をこえて、給料を上回っている。だから、大学院の後輩であった妻の和美は子供が小さいこともあって、専業主婦であるが、家のローンを払っても楽に暮らせている。


 なお和美は、子育てが終わったら専門の道に戻りたいということで、在宅でできる研究所の仕事を手伝っている。ちなみに、斎藤の博士号は物理学で取ったので物理学博士であるが、自分でも何が専門か判らなくなっており、なんでも屋になっている。


 だから、研究室に入っている5人の女性陣の指導は、分野に関係なく西川と手分けして指導している。斎藤も、年若い翔の付き人的立場には思うところもあり、中には揶揄して来る者もいる。


 しかし、翔は彼なくしては見ることのできない世界を斎藤に見せてくれている。そして、自分達がアシストしている翔の活躍が、間違いなく閉塞感に溢れていた日本を変え、世界を変えている。


 翔は疑いなく主役として歴史に残るだろうが、多分自分は『翔』のオマケとしての存在にしかならないだろう。それでも、そのお陰で高収入ではあり、目標だった博士号も望外に早く取得できた

 さらに、愛しい人と結婚でき、可愛い娘もできた。地味人間である自分の待遇としては、大変に恵まれているだろうと一人思う斎藤であった。


 着替えていると、家に呼んだタクシー会社から、『予約された〇〇タクシーです。あと5分でお宅に着きます』とスマホに着信がある。

 斎藤は、娘を抱いてキッチンに座っている妻に声をかける。

「タクシーが来るよ。じゃあ出かけようか」


「ええ、行きましょう」

 斎藤は大きなキャリー・バッグを持ち、和美は、娘を抱いて肘に小さなバッグを掛けて玄関から外に出る。まもなく、タクシーが、そのタイヤがアスファルトを擦過する静かな音と共に、家の前に泊まる。無人のタクシーには運転席があるが、透明のカバーで閉じられている。


 「毎度有難うございます。〇〇タクシーです。どうぞお乗りください」

 自動ドアが開いて、声が聞こえる。柔らかい女性の声だ。

 先に娘を抱いた和美が座り、斎藤が後から座ると「ではドアを閉めます」とドアが閉まると、行先を確認する。


「では出発します。行先はK市空港ですね?」

「そうだ、K市空港出発ターミナルだ」

 斎藤は意識してはっきり言う。

「承知しました。では出発します」


 空港までは距離は短いが、途中繁華街を通るので20分ほどかかる。現在の市内の車道は、以前に比べると静かである。Aタイプの車は、唸る音はするが、エンジンに比べるとずっと静かであり、聞こえるのは殆どタイヤの擦過音のみである。


 特に町の騒音を上げていたトラックなどの大型車は、全部がAタイプに入れ替わっている。これは、大型車は事業用・商用であり特に経済性を重んじることから、車体は既存のものを使って、エンジン部のみ交換する等により3年で全ての転換が済んでいる。


 街中がこのように静かになると、クラクションを鳴らすのも気を遣うようになり、騒音が絶えなかった繁華街も静かになっている。とは言え、斎藤夫婦にとって、それは当たり前の光景であって気にはならない。


「ねえ、直人さん。K市空港を使うのは始めてだけど立派ねえ。でも、K市からの海外への航空便ってできるのかしら」

 空港のターミナルビルに入り、娘を抱いた妻が聞く。


「うーん。ちょっと、直行便ができるほどの客はいないだろうな。だけど、国際空港は海外からのチャーター便やビジネス機などの通関のためだと聞いているよ」

「そうね。F型のビジネス機は随分安くなったと云いますからね。結局K大学があるからということのようね」


「ああ、そうだ。それにしても、F型のエンジンは普通の乗用車に収まるサイズではないけど、ワンボックスカー位のサイズで出来る。だから、こんな空港でなくても、そこらの広場から目的地に飛べるんだよね。

 実際にアメリカなんかそのような運用をし始めているし、シベリア共和国なんかもそうだ。だけど、日本の都市の場合は、空中に電線やら邪魔物が沢山あってやっぱり危険だということで、当分は無理だな。

 ただ、地方では個別にやっていくらしいけど、僕らは当分こんな空港から飛ぶことになる」


「でも、前に比べるとこんな風に空の便が簡単に使えるようになると、鉄道とか新幹線ってどうなの?」


「うん、鉄道はそれほど影響がないようだけど、新幹線は全体として乗客が半分くらいになっているようだね。特に長距離の客が減っているようだな。だけど、すでに交通のハブに駅があるなど、利点は多い。

 だから、パンタグラフを非接触型にするなど、騒音を無くし、コストを下れば今後も使われると思うよ。ああ、ゲートが開いた、乗ろうか」


 斎藤と子供を抱いた妻は、ゲートにスマホをかざして飛翔機に乗り込む。ターミナルから機体までの間は、力場に操られた簡易型のボーディング・ブリッジが懸けられているので、乗客はそれを通って乗り込む。


 100人乗りのF型飛翔機は全長30m、幅が8mで高さが3m、座席は中央2列×2、両端2列ずつの、長さ方向が15列である。座席の幅は以前の飛行機と大差はないが、前後は大幅に広くなっている。だから、乳飲み子を抱えている和美も子供を抱いて楽に座れている。


 飛行は鉛直に千m上昇し、それから15度の角度で上空50kmまで上昇し加速して、最大速度はマッハ3になる。またF型飛翔機には離陸時の機体の内部にいても騒音は無く、加速感は感じられない。


 だが、一応規則でシートベルトは締めることになっているが、離着時の振動などの問題の例がないので間もなくこの規則は廃止されると言われている。東京まで600㎞のこの飛行は、実質わずか40分余りであり、羽田空港の第3ターミナルのエプロンだったところに鉛直に着地する。


 そこに駐機しているのは、全てF型飛翔機であり、最大が長さ50mの500人乗り、最小は長さ15mの50人乗りである。

 第2ターミナルがF型機の国際線に使われているが、その離着陸はほぼエプロン部で済んでいる。翼がないため、長さは最大60mであるが幅は最大12mであるため、100m×30mのスベースで十分離着陸が可能である。


 だから、離着陸に一部は以前の滑走路を使っているが、長さ3千mもある滑走路の大部分が丸々余っている。これについては、現在跡地利用の検討中であるが、現状では来るべき宇宙時代の宇宙空港にするべきという意見が有力である。


 羽田では、現状は滑走路が国際線のジェット機用に1本だけ運用されていて、ジェット機用に第1ターミナルが専用で使われている。しかし、日本は半年後にジェット機の飛行は禁止する予定であり、第1ターミナルはF型機の国際線専用とする予定である。


 ちなみに、F型機は全て宇宙にも出て行ける完全気密構造であり、飛行距離が大きいほど速度のメリットが出やすい。機体はずんぐりしていて、お世辞にも空気抵抗が少ないとは言えないが、空気抵抗のない成層圏である100㎞の高空では関係ない。


 動力はA型バッテリーによっていて、加速度2Gを2時間続ける容量があるので、1時間で地球1周して帰るに十分である。だから、F型機のよる今の国際線は、地球上どこでも1時間で着く飛行が可能になっている。


 その結果、乗員の人件費、燃料費、機体の償却費が大幅に低くなって、料金は嘗ての1/3程度になっていて、海外旅行は人々の最も気軽なレジャーになって来ている。 

 そして、今や科学ルネッサンスが咲き誇っていると言われる日本へは、観光客が押し寄せていて、現在の入国者が年間5千万人、そのうちの観光目的が3千5百万人と言われる。


 空港を降りてからの斎藤一家は、従来であれば電車を乗り継いていくところだ。だが、乳飲み子を抱えての妻の疲れを考えて、斎藤の実家のある八王子までタクシーに乗っていく。


 タクシーの車両償却費は従来と大差なく、燃料費というよりバッテリー交換費は半分、人件費は無しということで料金は半分以下になっている。だから、空港~八王子まで5千円強であり、高給取りの斎藤にとっては何ほどでもない。


 その経路は全て首都高速が繋がっていて、都内はAタイプまたは電動以外の車の走行は禁止されていている。彼らの乗った自動タクシーは、順調に走って1時間弱で八王子の実家に到着した。


 斎藤の父は市の職員で、母は地元企業の経営者の一族の一員であり、男2人、女1人の子供を大学以上の教育を受けさせている。33歳の姉はすでに嫁いでいて、男女一人づつの小学生の子がいる、28歳の弟は、東京の私大を出て、都内に勤めているサラリーマンである。


「まあ、まあ。亮一良く帰ったね。和美さんも遠路ご苦労様。まあ、美沙ちゃん、良く来たわね。おばあちゃんのところにおいで」


 母の真奈美が賑やかに言って、孫を抱こうと手を差し出す。赤子の美沙は、近所付き合いで人に良く会うせいか、人見知りはしない方であり、祖母の差し出す手に素直に抱かれる。滅多に会わない孫に夢中の母と、それに付き合っている妻を横目に、斎藤は今回の主役の弟の聡に話しかける。


「聡、良かったな。結婚する佐奈さんは、同じ会社だって?」

「ああ、部署は違うけどね、まあ、結婚とは縁が遠そうだった亮一兄さんが結婚したんだから俺だってね」

 そう言って、斎藤と違って外交的な聡は笑う。


「うん、まあね。俺も、大学の助手じゃあ、当分は結婚できないと思っていたさ。まあ、ドクターに早くなれたのも主任研究員になれたのも翔君との縁のお陰だな」

「兄さんは、特許料が凄いんだってね。父さんが羨ましがっていたよ」


「うん、うちのK大学の技術研究所は、特許料の何割かを発明者に手当の形で払ってくれる。俺もいくつか発明者になっているから、そこそこはあるよ」

「すごいよな。それにしてもカケル君の関係した発明は凄いのばっかりだ。まあ、俺の会社〇×軽金属も、NFRGのお陰でウハウハだよ。だって、アルミは電気の塊というくらいで、前は外からアルミインゴットを買っていて素材費が高くついたんだ。

 それで、NFRGを自前で設置した結果、電気代が只みたいになって、コストが劇的に下がったんだ。元々、うちの会社は素材を加工しての製品には定評があったので、少し値下げしたんだ。


 その結果、売れ行きが大幅に良くなって利益率も高まったので、俺たちの給料も上がったよ。それで、政府のやっている『故郷に家を建てよう』キャンペーンに乗ろうと思ってね。結婚する佐奈の郷が山梨の勝沼なんだ」


「ああ、そのキャンペーンは都心にいくつかターミナルを作って、通勤のF型飛翔機で地方都市を結ぶと言う計画だったな」


「うん、うちの本社から、計画されている勝沼の団地まで、ドアツードアで50分足らずだ。それで、2500万円の3LDKだからね。俺も都会のアパート暮らしは嫌だし」

「でも、通勤費はどうなの?」


「通勤飛翔機は自動化されているからだろうけど、この八王子に電車で通うのと大差はないよ」

「ほお、良いんじゃないかな。F型もだんだん市民生活に入ってきたなあ」


 兄弟の話は、その後夕食の席までも続いた。

翌日の聡の結婚式は、出席者30人ほどのごく平凡なものだったが、結婚式をしない者も多い中で、平均以上と言えるかもしれない。

 斎藤一家は実家に2泊して、同じルートでK市の自宅に帰っていった。

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