第14話 核融合発電所の建設

 7月15日、経産省で会議が開かれた。山根大臣自らの主催だ。

 K大学からは笠松教授、山村教授、それに翔と斎藤、西川も出席している。大学と国は翔の存在を積極的にPRはしていないが、すでに世に知られており、ネットでは最も話題になっている人物の一人である。


 とは言え、新聞、テレビ、週刊誌などについては、政府が翔について報道することは未成年を理由に規制していて、名前が出ることはほとんどない。つまり、知る人ぞ知るという存在である。


 もっとも、大学においては無論知らない者はおらず、その存在は認知されていて、それも安全を守るべき存在ということが周知されている。このため、学生、教官のそれぞれが彼の安全には留意しているので、学内で彼に手を出せる状況にない。


 このため、翔は最初の頃のように学内で気を付けて行動する必要がなくなって、自由に様々な研究室を移動できるようになった。更には彼の『触媒』としての能力は、学内では良く知られており、彼の訪問はどこの研究室も歓迎している。


 ちなみに、翔の付属中学校への所属と、その変則的な授業体系はすでに、文科省のお墨付きになっている。

 経産省に会議については、K大のメンバーの他に、経産省からは次官はじめ10名、国交省からも3名、経済企画庁から2名、財務省から2名、学識経験者としてはK大学の他に5名が出席している。


 司会は産業局長の田中である。

「今日はご出席ありがとうございます。今日はご案内の通り、フュージョン・リアクター、NFRGの建設のプライオリティを実施上の観点から策定するためのものです。まず大臣からお願いします」


 司会が口火を切り、中根大臣が立ち上がって話し始める。

「今般のNFRGの実証運転の成功、その直後の加藤総理の談話の内容は世界に広がり、大きな衝撃を持って受け止められています。

 それは、産油国など資源国にはマイナスの要素として受け取られ、逆の石油などの輸入国にはポジティブなものとして捉えられています。

 原油価格は御存じのように、ロシアの原油を調達先から外した結果、それに付け込んだ産油国の値上げに多くの消費国が苦しんでいるところです。今後NFRGの建設中についても、更なる値上げが懸念されるところです。


 ですが、これについては、かねてから米国、EU等と協議をしており、共同歩調をとっているので、これ以上の価格の高騰のような問題は起きないと考えています。

 しかし、そうであっても現在の石油の価格は史上最高であり、日本経済の大きな重しになっていることは事実であります。

 それに、自己中心的な産油国の振る舞いには、我が国を含め消費国は大きな怒りを持っています。従って、NFRGを一日でも早く完成することは、わが日本にとって非常に重要なことです。


 さらに、ご存じのようにA型バッテリー、I型モーター使った完全な電動車であるAタイプ車が普及しようとしております。

 そして、このAタイプ車は、安価な電力を供給できるNFRGがあってこそ、さらに運転コストが下がり、完全なものとなります。さらに、そのバッテリーの励起工場のためにも多くのNFRGが必要になります。


 一方で、熱発生タイプのNGR-TCについては、少々遅れて建設を始めますが、当初は中小規模のものを中心に建設し、最終的には製鉄所に使うような大型炉の建設に入ることになります。予定では、わが国で計画する全てのNFRG機が完成するのは5年後の2029年、NGR-TC機の場合には2032年としています。

 その間、我が省と国交省を始めとする関係省庁、K大学の皆さん、そして建設に携わる民間業者の皆さんには、多大な努力をお願いすることになります。


 ですが、これはわが国の将来を作るためのものなのです。それも、間違いなく世界において、最も進んで便利な日本を作るためです。皆さんの今後数年間の努力をお願いする次第です」


「ありがとうございます。まず、山村教授に今後の進捗に最も重要な標準設計の進行状況と、必要な設備、部品の製造工場の建設の進行状況、さらにリアクター規模ごとの想定される工期をお聞きしたいのですが。先生お願いします」

 さらに司会が会議を進める。


「はい、標準設計としては、5、10、50、100万㎾の電力発生のものが完成しています。いずれも基本的には長方形の用地に収めるもので、10万㎾以下が鋼製フレーム、50万、100万㎾がコンクリート基礎になります。

 大きさは、お手元の資料のように、100万㎾で本体が30m×20mですから、どこに作るのであってもこの程度の用地確保に問題はないと思います。


 構成機器つまり必要な機器の生産の準備状況ですが、すでに製品化されているものも多く、これらは既存の工場への増産体制の要求で事が足ります。

 一方で、電磁銃、磁力場発生装置など全く新しく製造するものもあり、これらは実証機の装置を製作した会社の伝手で生産体制を作りました。リアクター本体などは、すこし特殊な合金の製缶物ですから、これもこういう物に手慣れた会社を探して生産体制を構築しました。


 こうした、準備に際しては四菱重工さん自身及びその協力会社の協力が大いに助けになりました。そして、いずれも今後の生産量の見込みを示して積極的な取り組みを承知してもらいました。

 とは言え、経産省さんから、もし実証運転が失敗して、計画がキャンセルになっても準備に要した経費は国として保証するという通達が非常に効きました。そういう意味では、我々の折衝も楽に進められました。


 今回の準備に当たっては、コストよりむしろ信頼性と品質を考えて選定しました。これは一つには、どう比較しても、既存の設備に比べ1/3以下程度になることがあります。

 さらに、運転時のコストたるや、燃料のコストを除いた人件費や、消耗品などのみで比較しても、半分~1/3になります。ですから、こうしたこと、つまり余りコストを考えないことが可能になった訳です。


 このようにして、準備を進めた結果、建設に必要な設備・機器の製造期間が、建設工期を大きく伸ばすことはないし、建設のボトルネックになることはないと思っています。


 ただ、アメリカとEUについては、殆どの技術を渡して自国で製造・建設を行えるようにしましたが、重要設備と部品の一部は独占して日本から輸出に限ることになっています。これらについては製造して輸出する会社には、相当に負荷がかかることになりますが、何とかこなせるという返事を頂いています。



 それで、建設作業ですが、お手元の資料にありますように、機器の製作、購入すべてを最優先で取り組むことは無論、自動化を出来るだけ進めて、2交代で組み立てをするとしています。このように、最高の人材を2倍集めて2交代で進めるとして、100万㎾の組み立てで8カ月というのが結論です。これが限度でしょう。


 また、現在経産省の斡旋で集められた200名の講習中のエンジニアがおり、彼らに講習の一環で出来上がった標準設計図と仕様書に基づいて、発注仕様書を作らせています。

 さすがに、彼らは分野が違っていてもこういうことは手慣れていて、また、基本的に優秀な人が多く、彼らを工事責任者にしての建設は十分可能だと思います。講習期間は1カ月ですが、その最後に各現場の担当を決めます。


 100万㎾機建設のケースでは、まず各チームの社内で発注作業を終え、制作の管理をしつつ現場の準備をして、機材が集まった適当な時期に、各電力会社の現場に行って組み立てを実施してもらいます。

 第1陣では、各10名で10か所の100万kWのNFRG機建設を担当してもらいます。20名には四菱K市事業所で引き続き10万kW、さらに80名には全国に散らばってもらいます。


 そして5万㎾~10万㎾のA型バッテリーの励起工場用の200基のパッケージ化したリアクター製作をやってもらいます。もっとも先ほど申し上げた人数は指導監督に当たる職員であり、現場で雇用する職人・作業員はその10倍程度にはなります。

 従って、100万kW機の場合、最初の同時着工は10基ですが、その現場にそれぞれ20人ずつのエンジニアを貼り付けて、技術者の養成を行います。これは小型のFR機も同様で、どんどん建設を担当するエンジニアが増えていくことになります。


 ということで、FR機については9月に建設の開始をして、100万kWの設備は来年6月〜7月には最初の10基が稼働、その後2カ月後には次の10基となり来年末には40基で、2028年にはほぼ300基3億㎾で、需要の伸びを見こんでも我が国に必要な発電量に達するでしょう。

 一方、50万及び10万kW以下級は、基本的に当初は励起工場向け、電力網上の理由で小型発電が必要な場所に設置しますが、同じく2028年には600基程度ができるでしょうから、全部で約1億㎾となり、合計すれば大幅に増えると見込まれている日本の需要は賄えます」


「大変綿密な資料をありがとうございした。大臣、こういうことですがこの件はよろしいですね」

 司会が念を押す。


「はい、山村先生ありがとうございました。あのこれは、大変申しにくいのですが、この建設計画の総指揮を先生にお願いしたいのですが。大分探したのですが、先生ほどの人材が見つからず、逆に先生の下だったらという方々がいます」

 大臣が申し訳なさそうに言う。


「ええ! 私がですか。うーん。まあ乗りかかった船ですね。来年一杯は面倒を見ます。その後は、その中で育った人材でお願いします」

 山村教授が答える。


「はい!ありがとうございます。そういうことでお願いします。よかった」

大臣が笑顔で言い、 田中局長からも、お礼を言う。


「先生ありがとうございます。

 さて、今度は立地選定ですが、基本的な方針として、既存の石炭、石油、ガス発電所で設備の代替を急ぎます。この点では、NFRGは非常にコンパクトでかつ、公害発生が殆どないので、立地選定が極めて容易です。


 従来は需要地に近い街中に発電所は考えられなかったのですが、今回は需要地に近い位置で選定できます。だから、費用も大幅に節減できるし、停電の恐れも少なくなり、送電ロスも少なくなります。

 これらは、原発の代替という意味あいがありますが、必ずしも現在の不便な位置に設置する必要はありませんので、半数ほどは立地を見直しています。現在の立地位置はこの図の通りですが、データは渡しますので意見がある場合は申して下さい」


 田中は経産省で揉んだ、全国のNFRGの設置配置図をプロジェクターで示す。

流石にこれは様々な意見があり、その話で1時間ほども立地と順番に関する議論が続いた。この議論は山村がリードしていたがやがて結論を言う。


「順番について、最初の10基分については、まず東電の福島、これは悪評を払拭する理由と、放射能対策で、電力を使いたいというのがありましてそれがひとつです。さらに同じ東電の西森の石炭発電所、―――――――――」


 ちなみに、原発については、廃炉が必要になるが、廃棄物の放射能の抑制装置が実用化されている。ただ、この装置は電力使用量が大きいため、NFRG出力の10万㎾程度はそのために消費される。


 さらに、山村からはこの特急での建設の実施に当たり、現場責任者に十分な権限と予算を持たせる重要性について申し入れられた。


「では、最初の10基については、今決まった位置で建設を始めます。これらは、少なくとも電力網はすでにありますので、そのメンテナンスをキチンと行えば、発電機本体のみを建設すれば機能が果たせます。

 さらに、建設に関してお願いしたいのは、各プラントには技術者の建設責任者を置きますが、管理に電力会社の担当者を置くことは必要でしょう。しかし、建設に係る権限はあくまで建設場責任者に持たせてください。


 さらに十分な資金を準備して、決裁権限も彼に持たせてください。さらに、乗り込んで最初の事務所の確保、通信手段、車両については現地の地方自治体、電力会社からの全面的な協力をお願います。そのためには国交省、経産省、自治省の指導が必要ですのでお願いします」


 それを受けて司会の経産省の田中局長が言う。

「わかりました。電力会社に強く申し入れますし、当省もチェックするようにします。恐れ入りますが、先ほどの要求条項を文にしていだけますか。

 それと、先ほど話がでましたが、東電の福島の放射能の問題では、すでに放射能抑制の目途がついており、実験レベルでは成功しています。

 この場合は、NFRG機の建設と一緒に処理設備を設置することになります。しかし、今のところ電力の消費が大きいのでNFRG機の稼働後に動かすべきということになっています。では次に笠松先生、熱発生タイプのNFR-TCの建設についてお願いします」


「はい、これは、様々な工場では主として石油を使って、原料の精錬、煮炊きなどを行っています。NFR機は電力を引き出すのみでなく、熱を直接引き出すことも可能です。ですから、産業用にNFR-TC機を設置しようということです。

 ただ、この場合は電力を供給するほど画一的に建設はできません。電力の場合は電線で電力を運べますが、熱の場合は通常は伝達の媒体は蒸気ですが、千度以上の高温が必要な鉄などの精錬の場合にはそうはいきません。


 だから、この場合は業種ごと、工場ごとに別途に計画設計を行う必要があります。ですから、最初は計画が容易な、中小規模の蒸気による熱供給の設備を工場地帯向けに建設していきます。


 製鉄などの精錬については、FR機をどう使うか、現在メーカーと一緒に研究している段階です。かれらも、地球温暖化の対策の策定を迫られて苦悩しています。さらには、何と言っても燃料費が大幅に削減される上に、製品の品質を高めることが出来るということで、大いに乗り気です。

ということで、NFR-TCについては、NFRGほどの早い進捗は無理ですが、5年もすれば大体目途が着くと思っています」


 会議はなお、質疑を含めて1時間続いて終わった。翔は予め下話ができているこのような場では、出番がないことを感じたが、関係する人々の熱気を感じたという面ではそれなりに満足した。


 一方で、管轄する省の大臣の中根は、予想を超える進捗に、会議の内容には大変満足した。


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