第13話 核融合発電成功の余波

 2023年、明けましておめでとうございます。


    ー*-*-*-*-*-*-*-


一連のセレモニーが終わった後、中根通産大臣を始め試験運転のセレモニーに訪れた人々に、笠松教授から装置のより詳しい説明が行われた。


「………、先ほどから少し詳しくFR機の説明をしてきました。

このFR機はこの実証運転機は核融合の結果が直接電力に変換していまが、熱に変換するタイプもあります。略称で電力変換タイプを:NFRG、熱変換タイプを: NFR-TC(Thermal Coversion)と呼んでいます。

 前者については、皆さんもその用途に疑問はないと思いますが、後者については、主として工業用の熱源、特に金属精錬、食品の煮炊き、熱加工などに使うことを考えていますし、寒冷地方の農業利用も場合によっては用途として考えられます。


 電力変換タイプから熱を出すと、電力を熱に変換するレアメタルを使ったヒーターが必要になり、資源と効率の面で問題になります。いずれせよ、この場合の燃料はほぼ只ですから、工業用途の熱源もほぼすべてがこのFR機に代わっていくでしょう。

 ああ、今12時を過ぎた所で、実証運転開始以来2時間が経過しましたが、現状のところは全く支障なく動いています。発電量は、本事業所の構内の電力消費量である4万㎾を超えていますが、余剰分は問題なく電力会社の電力網に流し込んでいます。


 予定では、運転開始後24時間で一旦運転を停止して、6時間をかけて機器を点検し、再度営業運転としての連続運転に入ります。では、昼になりましたので、簡単なものですが準備している昼食を召し上がってください」

 立ち会った皆から、拍手が巻き起こった。


 その後、10ほどのテーブルに並べられた料理を皆でつまみながら、会食を楽しむところであるが、マスコミはそれどころでなく、必死に取材をしている。椅子も出席者の半分ほど用意されているが、皆興奮していて、座る者はほとんどいない。


 翔は父の涼太と並んでテーブルに並べられた寿司やオードブルなどを遠慮なく食べる中で周囲の話にも耳を傾ける。四菱重工の常務取締役の笠谷が、出席した経産大臣の中根に話しかけている。


「大臣、この成功は産業界に大変大きな影響を与えるはずで、早急に何らかの対策が必要だと思いますが、政府としてはその点をいつ発表されるのでしょうか?」

 その問いに、中根は少し笑ったが真面目な顔になって答える.


「ええ、先ほど山村先生がFR機として機能を果たすことが確認されたとの話の後に、総理には私から成功の報告をしました。もっとも、総理もテレビですでに知ってはいましたがね。それで、もうすぐその通知があると思いますが、今日の夕刻に総理から成功後の今後について発表があることになっています」


「なるほど、今日ですか……、確かに急いだほうが良いでしょうね。ところで、今回の開発プロジェクトの費用はK大学がA型バッテリーとI型モーターの特許料で賄ったようですね。

でも経産省さんとして、商用機の量産体制の構築に政府保証を付けたということですが、これは随分思い切りましたね。結果的には成功ですから、讃えられるべき措置でしたが」


「ええ、でもあれは総理も了解して閣議でも了承の上でしたから、我が省としては別段冒険でも無かったのです。兎に角、ロシアの資源を世界の供給網から切り離してからの、資源国の強欲さに我が国も苦しめられていますからね。

 ある意味当然の措置だったと思います。これだけのものがあれば、全力を挙げて建設するのは当然のことだと思いますよ」


「しかし、どんなに急いでも、わが国が燃料として石油・石炭を必要としないまでに5年位はかかるでしょう。その間は依然としてそれらを輸入する必要がありますよね。それに対して、資源国が極端な値上げなどをとってきませんか?」


「ええ、その点の懸念はありますから、FR機の早期建設はアメリカやEUと共同歩調を取ります。だから、リアクターの反応や励起の肝心なところは、我が国が握って輸出のみとしますが、90%程度の生産部分は彼らには公開して、建設には彼らも日本とさほど遅れずにかかるはずです。

 それに資源国も、彼らの資源の需要が先細りになるのは目に見えているのです。一方で彼らの予算は現在の需要を元に組まれているのですから、早晩困窮するのは目に見えています。その際に、今後の世界を動かす技術を握っている我々を、敵に回すことの愚かさは理解できるでしょう。


 ちなみに、四菱さんも結構これには突っ込んできていますよね。お陰で我々もやり易かったので、有難いと思っています。また、それに加えて、気前よく他社にノウハウも解放しておられますよね。まあ、これもうちの省でお願いしたのですが、ノウハウの解放には難色を示されるかなと懸念していたのです」


「ええ、会社としては全力で突っ込むべしと方針は出ていたのですよ。それと、ノウハウですが、確かに社内的には少々揉めました。しかし、歴史を変えるFR機のノウハウの肝心なところの出所は翔君、名波先生です。

 確かに、その実証機と実機の実用化に関して、我々が早めることに貢献したとは自負しています。しかし、一方で今後商用機の普及を出来るだけ早く進める必要性は我々もよく承知しています。だから、ノウハウを秘密にするという場合ではないということが、役員会の結論です」


「ほお、なるほど、いずれにせよそれは我々としては有難い話です。今日、たった今FR機は結果として大成功であることが実証されました。間違いなくこの結果は、人類の歴史を大きく動かします。

 それも良い方向にです。私は、今この時期に経済産業大臣をやらせて頂いている幸運を感謝しているんですよ。しかし、すでにお気づきのようですが、中長期的にはFR機は日本と世界にとって、良い影響を与えます。


 ですが、余りの圧倒的なアドバンテージから、既存の業界にネガティブな影響ももたらします。今日の総理の話はその辺りを重点的に話されると思います。 

 総理が談話を急ぐわけは、政府が対策をちゃんと考えていることを示して、経済的な変動を、まあ株価ですが、それを抑えるという意図ですね」


「ああ、ここのところ、経産省さんを中心に色んな調査をやられていましたね。それは株価対策もやられていたのですか?」


「ええ、そのあたりは各省が連携して、影響をシミュレートしてネガティブな面を抑える対策は立てました。しかし、相当な株価の変動は避けられません。ただ、お気づきと思いますが、国内に巨大な需要が生まれること、とりわけ莫大な燃料輸入費が不要になるメリットを考えると、そうした混乱は短期的なものと考えています」


 それを聞いて、笠谷は云う。

「なるほど、やはり、それは考えておられたのですね。ちなみに、私も今回のFR機の成功を見て思うことがあります。私は、実は原発の技術者だったのですが、このFR機の登場で原発は廃れる技術になります。

 そういうことでは、悲しい思いが強いのですが、一面でほっとした面もあります。廃棄物の問題がありますので、実際に原発は100%安全とは言えないものでしたから……」


「ええ、安全は大事ですよね。原発はそういう懸念はありました。FR機もまだ100%とは言えないでしょうが、放射線など徹底して計ってもらっていますが、問題ないようですね。まあ、安全だと信じていますよ。

 そういう意味では、安全で、これだけFR機のコストが低いと、原発のみならず、特に熱を使う産業のあらゆる設備が、多分数年で急速かつドラスチックに変わっていきます。また、近年どうしても付きまとってきたエネルギーの枯渇、地球温暖化からの解放が、世の中にどう影響するかですね」


「核無効化ですでに彼は世界を大きく変えていますが、このFR機の開発、それだけでなく核バッテリーもありますし、まだまだ出てきますよ。あの翔君がどのように世の中を変えていくか、目を離せないですね」


 中根大臣が言い、一緒に話していた笠谷常務と2人で自分を見つめるのを見て、内心で肩をすくめた翔だった。


   ―*-*-*-*-*-*-*-


 その夕刻午後3時に、7時からと予定が発表された特別番組を、多くの会社で視聴が推奨されたこともあり、後に半数以上と集計された多数の国民がテレビ画面を見つめている。このため、道路では車の通行がほとんどなく、コンピニでも多数の人々が画面を見ている。 


「それでは、特別放送、『阿山内閣総理大臣による談話“いま起こった、エネルギー革命”』を開始いたします。加藤首相どうぞ」


「皆さん、内閣総理大臣の加藤義男です。大変急なお知らせでこの番組を組んで頂きました。準備に大変な思いをされ、番組を中継して頂くNHKの皆さん、視聴して頂いている皆さんに、急であったことをお詫び申し上げます。

 さて、本日午前10時、K市において、かねてから開発中であった核融合発電装置の試運転が行われ、成功であることが確認されました。


 この設備の元になる常温核融合及び、電力取り出しのメカニズムの理論的な確立は、集中的にマスコミでも取りあげられています。これは、国立K大学において、物理学科の名波教授、水谷翔氏等の皆さんにより行われました。

 さらに、本日運転に成功した実証機の開発は、同大学工学部の山村生産工学科教授の指揮で、大学関係者およびいくつかの民間企業の協力の元で行われました。


 装置そのものは、現在、K市の四菱重工業株式会社の事業所内に設置されており、今朝午前10時に運転の実証運転を開始して、今も10万㎾を超える電力を生み出し続けています。この発電機の燃料は水道水を電気分解して得られた水素であります。

 パネルをお願いできますか。

 人の映像と比べていただければわかりますが、これは、幅4m、長さ10m、高さ6.5m総重量45トンと、発電規模に比べ極めてコンパクトなものです。核融合による発電ということで放射能を不安に思う方もおられるかもしれません。


 ですが、これは全く放射能を発生しませんし、直接電子として電力を発生するという構造上、熱の発生も少なく、最大の反応温度は500℃程度です。今回制作された実証機の出力は10万kWですので、1世帯5㎾の消費とすると2万世帯に賄える電力を発生します。

 また、もし重油によって発電する場合、1時間に8k㍑の油を使う一方、これは1時間10グラムの水素を消費するわけですから、0.2㍑のごく微量の水道水を使うだけです。


 このように、燃料が水ということは、もう燃料が手に入らないという不安からは解放されるわけです。また、設備についても、従来のものにくらべ、大幅にコンパクトであることから予想されるように、大幅に安くなります。大体、3分の1程度になるであろうという専門家の話です。

 まさに夢のようなシステムです。しかし、この設備を我が国に導入するということは、いいことばかりでもありません。


 一つには、安全のために、各電力会社の多大な投資の元に進んでいる、原子力発電所です。この再稼働に関しては、さまざまな議論を呼びましたが、この非常時に当たって皆さんご理解で大部分再稼働しました。

 ですが、この核融合発電が完成した以上、間違いなく核融合発電に取って代わられます。また、これは原子力発電所に限らず、火力発電、たぶん水力発電、ソーラー発電も一緒であり早晩廃棄されるでしょう。

 これは、単純にコスト的に全く太刀打ちできないからです。コストというのは、結局皆さんが負担する電力料金に反映されます。


 すなわち、電力会社が資産としてもっていた、これらの原発を始めとする発電設備は資産であるどころか、撤去の必要がある負の資産ということになります。

 これは、電力会社および関連企業には限りません。皆さんもご存じのように、すでにA型バッテリーは実用化され、それによる電動車がすでに乗用車が200万台、改装したトラックが50万台を超えて走っています。


 現状のところ、この方式の自動車は電力供給量の制約のために、台数を限っていますが、A型バッテリーの励起工場には核融合発電機を最優先で建設しますので、この制約は外れます。この結果、自動車は電力と同じく、コスト的な理由でエンジンから全て電力によるモーター駆動代わると考えています。

 それだけではありません、様々な工場では電力のみならず熱を生み出すために、石油を燃料としてボイラーを運転しています。また、製鉄や精錬においては、石炭を熱源にしています。


 そして、この核融合機は生まれたエネルギーを、電力に変えるのみでなく熱に変えることもできますし、この場合も電力程ではありませんが、極めて割安の熱を取り出せます。ですから、既存の発電機やエンジン、ボイラーなどはその価値を失います。

 その結果として、その影響を受けるのは発電機やエンジン、ボイラーなどを作っている会社だけではありません。


 石油や石炭などの燃料の運搬・加工している会社、エンジンやボイラーを作っている会社など、実に様々な会社が極めて安い核融合反応機という競争相手のために競争力を失います。

 勿論、このように普及が進むはずの施設の導入は、中長期的には利点が勝ります。まず、我が国は石油等の化石燃料を年間20兆円位支払って輸入しています。先に申し上げた更新が進むと、これらの輸入は15兆円以上減ると考えられています。


 さらに、現在我が国は需要不足から来るデフレに長く苦しめられてきました。そして、この核融合反応機及び、A型バッテリーなど経済的に圧倒的に優れた設備への従来設備の転換は明らかにコスト的にメリットがありますから、誰もが早急に進めるでしょう。

 そうした直接的な需要が、大体我が国でここ5年ほどに限ってみても200兆円はあります。ですから、民間企業はどんどん設備投資しますし、人々は車などを買い換えます。ここに大きな資金需要が生じます。


 これに対し、我が国は使い道のない巨額のお金が銀行にあり、出来れば民間企業にできるだけ設備投資に使ってほしいのです。ですから銀行にとっては、こうした明らかにメリットの大きい投資は大歓迎であるわけです。

 つまり、間違いなく景気が良くなります。ですから、こうしたことを考えれば、さっき申しあげた資産の減損、そして業種によって競争力を失うことは、我が国全体としては、大きなものではないと予測されています。


 しかし、この負担は公平に来るものではなく、例えば電力会社とか石油精製会社、また先ほど挙げたような様々な製造会社では負のインパクトはとりわけ大きなものになります。

 そこで、皆さんにお願いしたいのは、こうした負担を日本の社会全体として分担して負ってほしいということです。これは、例えば電力料金はコストの減少に伴ってどんどん下げますが、過去の資産の償却を考えたものにしたいということになります。


 一方で、石油精製会社等については、需要そのものが大幅に減少するわけですから、別途考える必要があります。これは、今のところ新たに起きる産業等への転換などが考えられています。これらの応策についての方針は、政府として大枠は策定しており、明日10時から経済産業省から発表されます。

 中には立法措置の必要なものもあるため、確定ではありませんが、国会でも議員の皆さんの理解は得られると考えています。


 また、今回のことは、世界が心配している地球温暖化に対しては完全な処方箋になります。設備そのものが極めてコンパクト、すなわち建設に当たっての二酸化炭素の発生が少なくなります。しかも発電そのものの運転によっては全く二酸化炭素を発生しないのですから、これ以上のものはないでしょう。

 国際的な面でいえば、むろん友好国を優先してこの技術の拡散に努めます。しかし、そこでは国益というものを考えた拡散として、現在外務省に対応の策定を指示しているところです。


 さて、我が国ではエネルギー革命が起きました。

 これは、後戻りはできません。しかし、この革命は大変平和的であり、かつ私たちが将来に抱いていた不安を解消するもので、私はこの時期に総理大臣の職にあることを大変幸せに思っています。

 数年後、国民の皆さんとともにあのエネルギー革命が起きてよかった、また自分たちが頑張っていまの良い世の中を作った、と言えるようになりたいと思います」


 番組では首相のこの談話に続いて、専門家による解説が行われた。首相の説明のためのフリップ等の資料、専門家が使った資料などから、明らかに、この番組が事前に準備されたものであることがわかる。

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