第24話 尖閣事変その後2

 尖閣事変の戦いについては、世界の軍事関係者は戦前から大いに興味を持ったが、実のところ多くの国は、日本と中国は同等の被害を受けると思っていた。それが、結果は日本のほぼパーフェクトゲームである。


 自分達では到底その結果は得られない。世界は戦慄した。中でも衝撃が大きかったのは、当然のことながら自他ともに世界一の陸・海・空の戦力を持つと認める米国である。


 かれらは、日本国の自衛隊のことは陸では問題にならず、海・空は鋭い牙はもっているが所詮のところ継戦能力に欠ける戦力で、かつそのいびつな憲法がある以上はその戦力も有効に使えない2流の軍隊とみなしていた。


 しかし、彼らは、現時点では圧倒的に強力な人工頭脳に制御されたレールガンと、力場エンジン搭載の宙空艦と戦闘機という武器を初めて使った。しかもその使い方が、結果から見て戦術的に最も有効であったことに驚嘆した。


 その結果が、味方の損害がほぼゼロに近く、敵に対しては抑制した攻撃でありながら、完全に戦闘力を奪うという結果になっている。

 さらに、その戦術は実際のところ、完全ではないが彼らの憲法を意図的に踏み越えている。この危機を踏み越えた現実を踏まえて、平和ボケした日本国民が、今後あの憲法を変える決断をするか、見ものである。


 このことは、かの事変の直後、アメリカ合衆国の大統領ジェファーソンが招集した会議で議論された。この席には国務長官アランスン、国防長官スペードに軍関係者の少数に加えて駐日大使ロバートソンも呼ばれている。まず、国防長官スペードが状況の説明を始める。


「今回の紛争に関しては、中国の国内の混乱から、国民の目を逸らそうという意図に基づくもので、全く正当性のないものであった。

 その点では、ロシアのウクライナ侵攻に似ている。また、攻め込んだ側が敗れた点も似ているが、中国の場合は相手に殆ど損害が与えられずに、自分は逃げた少数のほかは全滅した点が異なっている。


 この結果になったのは、大部分の原因は日本がほぼ百発百中のレールガンを使用したことであるが、もう一つは彼らが力場エンジンと呼ぶ推進機関搭載の改造戦闘機と宙航機を使ったことだ。

 結果として、遥かに数で凌駕する中国軍はまぐれ当たりの幾つかの損害しか与えられずに敗れた。我々は残念ながらこの結果は予想できなかった。我々の予想のベースは、彼らの水上艦艇に、数を揃えたレールガンが積まれていることは予想していた。


 さらに我が国が売ったF4Fを改造した力場エンジン機が60機あり、空母に載せられることも予想していた。しかし、あの多数の小口径のレールガンは予想していなかったし、宙航艦『そら』とその艦載機の参戦は予想していなかった。


 もっとも、予想できなかった要素として大きいのは、彼らが持っているであろう、機体と射撃を管制する超高性能の人工頭脳だ。

 我々は、海で両軍が大損害を負って痛み分け、空が日本は沖縄から出撃させた150機の軍用機とあの『カイエン』という戦闘機がほぼ全滅、中国は2/3が撃墜されるという予想を立てた。


 しかし日本は、在来の軍用機を全く出さず、大口径レールガンとミサイルを撃墜できる小口径レールガンを多数積んた海上艦隊と、力場エンジン機のみで戦った。力場エンジン機は『イズモ』と『カガ』の2空母に載せた60機と、はるか高空に滞空していた『ソラ』に加えてその艦載機4機だ。

 彼らは、カイエンを中国軍の編隊に向けて飛ばして、相手から『最初の攻撃』をさせて、攻撃の正当化を成している。さらに、艦艇の攻撃は敵艦艇の攻撃を待って行っている」


 一息をついたスペードに、国務長官は「フン」鼻を鳴らして言う。

「あの憲法を持った日本らしいな。とは言え、航空部隊への偵察飛行は相手の攻撃を狙っての挑発だろう。その点は、相手の攻撃を待たなかっただけ増しだな。しかし、海上艦が相手のミサイル発射を待ったのはよほど迎撃に自信があったのだろうな」


「ああ、その通りだ。挑発して相手に先に撃たそうとした行動は、日本らしくないとは言えるな。海上艦が相手の撃つのは待ったのは、まさにミサイル迎撃に自信があったようだ。

 事実、彼らの小口径レールガンの弾速は5㎞/秒だそうで、大口径に比べ半分だが、通常の機関銃や砲弾に比べ段違いの直進性を持っている。だから命中率も良くなるが、なにしろ爆裂弾ではないので、ミサイルの頭に命中させる必要がある。


 カイエンに積んでいるレールガンも同じものだと言うが、艦艇と同じ程度の命中率だそうだ。カイエンの場合はレールガンを機体に固定しているので、命中させるには機体の向きの調整が要るが、機体とガンを管制する人工頭脳がよほど優れているのだろう。

 ちなみに、大口径ガンの弾速は10㎞/秒だが、これの技術は貰ってわが軍も量産中だ。これを超高性能人工頭脳で制御すれば、100㎞先の艦船でも必中距離だろう。


 実際に中国の2隻の空母は、50㎞の高空に浮かんでいた『そら』から艦底まで打ち抜かれて沈没している。その他の艦は、護衛隊のレールガンに撃たれて無力化されている。

 無力化というのは、艦に命中して砕け散った火柱が艦首から艦尾まで貫いた結果、艦の全ての機能が失われたということだ。半分以上の艦はその後も浮いていて沈むことはなかったが、お陰で、日本の自衛隊は中国兵を助けに行く必要はなかった訳だ。



 また、中国艦隊は100発以上の艦対艦ミサイルを放ったが、幸運な1発を除いて、全てがレールガンに迎撃されている。

 中国軍の航空機は、マッハ3以上で飛んできて補足の困難な『カイエン』と、『そら』と母艦から離れた宙航機の『リュウセイ』のミサイルとレールガンにやられたようだな。それで、2/3の機が撃墜された時点で逃げ出したというわけだ」


「ふーん。中国の完敗だな。それで、日本側の被害が、一発のミサイルが艦艇に当たり4名、『カイエン』が5機撃墜され、2名戦死か。

 陸上から、最高速マッハ1.5の速度である我が国が売ったF35を含め150機が空中戦に加わったらさぞかし被害が出ただろうな。それで、国防長官。わが軍が同様な条件で自衛隊とぶつかったらどういう結果になったかな?」


 大統領が聞くのに、スペード長官は一瞬嫌な顔をしたが、冷静に応える。

「はい、大統領。まず、中国の艦隊も、航空機隊も我が国に比べ、機材も人材の訓練も大きく劣ります。

 ですが、残念ながら、わが軍が現段階で同規模の艦隊と、航空機部隊を揃えて、今回の日本の戦力にぶつけたら、わが方の艦隊は全て無力化され、航空機隊が多少残る程度でしょう。

 しかし、日本の損害としては、カイエンは全滅、艦隊は無傷な艦はなく半分が残る程度でしょう。さらに、『そら』とその艦載機については無傷のままかと」


「なるほど、勝てない訳だが、日本は海に関しては戦闘可能な艦が半減する訳だな。『そら』とその艦載機が無傷の可能性が高いということは、彼らの宇宙への飛行の能力か?」


「はい、率直に言って、彼らの潜水艦の艦体を流用した宙航艦『そら』と、その艦載機に関しては対処の方法がありません。カイエンはまだ改造機であるために、亜宇宙までの飛行能力は無いはずなので、我々の土俵で対抗できます。

 しかし、『そら』は潜水艦の艦体を使っており、万能の力場エンジンを推進機として使っています。しかも、NFRGを備えているということは、ほぼ無限の電力供給ができますので海中、大気圏は勿論、宇宙へも太陽系の果てまで行動できます。


 今や日本の齎した核無効化装置によって、核爆弾はほぼ無力化されました。だから、自由に行動出来る彼らから、核爆弾のような大威力の爆弾を落とされることはないでしょう。

 しかし、大気圏の上から落とされる、例えば岩石などの重量物は小型の核爆弾並みの威力があります。

 そして、かの力場エンジンを、建設重機のように、ものを動かすことに使うという研究が進んでいるそうです。そして、例えば月にはいくらでも岩石はあるのです」


 国防長官の話を聞いて、大統領は顔色を変えて考え込む。それを横目で見て、国務長官アランスンが立場上部下に当たる日本大使に聞く。

「ロバートソン大使、日本がそれらの技術を開発してきたのは、例のカケルという天才少年が全ての出発点なのだね?」


「はい。そうです。ただ、無論彼がすべてを一から作るのでなく、皆から知恵を引き出す形で開発していくということです。ですから、集合知の形になるためか、発想から実用化までの時間が異様に短いのです。

 それと、それを真似た開発セミナー的なことを日本の様々な研究機関がはじめており、実際に成果を挙げはじめています」


 気が付くと全員が2人の話を聞いている。それに気づきながら国務長官は尚も日本大使に聞く。

「君もいろいろ努力をしてきただろうが、日本で生まれている技術の我が国への取り込みの見込みはどんな風かな。皆に説明してくれ」


「ああ、そうですね。過去様々な技術的ノウハウは、多くが我が国から日本に渡っています。しかし、近年、カケル出現以前でも、生産技術に関しては日本が圧倒していたという状況です。ただ、世を変えるような革命的な技術は無かったですが。

 実のところ技術移転の障害になっているのは、日本人が我が国へあるわだかまりを持っている点です。これは、わが国が彼らの未来のために開発しようとした技術開発を、様々な方法で邪魔をしてきた点です。


 まあ、あるコンピュータのソフトですとか、戦闘機ですとか……。さらに半導体については、日本から引きはがして他の国に移させたりしました。だから、わが国に対しては相当に警戒している状態で、むしろイギリスなどへの方が開放的です。

 まあ、我々大使館もカケルをこちらに呼ぼうとしたのですよ。私も会いに行きましたしね。だけど、ご本人が結構警戒していて無理でしたね。結局、日本人のインテリで、アメリカの善意を信じているものはいませんよ。


 まあ確かに、我々はあくまで国益のために動きますからね。そして追い詰めて前の戦争を引き起こしたし、戦後は日本を我が国のいわば財布として使ってきました」


 国務長官はそのいかつい顔を顰めて大使を窘める。

「おい、ロバートソン大使。それは言い過ぎだろう?大体……」


「いや、良い。率直に言うべきだ、そういう側面もあったことは事実だ。ただ、じゃあどうするべきかを日本を最もよく知る君に聞きたい」

 大統領は国務長官の言葉を手で留めて、大使に話を続けるように促す。


「はい、大統領。彼らは軍事力で我が国に対抗したいとは思っていません。一方で、今や軍事的な脅威は、我が国を除いてないと思っています」

「うん?それは我が国が日本を侵略すると思っているということか?」


「いえ、そうは思ってはいません。但し技術で日本が我が国を圧倒し始めたら、軍事力を梃に貿易で締め上げる、他国に働きかけて孤立させる程度のことはすると思っています」

 大統領の質問に答えた大使の回答に大統領が笑う。

「アハハハ、なるほど。彼らの思っていることは正しい。我々政治家がそうしないなら、国民がそうするように強制するだろうな。では我々はどうするべきかな?」


「まず日本との安全保障条約は、彼らが間もなく解消を申し入れて来るでしょう。それは受け入れるべきです。もはや必要が無いことは、世界から見て明らかですから、それを引き留めることは世界に恥をさらします」


「うむ、そうだね。それはすでに大統領とも話をしていた。それで?」

 国務長官がそう応じるのに大使は尚も続ける。


「こちらに来る前に日本の外務大臣と防衛大臣に会って来ました。彼らは『そら』の同型艦を今後3年で3隻増やすつもりですが、わが軍が望めば、同時に最大6隻の同型艦の建造を引き受けるとのことです。その際にレールガンの技術は人工頭脳を含めて提供するそうです」


「なに!我々に提供すると!そ、それは?」

 国防長官が半ば叫ぶのに国務長官が冷静に言う。

「ふむ、わが国を敵にしたくはないということか。彼らだけのこれ以上の建造だと我々も座視できんからな。それに……」


「うん、あれが6隻あれば、海軍の艦船を減らしていけるな。地球を1時間で周回できる代物だと、必要な現場にすぐに駆け付けられる。その必要な数が揃えば、今の海軍の艦船は1/4~1/8の数に減らすことが可能だろう。それは、彼らも我々もそうだ。しかし、わが国が建造能力を確保することは必要だぞ」


 国務長官の言葉を遮って言う国防長官の言葉に大使が答える。

「ええ、建造技術は順次教えていくそうです。無論、宙航艦に加え宙航機も同様に最初は製造を引きうけ、順次製造技術を移転していくと言っています」


「あの宙航機『りゅうせい』か。あれは、戦闘機や爆撃機の代替になる。近いうちに全ての軍用航空機はあれになるな。これも地球を周回できるものだから、数を減らせるのは同様だ」


 そう言う国防大臣の言葉に大統領がまた笑う。

「ハハハ、なるほど、少なくとも我々の軍備を自分達以上にして、危険視されないようにするということか。そして、一方的に我々が売っていた軍備を買わせよういうことだな。どうだ皆、日本のこの提案は?」


「受け入れるしかないでしょう。我々がイニシアティブを取れないことには腹立たしいが、日本との2国で世界の安全保障を牛耳れる提案だ。我が国が対日本の同等性を認めれば、デメリットは有りません。また、戦力を落とさず防衛予算を大幅に落とすチャンスでもある」


 国務長官が言い、大統領が頷く。

「そうだね。君の言う通りだ。これは、また国連にその機能を持たせて世界の軍を無くすチャンスかも知れんな。あの膨大な軍事費がゼロにはならんにせよ、1/5にはなるぞ。ところで、ロバートソン大使、日本に世界を軍事的に牛耳ろうという気はないのだな?」


「はい、軍事的にはありえません。国民の全てが戦争をする気がありませんし、防衛で戦うのもいやという者が多い位です。平和がどのように保たれてきたのか解っていない国民です。

 ただ、問題は技術面、商売ベースの話です。これらでは別の話で、チャンスがあるのだから他国の上に抜きん出て、豊かになろうとはしています。実際にカケルを中心に開発される技術は画期的なものばかりで、人類の未来にとって重要な物ばかりであり、この開発普及を妨害することは許されません。


 しかし、そのことを通じて、日本が様々な面で過度に力を振るうことは日本自身のためにもなりません。我々は良き友人として、彼らとより深く付き合い、その中で彼らが世界の良き一員になるように導けるようになれば良いと思っています。

 その点では、彼らは我々アメリカ人を疑っている面もありますから、比較的彼らが好意を持っているイギリスなどとも連携が望ましいと思います」


「ふーむ、日本大使として実に適切な提言だ。しかし、あのイギリス人を信じているとは、日本人とはナイーブな者達だな。とは言え、イギリスとであれば話は付けやすい。その線で動こう。

 さらに、かのカケルが居るというK大学には精一杯の人を送り込もう。出来れば、大学にわが国が資金を出して研究所を作りたい。大使、その線で動いてくれんかね?」


「はい、大統領、そのように努力してみます」

 大使の答えが会議の終了の合図となった。

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