第23話 尖閣事変その後1

 尖閣事変によって、当事者である日本と中国は国内的に大きな議論や騒動が巻き起こったし、世界でも大きな話題になった。日本の場合で言えば、6人に自衛官の殉職者が出たこと、さらに相手にも5千人近くの戦死者が出たことが、左向きのマスコミと国会で大きな議論になり、例によって政府を攻めたてようとした。


 しかし、中国軍がむき出しの武力で、国内の経済的、政治的な混乱をごまかすために日本の領土に迫り、自分の政治的立場を守ろうとした。そのことは、右も左も日本人ほぼすべての見解が一致しており、海外のマスコミも見解が一致している。


 だから、左向きの人々の抗議に、政府と普通の人々から以下の質問が出る訳であり、抗議する人々がまともに応えられない質問であった。

「黙って尖閣と多分与那国島を取られても良かったのですか?次は沖縄になりますよ?」


 この点は、中国が有人の島を対象に上陸部隊を準備していたのを、部隊配置と自衛隊に救われた兵の証言からはっきりした。左向きの人々も、流石にそれでも領土を取られてもいいと表だっては言えなかったし、政府が今回取った防衛行動が間違っていたとは言えなくなった。


 実際のところ、そんな領土は取られても良いと言ったものがいたのだが、大炎上して直ぐに意見を引っ込めている。また6人の殉職者が出たことを激しく攻め立てた点も、海外から完璧な計画と実行であると自衛隊には称賛の嵐であったので、却って人々から馬鹿にされることになった。


 ただ、尖閣を巡っての戦いで、5千人近くの中国兵が死んだことに、むしろ焦点を当てて問題にした向きもある。つまり、あんな島にそんな値打ちはないと言いたいわけだ。


 しかし、その論も木っ端みじんに砕け散った。ごく最近の独裁国家の犯した大きな過ち、そうロシアのウクライナ侵攻である。だれがどう言おうと、あれはロシア大統領のエグザイエフの決断で始めたもので、これはクリミヤ・グルジア等への武力を用いた侵攻の延長である。


 まさに、ドイツのヒトラーが、ポーランド等の挑発に反応しなかったイギルス・フランスなどを見て、まだ大丈夫と世界大戦を招いた事例の二の舞である。

 その事例を見れば、もし日本が人命の損失を恐れて引けば、必ず中国は次に沖縄を求めるであろう。ロシアのエグザイエフもそうだが、結局彼らは強硬路線が売りであり、そのためには軍事力を使うことに躊躇いはない。


そうして、国民の喝さいを受け、それを背景に自分の内部的な独裁をより強め強硬路線が続けられるようにしようということだ。中国の周主席もロシアのエグザイエフと似たような立場であろう。


 つまり、ある国に独裁者が現れた時には、世界と周辺諸国は、それを力で制することができることを示す必要がある。そうして、結局日本政府が武力で対抗したことは、正しかったという結論になった。


 またそれは、結果を見ても明らかである。残念ながら殉職者は出たが、戦いの規模からすれば、信じられないほどの軽微な損害である。また、中国側は海軍は浮いている艦も、中身が破壊されて無力化されているのでほぼ全滅した。


 しかし、その割に人的損害は小さかったと言えるだろう。空軍は、1/3の機は逃げ帰り、優速な日本機は追わなかったので無事であった。

 このように一方的な戦いは、根本的には中国側が日本のレールガンの実戦化と、AI制御による極端なほどの命中率の高さに、気が付いていなかったことが原因だ。


 これに関して、国会で野党の論客といわれる川田議員から、ある意味まっとうな疑問が呈された。


「このように、一方的な結果になるほど、彼我の戦力に差があったわけです。であるなら、そのことを中国側のみならず世界に公開しておけば、そもそもこの『事変』は起きなかったのではないでしょうか?

 つまり、それを隠したことで、加藤政権は今回の戦いを自ら招いたというになるのではないか、そう思う訳です」


 それに対して、丸山防衛大臣が回答している。

「なるほど、そういう見方もあります。実はそのような選択肢も考えたのです。しかし、情報によれば中国の政権は強烈に戦いを欲していた。だから、容易なことでは思いとどまらないという判断がありました。

 さらに、今回の我々の兵器は簡単に威力が誇示されるものではありません。


 レールガンそのものは、戦局を完全に変えるほどの物ではなく、高い威力を示したのは、それを制御する人工頭脳によるAIがあってのことです。これについては中国側がその威力を真に理解するのは難しいだろう、と思いませんか?

 そういう状況と、それを公開して、そういうものがあるという前提で相手が作戦を立てた場合には、わが方に損害が大幅に増えたのは間違いないでしょう。そういうことで隠すべきであると判断しました」


「なるほど、理解できました。そういうことなら、当該の技術の存在を公開しなかったのは正しかったようですな。ご答弁を感謝します」

 まともな野党議員もいるが、川田議員もその一人だ。


 尖閣事変と名づけられているが、今回の戦いは第2次大戦後最大の海空戦であることは間違いない。それに第2次大戦の当事者であった日本、『平和憲法』を持つ日本が再度当事者になったというのは、歴史の皮肉というものであろう。


 こうして、尖閣事変は国内においては日本政府の失点にならずに終わり、改憲の議論をより呼び起こす結果になった。明らかに戦いに敗れた中国政府にとっては、政変に繋がる結果になった。


 元々政権の延命のために無理すじで日本に仕掛けた戦いに、言い訳のしようもない敗れ方をしたわけである。すでに政府に不満を募らせていた民衆は怒り狂った。政府の幹部共は、自分達から搾り取って贅沢三昧していた。


 それも自分達の生活が良くなっているうちは良かった。それが、世界を相手に調子に乗って全周囲を敵に回した挙句に、どんどん自分達の生活も悪くなっている。それで、人気取りのつもりだろう、自分たちも気に入らない日本に仕掛けた。


 それで、やっつけて胸がすくと思ったら、手もなくひねられてしまった。こんな政府はぶっ壊せという訳で、全国に渡って暴動が荒れ狂った。本来はITを駆使した武装警察が歯止めになるのだが、彼らも自分達の生活水準に低下に民衆と意を同じにしている。そのためトップの意思は中間部以下に伝わっていない。


 しかし、中国政府にも状況を憂えているものはいた。彼らに言わせると、今や中国は、ロシアや北朝鮮に並ぶ、世界の敵になりつつあるが、政治がうまく立ち回れば全く必要のないことだった。


 歴史的に見て古代から栄えた中国王朝は極めて鷹揚な存在であり、周辺の蛮国に文明を伝えているし、その国を征服しても奴隷化などをしていない。一方で、平気で現地人を虐殺し、奴隷貿易を成し国や資源を奪った白人国のやって来たことは、自分達に比べると遥かに悪辣である。


 さらに、日本を含め近世において、彼らが中国に対してやったことは明らかな侵略であった。それを今は完全に口を拭って忘れたがごとく、法の元の正義、『人権』を叫びたてているのは、誠に腹だたしいものだ。


 とは言え、現在においては世界的に見れば彼らが正義である。そして、世界で言う正義を無視して、強引かつ我田引水式で世界に対してきたのが、周主席以下の中国政府であった。


 例えば、日本人に対して大きな不満を持たせているのが、尖閣諸島海域への対する度重なる進入である。また、アジア諸国に対するものが、東シナ海の島嶼開発と軍事基地化である。


 さらには、ウイグル族への迫害など、政府の政策に批判的な楊以下の若手テクノラート達からすれば意味が解らない行動である。楊は政治委員になっていない第3副首相の地位であるが、まだ37歳の若手であり、政府内の主要な位置にある、似たような年齢の数10名の仲間を作っていた。


 更に、彼と彼の仲間はITを駆使して多数のシンパを作っており、これらのシンパのITを駆使する能力を利用して世論を作る力を付けている。

 彼らは、日本の状況を政府以上に把握しており、尖閣への侵攻を愚行と見ていた。つまり、多分今回の尖閣での戦いでは、中国は日本に中国軍と同程度の損害を負わすことによって、相手の政権を苦境に追い込むことはできるだろう。


 しかし、今日本に起きている技術革新の勢いからすると、近い将来は我が国は手痛い反撃を受けて敗れることになる。だから、指導部が目論んでいる沖縄の侵攻、場合によっては九州まで、などは全く夢物語だろう。


 だから、その始めの段階で周政権を倒して、世界への融和に政策を転換し、日本とも尖閣などを返還して和解する、というシナリオであった。だから尖閣での戦いで、大きな損害を受けたことを指導部を非難して、大きな混乱を巻き起こして、政権を奪取する準備をしていた。


 ところが、戦いの結果は中国の完敗であった。これには楊以下の仲間も驚愕したが、尚更政府を打倒する意思を固める結果になった。そして全国に広がる暴動の嵐を見て、政権引き継ぎ後の事を考えて早く終息させて損害を極小化すべく動いた。


 その一環として、彼らのシンパとその実働部隊に、インフラや建物に損害を与えるような暴動を抑制させた。同時に、北京では2千人の特殊部隊を作り3日でほとんどの政権幹部を拘束した。


 楊が楊以下の12人の閣僚で、新中国政府を設立したことを宣言したのは、尖閣での戦いが完敗に終わったことを知ってから5日目であった。こうして成立した中国臨時政府は、世界から敵視されている現状と、尖閣沖の無様な敗戦の責任を周前主席に押しつけた。


 とりわけ、尖閣沖の日本の艦隊に一方的に攻め込んだ結果、海軍が全滅し、航空機も2/3が撃墜され、1/3が逃げ帰ったという完敗を喫した。これは全てが、周以下の政府がそれまでに作ってきた状況と、勝手に戦闘を始めるという決断が誤っていたということだ。


 楊以下の新政府のメンバーは、これ以上状況を座視できず、新政府によって世界に対してより融和的に接し、その中で我が国の人々が豊かにかつ自由に生きることを目指すとして以下のような声明を発した。


「現在我が国は、多くの国、とりわけ先進国と言われる国から、独善的で侵略性向のある国と見られている。その中で、今般わが国は日本が領土と主張する尖閣諸島の沖で、この初頭に侵入する形で日本に戦闘を挑み、結果として完敗した。

 これについては、ほとんどの国々は日本の行為が防衛目的であり、わが国の4800人もの兵士の命が失われ、参加した46隻の最新の艦船の全てが無力化され、200機以上の航空機が撃墜されたことが正当であると言う。


 このように、多数の我が国の若者の命が失われたこと、さらに多大な国費を投じた戦闘艦と航空機が失われたことを、世界の国々は正当であるという訳である。これは、中国に住む我々にとっては腹だたしいことである。

 だが、このような状況になったのは、前主席であった周とそれに同調する政治委員が世界に対して行ってきた政策の結果である。我が国は人口、経済規模において世界の大国である。しかし、残念ながら、世界で孤立して生きてはいけない。


 我々が豊かに暮らすためには世界と平和に交流し、交易する必要があるのだ。また、前政権が世界を敵にしてやって来た政策が、わが国のためになったかというとそんなことはない。

 例えば、今回の戦場になった尖閣諸島であるが、これは元々日本が領土の主張をしていたものに、我が国が古来の領土と主張し始めたものである。これは、この海域で石油層がある可能性があるという調査結果が出て、我が国の領土主張を始めたものであり、客観的に言えば日本の論に優位性がある。


 それに固執し、かつ強引に艦隊と戦闘機で攻め寄せた結果が我々にとっての悲劇である。また、石油層があることが事実であるとしても、すでに日本において常温核融合発電の開発がされている。

 これに関しては、極端に優位な経済性から我が国にも必ず取り入れる必要があるが、これが普及した時には石油にはさほどの重要性はなくなる。


 しかも、今言った常温核融合のみならず、核の無効化、A型バッテリーという超バッテリー、鉄が使えるI型モーターなど日本発の技術が続出しており、日本との友好関係が是非とも必要になっている。それにも関わらず、現在は関係の悪化からこれらの技術から遠ざけられている。

 これもまた、前周政権の政策のマイナスの成果である。

 さて、わが国において必ずしも人々の意向を汲んだわけでないこうしたことが起きたのは、一党独裁であって、個人に権力が集中するシステムのためである。


 また、我々の指導者の殆どは共産党員によりは選ばれているが、これは普通選挙ではない。従って、我が政権においては、より民主的なやり方として、一定以上の歳のすべての国民が参加できる普通選挙を行う。

 我が国では、これまで普通選挙を行ってこなかったが、1年後をめどに、まず政府の現在の首席、及び政治委員に当たるものの選挙を行いたい。選挙対象と、今後改める政府としての仕組み、及びスケジュールは3日後に発表する」


 このように、楊を首班とする現政府スタッフは、周と政治委員にすべての責任を押し付け、選挙もしない一党独裁を改めることを発表した。これによって、今回の戦闘に敗れたこと、各国を敵にしたなどの不手際を清算しようとしたのだ。


 また、このことで、すでに起きている暴動の鎮静化を図ることで、暴動による財産の棄損を防ごうとしたのだ。

 3日後には、中国臨時政府は、同じ共産圏から出発したロシア及びその衛星国のとっている政体を参考に、想定している政治体制の概要を示した。


 これは、大統領、首相、副首相、並びに諸大臣等の政府に、上院200名、下院500名の国会議員からなる政治体制である。選挙区などは、後日決めるとして、その選挙は1年後に行うとした。この公表によって暴動はほぼ治まった。


 これは、楊のシンパの活躍の結果でもあるが、暴動のリーダーなるよう者達は、自分も悪くても国会議員くらいにはなれると思ったためであると後日言われた。

 この楊を中心とした臨時政権の決断は、後に国際社会からも平和な権力移譲の理想に近い方法として称賛された。ちなみに、選挙は約束から半年遅れて行われ、楊が大統領に就任することになった。


 ちなみに、この中国という存在は、好むと好まざるに拘わらず、世界の経済の大きなピースであり、これが混乱のうちに崩壊するなどということは、日本のみならず世界経済にとって大きな損失になりえたのだ。


 そういう意味では、もっとも深刻に中国と争った日本であるが、日本にとって中国は重要な貿易の相手国であり、簡単に縁を切る訳にいかない相手である。また、日本にとっては、核兵器を無効化した中国の、さらに主要な艦船と航空機を破壊した時点で、中国は今後10年のオーダーで軍事的な脅威になりえないのである。


 その上に、中国は周辺諸国に威圧的なスタンスを改め、20年前に帰ったように周辺諸国、日本を含む西側諸国に融和的になっている。特に日本に対しては、卑屈なほどの態度で、日本への技術移転を懇願している。


 お人好しの日本は、明らかに政体が変わったこともあって、中国に対しても普通の国並みの扱いをし始めた。多分、また経済力がより大きくなって、軍事的にも自信ができたら、中国は元のような態度をとるかもしれない。


 だが、翔を中心に技術革新路線を驀進している日本は、その時は日本がその上をいっていればよい、と割り切っていた。

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