第25話 翔の青春

 翔は15歳、高校に上がる年になった。

「おはよう、美紀ちゃん

 翔が隣の席の吉野美紀に話しかけるが、「あ、ああ、カケル君おはよう」返事をするもののいつもの元気がない。


「どうしたの、元気がないじゃないか?」

「う、うん。ちょっとあってね。とこで、カケル君、あなた高校どうするの?」

「うーん。通いたいのはやまやまだけど、ちょっと無理かな」


「いいなあ。天才の貴方なら高校など通わなくてもどうにでもなるしねえ……」

 そう言う彼女の目にはうっすらと涙が滲んでいる。尚も翔は事情を聞こうとしたが、教師が入ってきて授業が始まってしまったので、「後で」ということにした。


 翔は中学3年生となって、身長は170㎝余りと高めであり、合気道で鍛えた体は引きしまり、細マッチョタイプになっている。手入れが簡単ということで、スポーツ刈りの髪で、適度に日に焼けて白い歯のさわやか少年である。


 彼のことはマスコミにもちょくちょく登場し、その業績が紹介されているので、天才ということは知られていて、中学の同窓生からはまぶしい存在である。とりわけ、女子生徒の中では話題の人物であるため、なにかと話しかけられるが、男子生徒からは多少敬遠されている。


 吉野美紀の成績はトップクラスで、小柄で可愛いという感じの娘だ。積極的で明るく、翔が出席している時は何かと話しかけてくる。お陰で特殊な立場の翔がクラスで孤立せず、クラスの皆とは気軽に話せるようになっている。


 だから、彼女には感謝しており、その可愛さにも好意を持っている。彼もボッチになりたいとは思っていないのだ。授業の後の昼休みに、校庭で彼女の言うことを聞いたが、なかなかシリアスな状態に置かれていることが判った。


 彼女の父親は早くにガンで亡くなり、母親の実家に住んで母親が会社勤めをしているが、業種は工務店の事務で安月給のようだ。母親の実家の呉服屋は、彼女の祖父が経営していたのだが、余り繁盛をしておらず母親を雇う余裕もなかったような経営状態だった。


 ところが最近になって祖父が亡くなり、かなりの借金があることが判った。それも、質の悪い街金からも借りていて、彼らが彼女の母親と美紀に借金の形になれと迫っているらしい。悪いことに彼女の母親は、祖父の連帯保証人になっているとのことである。


「解かった。借金はどのくらいだ?」

「2千万円位らしいの、でも家屋敷もあるから売ればそのくらいになると思うのだけど、いくらにもならないと聞かないのよ。女2人のところに柄の悪い男たちが来て怖いの」


「O.K.じゃあ、K大の研究所の宿舎があるから、そっちに取りあえずお母さんと住みな。変な奴らは先ずは入れないところだ。この件は、研究所の弁護士事務所に頼んで解決させるよ。じゃあ、まずお母さんを説得して荷物を運ぼう」


 翔はそう言って、西川省吾を呼ぶ。今日の場合には腕力の無い斎藤は役にたたない。西川は、現在少林寺拳法の5段と、合気道も3段を取得して両方の長所を通り入れて、両方の全日本選手権大会で3位以内の猛者になっている。


 これは、合気道をやっている翔と一緒に、体の構造・力学を元に研究して互いに磨きあった成果である。翔も合気道の大会の中学生の部で3位に入っている。翔の身体能力はさほど高くないので、これは彼等なりに研究した技の成果であると言えよう。


 さらに、翔はさっさとクラスの担任の話をして、美紀の中退の許可を取り付け、研究所の車で美紀の母親の勤務先に行く。西川のみならず、SPが2人同伴である。その移動の間に、研究所の総務と交渉して家族用の宿舎を予約する。


 職場に娘を連れて来られて驚く母親の静香に、大人の研究者の西川から、翔と西川が絡んできた事情と今後の対策を説明させる。さらに、折よくいた工務店の社長金井に今回の事情を説明する。


 西川は、翔の付き人の立場であるが、K大学の主任研究員で博士であるから、世間的な押しは少年の翔よりずっと効く。静香は翔のことは無論知っている。だが、娘と同級生というだけで、西川のような人物を動かし、かつ研究所の宿舎を使えと言ってくる状況が良く解らない。しかし、有難いことだとは思っている。


 事情を聞いた金井は腕を組んで唸るように言う。

「ええ、今回絡んどるカワノ興業は確かに質が悪いですわ。我々の業界でも有名です。命知らずの若い者も仰山おってな。静香ちゃんにも相談を受けていたのですが、うちらでは到底太刀打ちできませんので、考えあぐねていました。お役に立てなくて済まなかったな、静香ちゃん」


「いえ、いえ。社長さん。元々無理なことを相談して……」


「いや、しかし良かった。大学の研究所が入るなら安心じゃ。西川さんの言うようにしなされ。なにせ国の宝のカケル君のお声かかりだ。下手に逆らうとカワノ興業程度は木っ端微塵じゃ。

 それに、住めるという宿舎はこの街の安全地帯で、チンピラなどは入れる所ではない。また、研究所の顧問弁護事務所なら、カワノ興業程度はぐうの音も出ないようにやられるわい。いやこれで安心じゃ。静香ちゃんもここは危ないので片が付くまで休んでいいぞ」


 その社長の話もあって、恐縮していた母の静香だったが、やはり不安でいっぱいだったのだろう。翔の押し付けに近い段取りを結果的に受け入れて、引っ越しを了承した。その日の内に西川の手配で、大学から10人ほどを動員して、吉野母娘の引っ越しを終えた。


 その後は手伝った学生連中で宴会をすることになったが、遠慮のない学生に、金は翔が払うものの、引っ越し屋に頼んだ方が安かったと思う西川だった。研究所の顧問弁護事務所は翔からの直接の依頼を受けて、吉野家とカワノ興業との借金の清算に当たった。


 まず金利が完全な違法金利であるため、むしろ払い過ぎであった。だから、減免されて結局弁護料を含めて支払いは100万円になった。この金額は吉野家で払える金額であったために、結局呉服屋だった家屋敷は残った。


 無論、カワノ興業は大いに不満であったが、翔が絡んで研究所とその顧問弁護士事務所が表に出てきた段階で諦めるしかなかった。それは、弁護士事務所からカワノ興業が関係する様々な会社に連絡が行ったことにより、カワノ興業は格上のこれらの企業から締め上げられたのだ。


 さらに、弁護士事務所は違法金利での貸し出しと、脅迫の罪で警察に告発した結果、カワノ興業は市警から捜索を受けて厳しい取り締まりを受けたが、致命的な措置になって恨まれるのを嫌ったために、少数の構成員が実刑を受けることで終わった。


 そういうことで、吉野美紀は再度母の実家に戻って、合格していた市内一の進学校である城北高校に通うようになった。ただ、母娘が経済的に苦しいのは間違いないので、翔は母の静香をずっと給料の高い会社に雇わせている。


 静香は短大卒の学歴で目立った職歴はなかったが、中々優秀であるとの評価を新しい会社で受けているので、結果的には翔のリクルートは間違いではなかったことになる。世の中には意外に埋もれた人材という存在はいるものだ。


 美紀には落ち着いたのちに改めてお礼を言われた。

「カケル君、本当にありがとう。相手がインチキだったのだけど、私達だけでは何もできなかったわ。君に相談してよかった。ところで、何であんなに親切にしてくれたの?」


「もちろん、美紀ちゃんが好きだから。それと、僕に君を救う力があったからだよ」

「うん、ありがとう、これはお礼よ!」

 彼女は翔に抱き着いて、つま先立ちして唇を翔の唇に押し当てる。


 それは、単に押し当てるだけだったが、翔は彼女の腰を抱き寄せて、舌を彼女に唇に侵入させ、驚いて逃げようとする頭を押さえる。

 そこで、暴れようとする彼女を放す。美紀は真っ赤な顔で翔を睨んで言う。

「えっち!翔君のエッチ!」


「うん、男は皆エッチさ。美紀ちゃんの魅力ということさ」

 翔は悪びれずに、肩をすくめて気障に言う。そういう一幕もあったが、その後も彼女はわだかまりなく彼に接しているので、内心安心した翔であった。


 ところで美紀が話題にした翔の進路については、かなり徹底的に議論されている。そもそも、義務教育ということで、小学校、中学校については音楽、体育などの授業には参加し、定期的なテストは受けて、学力は十分あることは確認されてきた。


 高校については、別に通わなくとも大検で卒業資格は取れるので、忙しい中で無理に通う必要性は無い。翔の出入りして付き合っている大学の院生以上、教官などの人々は、翔の高校進学は時間の無駄と言い切っているし、父の亮太も同じだ。

 ただ、母の洋子は出来れば通った方がいいという意見であった。それは、彼女の高校生活が青春という言葉と結び付いた楽しいものであったからであろう。


 ちなみに、翔の一家は、3年前から大学に隣接するセキュリティの厳重な区画にできたヒマワリタウンの一戸建てに住んでいる。父はすでに今や東証1部に上場している勤務先の江南製作所の役員になっているので経済的には恵まれているが、家の購入費は翔が出した。


 だから、母は働く必要がなくなったので引っ越してからは専業主婦となり、テニスで体を動かし、大学の市民講座に通い始めたところで、妊娠し、2年前に翔に妹の理恵ができた。


 だから、母は妹の世話も大変なので、お手伝いを雇ってテニスと市民講座の受講は続けており、さらに翔の業績の関する記事を集めるなど生き生きして生活している。翔から見ても母は若返ってきて綺麗になった。


 翔には、13歳も年の離れた赤ん坊の妹という存在が珍しく、よちよち歩き始めた彼女と毎日少しづつだが遊んでやっている。ちなみに、吉野美紀の件で彼女とはちょくちょくデートをする仲になった。


 とは言え、彼は中々護衛付き以外で個人で外に出ることはできない。だから、デートと言っても大学に付属する農園・公園内であり、あるいは警備の御供付きの街ブラである。とは言え、彼にとっては初めての同じ年の彼女ということになる。


 彼には年上の彼女が何人かいるが、皆大学生である。元々大学に通って、研究活動をしている可愛い男の子ということで、彼は女子大生には人気があった。それで、何かとかわいがられていたが、無論ステディなものではない。


 これは、最初の内は彼の存在を公知していなかったので、留学生への警戒から中々学内も自由に出歩けなかったためもある。彼の存在と、その業績の一部が公知になると、学内では一人で自由に歩き回れるようになる。


 そうなると、関心が集まっている彼には、お姉さん方が寄って来て話しかけられるので翔も喜んで応じることになる。彼も女の子に大いに興味があるのだ。しかし、彼は悲しいかな籠の鳥で、外に行く時は常に護衛の付く立場である。


 とは言え、一度だけ学内の誰もいない廊下で、ちょくちょく話していた綾香という2年生に抱き着いてキスを迫ったことがある。それに対して、彼女はまったく慌てず「フフフ」と笑って、唇を受け入れて抱き返し彼女から積極的に舌を絡めてきた。


 下半身の一部が痛いほど突っ張る中での夢中な数分間であったが、やがて彼女が体を引いて「秘密ね」とにっこり笑った。美紀への行動は綾香とのこの経験の上でのことであるが、彼が自慰行為を覚えたのはこの綾香との経験の結果である。


 さて、翔は自分が日本のみならず、世界を動かしていけるだけの才能があることは自覚している。そして、そのやり方、やる方向は自分も関わって決めていきたいと思っている。そのためには、自分で動かせる、組織と『金』が必要だと思うのだ。


 宙航艦・宙航機の開発に防衛省の名と組織は借りたが、研究所と話を付けて独自の財源を持ったことで、2年ほどは開発期間が短縮できた。だから、それなりの財源を持てば、開発したいもの、やりたいことが自由にできる。


 そこで、起業することを考えた。そう考えたのは、K大の卒業生で、30歳代の後半の桐田洋という人から熱心に進められたことがある。桐田は、商社で活躍していたが、翔の事を知って是非彼を担いで会社を興すべきと思ったという。


 彼を紹介したのは笠松教授であるが、海外で桐田にあって、人柄に魅かれてしばしば会っているらしい。紹介の時に教授はこう言った。


「桐田君は能力のある人だよ。僕は翔君が会社を持ってそれを使って色んなことをするのが良いと思っている。その意味で、翔君の幾つかの発明の権利があれば、会社は必ず世界的な大会社になれる。それはK大学技術研究所を見れば明らかだ。

翔君は宇宙開発をやりたいと言っていたよね?」


「ええ、その心算です。他の星系に行ける技術も大体目途が付きましたから。そうですね。国家でなく民間が、恒星間飛行とその開発をやるのもいいかも知れませんね」

「な、なんと、恒星間飛行。そんなことが可能なのですか?」


 日に焼けた顔にぎょろりとした目に口髭が特徴的な、身長180㎝を超えて逞しい体の桐田は、思わず座っていたソファから立ち上がって叫ぶ。


「ええ、そうです。可能ですよ。すでにベースの機体は『そら』が使えますが、民間だと鋼製で新たに作ることになります。ただ、超光速飛行以外のメカニズムは揃っていますから、結構早く出来ると思います」


「うーん。しかしどういう商売を主流とした会社にするのかな?」


「まずは宇宙船製造ですよ。ただ、現在の船舶・航空機は全て力場エンジン機になります。そのための会社は、すでに四菱重工と大手造船所が集まって出来るところです。会社は、まず『宇宙船製造株式会社』とでもしますかね、ど直球ですが解り易くはあります」


「そうだね。造船所の幾つかは加わると思う。まもなく、『そら』がアルファ・ケンタウリ周辺に出発する予定になっている。これが惑星でも発見すれば、いくらでも金は集まるよ。最初のところは研究所から100億円位は出資する予定だ」


 そういうことで、『㈱宇宙船製造』という会社が立ち上がった。社長は桐田洋である。桐田は、会社の設立に奔走していたが、設立しようとする会社名を聞いた人々は、最初本気ととらなかった。


 しかし、間もなく太陽系内飛行に出かけた翔が超空間ジャンプの最後のピースを確認して、技術を確立したと発表すると潮目が一気に変わった。ここに、四国を本社とする四津浜造船が、製造に名乗りを挙げて、当面合弁で宇宙船の製造を手掛けることになった。


 ただ、日本の造船会社は、すでに力場エンジン駆動方式の飛行船の製造を自力で始めていた。そのための力場エンジンは、日本の機電メーカー10社ほどが、合同会社を設立して全力で製作していた。


 これに、全国の発電所その他のNFRGの製造はまだ盛んにおこなわれていたので、日本の機械・電気関係の製造業、製缶業種は空前の好景気に沸いている。これらの会社にとって、技術の生みの親のK大であるために、殆どの会社はK市に支社を作り技術担当者を置いて、K大に日参している。


 この中で、受験者からのK大の人気は圧倒的になり、理学・医学を含め技術系の学部の難易度は日本で一番になった。さらに、アメリカを中心とする西側諸国との取り決めで、これらの国からの留学生800名となって、定員の増えた日本人学生2400人の1/3に達した。

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