第26話 空間転移装置の開発、宇宙開発への懸念

「これが空間転移装置ですか。案外小さいものですなあ」

 防衛研究所の所長の中野が、装置を様々な角度から見て慨嘆する。四菱重工内の工作所の中で据えられているその装置は、3m×4m×高さ3m程度のものである。これは、翔が終始指揮をとって四菱重工の全面協力で組みたてられたものだ。


 そこには四菱重工の所長、常務取締役技術開発本部長の山名健太も来ており、K大からは笠松教授、名波教授も来ている。今では四菱重工内では、翔の依頼は基本的に全てが叶えてもらえるようになっている。


 その意味では翔は、最高の設備と人材を自由に使える訳であり、これ以上ない開発環境を与えられていると言えるだろう。会社にとっても、翔の作りだしてきたものを知っているので、彼の『出来る』を疑っていないし、将来に莫大な利益になって戻ってくることを信じている。


 この開発の場合は、結構試行錯誤したので、無駄な工作、購入をしたこともあり製作費は5億円位かかっているだろう。しかし、翔が開発を目論んでいるものが『空間転移装置』と聞いて、会社も驚嘆して、トップから最優先で協力するように命令が出ている。


 この『空間転移装置』については、翔が初めて工作所に入りびたって自ら指揮をとって現場で仕上げた装置であると言えよう。その日は、単に電源を入れて運転のシミュレーションをするだけなのだが、空間転移装置というとんでもないものが出来たということで、それなりの重鎮が集まっている。


 翔の理論によると、転移は大気中では危険であり、宇宙の真空中でかつ出来るだけ重力の弱い空間である必要がある。だから、実際に『そら』に積んで宇宙空間で、試験をするしかないのだ。しかし、転移のみが出来ない状態で、模擬試験をすることは出来るので、それを今から実行しようという訳だ。


 翔は、自ら主電源を入れて、パネルを操作して装置全体の動作を点検する。現状のところこの装置を完全に理解しているのは、翔のみと言って良い。だが、機能については常に一緒に行動していた斎藤と西川それに、四菱重工のサポートチームの横山リーダーも理解している。


 だから、次に西川に操作パネルによって点検をさせ、次は斎藤、さらに横山である。運転のシミュレーションは最初に西川が行う。この後、この装置は『そら』に搭載されて機能することになるが、最初の短距離転移は西川、斎藤、横山によって行われることになる。


 翔は自分がやるつもりだったのだが、斎藤と西川に止められた。彼らにしてみれば当然のことである。翔という唯一無二の存在を、危険にさらす訳に行かない。その意味では『そら』と斎藤・西川及び『そら』の乗員約50名は代えが効くのだ。


『そら』型2号機の『そら2号』はすでに竣工して試験運転中である。自分の作ったものに絶対の自信がある翔は大いに不満であるが、斎藤と西川に説得されると、彼らの立場も判るので承諾するしかなかった。だから、立ち会っている翔は少々ふくれ面である。彼の感情面は、15歳の少年に近いところがある。


 シミュレーションそのものは、機体に載せる専用の人工頭脳と、監視とチェック用の人工頭脳で状況をフォローしているので、3人がそれぞれやっても所要時間は1時間半ほどであり、正常に稼働したことが確認された。


「カケル君、これは宇宙空間で運転というか稼働するわけですが、重力の影響は受けないのですか?」

 会議室に場を移しての質疑の中で、中野防衛研究所長の質問に翔は淡々と答える。


「影響を受けると考えています。転移の条件としては絶対ではないようですが、加速中でない状態を保持することにしています。だから、転移の瞬間は力場で重力を相殺するように運転することになります。

 それと、お聞きになりたいと思いますので、転移の距離のことを説明しますが、最初の転移は10㎞、100㎞、それから1億kmと9500億kmつまり1光年です。


 距離が長くなると、電力消費量は増えますが、1㎞でも1万㎾h、1億kmで2割増し程度、1光年の場合で5万㎾h程度ですね。『そら』の蓄電機能であれば、100光年位は1回で転移できる計算になっています。

 ただ、100光年の彼方は100年前の姿ですので、安全のために、目的地から1光年位の距離に跳んで徐々に近づいていくことになります。何とか、光速に影響されない即時観測、それに通信方法を開発したいですね」


 翔の言葉に名波が応じる。

「ああ、そうだね。そういう転移が当たり前になったら、要るだろうね。とは言え、最大1回で100光年か。『そら』型なら何度でも転移が可能なのだよね?」

「ええ、そうですよ、十分電力は賄えますからね」


「はあ、何と宇宙旅行というか、宇宙への植民が可能になる訳だ。まず間違いなく宇宙には地球型の惑星はあるはずだから、まず植民が始まるだろう。ただ、問題はそうした惑星にはある割合で知的生物が住んでいるはずである点だ。

 そうした場合にはそのような生物との戦いが起きる可能性がある。まさに宇宙戦争も視野に入れる必要がある」


 名波の言葉に、防衛省の一員である中野防衛研究所長は驚いて言う。

「な、なるほど、それはそうですね。そう考えなくてはならない訳だ。我が自衛隊も宇宙軍を創設する必要がありますな。とは言え、『そら』は宙航艦としてその1号機になる訳だから、今後着実に増やしていく必要がありますな」


 それに対して笠松教授が口を挟む。

「しかし、そうなると、宇宙に出ていくべきでないという意見も強くなると思いますよ。確かに、地球は人口増、淡水の不足、資源の枯渇、地球温暖化などの面で将来を悲観されていました。

 ですが、常温核融合の技術とA型バッテリーなどの実用化でエネルギー不足と、地球温暖化は近く解消されるでしょう。水不足も安価なエネルギーさえあれば、海水などから実用的なコストで淡水を得ることは可能ですし、更に低含有鉱石、廃棄物などから資源採取も可能です。


 加えて太陽系内の資源を採取すれば、資源については何とかなるのでなると言われるでしょうね。さらに、この力場エンジンは輸送の常識を変えます。つまり、力場エンジン駆動の航空機は、海を航行する船よりむしろ低いコストで空を飛ぶのです。

 地球上にまだまだ人口が希薄な場所は沢山あります。最近独立したシベリア共和国などはその代表です。だけど、そうした場所は交通が不便でかつ水が無い場合が多く、住むには困難であったのです。しかし、力場エンジン機は交通の不便さを解消しますし、安いエネルギーは水の問題も解消できます。


 そう考えれば、地球はまだまだ広大です。私の考えでは、太陽系の資源まで考えれば地球では200億人程度の人は十分養えると思うのです。そして、今までの各国の実績から生活レベルが上がれば、出生率は間違いなく下がっていきます。

 あるシミュレーションによると、今後途上国の人々が豊かになっていくことを考えると、地球の人口は100億には届かないとされています。そういうことであれば、人類は地球で未来永劫生活していけるということです。


 勿論、こういう論の下に地球に閉じこもるのは、夢が無いと言えばその通りだし、宇宙に敵性の知的生物がいるかどうかは、本当のところは判らない。しかし、安全保障の考え方は常に最悪を考える必要がある、ですよね。中野所長?」


「うーむ。その通りです。国レベルの安全保障を考えるなら、石橋を叩いて渡らないという姿勢も必要です。確かに、論理的に考えると、宇宙に出ていくということは危険なことかもしれません。

 それこそ悪質な疫病などを、持って帰る可能性もありますからね。しかし、敵性の知的生物の危険という面では、相手がやって来るという可能性もある訳です。ですから、疫病などの対策は十分にして、偵察と言うか調査はしておくべきだと思います。

 こちらの母星を知られないようにすることは可能ですか、カケル君?」


「うん、要は転移の源を探知できないようにするということですね。それは出来ますよ。うーん、実は僕も、ずっと僕らより進んでいる、あるいは遅れた知的生物に出会うとどうなるかとは考えていました。

 この空間転移装置は、ほぼ無限の宇宙の別の星系を手の届くものにしますからね。地球における航海術の発展は、地球の歴史を血塗られたものにしました。今の教育を受けた地球の人々が、多数派として略奪をして回ることはないでしょう。


 さっき笠松教授に言われたように、地球を賢く開発すればその必要もないですからね。しかし、宇宙には他の星系の知的な生物を略奪して、奴隷化または食料にしようとする存在もいるかもしれません。だから、そういう可能性はキチンと考えておく必要があります。運に任すという訳にはいかないですからね。

 ただ、今のところはそういう生物が、地球に訪問した痕跡はない訳です。

 僕の予測では、生物が繁栄するような惑星は条件が厳しいようで、地球のような惑星を持つ太陽系、さらに人間並みの知的生物が生まれる可能性はそれほど高くはない、まあ1%以下だと思います。


 でも、1%と言っても1千億の星がある銀河系のみでも、10億の知的生物が存在する訳です。とにかく、この空間転移装置は、そういう生物あるいは種族と触れ合う機会をもたらしたのです。今だったら、ここにいる我々以外には、この装置の存在を知らないわけですから隠すことも可能ですか、いかがですか?」


 そこに、四菱重工の山名本部長が口を挟む。

「ちょっと、よろしいですか?」


 山名は皆の顔を見渡して言い、頷くのを確認して言葉を繋ぐ。

「今、私は物凄く感動しています。私は子供の頃宇宙旅行というものに憧れていまして、技術の道を志したのはそれもあります。それで、カケル君が空間転移装置を開発すると言い、当社に協力を求めていると聞いて、すぐさま社内も説得して全面協力できることになりました。


 それが、今ここに完成した訳です。これは、カケル君が言った通り、今まで単なる夜の光の玉だった星を、行き来できる世界に変えたのです。敵対的な知的生物に出会うリスクは仰る通りだと思います。

 過去科学者や我々技術者は、様々なモノを生み出してきました。最近のカケル君の生み出したものはそれまでの100年分かそれ以上ですが……」


 彼は少し自嘲するように笑って、話を続ける。

「そして、そのあるものは戦争に使われて、多くの人を殺してきました。しかし、それをそのように使ったのは人間なのです。あらゆる、発明品・開発品はそれ自体意思がある訳でなく。使うのは人間であります。

 そして、我々は過去の歴史から色んなことを学んできました。少なくとも今の世界の教育を受けた者は、他を征服して奴隷にしてやろうと思う者は少数でしょう。


 だから、我々は今生まれた空間転移装置という空前絶後の発明品を賢く使えば良いのです。

 今、船・列車・自動車それから飛行機などの人と物の移動を早めるものは、そのための大気汚染・事故等はありながらも、“悪”と思う者はいないでしょう。この空間転移装置も同じことだと思います。これを隠すなどの事はあってはなりません」


 60歳に近い白髪の山名常務は拳を握って熱弁を振るう。翔はそれを聞いて嬉しくなった。彼にとって、この装置は熱意を込めて作り上げたものだ。概ね1年近く1日の半分近くの時間を使って、この装置の製作に打ち込んできたのだから思い入れはある。山名の言う通り、まさに賢く使えばよいのだ。彼は声を張り上げて言った。


「山名常務の言われる通りです。地球の人々に危険が及ばないように賢く、慎重に運用すれば良いのです。まずは宇宙空間で性能を確認しましょう。そのうえで、出発点をたどれないように、近傍の星系から調査を行っていきます。

 まあ、直径100光年内外の生物の住む惑星を調べていって、その中で危険な相手がいないとなれば、その半分の直径の範囲での開発はやっても危険はないでしょう。まあ、最初の調査行は譲りますが、いずれ僕も他の星系を巡りますよ」


 翔がそう言うと皆は頷き、その中から笠松教授が言った。

「うん、そうだね。これだけの技術を埋もれさせることはないよ。言うように賢く使えばいいんだ。ということで、カケル君も、研究と開発は一段落で、しばらく宇宙に関しては待ちだが、次は何か考えているかね?」


「ええ、地球の開発というか、開発途上国の国力の底上げをして、本当の意味での地球国家の形成を目指します。シベリア共和国をモデルケースにしますよ。それと、人体について少し深くやってみます」


「ほお!人体?」

 名波教授が反問する。

「ええ、ここ半年ほど少し深く調べていて、医学部に出入りしているでしょう?」

「ああ、聞いているよ。ガンについて目途がついてきたらしいね」


「あれは、基本的にはウイルスの構造と生理を分類できたので、その2項目を変化させてがん細胞を攻撃する手法です。その意味では他の難病にも使えます。さらに、力場の医学への応用に目途が付きました。

 さらに電磁波の一種で、人体程度は内部を可視化して、力場によるいわば手術ができるようになりましたから、もう基本的にメスが要らなくなります。最終的な僕の目標はアンチエイジというか、人体の活性化です。


 まあ、人の衰えを遅らせて、死ぬ直前まで元気に過ごせることです。

 場合によって、知力を増大させることも可能だと思っています。脳細胞のシナプスの流れは余りに効率が悪いですからね」


 この言葉に、皆大いに驚いたが、とりわけ60歳代の人々にとって極めて興味深い話であった。それは衰えを感じている自分の近未来に希望が持てる話だった。今のところ、翔が手掛けてまったく物にならなかった開発はないのだ。


 その後、斎藤と西川が中心になって、『そら』に据え付けられた空間移転装置の試験が地球軌道と火星軌道の間で行われた。その試験は、最大1光年の往復まで実施されたが、いずれもほぼ翔の計算通りの結果になった。

 空間転移装置が開発されたのだ。

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