第40話 イセカ帝国の使節団地球に来る

 イセカ帝国に到着した地球からの調査団は、盛大な歓迎を受けたが、その到着1週間後に、乗ってきたギャラクシーを使ってイセカ帝国の使節団が、地球を訪問する予定になっている。


 地球の調査団の半数以上は到着の直後のセレモニーが終わると、直ちにイセカ帝国及びミーライガ大陸全土に散って行った。そして調査団の政治・経済部門のメンバーが、準備してきた地球の紹介ビデオを地球に行く訪問団に視聴させて説明している。


 これは、国連内でも議論があったが、修飾無しの地球の歴史と現状を表したものであった。つまり、地球人はイセカ人に比べても取り分け成熟した種族ではなく、彼らの住む地球は非常に多様な世界であるということを示している。


 まず、イーガルと地球は惑星としての大きさに大差はなく、重力はほぼ同等、大気の構成も同等である。だから、呼吸にはまったく問題がなく、互いに相手の地に住める環境である。また両極が寒冷で極冠があることも同様であり、陸地の面積も同等である。


 地球には200もの主権を主張する国があり、それぞれに極めて多彩である。巨大で豊かで軍事力も強い国もあるが、貧富の差が大きく内部的に規律が取れていない国があり、また、豊かで穏健であるが規模が小さい国など比較的豊かな国々がある。


 地球の先進国と呼ばれる国々では、人々は忙しく働いてはいるが、イセカ帝国の人々に比べ遥かに便利で豊かな生活をしている。家庭では便利な電気製品が使え、大人は殆ど個々の自家用車を持ち、通信機器を持ち回り、容易に世界を旅行して回るなど、その平均的な生活の水準は夢のような世界である。


 その一方で、貧しい国の方が多く、こうした国では貧富の差が大きい。豊かなものは先進国に劣らない生活をしているが、平均的には遥かに貧しく苦しい生活を送っている。さらに、それらの国では満足に食事もとれないほど貧しい人々も多い。


 地球の歴史は、2千年ほど前から人々の行動が記録されているが、国の勃興と戦争の連続であり、その中で互いに殺し合っている。そしてその変化と進歩は緩やかなものであったが、500年ほど前から一部の地域で、様々な技術の進歩が起きてその動きが加速した。


 その技術は航海術と鉄砲であり、それを持った地域の人々が世界に乗り出していき、現地の征服と人々への圧政を始めたのだ。その後200年ほど前から技術の進歩はさらに加速して、国々の争いは大規模かつ血にまみれたものになっていった。


 ほんの70年ほど前には、地球上の比較的進んだ国々が互いに争って、数千万の死者を出すような戦争を行っている。そして、その反省に上にたって、地球には国際連合という国々が集まった組織が作られ、互いの国の利害関係を調整して、戦争などの事態を防ごうとしている。


 また、この国際連合の大きな役割は、戦災、飢饉などの場合に人々を助けること、さらに貧困で劣悪な生活環境を改善することである。しかし、その70年の活動の結果が、先に述べた、少数の豊かな国々と多くの貧しい国々であり、頻発する地域紛争であった。


 さらに、いくつかの国は地球全体を滅ぼすことのできる核爆弾というものを持っている。だから、それらの国々が争えば、それを使うことで人類が滅ぶ可能性もあるという恐怖の中で人々は暮らしていた。


 また地球上では、産業の発達に伴い莫大な量の石油や石炭などの燃料を使ってきた。このために、地表の温度を上げる二酸化炭素の濃度が高まってきた。その結果、嵐や豪雨、旱魃がどんどん激しくなり、さらにしばしば起きるようになっている。


 さらには両極の氷が解けて、海面が上昇して人類の存続を脅かすと言われるようになってきた。一方で、エネルギー源たる石油はほんの数十年で尽きると言われており、石炭はそれより多いが、それを使うと地球の温暖化を加速することになる。


 また、それに代わる安全なエネルギー源がない状態が続いてきた。しかし、ほんの数年前に事態は変わった。それは、まず核爆弾を無効化する技術が開発され、核爆弾を使った戦争の恐怖から人々が解放された。


 さらに、石油や石炭を使うことなく、ほぼ無限かつ安価に電気や熱を出す技術が開発されて様々なことが解決された。つまり、その方法を使うと、石油や石炭を使う必要がないので、温暖化を起こす二酸化炭素を出さないし、安価かつ無限のエネルギーが得られる。


 加えて、力場エンジンを使って飛ぶ方法が開発された。地球では飛行機がすでに100年前に発明されて、現在では人々の長距離の主要な移動手段になっている。さらに、空を飛ぶ兵器はその高速度もあって最も強力な兵器とされている。


 飛行機は高価であり、燃料も多く消費するので大重量のものの運搬手段として高くつく。また、それは滑走して飛び立ちまた着陸するので、長い滑走路が必要であるため運用する場所が限定される。


 その点では、力場エンジンを用いた飛行機は、製造費も比較的安く、運用のコストは遥かに今までの飛行機に比べ低い。さらに利点は滑走を必要としないのでどこでも運用できる点である。


 加えて、大気圏内でしか運用できなかった従来の飛行機に対して、水中でも宇宙でも運用できる。そして、力場エンジンは長く加速できて大気圏外で飛行出来るので、極めて高速になるため、この惑星イーガルでも1時間足らずで1周できる。


 その上に、地球は転移の技術も開発した。その技術によって国連はすでに居住できる惑星を2つ発見して調査をしている。しかし、一方で半径50光年の範囲の星系探査を無人探査機で行っている。これは手に負えないほどの軍事力を持つ敵性種族を警戒してでのことである。


 イセカ帝国を発見したのもこの無人探査機であり、帝国に交流を申し込んだのも、調査の結果、技術的に地球側に危険性がなく、帝国に侵略性向がないからである。

「結局、帝国が地球に比べ、遅れているので危なくないということかな?一方、無断で調査された我々には地球人は十分に危険であるがな」


 説明会の質疑における、帝国宰相からのこの質問に、調査団に外交部のトップである、マイク・サーティンは淡々と答えた。


「はい、危険性がないということは、その言葉の通りで、少なくとも軍事的に我が地球を脅かす存在ではないということです。無断で調べた件は、あなた方が同じ立場であれば同様にしたと思います。

 さらに、もしあなた方帝国が侵略的な性向をもち、併合または征服した国や地方で圧政を敷く国であれば、我々は接触することはなかったのです。これは、我々と交流が始まると間違いなくあなた方の技術進歩は加速しますからね」


「なるほど、了解した」

 その地球側の紹介ビデオを受けて、帝国の最高権力者達が会議を行っている。彼らは、ビデオを会場で直接視聴したが、その後要求して受け取ったビデオを自分達で再度観ている。


「たしかに、地球側は隠すことなくさらけ出しておるな。彼らの凶暴さに比べるなら、わが帝国は大人しいものだ。この歴史を見て、地球人が我らに言っていることが信じられるかな?騙されていれば、彼らがその気になった場合に抗する術はないぞ」


 60歳代の皇帝ラマイーク・キガナ・レシウン・イセカが玉座に座って言うと、皇太子のカールスルが応じる。


「陛下、まず、彼らには我々を滅ぼすつもりはないでしょう。彼らの言う核兵器というものを使えば容易でしょうが、彼らにそうするメリットはありません。また、彼らが楽しみのために他国を破壊して喜ぶとは思えません。

 我々を征服して、富を奪う、また奴隷同然に使うということもありますが、残念ながら我が国は、地球の貧しい国の低いレベルですから、富を奪うというとはないでしょう。奴隷にすると言っても、彼らは強力な機械を多く持っており、それからすれば食料などが必要な奴隷は割に合わないでしょう。

 また豊かな土地を奪うということはあるでしょうが、彼らはすでに2つの住める星を見つけており、さらに続々と見つけているそうなので、これもないでしょう」


「では、陛下、私からよろしいですか?」

 地球への使節団の団長に決まっているキーイル・ダリ・サーミル公爵が手を挙げ皇帝が頷くのを見て言う。


「先ほどの、皇太子殿下のお話はその通りだと私も思います。ですから、彼らが我が国を征服する、また我が民を奴隷化するなどの可能性はないと思っています。ですから、彼らは真実我々と友誼を結びたいのだと思いますな。

 とは言え、対等とは思っておらず、精々が弟程度の存在でしょうが。そして我らを教え導こうとしているのでしょうな」


 そう言うと、室内にいる半数ほどが不満な顔をして、少数は抗議の声を上げる。それを見てサーミル公爵は続ける。


「事実、残念ながら我らと彼らは対等ではない。それこそ、彼らの調査行の目的が征服と略奪であれば、我々にできるのは戦って死ぬことくらいである。彼らの容貌は我らと随分異なる。

 しかし、彼ら自身の容姿、容貌、肌の色は我らが知る限りのミーライガ大陸のわが人種より遥かに幅広い。それに彼らの男と女の容姿は大いに異なる。彼ら自身も言っていたであろう。かつては肌の色が違うだけで奴隷化されたという。


 そして、今まで彼ら地球人と付き合った限りで、容貌の違いはあっても嫌悪感はわかぬし、問題なく意思疎通できる。まあ、彼らの持つ翻訳機のお陰でもあるがな。

 だから、彼らが我らを弟分として教え導こうとしているなら、有難く導いてもらおうではないか。

 だが、そうのんびりはしておれんと私は思う。それは、強者である地球人が、他のより強力で凶暴かつ侵略的な種族を警戒しているからである。我々は宇宙の彼方から現れる種族など夢にも考えてはいなかった。しかし、実際に地球人が現れた。そして彼らは尚も広く調査を続けている。


 彼らは、強くて敵対しなければならない種族を見つけるかもしれない。あるいは、そのような相手に見つけられるかもしれない。それに対して我々も無防備であってはならないのだ。だから、自分達も地球から学んで豊かになって、かつ強くなる必要があると私は思う。いかがでしょうか、陛下?」


「うむ、そうだの。朕も地球の誘いに乗っても危険はないと思っておる。しかし、少々懸念しておったのは、彼我の差に打ちひしがれることである。その点で、サーミル公爵の論点は良い。

 それと、朕が言いたいのは確かに地球と我が帝国では、技術的には100年ほどの差がある。ただ、人としての能力には差は無いと思っておるし、わが帝国の社会が地球の平均と比して劣っておるとは思わん。


 彼らの説明にあったように、彼らは近年行き詰まっておった。それを打破しつつある重要な技術は、ここ10年に満たない期間に生まれたものだ。それも、ある天才個人から生まれたという。

 であれば、我々も懸命に励めば思ったより早く追いつくと思うのだ。何と言っても、地球は我々の全く手の届かない生活をしている国がある一方で、食うことも満足にできない国も数多い。

 その辺りはわがミーライガ大陸の状況に似ているが、まずわが帝国が地球に追い付く。そして、次に大陸全体をその水準に上げ、さらにはこの惑星イーガル全体を上げていくのだ。サーミル公爵が団長を務める使節団の役割は、極めて重いと知るべきじゃ。よいか」


「はは!陛下、最優秀な者を集めた使節団です。懸命に励むこと、肝に銘じます」

 サーミル公爵は膝まづいて、皇帝に向けて最敬礼する。


 地球使節団は、元宰相のキーイル・ダリ・サーミル公爵を団長として外交部10名、第3皇子ミーベル・カザラ・ドラ・イセカが率いる調査部85人から成る。訪問期間は1ヶ月で、訪問個所はあらかじめ概略決めていたが、地球の紹介ビデオを視聴して最後に調整している。


調査団は、各所を訪問して視察し人と会うのみでなく、様々な物品を買う責務もある。そのために、国連からは必要とあれば帰りのギャラクシーのみでなく、そら型宙航艦も提供することが約束されている。ただ、購入の費用は自分持ちである。


 しかし、幸運なことに、帝国は紙幣を使っているが金本位制を取っている。つまり紙幣の裏付けに1万トンを超える金を備蓄している。この時点で、金の地球での価格は50USドル/gであるため、5千億ドルの資産を持つことになる。


 それに、金の裏付けは結局紙幣の発行元の帝国の信用の裏付けであるが、競争相手がなく市場の信用は絶大な帝国としては、すでに裏付けは必要ないと考えていた。しかし、1万トンもの金の用途はなかったので、そのままにしている面があった。


 自分の持っている金が、地球においても極めて大きな資産であることを知った帝国は急遽、地球行きの費用及び物品購入の費用は自ら賄うことになった。これらの費用を地球に頼ることは結局弱みになり、なにより自分の誇りを傷つくと考えているためだ。


 また、地球を往復できる宙航艦の購入の交渉を始めた。これについては、後に日本政府が国連と相談の上で交渉に応じて、そら型を2隻売っている。武装も無しとはいかないので、小口径レールガンのみは残している。1隻の売価は百億円である。


 また、使節団を乗せて地球へ向かったギャラクシーには、使節団95人と金100トンが積まれていた。地球でそれは換金されて、イセカ帝国口座を作られた。その金は、視察団の滞在費と旅費、多数のF型飛翔機、各種殿下製品、電子機器、建設重機、各種車両、工作機械、NFRGなどの購入費となった。


 また、使節団の内の半数は残って購入品の使用方法を学び、さらにハバロフスク、ニューヨーク、日本のK市に大使館を設立した。

 使節団はK大学にもやってきた。翔も使節団の到着の大歓迎の様子と、各所を訪れるイセカ人の映像を見ており、帝国皇子のインタビューの様子などを視聴していて、イセカ人と会いたいとは思っていた。


 だから、皇子が研究室に訪問したいという申し込みは喜んで受けた。翔の研究室のドアがノックされた。事務の女性に案内されて、テレビでよく見るイセカ人5人が入ってくる。先頭はインタビューで見た皇子であり、剣を持った2人は護衛の兵士で、2人が随員である。


 彼等は首から翻訳機を吊っているので、会話に不自由はない。聞いている話では護衛と随員の一人づつが女性であるそうで、なるほど頭のトサカが丸く赤い。身長は170~180㎝であり男女差はないようだ。


 皇子が迎える翔に近づき、手を差し出して言う。

「始めまして、イセカ帝国、第3皇子ミーベル・カザラ・ドラ・イセカです。カケル殿ですか?」


 喋った言葉が日本語に翻訳されて首から下げた翻訳機から流れ出る。

「ようこそ、ミーベル皇子。始めましてカケルです」

 翔は差し出した手を握り、正面から見つめる相手の目に視線を合わせる。


 姿は違うが、すでに映像で見慣れて違和感はなく、相手の好意と好奇心が伝わってくる。

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