第41話 イセカ帝国と惑星イーガル

 ギャラクシーに乗ってきた地球のイセカ帝国調査団は、2か月で第1次調査を終えて、その結果の概要について帝国議会を中心とした要人に説明することになった。


 内容は、すでに千ページを超えるイセカ語の冊子になってまとまっているが、百ページほどのその概要版を元に説明される。調査団は、惑星イーガルの周りを宙航機により計算したルートで繰り返し周回して、地上の自動撮影を行って衛星写真による地図を作製した。


 グーグルマップのイーガル星版である。これは、勿論、イーライガ大陸のみならず、他の5つの大陸、5千を超える島々を網羅したものである。イーライガ大陸については、外周について海からの測量で精度の高い地図を作製している帝国であるが、まだ他国の内陸部は白紙の部分が多い状態である。


 帝国は、他の大陸についても探検航海を行っている。このことで、存在と概略の形は把握しているが、地図作成のオーダーの調査は全く行っていない。ちなみに、イセカ帝国による他大陸の探検は調査に留まっており、征服を意図したものではなかったので、植民地を作ることはしていない。


 地球における、欧州人のアメリカやアフリカへの進出と植民地化は、結局人々の貧しさの故に金を始めとする貴金属の略奪を目論んでのことである。さらに、地元においては強敵に囲まれ、容易に征服は出来ないが、『蛮族』相手であれば、容易に征服・略奪ができたという側面がある。


 その点では、イセカ帝国は自然に恵まれて豊かな土地であったことに加え、早くに農法の改善が行われて、人々が食うに困らなかった。また、人口の割に広大なイーライガ大陸においては、周りにいくらでも広大なフロンティアがあった。


 だから、土地を奪う、略奪をするというような動機がなかった。帝国としては、近隣の領、国の併合を繰り返してその領土を広げていった。これは、併合された側が、帝国の技術、文化にあこがれ自主的に併合を求めた場合が多い。


 それに加え、イーライガ大陸のみならず惑星イーガル全体に『人』の体格や容貌、さらに肌の色には差異が少ないことも自然な併合が進んだ理由である。勿論、言葉は孤立した大陸や島毎に異なるが、イーライガ大陸では全体に帝国のイセカ語の影響を受けていて、どこでもイセカ語で通じる状態になっている。


 この状態で、船団を仕立てて通じない言葉の人々の国を征服して住もうとは思わないのは当然だろう。調査団は、詳細でなくとも惑星全体の自然、社会の状況も把握しようとしている。しかし、実質的にイセカ帝国には、イーライガ大陸とイセカ帝国内しか殆ど資料が無い。


 この点で、地球からの調査隊にとって有利なのは、宇宙から地表の様子が把握できて、時間をかけずに空からその地に行けることである。文化人類学の浅香みどりは、スウェーデンの同じ専門のルーカス・レビンと手分けして、専門分野の惑星全体の状況を掴もうとしている。


 そこで、比較的危険なイーライガ大陸以外の国々や地方の調査をレビンが行い、浅香がイセカ帝国を含むイーライガ大陸の調査を行う。短期間で移動する彼等には、F型飛翔機が割りあてられイセカ帝国軍から護衛がついた。


 浅香は、飛翔機を使って調査を行うのは初めてであるが、高速で移動でき、狭いところでも降りられることの有利さを思い知った。彼女が過去調査に訪れた集落への行き・帰りにそれぞれ5日間、調査に5日間などということが多かった。


 今回は、翻訳機によってほぼ言葉に困らない点と、人工頭脳によってしゃべった言葉を文章化する口語文書化機があって、非常に効率の良い調査ができる。調査にあたっては、帝国内では殆ど危険なことはなかった。


 だが大陸の20ほどの周辺国では、5つほどが帝国に敵対的であり、公的にインタビューの許可はでないので、人の少ない郊外に降りてゲリラ的にインタビューをしている。その意味で、イーライガ大陸以外を担当したルーカス・レビンは苦戦している。

  

 だから、例外的に通訳が見つかった2国の他は、インタビューが出来ず、上空からの写真で文化状況を推定するという方法を取らざるを得なかった。しかし、今回の調査はあくまで1次調査であって、全体をざっくりつかむためのものなので、それでも構わないのだ。


 その意味では生物や植生、地学、海洋、鉱物などの調査は上空からの映像を解析したうえで、ピンポイントのサンプル採取をして解析を補強するという方法を取っている。また、同様に帝国以外の都市、農業、工業・鉱業などの産業についても同様な分析を取った。


 人口については、しっかりしたデータのある帝国とその友好国の他は、衛星写真をAIで分析して割り出している。こうした、帝国の都市以外の調査は余り人々に知られることはなかったが、都市における資料収集やヒアリングを行う調査団は帝国の人々の話題の的であった。


 調査団の内の20人ほどは、帝国の役所を訪問して、書類・図面を収集してスキャンし翻訳機で翻訳しで英語で文章化している。さらに、それらの書類等の資料を基にヒアリングして、帝国の政体、組織、産業、経済、社会等について大枠を把握して取りまとめ、その問題点と改善すべき点を抽出している。


 当初は、帝国はそこまでの内容を晒すつもりはなかった。だが、地球のグループの調査の過程での効率化された調査の方法、その要領の良いとりまとめ方法には、調査に立ち会った帝国の官僚達は大いに驚いた。


 加えて、彼らは地球人の行う多様な面からの現状に対する評価、そして改善点の示唆に有用さを見いだした。これらの官僚は、地球からの調査団からは必ず有用な分析が出て来るので、必要な資料を隠すべきでないと提言して、これは皇帝まで上がって同意されたのだ。


 その意味では、帝国の官僚の柔軟性と優秀さが良く解る判断と行動である。しかし、この判断には国連が隠すことなく、暗部を含めた地球の歴史と現状をさらけ出したことにもよる。


 説明会の場所は帝国議会の大ホールであり、500人が入るホールは人で一杯である。大ホールの正面に巨大な板のスクリーンが取り付けられて、プロジェクターで写真、動画を映すようになっている。


 調査団は、この2ヶ月、あちこちに出没して、資料を求め様々に説明を求めてきた。直接その求めに応じた人々を始めとして、彼らの活動は帝国の話題の的であった。


 それ以上に、地球への使節団への予備知識を与える意味で準備された地球の歴史と現在の全てを網羅した映像は、テレビでも放映されて帝国にセンセーションを起こした。また要人・貴族は、調査団が再生装置と共に帝国に供与したカラーのDVDを視聴している。


 だから、人々はその地球から来た調査団が、自分達をどうとらえたかに大きな関心があるのだ。また、今日見せられる映像の中には、自分達の世界である惑星イーガルのカラー写真が入っているということも大きな関心を持たれている。


 ちなみに、勿論帝国の人々はイーガルが球体であることは知っている。しかし、他の大陸等に行ったことのある人は極めて少なく、世界地図はあるもののイーライガ大陸以外については全く不正確である。


一方で、地球への使節団は地球に残した半数ほど以外は帰ってきている。彼らは、地球で自分達が撮影した大量の写真・動画の他、市販の写真集、コミック、映画などの動画を持ち帰っていて公開し、それらは多くの人が視聴して地球への理解を深めている。


 加えて、地球で大人買いをした大量の機材を持ち帰っており、各専門家が夢中で調査をしていて、今後の帝国も産業、市民生活の向上に大きな貢献をすることは間違いない。


 日本から買ったそら型宙航艦については、現在まだ日本にあって、イセカ帝国から選ばれた乗員が操縦と運用の訓練を行っている。これらは、まず地球から自衛隊によって操縦されて運ばれた。そのため、これらのそら型宙航艦は、帝都イーライの郊外の演習場に降りたった。


 これらは帝国の川の名前から取って、宙航艦マサイラとイガンジと名付けられた。待ち構えていた帝国の指導者である皇帝以下100人ほどは、早速乗り込んで惑星イーガルを1周させ、さらに2つの衛星のミーランとヨーラを周回している。


 その後、強く希望した有力者500人ほどを乗せての同様な遊覧飛行の後、この2艦の乗組員候補に選ばれた150人を乗せて地球に向かった。そら型の乗員の最小数は30人であるが、帝国としては訓練を兼ねて、多めの人数で運用するつもりである。


 自衛隊の各艦30人の乗員に加え75人はそら型の定員を超えているが、劣悪な環境に慣れている帝国の兵員にとっては、一晩臨時に吊るしたハンモックで寝るくらいのことは何と言うことはない。彼らの多くは海軍の将兵であり、元々ハンモックで寝るのが普通なのだ。


 説明会の3時間の1時間は映像と動画であり、残りの時間を使った説明資料も6割程は図と表であるので普通の人にも理解しやすくなっている。最初に惑星イーガルの映像が出てきた。明るいフルカラーの半球の絵は場内のどよめきを呼んだ。帝都イーライを中心とした半球をじっくり見せ、ゆっくりゆっくり回転させる。


 ちなみにイーガルの地軸の傾きは12度であるので、地球に比べて気候の変化は小さい。さらに、嵐、豪雨、旱魃などの強度は弱く頻度も少ないので、人や動物にとって優しい環境であると言える。

 温帯に位置する帝国の農作が、順調であるのはこのことも要因の一つである。人々はかたずを飲んで、半球の回転によって現れる未知の大陸、海洋、島を見ている。


 出席者の半数ほどは有力者であるので、帝国が買った宙航艦に乗ってすでにイーガルを1周している。だから、その時の眼下に見えた青と緑の半球に比べれば、迫力に欠けるとは思う。しかし、あの時に比べると鮮明に全体が見える点が違い、これはこれで良いと思う。


 その間に、惑星の直径、大気、陸と海の面積、重力などが地球の対比において語られた。これは、この映像は地球でも使われるからである。陸地の面積については、重要なデータであるので、各大陸、大きな島毎に説明され、数表が示された。


 また、推定人口が帝国1億2百万、ミーライガ大陸の人口2億1千万、惑星全体の人口が5億人と語られ、各大陸、大きな島ごとの人口も数表付きで示された。この日の発表の資料は帝国に渡されることになっている。だから、慌ただしくメモを取っている人がいる一方で、それを閲覧または入手できる人々は落ち着いて見ている。


 さらに、個別に地勢、自然環境、植生、動物、海洋、さらに鉱物資源、水資源、活用できる生物資源について説明された。そして結論として、この惑星が人口に比して極めて豊かで恵まれた環境であることが語られた。


 また、国や種族、文化については、イセカ帝国が突出して進んだ技術レベルを持ち、社会経済においても同様に進んで成熟したシステムを持っている。しかし、競争によって磨かれることなかったため、使われてきたシステムは不合理、不効率な点も多くみられる。


 このように社会は安定しているが、一方で積極的に進んだ文物を取り入れようという人々の気性がある。だから、地球という大きな刺激が到来した今、社会は急速に前向きに変わり進歩していくと考えられる。


 しかし、物質的に豊かになるには、人材の訓練も含めてそれなりの投資が必要である。その点では、幸いにして金という、地球でも資産として大きな意味を持つ金属を大量に所持している。そして、それを自分の経済成長に使うことができる。


 一方で、帝国の現状は製鉄業について、すでに高炉が建設されて鉄鋼の大量生産が始まっている。このため、産業に安価な鉄を多用できる段階にある。だから、交通面で言えば、鉄道網がある程度整っていて、モータリゼーションの初期の段階にある。


 つまり、自家用車は金持ちが持っているのみ、産業用のトラック、バスは全面的に普及しつつある。工業としては、綿、麻などの植物繊維、動物の毛による繊維産業はすでに機械化されて大量生産が始まっている。

 また、自動車のために石油化学産業も勃興期にあり、その余波で窒素肥料の合成、火薬の合成など石油、石炭の副産物を使った化学産業も現れている。


 このように、様々な大規模工業が勃興する中で、大きな商取引が行われ始めているために大きな商会も勃興しつつある。だが、現状のところ勤労者の6割は農林水産業に従事しているので、全体として生産性はさほど高くない。


 政治社会的には、皇帝をトップとする立憲君主制であり、貴族制であるが、立法権を持つ議会も存在しており衆議院と貴族院から成る。また、司法省があり裁判制度も根付いている。

 一方で、皇帝は立法、司法の両方においていわゆる拒否権を持っている。


 貴族については、現在では公爵、伯爵、男女爵の3階級があり、現在では約100家がある。基本的には、彼らは領地を持って収入源は、主として農業による事業を行うか、自分で工業、商業などの事業を行うかである。


 このため、経営能力のない者はすぐに没落して、新たに勃興するものと入れ替わる。だから、無能な者に率いられる貴族家は存続できないので、その相続は能力重視にならざるを得ない。その点では、皇族も大差なく、皇族は幼いころから容赦なく鍛えられ、落ちこぼれるものは貴族になり、それも務まらないものは平民になる。


 帝国のGDPを地球のGDPと比べると、生産性の低さから3千ドル程度であるが、帝都のイーライでは5千ドル超クラスと算定されている。しかし、帝国では平民であっても飢える者はおらず、一般の者が住む家もそれほどみすぼらしいものではない。


 また、12歳までの教育は義務化されていて、優秀な者は有徳者の援助で大学までの教育が受けられる社会の仕組みがある。また、男女で対格差が殆どなく、さらに卵生であるため、妊娠・授乳等によるハンディが無いためか社会における男女差は殆どない。


 こうした意味では、イセカ帝国は地球に比べ、公正で差別の少ない社会と言えるかもしれない。とは言え、イセカ帝国は惑星世界イーガルの人口も1/5を占めるのみで、他の国々では地球の過去に似た状況があることを考えれば、惑星全体としてはまだ未開であると言える。


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