第56話 翔のホウライの生活

 山名准教授は、37歳の動物学者であり、体力もあるので日本政府から依頼されて、2年間に渡って新ヤマト全体の動物調査に当たったというその分野の第一人者である。

 むろん、入植地に選ばれたホウライに関してはとりわけ綿密に調査をしている。翔は、だから正直自分がその日の会合に出張る必要はないとは思った。だが、山名とは調査方法で相談に乗ったこともあって、割に親しく、さらに折角のご指名であるので出席したのだ。


 どちらかというと、訪問者の山科と部下の2人に関しては、翔に会ってみたいという動機であるようだ。堤は問題点をホウライ開発本部に相談したはずであるので、本来で言えば本部は翔でなく専門家であり、十分な経験を積んでいる山科を紹介すべきであったと思う。


 ただ、翔もホウライ以外の開発地には早い段階で行きたいとは思っていたので、敢えて話に乗ったわけだ。その点では、翔は山科に「専門でない自分が首を突っ込むのはおかしいのだけど、できれば現地に行きたいから」と正直に言っている。


 それに対して、山科は「いや、翔君からどんなアイディアが出て来るか楽しみなので、是非同席してもらいたい」という話をもらっている。

 その意味では、翔の態度は真摯であったとは言えないだろうが、彼のスタンスは常にそのようなものだ。だが、その中で常ではないとしても驚くような数々の結果を残している。


 山名からは、まず広大大陸で見られた緑狼を含む留意すべき危険な捕食動物について説明があった。


「最初に、私は広大大陸の調査も行いましたが、大部分は上空からのドローンによる映像と、調査ロボットによるもので、実際に地上に降りての調査はあまりやっていません。ですから、あくまで表面的なものなので、的確な答を出せるかどうか余り自信はありませんね。

 まず主だった、肉食動物を紹介しましょう。これは、最大でかつ凶暴なティラノの名付けたティラノザウルスに近似した哺乳類です」


 会議室のパネルに写されたそれは、画像に写されたスケールによると身長は3mを上回り、巨大な後足、太い尾に巨大な腕を持ち、牙をむき出した大きな顔がある。体は顔の前面を除いて剛毛で覆われ、鋭い目と牙がいかにも凶暴そうである。


「このティラノの体重は1トン半あり、その巨体が時速50㎞で走り、尾は20㎝の木をへし折りますが、この太い腕は、2トン程度のものを軽々持ち上げます。広大大陸最大の動物は、エレファンと呼んでいる体重2トンを超える象です。

 そのエレファンが、ティラノにかかると捕まえられて、鼻を引きちぎれて背骨をへし折られます。さらに、ティラノはその頑丈な皮膚を噛み付いて引き裂きます。緑狼は、5~6頭でエレファンを餌にする、多分大陸のNO.3位の強者ですが、ティラノには歯が立ちません。

 ただ、ティラノより走るのは早いので、ティラノも緑狼は相手にしません。緑狼はその保護色と最大300㎏にもなる巨体の割に走るのが早く、かつ素早く頭が良いので最も厄介な相手です。むしろティラノより厄介かもしれませんね」


「なるほど、やはり緑狼は厄介なんですね。でも、ティラノはちょっと怖いですね。熱帯の南方平原が生息地ということですが、青海地区には出てきませんよね?」

 堤が映像に圧倒されて聞く。


「ええ、まあティラノは熱帯雨林の生物相が濃いところでないと、十分な食料が得られないでしょう。だから、温帯に近い青海周辺ではまず大丈夫だと思います。

また、緑狼がそれほど出没したということは、多分青海ある地区では緑狼が食物連鎖の頂点に立っていると思います。

 緑狼は、さっき言いましたように極めて素早く強力かつ凶暴な野獣です。ですから、フェンスは、よほど工夫をしないと安全とは言えないでしょう。また、素早いので地上からは、仮に銃を持っていても、普通の猟銃では威力不足でかつ当てられないので、なかなか太刀打ちできないでしょう。

 そして、今までの調査結果からは、緑狼は自分のテリトリーを守る意識が極めて強いようです。ですから、何らかの抜本的な対策をたてないと、緑狼がはびこる地域に居住地区を作るのは危険と言わざるを得ません」


「なるほど。でも、ホウライにおいても緑狼ほどでなくとも、危険な野獣はいるので対策を打っていますよね。危ないのは東地区の山岳地域付近ということで、そうした野獣を遠ざけるために林都市と東北市においては、林地付近で音波発信機を設置して常時稼働しています」

 山科が連れてきた、生体保護部の課長という肩書の40歳代に見える梶田という女性が言う。


「ええ、あれは私も少し絡んでいるのですが、ホウライは広大大陸に比べると危険な野生動物は少なく、それほど危険な種はいません。危険なのは、熊の一種のホウライ熊と大型犬程度の狼の一種ホウライ狼です。

 彼らについては、捕まえて彼らが嫌う音波の周波数を割りだして、彼らに苦痛を与えるために無人機を使って大出力で彼らのテリトリ―を掃射して回ったのです。むろん人には聞こえない超音波ですけど。


 まあ、全くの嫌がらせでかわいそうなのですが、そうして苦痛受けて、その音が出ている所からは逃げるようになります。でも、その結果、弱い音でもその周波数の音を出しておけば、その一帯には近づくことは無くなったという訳です。

 ただ、緑狼にそれが効くか、捕まえてやって見なきゃわかりませんな。それと、問題は青海基地周辺の大森林の樹木が極めて巨大であることです。ですから、適当な周波数の音波が見かったとしても上空からの音波の掃射が難しいと思います」


 そこで、翔が口を挟んだ。

「山名先生、その方法は、要するに対象の動物に何らかの苦痛を与えて、その苦痛を恐怖として覚えさせて、その苦痛の原因を弱めて放射してそこに近づかないようにする訳ですね。だけど、それを経験した個体にはそれが効いても、そうでない個体は関係なしに近づくのではないですか?」


「ええ、それはそうなんですが、その音波というのは元々、その対象動物が嫌がる音波なのです。ですから、現状ではそれを突破して人里に対象の動物は現れてはいます。ですが、少数ですね。しかしそこが、この方法の限界ではあります。ただ、ホウライ熊、ホウライ狼は人を積極的に襲う種でありませんので、事故は起こっていません」

 自分でそう言って、考えこんだ准教授は続けて言う。


「うーん。そういう意味では一桁違う素早さと強さ、凶暴さの緑狼には、この方法、音波法と言いますが、ちょっと危ないような気がしますねえ。音波は元々エネルギーとしては弱いですから。上空からの照射も近づけないための発信機も距離が短くないと効かないですね」


「私は青海基地の後も、今後発見される石油開発の仕事に行く予定になっていますが、その場合も同じ問題があると思うのですよ。場合にはよってはティラノの群生地に行く可能性もあります。そうした場合に、余り原生種に被害を与えず遠ざける手段が欲しいのです。

 実際、私はあの緑狼が重機と戦っているのを見ましたが、何よりあのパワーに速度が問題です。あれと出会ったら最後だと思いました」

 堤は、現場担当者としての要望を率直に言う。


「うーん。なかなか難しいな」

 唸る山名に翔は整理するように応じる。


「ゾーンとして比較的遠方から影響を与えるには音波は優秀ですが、パワーには限界がありますね。他には光がありますが、遮られると効果は低いか無いという問題があります。

 ただ、特定に色に恐怖を覚えさせるというのもありかな。

他には電波・電磁波、さらには力場がありますね。あるいは特定の薬剤で傾向つけをするとか。電波では信号を送るだけでエネルギーがないな。

 また電磁波だと、電磁波発生器は簡単に作れますが、広範囲に影響を及ぼすには動力消費が大きすぎてかつ、周囲に与える影響が大きすぎるかな。

力場はバリヤーを作れるけど、町を覆うのは無理だな。

 うーん。薬剤、いやセンサー或いは触媒的な物質を埋めこむのは有りかな。ただその場合電源か何かが要るから小型化が難しい。何か適当な研究がないか、大学のライブラリーで調べて見ます」


 翔は、バッグからタブレットを取り出して操作する。それを見て、山名も同じように検索を始めるが、どう見ても翔の操作が素早い。


「ああ、あった。2027年5月のCGP201の論文だ。これはシンガポール工科大学の研究です。空中のドローンから強い電磁波アルファ1-1を藪に隠れた動物に照射することによって、肉食獣などの動物を苦しませることができます。

 その際には、透過性が強く効き目の弱い電磁波ベータ2も出しておきます。その後はベータ2の電磁波を低出力でも出しておくと。それらの動物は慌てて逃げだすようになることが書いている。ほおこの場合はベータ2がノウハウの鍵ですね。

 もう実用化されているようですね。ただ、彼らはドローンの滞空時間が短くて苦労しているようだけど、その点は、我々はH301号探査ドローンが使えるから問題ないね」


 翔が話を終えた時に、山名もその論文を見つけてそれを読みながら同意する。

 「うん、そうですね。これは良さそうです。これだったら、ドローンで一帯の緑狼全てに電磁波によって条件付けが可能でしょう。その後、守りたい施設の周囲から常時電磁波ベータ2を出しておけば緑狼は近づくことはないでしょうね」


「じゃあ、なんとかなりそうですか?」

 当事者の堤が身を乗り出して山名に確認する。

「ええ、まだつまみ読みですが、ちゃんとした方法のようですね。ええと……」

 そこに論文を読み終えた翔が説明する。


「リー・チャン・ゴチン教授らの研究で、これは動物園の様々な動物で実験をして、トラなど猛獣が苦しむ電磁波を見つけていますね。その際に害はないけど、浸透性の高い電磁波を一緒に流しておけば、後者の電磁波を感じた動物は近づけないということですね。

 実際に、マレーシアでトラを対象に実験してうまくいっているようだから、手法そのものは使えるでしょう。ただ記述している電磁波で同じ効果があるかどうかは、判りませんね。だから、当該電磁波で緑狼対象に実験する必要があります。

 我がK大技術開発研究所は電磁波に関してもプロですからね。実験は簡単です。ただ、マレーシア大学には権利料は払う必要がありますから、K市の研究所から交渉させましょう」


 それに対してにこりと笑って、山名准教授が応じる。

「なるほど、今後、資源開発では青海基地のような話は沢山出てきます。その際にこの方法を確立しておけば、野獣を殺すことなく、開発を進めることができますね。

この研究は私の方でやります。翔君、電磁波発生器については応用物理の掛井先生に相談すればいいのですかな?」


 翔は頷いて応じる。

「ええ、掛井先生の研究室の院生だったら自分で発生器を組めますよ。緑狼の捕獲は山名先生の生物学研究室で大丈夫ですよね?」

「もちろん、機材も人員も揃っています」

 山名が大きく頷いて言うのを聞いて翔が確認する。


「では、山名先生。私は立ち会うのは可能ですね?その場合には、私に関しては飛翔機を別に準備しますが」

「ええ、まあ大丈夫ですが、翔君も行きたいのですか?」

「ええ、折角青海基地からの話があったのですから、今まさに開発が始まっているところを訪問してみたいじゃないですか。堤所長、ご迷惑ですか?」


「え、いや。勿論歓迎です。是非いつでもいらして下さい。緑狼の捕獲は私も見てみたいですから、ご一緒できれば有難いですね」

 そう答える堤にとっては、何らかの感触が得られるかもしれないとの思いの訪問が、たちまち方向が決まって実行までされようとする状況は嬉しい驚きだ。


 その立役者の翔が自分の現場に訪問するという話は、『歓迎』の一言だ。むろん社会人の一人として、翔と縁ができるということの大きなメリットは無論意識した上での歓迎の言葉だ。

 その後の日程などの調整の上で、訪問者の代表として、ホウライ開発本部の副本部長の山科が礼を言う。


「今日は、翔さん、山名先生有難うございました。我々はホウライ開発本部という組織に属していますが、実際は惑星新ヤマト全体の開発を管轄しています。今のところの開発は大部分がホウライにおけるものですが、近い将来はホウライ以外が半分を超えて来ると考えています。

 その際に、心配されているのは地球より多い危険な野獣であり、それに対してどうするかは大きな課題でした。実のところは、危険な野獣は殺していくしかないかなと漠然と思って来ました。しかし、それは他に手段がない場合の最後の手段です。


 まあ。『開発をやらない』という手段はありますが、仮にその方法を取ったとしても、早晩反故にされることは間違いないでしょう。しかし、しかし、原住の野獣と言えどもその生存を保証することは我々人類にとって責務だと思います。

 今日、翔さん、山名先生から、緑狼というこの惑星でもトップ3に入る危険な野獣の具体的な対処法をご提案頂き、それの実証試験までをやって頂けるとのことで、大変感謝しています。その試験については、我々開発本部としても全面的な援助を致しますし、その後の実施は無論責任を持って行います。

 今日の実りある会談に誠に感謝しています。今後、今回の研究というか調査にはこの梶田を窓口としますので、よろしくお願いします」


 それを受けて女性の梶田課長は頭を下げて言う。

「はい、私が窓口として働かせて頂きますが、差し当たっては青海基地での緑狼の捕獲と、電磁波による試験には立ち会わせて頂きたいと思っています」


 山名は、1週間で大学の3機の飛翔機を借りだし、麻酔銃や網などの機材を揃えて研究室の助手と大学院生5人を引き連れての捕獲の準備を整えた。さらに、翔と共に応用物理の掛井准教授に掛け合って、周波数や出力を可変にできる電磁波発生器を確保した。


 その結果、山名が率いる自分を入れて6人、パイロット2名に掛井准教授と助手の2人に、見物人兼青海基地の視察を兼ねた翔と、西川に護衛2人、同乗させたホウライ開発本部の梶田女課長と部下2人が青海基地に乗り込むことになった。


 山名のチームに移動は中型飛翔機1機、小型機2機であり、翔は専用機になっている中型飛翔機を使ってやって来た。緑狼2頭が、麻酔銃によって捕獲されたのは2日後と3日後であり、論文の周波数に近い周波数アルファ1-3を浴びせることで緑狼が悶え苦しんだ。


 そして、その際に一緒に発信されたベータ2を聞かせると怯えて逃げるようになった。このことをもって長期に効果があるかどうかは解らないが、少なくとも直後には望んだ効果があることは確かめられた。


 なお、方法の権利を持っているシンガポール大学とは、ドローンと、より効率の良い電磁波発生器とのノウハウのバーターで話はついた。

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