第55話 翔のホウライへの移動

 翔が、ホウライに飛び立つ日は大勢の報道陣が詰めかけていた。現在で翔の能力は殆ど公知となっていて、近年における重要な発明・開発には全て彼が絡んでいることは、公表されていてよく知られている


 これは、そのように公表した方がむしろ、彼の安全性をより高めるという判断からであり、過去には彼を拐取する試みもあったが、その後は実際に他国や大企業が手を出せなくなっており、その判断は成功だったと言えよう。


 問題は、世界で最も有名な人物になったおかげで、プライバシーなどが無いという状態になっていることであるが、世界中の政府は結託してマスコミを『説得』した。 

 無論、中には翔が何人もの愛人を作って多くの子がいることなどを、悪意を持って暴き非難するように誘導する者もいたが、彼ら・彼女らは間違いなく潰された。


 とは言え、インターネットの世界を完全にコントロールすることはできないので、彼の概ね唯一のスキャンダルネタである、何人もの関係を持った女性と子供たちについては殆どの成人・若者は知っていた。


 ただそれに関しても『何が悪いの?』という態度の者が大部分である。女性は望んで翔の子を産んだ訳だし、生まれた子は全て翔が認知している。また、女性は全員がエリートに分類される人々であることもあって経済的には困っていないし、子供は十分ケアされている。


 翔本人はそのことに非難されても、罪の意識はなく平気で自分を正当化することができる。ただ、彼の子供を産んだ女性と子供に関して、付きまとい報道することには強い嫌悪感があって、それを防ぐために自分の影響力を最大限に振るっている。


 このため、この件はマスコミ界で最大のタブーとされており、これらについては子供のプラバイバシーを理由に、禁を破った者はマスコミ界そのものから徹底的につぶされた。こうして20歳になった翔には4人の子供がいる。


 最初の子である綾は、総務省キャリアの石原真理恵を母としているが、その母はK市に転勤してきて翔への国としての窓口を務めている。石原は当然フルタイムで働いているので、国が費用を出してベテランのお母さんのベビーシッターを雇っている。


 そして、石原のマンションには翔の母の洋子が入り浸って孫の世話をしている。洋子は夫の亮太が今や東証一部企業の役員であるため、専業主婦であり十分な時間があるのだ。


 長男ジョージは母アン・マークレンに連れられて帰国し、アメリカで生まれた。その母は研究生活で、国に面倒を見てもらいながら子供を育てている。アンはネットで週に一度は翔に連絡をしてきており、その中でジョージとも会話をしている。

 彼は、アフリカ系の遺伝子を持った母の血を引いて少し浅黒く、可愛い子で元気に育っている。


 次に生まれたのは男で翔が淳と名付けた子であり、日本の茂田カンナを母としている。彼女も石原と同様にベビーシッターを雇って子育てをしながら、大学に復帰して通っている。こちらもマンションに住んでいるので、やはり翔の母の洋子がちょくちょく通っている。


 最近では日本でも離婚が増えて、母親とその親が子供を育てるという例が増えているが、翔のように複数の婚外子を作る例は流石に少ない。その点で、洋子は古くからの友人からどういう心理か聞かれてこう答えている。


「うーん。翔は私の息子ではあるけど、いろいろ人と違い過ぎて良く解らないのよね。元々何かを考えるところの発想が違うのよ。と言っても、冷淡なわけではないけどね。人が自分とは違う考えをしているというのは良く解っていて、それは尊重しているわ。

 あの子が色んな娘とその……、関係を持って子供を作るのに躊躇いがないというのは、多分政府筋から頼まれたというのが免罪符になっているのだと思う。それに、翔がそういう関係になる相手は普通の娘じゃないわ。


 相当に優秀で、天才に近い子ばかりよ。だから、それぞれに自信があって翔に執着するような子は、今の所はいなかったので個々には問題になっていない。だから、私も翔はそんなものだと思って気にしないことにしたの。

 となると孫は可愛いわけよ。まあ、私も生活のためにあくせく働く必要はないし、かわいい孫の所にせっせと通うというのは私の欲望に忠実に従った結果よ。

 それに、これが私しか世話をする人がいなければ、結構苦痛だと思うけど、政府が2交代でベビーシッターを付けてくれているから、都合のいい時だけ構えばいいのだからというのもあるね」


 さらに、翔にはフランス人のルイーズ・フランソアを母としてイリスという女の子がフランスにいる。この子もフランスで生まれて、政府が介入して大事に育てられている。この場合もジョージと同様にネットで週1回のペースで連絡を取り合っていて、祖母として洋子も加わっている。


 翔のホウライ移住に際して、彼の父が務める会社は、父の亮太を支社長にしてホウライ事業所を立ち上げて、父もホウライに移動する決定をしたので、母も当然ついて来る。さらに、総務省も翔の担当は必要なので、石原真理恵をホウライ州政府に移す決定をした。


 だから、翔の母の洋子はK市にいるのと同じく、孫を構うことが出来るが、もう一人の淳は日本に残ることになった。これは、淳の母の茂田カンナは医学が専門であるが、教えを受けている教授が当面日本に残るので、自分も残ることになったのだ。


 ところで、子をなすまでの愛人関係にあった女性たちとの出産後の翔の関係は、その時次第ということである。つまり、タイミングが合えばまたそういう関係になっている。


 海外にいる2人には中々会えないが、比較的気軽に海外へ行っている翔が彼女らの母国に行った時、彼女らが研究会などで日本に来た場合には、積極的に会って一緒に泊まっている。


 その意味では石原や、茂田とも普通にそういう関係である。そのほかには、美木さつきがそういう関係になっており、早晩彼女も妊娠することになるだろう。美木は専門が物理学ということで、物理学の多くのメンバーがホウライに移動することもあって、ホウライに移動することになっている。


 だから、彼女はホウライに行っても翔との関係を続けることになるだろう。その意味では、アメリカ人のアンと、フランス人のルイーズとは、ほとんど会うことはなく疎遠になるだろう。


 さらに、新ヤマトと地球の間は無線通信レベルの通信は可能になっているが、インターネットのレベルでは、通信はできない。だから、映像などはCDを宙航船で運んでということになる。


 アンについては、恋人に近い親しい者もいるようだし、ルイーズもそのようなことを言っていたので、2人とも場合によっては結婚するのではないかと翔は思っている。ただ、そうなっても我が子とは連絡は取れるようにしておきたいとは思う翔である。


 2030年の4月、新ヤマトでは秋の10月にK大学ホウライ分校開校の準備が整い、それに先立って500人の教職員、1200人の学生が分校に移った。当然彼らには大学に付属するアパート群及び一戸建てから成る住宅地が準備され引っ越した。


 これらの住居は全て家具付きとなっていて、電化製品、調理器具や食器なども最低限のものは備えつけになっていて、個々の人々が地球から運ぶものは最小限になっている。


 翔は基本的には父母と一緒の住所であるが、K市に置いてと同様にもう一つアパートを確保している。翔はK大学所有の宙航船で移動するので、企業の移動用の宙航船を用いる父母とは別の便になる。翔に父母も、K市に持っている家とアパートはそのまま置いていく。


 父は会社の会議などでしばしば帰ることがあり、翔もK大学にはより頻繁に帰ることになるはずなので当然である。ちなみに、商用の地球からホウライまでの便の料金は、旅行カバン程度の荷物を持った場合には、国際線の航空便の1昼夜かけて移動する程度の料金である。


 つまり、往復50万円、片道一人30万円程度であり、往復であっても収入が上がっている日本のサラリーマンの月収の大体2/3程度でそれほど大きなものではない。だから、観光旅行に新ヤマトに来るものが大勢いることは予想されている。


 ホウライにおける都市造りは軌道に乗って、住宅が続々と出来上がっている中で、新ヤマトに移民する者は大勢いる。それは、まず平均20haの面積の農地で農業を始める人々、あるいは企業が始める農業プランテーションに雇われる人々がいる。


 更に、整備された漁業基地から買った漁船による漁業を始めようという漁民、あるいは大型漁船を擁する会社に雇われる人々もいる。また鉄鋼、石灰石、石炭、銅、金銀などの鉱山を開発・運営する会社に雇われる人々も数が多い。


 また、農産物、海産物、鉱石などを加工する工業、さらに新ヤマトに住む人々の需要を満たす様々な民生品を作る工場に勤める人々がいる。また、有力な産業と位置付けられている惑星一つの、膨大な観光資源を持つ観光業に勤める人々も忘れてはならない。


 さらにはそうした人々の生活を支える商業、教育や防衛を含めた公的機関に勤める人々の数も膨大である。その一つがホウライの大学教育を担うK大学ホウライ分校である。


 そして、そうした人々の多くは『新しい惑星』という新ヤマトの存在に心惹かれて移民を決意したもの達であるために、必然的に若い者が多い。このような人々は地球にある資産は処分してやって来ている。


 だから、必然的に荷物は多くなるが、移民のための客船である宙航船の預けられる手荷物は基本的に、コンテナ0.2㎥に旅行カバン一つであり、他は貨物機のコンテナによる。コンテナは地球で普通に使われるものと同サイズで、長さ12m×幅2.4m×高さ2.5mである。


 これは72㎥もの容量があって、普通の人には大きすぎるので、コンテナに10分割、20分割した大きさを積める小型コンテナもある。独身者では20分割のもので十分であり、家族持ちで10分割のものを1つまたは2つで運ぶ荷物が普通である。


 翔の父は、十分な容量ということでコンテナ一つを借りたが、家を置いておく関係上、半分余ってしまい、一緒に赴任する部下の荷物を積んでやって大いに感謝された。物に執着していない翔は客船の標準のコンテナで十分であった。


 翔の出発は、大学の構内から、K大学の技術開発研究所の専用宙航船である長さ100m×幅25m×高さ15mの5百人乗りの中型の『真珠号』によった。真珠号の名前の由来である真珠湖は中京市の北側に広がる大きな湖である。


 この名前からも、K大学がホウライに建設する大学ありきで宙航船を調達したことが判る。なお、研究所はその他にも100人乗りの小型恒星間探検型を超空1号~2号を持っており、恒星間調査に使っている。


 超空型は、NFRGと空間転移装置を積載できる最小の船であり、長さが50m、幅・高さが20mの卵型をしている。研究所はまた新ヤマトの詳細調査を行っており、そのために20人乗りの小型宙航機清流1号~5号を持っている。


 翔の新ヤマトへの出発はニュースネタになって、マスコミが詰めかけたが、翔にとって様々なことで注目を集めるのは慣れっこあり、空間転移による飛行もすでに太陽系の海王星まであったが経験している。


 だから、翔にとってはホウライへの移動はさほどの思いはなかった。そもそも、その気になれば地球に帰るのは簡単であるのだ。ただ、その意味では、人々がそれなりに審査されて集まっている新ヤマトは、人を警戒しなくてよいという意味では安心感がある。


 実際に現地についての思いは、期待していた以上の満足感があった。自分から2日遅れてホウライに着いた父母を迎え、一緒に住むようになったが、自宅の2階の寝室の窓から見下ろす広大な真珠湖は日の光を浴びて様々に表情を変える。


 背後のなだらかな山地は、深い緑の原生林に覆われた緑の巨大な斜面である。大学の自分の研究室は僅か1㎞ほどの距離だから自転車でのんびり通っている。空気は澄み渡っており、半そでのシャツに10月の夏が終わろうとしている暖かく爽やかな気候は風が心地よい。


 ちなみに新ヤマトは1年が15ヶ月であり、最も日の短い日を1月1日としている。だから、15月~2月が冬、3月から6月が春、7月~10月が夏、11月~14月が秋である。

 ホウライに来てからは、大学の構内から外に出る時には必ずついていた護衛は無くなった。とは言え、警戒していないわけではなく、大学の上空には力場エンジン駆動のドローンが常時飛んでいて、構内と大学関係の住宅の警戒に当たっている。

 

 そして、異常があれば構内の警備所のドローン及びロボットが、1分以内に空と陸から駆け付ける。それは知ってはいても、翔にとって人が常時ついてくることのない生活に自分が思っていたより大きな解放感を得ている。


 引っ越し直後で、まだ聊か学内は慌ただしいが、学内の見慣れた人々に囲まれて翔は満足して生活をしている。そこに、ホウライ開発本部の副本部長の山科から連絡があって、開発中の石油基地の現住の肉食獣の対応を相談されたのだ。


 この地元との距離の近さも良いと思う翔である。以前であれば、警備の問題でなかなか近所のスーパーに行くのも難しかったが、まだ育っているとは言えないホウライの商店街には、気楽に行けている。とは言え、翔の上空には常にドローンが飛んでいるが。


 緊張してやって来た山科と、広大大陸化の現場から飛んできた堤を、翔は研究室内の会議机に気軽に迎えた。翔と一緒にいつもの西川と、生物学科で動物学が専門の山名准教授が一緒だ。互いの紹介の後、堤があらかじめ映像や報告書を送ってきている青海基地の概況、問題の状況を説明した。


「つまり、基地を取り巻く大森林に住んでいる緑狼が出没してきて、作業している重機に襲い掛かるほど凶暴なわけです。まあ、最終的にはフェンスを巡らすので基地は安全になると思います。

 しかし、青海には石油精製基地と町も作る予定なので、周辺にそのような凶暴な野生動物がいるのはちょっと、ということですが。狩って全滅させるのも、政府の方針から外れるということで、どうにか近づけない方法がないかと思いまして……」


 それに対して山名准教授が頷いて応じる。

「なるほど、確かに緊急時はやむを得ないとしても、長期的に対策を取りうる状況で、土着の動物を滅ぼすのは明らかに新ヤマト開発ガイドラインに反しますね」


「ええ、当初はこっちの都合で生物を、意図的に大量に殺すのはいやだという考えだったのですが、山科さんからそのガイドラインの件を指摘されまして……」


 それに、翔がにこりとして口を挟む。

「いいことですよね。ガイドラインの存在に気がつかなくても自主的にそう思って行動したわけですから。僕は当然専門ではありませんが、是非協力したいと思います」

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