第54話 新ヤマト広大大陸での石油開発

 惑星新ヤマトの面積の25%は陸地である。新ヤマト自体は地球より少し小さいので、その陸地は地球の陸面積の70%足らずしかないが、それでも広大である。大陸は3つあり、ホウライは亜大陸という位置づけであるが、他に亜大陸と呼ばれているホウライと同等の大きな島が3つある。


 最大の大陸はユーラシア大陸程度の大きさがあって、広大大陸と名付けられた。最初のうちは新ヤマトの大陸や島などの名付けが安易すぎると非難されたが、呼びなれると違和感が無くなって文句をいう者もいなくなった。地球の『太平洋』や『大西洋』だって、十分安易で変な名前だ。


 ところで、ホウライ州は十分広いが、近代文明が必要とする資源としては産出しないものがいくつもある。特に、ホウライには石油・天然ガスは出ない。燃料としての石油は常温核融合の利用によってすでに必要なくなっているが、化学材料としては必須の資源である。


 石炭はホウライからも比較的豊富に取れるが、化学材料としては有害な不純物が多く、個体であるため分解に多大なエネルギーが必要など加工に手間がかかる。その点で石油は液体であるために、加工がしやすくその手法も確立されている。


 ただ問題は、石油化学というのは、ガソリン、軽油、重油等の燃料を分離した残存物で様々な潤滑油、プラスチックスなどの材料等の化学製品を作り出すものである。そこにガソリン・軽油・灯油・重油などの燃料が不要ということになると、既存の石油化学工場は大幅にリプレースする必要がある。


 NFRGの稼働以来、主として日本が主導して、石油全てを燃料でなく化学材料にする研究を始めて、割に短時間で手法そのものは開発された。それは、エネルギー的には効率が悪いものであったが、常温核融合のある現在は、そこを気にする必要はなかった。


 ただ、その実用化された施設は、燃料生産の副産物として作られる化学材料と比べ、より複雑なシステムを導入する必要があるため、コスト的にはむしろ高くつくことになった。とは言え、すでに社会的に定着した化学材料は必須であり、それを諦めることはできない。


 一方で、現在の高コストは基本的には既存の工場を改造したためもあり、今後全てを化学材料にすることを前提としたプラントを構築すればコストは相当に低減することも判っている。また、この場合の原油の必要量は以前の10~20%にとどまることになる。


 さらにこの場合、以前は嫌われていた、燃料が取りにくい重質油がむしろ有利なことが判っている。そのために、地球においては最悪の重質油と言われて精製にコストが多大にかかっていた、ベネズエラ産が最高品質と称えられるようになった。


 まあ、そういうことで、地球においても石油は枯渇の傾向にあるなか、化学材料を作るためには新ヤマトで石油資源を求めたいところだ。そして、油層はホウライ亜大陸から5千㎞ほど離れた、広大大陸の沿岸で見つかった。


 それも、惑星全土に散って調査を行っている学術調査隊が、衛星の写真をAIに解析させる中で海に流れている油膜を発見して、それを飛翔機で追って油の噴出を見出したものだ。その後、現地で地震探査を行って数億KLの埋蔵は確実ということになった。


 日本政府は新ヤマト全体の領土化宣言を行っているが、実際は居留地としてはホウライ州のみの開発を進めている。ただ、無論必要な資源は極力新ヤマトから取れることが望ましいとは公言しており、惑星全土で資源探査は進めている。その中での一つが青海湾と名付けられた湾岸での石油層の発見である。


 その油層の存在がはっきりした段階で、新ヤマト開発機構は青海油田と命名した油田の開発の決断をした。仮に最も確率が高いと言われる3億KLの油層があるなら、新ヤマトの需要であれば100年以上は賄える。


 ちなみに、日本政府は新ヤマトの領有化宣言のみでは弱いと自覚しており、可及的速やかに全土に町を作る必要があると考えている。しかし、その為の核になる拠点が必要であり、それが気候的に日本人に最適と判断されたホウライであったわけだ。


 そして、惑星全体に街を巡らすには、資源開発と観光立地を中心にすべきと考えている。その意味で青海湾は5番目に決められた資源開発の拠点である。他にはコバルト、希土類、クロム、マンガン鉱の大鉱床が資源開発地として選ばれている。


 堤京平は、青海油田の海岸の砂浜に降り立った。堤は青海油田の開発責任者であり、過去には海外のメジャーで油田開発の経験を積んできたエンジニアである。しかし、地球においては石油の燃料としての価値がなくなり、一挙に石油開発の意欲が薄れている。


 そのため、堤は石油開発の職を失って、景気の良い日本国内のエンジニアリン会社で働いていたのだが、自分の専門分野での新ヤマト開発機構の募集に応じてここにいるのだ。


 彼の横には、副責任者の雑賀洋平が立っている。彼は元々ゼネコンの社員であり、建設工事の管理が専門である。堤が48歳、雑賀が42歳でいずれも最も脂が乗った年代である。


 彼等2人は新ヤマト開発のロゴの入った作業服を着ているが、さらにもう一人、自衛軍の服に似た新ヤマト防衛軍の野戦服を着た人物が立っている。青海油田の警備班長の水上俊二2尉である。


 彼は自衛軍からの横滑りで、同じく自衛軍に勤務していた妻の涼子と男女2人の子供を連れての新ヤマト自衛軍へ転任したものである。どちらかというと、SFファンの妻が主導してでの移動であったが、実際に着任してみて単調であった勤務が随分変化に富んだものになって彼は満足している。


 新ヤマトには知的生物は居ないということになっているが、大型野生動物はおり、危険な肉食のものも多いことが判っている。ホウライは比較的そのような動物が少ないことも、最初の入植地に選ばれた理由の一つである。


 しかし、そうした動物がいないこともないので、防衛軍はホウライの開発に当たっても、当初から飛翔機を駆使して綿密な偵察を行い、危険な動物を駆逐している。

 一方で広大大陸はホウライとは比べものにならないほどの密度で、大型の肉食獣がいる一方で、そうした動物は原生林に生息しているために発見と駆除が難しいと考えられている。


 実際に。水上は供給された機材である武装飛翔艇3機、小型輸送機1機に部下15人を率いて、堤らに先行して現地に乗り込んで計画地周辺の偵察を行っている。その結果、やはり密生した樹木に邪魔されて地上の観測は難しいことが判った。


 ただ、最も警戒すべきティラノと名付けられた体高5mにもなる恐竜はいないことはほぼ確実である。ただ、体長2mを超える緑狼と名付けられた緑色の狼が数匹見られていて、これは極めて素早く凶暴性も高いということで、警戒すべきと考えられている。


「堤さん、雑賀さん。前にも言いましたが、この地域ではティラノなどの大型恐竜は見られませんでしたが、緑狼が何度か発見されています。緑狼の生態は実は良く解っていませんが、極めて素早く凶暴なことは確かなようです。

 本当はホウライでのように、あらかじめ駆逐したかったのですが、何しろこの密林ですからな。結局、防衛に徹するしかないということになりました。


 ですから、この密林の伐開と用地造成の段階では、自動化重機による無人施工を行ってもらいます。堤さん、雑賀さんに加えて当初の管理要員は、この貨物機に留まって、重機のコントロールと遠隔操作での測量などの調査を行ってください」


 そう言って、水上が指す先には、堤らが乗ってきた全長25mのずんぐりした小型貨物機であるホウライⅡ-B-115の船体が浜辺の砂浜に着座している。すぐわきには、この油田の発見のきっかけになった油膜が流れ出している小川が流れている。


 ところで、現在工場が建設中であるが、まだ新ヤマトでは宙航船などは建造することはできない。だから、このような貨物機は全て地球で建造されて、一部分解した状態で大型宙航船に積みこまれ運ばれ、ホウライで組み立てられたものだ。


 また、青海油田が開発されると、その油は当面地球の日本に送られることになっている。現在日本の石油輸入量は3千万kL足らずで、嘗ての20%以下であるが、産油国のカルテルのためにkL当たりの値段は大幅に高くなっている。


 そこで、青海からの原油を運ぼうということになり、現在宇宙を渡れるタンカーが大わらわで建造中である。これは1隻あたり10万kLの輸送量であるが、僅か4日で日本との往復をすることができる。

 だから、年間70往復が可能であるので1隻で700万kLの輸送ができる。だから、5隻あれば日本の需要を満たすには十分である。


 この輸出が続くと、青海油田の埋蔵量が3億kLとして10年しか持たないが、新ヤマトには他に油層があるのは確実と見られている。これは、新ヤマトの形成されてからの年数は地球と同等で、石油の元になる生物の豊かさも地球と同等と見られているので、その埋蔵量は地球に劣らないと考えられているのだ。


 これは惑星新ヤマトに限った話ではないので、早晩、地球における産油国の石油の価格支配力は失われると見られている。また新ヤマトでの石油精製工場は、この青海を一つの街にするためもあってこの地に作ることになっており、その完成は2年ほど先になる予定である。


 また、その時点では、青海からの輸出は新たに発見・開発された油田からに切り替えられることになっている。つまり、青海は新ヤマト、主としてホウライ州のための油田と石油精製の街になる予定である。だから、その場合には、製造された化学材料・製品がそれぞれに適した貨物機によって運ばれることになる。


 貨物機の窓から眺められる堤から数百m離れた先で、自動伐開機がチェンソーが装着された腕を伸ばし、砂浜の端から生えている径30㎝ほどのヤシのような樹木を切り倒し始める。


 その木は高さ20mを超えていて、自分の方に倒れると自機を損傷することになる。だが、伐開機には力場エンジンを備えているので、力場で樹木を押しやることができ、切られた木は全て向こう側に倒れる。


 たちまち100本ほどの樹木を切り倒した伐開機は、力場で倒れた樹木を押しやりながら、葉の付いた先端や枝を払って、4mほどの長さに切っていく。さらに、切った樹木の幹と枝類を力場で集め始める。


 堤が見ている間にも、そこには、切り株のある広場と、丸太の山と葉のついた枝類の山ができる。伐開機がある程度の伐開を行った後は、ユンボのような重機が貨物機から現れ、掘りながら切り株を引っこ抜いていく。


 こうした無人の自律機材の利点は、バッテリーの交換時以外はほぼ連続運転が可能なことで、目標の1㎞四方の平地が出来上がったのはわずか4日の後である。その造成された用地の脇には巨大な材木の山と、枝類や根っこの山の2つが出来ている。


 これらは、材木は活用され。枝や根は後に全て裁断されてチップにされ、製紙の原料にされることになっている。この間に緑狼は3度ほど数頭から10頭ほどが現れ、自動重機に襲い掛かった。


 だが、転倒などの衝撃にも耐えられる重機には、体長3mで体重200㎏を超える素早い緑狼と言えども、全く歯が立たず相手にもされない。それを見守っていた堤が、重機に反撃の命令を下した。


 それを受けて、重機は緑狼に向けてチェンソーやバケットを振り回した。しかし、その動きは強力ではあるが人間が振り回すより遅く、緑狼に軽々と避けられる結果になった。


 結局双方手詰まりになったところで、護衛班の飛翔機がレールガンの自動照準によって簡単に片づけてしまった。その後、仕事が一段落した時に雑賀が堤に、考えていたことを話しかける。


「堤さん。緑狼は将来操業の邪魔になりますね。自動重機だから平気ですが、人間のオペレーターがいたら確実に被害が出ますよ。それに油田の操業が始まったらどうしても人が構内で働きます。無論フェンスはちゃんとして防御はするとしても、侵入する狼はいるでしょう。

 それに、油田の構内は特別に防御が出来るとしても、問題は街が出来た時です。私もあの緑狼を見ていましたけど、あの獣がうろつく可能性のある街に、家族を住ませることはとてもできません。堤さんだってそうでしょう?」


「ああ、まあそうだな。僕の場合はまた別の油田が見つかったらそっちに動くだろうけど、この広大大陸内なら何らかの危険な動物などがいるだろうな。うん、ここの場合、緑狼の存在は確かに深刻な問題だね。

 この辺りでは、青海油田と製油所を中心に周辺で農業・漁業を営んで数万の街を考えているが、あの緑狼がうろついている限りちょっと無理だね」


「まあ、過去の人類はもっと脆弱だったから、強力な野獣に対しては無力だったですよね。それが、互に殺し合う歴史の中で強力な武器をもって、最強になっちゃった。ただそれはそうした武器を持っていて使える場合に限る訳です。

 あの緑狼は地球で言えばライオンやヒョウより強いでしょうね。今は人工頭脳を使ってロボット兵士を作ることも出来るから、あれを滅ぼすことも可能だけど、後から来た我々がそれをするのは抵抗がありますね」


「うーん。確かに。いや、それは緑狼に限らないよね。僕らにとって危険であって、知的生物じゃないと言っても生きる権利はなる訳で、しかも彼らは言ってみれば地権者だ。何か方法はないかな。

 どうだろう。2日前に『カケル』君がホウライに来たよね。彼に相談してみたらなにか解決策が出ないかな。今まで彼について聞いた話から考えると、多分相談には応じてくれるような気がする。ちょっと、ホウライの中京市の本部に相談してみるわ」


 堤はそう言って、中京市にすでにオープンしている、新ヤマト開発機構の本部に連絡をとった。開発機構、ホウライ開発本部の副本部長の山科は、堤の、危険な野生動物に対する対処として絶滅を図る以外の道を考えるべきという意見に同意した。


 そして、山科からK大学の技術開発研究所のホウライ支部に属する翔にコンタクトした結果、相談に応じるとの回答を得た。このような場合には、まず秘書役の西川に繋がり彼が妥当と考えた場合についてのみ翔が応じることになる。


 青海の現場を、正副の責任者が抜ける訳にはいかないので、責任者の堤が翔に会いに行くことになった。

 堤は、伝説と言っても良い翔と会えるのが本当に楽しみであった。しかし、雑賀が残念がったことに関しては悪いと思いながらのホウライへの飛行であった。

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