第53話 K大学ホウライ分校の開設

 ホウライにおける開発は順調に進んでいるが、中でも当初から20万都市を建設する中京市は、日本最大のゼネコンである大化建設によって進められている。その中ですでに官庁街、オフィス街、商店街中心街は姿を現している。


 そのうち官庁は部分的に動きを始めており、いくつかのオフィスも大化建設ホウライ支店をはじめとしてすでに営業を始めている。このように人が集まるとなると、それに相応して、商店街の一角は営業を始めていて、夜の歓楽街のネオンも点き始めている。


 中心街を取り囲む形のアパート群は、基本的に空間をたっぷりとった3階建てであるが、完成したものは、建設に従事する人々が住んでいる。彼らは、大部分が建設後もホウライに住むことを選んだ者達であるので、建設中はこれらのアパートは会社から与えられた宿舎であるが、建設後は賃貸または買い取って住むことになる。


 このように建設従事者の働く環境は、建設途上ではあってもそれほど普通の街と変わらないために、すでに彼らの家族の内学齢の者がいないものは中京市に移り住んでいる。現在は地球歴2月であるが、地球歴4月新ヤマト歴10月に小中高及び大学が開校することになっているので、学齢の子供を持つ家族はその後に移ってくる。


 ちなみに、新ヤマトの1日つまり自転による周回は22時間、公転速度は750日であるので、30日の月が15あるということにしている。つまり、ホウライの1日は1割短く、1年は1.13倍長くなる。


 だから、1時間、1分、1秒は一緒だが、地球の時計は切り替えが必要である。すでにデジタル時計は出回っていて、地球時間とホウライ時間に切り替えられるようになっている。ただ、針が回るタイプは当然ながら、それぞれの惑星でしか使えない。


 都市建設と並行して農地の開発、漁港の建設が行われていて、すでに小麦やとうもろこしなどの穀物に野菜類は栽培され始めていて、漁業も始まっている。その結果、これらの農産物や漁獲物は、現在ホウライにいる20万人を超える人々の需要を満たすことができる。


 そして、それらの産物を日本に送る流通設備が現在整備されつつあるので、地球時間の2年後には大々的に日本に『移出』することになっている。ホウライ州は日本の国内扱いなので、両地の物資のやり取りは無論関税もかからず輸出入ではないが、惑星間のやり取りであって特殊なので移出・移入と呼ばれることになっている。


 ホウライで働いている現在の建設従事者総計10万人の7割は外国人であり、それもいわゆる途上国と呼ばれる国々の出身である。これは、『地球を豊かに』という国連のキャンペーンに協力するための措置であり、彼らの家族も審査をパスすれば呼び寄せられる。


 彼らは、元々の生活レベルの差から、やはり日本人とは扱いに差があって、宿舎は日本人は単身の場合には基本的に1Kの部屋に一人だが、彼らは2Kに2人という感じだ。また給料も30歳代のベテランで日本人の新卒程度であるが、宿舎は与えられ食堂での3食付きである。


 これは彼らにとってみれば、バストイレ付きの部屋に一人一部屋など自国の仕事ではありえない待遇であり、食事にしても毎食がバラエティーに富んでいてしかも美味しく、皆満足して生き生きとしている。


 加えて給料も、彼らが国内はおろか海外に行った場合より2倍以上もらえている。働いている全員が『募集に応じてよかった』と思って、仲間内で常々言っている。その上に、彼らは働いている間に、盗みなど不正行為をやらない限り、建設後もホウライへ住む権利があり、2親等以内は呼び寄せることも可能である。


 中京市は真珠湖と名付けられた、差し渡し100㎞を超える大きな湖の湖畔の南東側に建設されている。その市の中心部から20㎞程離れた位置にK大学分校が建設されていて、1次計画の宿舎を含めたキャンパスが大体できている。


 このキャンパスは湖を見下ろす台地に建設されていて、用地としては5㎞四方を確保している。K大学分校として建設されているこの大学は、近い将来日本の国立大学になって、新ヤマト大学に改称される予定である。


 ホウライでの初等教育機関である小・中学校は、あまりに小規模校は避けるために生徒数最低50人を原則としている。広大なホウライのとりわけ農園地区を考慮して、生徒の通学距離を30㎞以内として配置される。


 またこの範囲を超える場合には、必要に応じて通学飛翔機を使うことになっている。高校はさらに範囲が広がり100㎞圏内になるが、通信教育と断続的な宿舎住まいの組み合わせも考慮される。その点で当面中京市のみに設置される大学は、家から通えるものは少ない。


 しかし、2年後には西京市、新東京市に別に大学が設立される予定になっているが、その時点の予定されるホウライの人口200万人に対して、単一の大学というのは問題があるという議論は当然出た。


 なぜなら義務教育でない大学は入試によって選抜されるために、希望しても入学できないものが多く出ることを懸念してでの話だ。しかし、現在では日本においても、教育の在り方が変わりつつある。


 それは、知力増強ともいえる、『身体・頭脳活性化処方』によって、人々の身体能力及び知力が嵩上げされて、従来の教育方法では不効率であることがはっきりしたことによる。


 このうち、身体能力の増強は、機械化が進んでいる現在においては、20%~30%の能力増強はさほど意味を持たない。無論、アスリートの世界では、陸上や水泳などの各種記録はどんどん塗り替えられており、団体競技においても選手がかつては考えられないパフォーマンスを発揮している。


 しかし、身体強化は、すでに人工頭脳の導入によって大幅に機械化・自動化が進んでいる産業界においては、それほど効率アップには繋がっていないとされる。ただ、どうしても人手による必要がある作業は残っており、そうした作業を手早く片付けるのには有用である。


 しかし、知力の20%~30%の増強は非常に効果と影響が大きかった。その知力は、記憶力、判断力、持続力、速さなどの項目に分けられるが、ほぼ全項目にわたって延びるのだ。


 加えて、『処方』は少し手法を変えることで、ダウン症などの脳や運動機能に障害のある人々の障害を取り除くことができることが解り、こうした人々を抱える家族の福音になった。


 しかし、この場合には障害によって未発達の脳や運動機能の回復に数年の訓練が必要になるが、その訓練を行うことでいわゆる『普通』の生活ができることが解っている。無論、処方によっても効果のない症状もあるが、このような特殊な障害のある人を除き、大部分の人々がはっきり自覚できるほどに知的能力が高まっている。


 児童に対する処方の時期は、12~13歳を原則としているが、その結果知的能力が伸びると、大多数の児童にとってその後の教育の内容、進度ともに物足りなくなることになる。ただ、従来において中学生の3割は半分以下しか授業を理解していなかった。


 この層も『処方』後は、完全に理解できるようになるわけだが、もともと理解できていた層が授業を退屈に感じるようになる。教育では、全員を一定以上の水準に引き上げることも重要であるが、優秀なものを見出しその能力をより伸ばすことがより重要である。


 結局、世の中を進歩させるのは後者の人々であるのだ。その意味で、処方によって知的能力が嵩上げされたもの達は従来の知的水準から2段階、3段階高まっている。中でも理解力と持続力が高まったことで、『勉強すること』が苦ではなくなっている。


 処方を受けることが標準になって、それが児童に施されると、その成果を計られた。その結果、従来の学校制度及び成年の学習方法では、レベルと進度が低すぎてもはや適切な『教育』ができないということが判った。


 その結果を受けて、社会人対象も含めて教育界を挙げて必死の試行錯誤が始まり、ようやく最近になって標準的な方法が定着した。ここで問題だったのは、あくまで処方が全国民ベースで受けられるようになったのは、未だ2年目であるということだ。


 つまり、標準的に13歳で処方を受けて、それを前提に教育を受けるものは、処方を前提に改良された教育制度に乗ればよい。だがその時高校生、あるいは大学生、または社会人はどうするのかということだ。


 学校、高等学校の教育については当面、学習の内容はそれほど変えず、進度を上げて高校では習ったことを社会で実際に使っている事に適用する手法が取られることになっている。さらに、この段階で高校教育も、すでに進学率が98%に達している実情を鑑みて義務化された。


 問題は大学教育である。人々の知力が増強されている実情から、社会生活を送る上で必要な知識や人への対処、計算能力などの基本的なスキルは高校までで、十分身に付くと考えられた。その上に4年を費やす大学教育が必要であるかどうか、主として政治、実業界から疑問の声が出た。


 実際のところ、大学の授業を十分に理解して卒業するものはむしろまれであり、純粋に学問の場としての存在価値は低いであろう。ただ、『大人』になりかけの者たちの交友を通じて、もの見方や考え方、人への対応を磨く場としては有用である。


 さらに、○○大学卒業というラベルを得るということも、非常に大きな大学進学の動機になっていることは間違いない。また、ちゃんと勉強して社会に出た時にはその知識を使って社会に貢献している者が多いことも確かであって、社会はそれを許容してきた。


 一方で、見直された中学・高校の教育過程は、高校卒業時には大学教育で学ぶ内容も相当部分含んでマスターする内容になっている。結果として大学の一般教育課程は高校でほぼ終わることになる。その意味で、大学教育をどうするかは大きな問題になったわけだ。


 結局、現状ところは、大学生はおおむね2年は従来通りの座学を中心とした教育を行い、その後は企業とタイアップして半分は企業で働き、半分は大学でその企業での業務を中心により実践的に学ぶという形とすることになった。


 しかし、これは13歳で処方を受けたもの対象の話であり、その積み重ねをしていない者たちはそれぞれに過程が異なる。しかし、企業・官庁での労働が教育課程に入ってくる点は同じであり、卒業後採用する企業にとっては即戦力になる点で都合が良い。


また、研究者を希望する者たちは、早くから研究室に入って研究生活を始めているが、普段の授業態度や定期試験の評価、選抜試験など厳しい関門を抜ける必要がある。さらに、処方を受けた社会人において大きな問題が生じている。


 彼らの内で、事務仕事など内業の人々は歴然と業務の効率が早くかつ正確という意味で上がっており、それに伴ってOA機器への要求が高まって改善が進んで、さらに効率が上がった。


 また工場など生産現場においては、改良のアイディアが続出して、特許出願件数が一気に増大した。建築・土木などの工事現場においては、大きな現場では3次元測量に基づいて、自動重機、各種職人ロボットなどの導入が進んでいたが、処方の広まりと共にそれが加速した。

 

 つまり、質の上がった監督員や作業員が、使用方法を理解して容易に、かつ上手くこれらを駆使できるようになったわけだ。とは言え、当然部分的には肉体労働が残るが、そこのところは嵩上げされた身体能力で楽々こなしている。

 

 このように、処方が進んで個々の労働者の能力が上がり、手戻りがなく早く仕事が終わるようになっても、当面仕事量が増えるわけではない。だから、個々の労働者の労働時間短縮に向かったことは当然である。


 それに伴い人々はゆとりが出て、自分の将来のことを考えるようになる。人は多かれ少なかれ自分に今の立場、収入などに不満がある。

 だが、普通は自分のキャリアとスキルを考え、さらに転職などのための必要な労力に怖気づいて、仕方がないと諦めてその立場に留まるものが大部分である。


 ところが、処方によって高まった判断力で、実際に伸びた自分の能力に比べて、自分の今の仕事や立場が釣り合っていないということを自覚するようになる。

 この中で、客観的に自分を振り返り学習によって能力を高めることを選ぶ人々も増えている。


 このように、人々がキャリアアップを真剣に考えるようになり、実際にその一歩を踏み出し始める。そのようなことで、転職希望者が劇的に増え、全体として好景気な実業界は優秀な人材を求めているので、転職に成功するものも多い。

 

 こうした中で、社会人教育の業界、特にインターネットを通じた教育が大きく伸びている。また、難関といわれる資格試験の受験者が激増して、合格者も大幅に増えている。


 このような資格は、基本的に年ごとの合格者数は一定にする傾向があるが、国は例年と同じ程度の出来であれば合格させるように指導した結果が大幅な合格者増である。それを所持する個人にとって資格試験は、希少性があった方が良いが、国にとっては一定以上の水準であることを表す人材の数は多い方が良いのだ。


 さて、日本政府は大学生や社会人向けに、5部門ほどに分けて能力検定試験を始めた。これは千点満点の点数ではっきり個人のその時点の能力を示すものであり、大学生の受験は義務である。


 この検定試験の結果、大学のラベルは関係なくなると言われたが、明らかに大学によって点数に偏りがあるので、逆に大学ごとの格差を表すことになった。とは言え、人工頭脳も使って非常に工夫されたこの試験の点数は、その人の能力をよく表していると言われ、企業や官庁の採用に当たってはもっとも頼りにされる指標になった。


 だから、下位と言われる大学に入学しても、だからこそ教官は必死に教えるので、それなりの能力があれば、却って有利と言われる。ちなみに、K大学ホウライ分校は、当面ホウライ全土に1校であるために、希望者の大部分が受かる。


 だから、最難関と言われるK市の本校に比べてその門は非常に緩いが、この能力検定試験があるために特段の問題はないと考えられている。むしろ、主として『普通』の生徒を集めたこの大学の卒業生がどうなるか楽しみだと一部では言われている。


 そして、この分校に翔が来て常駐するということは、早くに発表されており、さらにこの大学は急速に大規模化して、K大学と一体として運用されるとも公表された。

 この発表の結果、日本国内または海外の居住者の受験希望が殺到することが予想された。


 このために、ホウライに居住することが確実な者本人または家族に受験資格を限ることになった。このことが、ホウライに人が集まる理由になったことは予想しなかった余波であった。


 翔は、新学期が始まる前にということで、ホウライに移ることになった。出発は地球時間の2030年の3月2日であった。翔のホウライへの移動に伴って、K大学では自分も一緒に行きたいというものが多数いる。


 大学もそのつもりで準備しているので、翔の出発の時点で、3千の単身者のための宿舎及び5百の家族持ちのための住宅が準備されている。また、当然彼らのための研究室、実験・工作棟、教室などの校舎も完成している。


 加えて、K大学は豊富な資金力によって、2千人乗りの旅客宙航船と1万㎥積載の貨物船書く1隻を建造し所有している。翔のホウライへの移動はこれら2隻が使われる。


 翔の父母も、翔から2か月ほど遅れて中京市に移ることになった。翔の父の勤める会社である江南製作所は翔の発明品を製品化して成長してきた訳で、翔と離れるという選択肢はないのだ。父は完全子会社の㈱新ヤマト製作所の社長として赴任することになる。

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