第19話 F4を蘇らせた戦闘機の登場

 開発の最初は座学である。これは宇宙あるいは現世を統一的に規定する翔の『汎宇宙均衡論』の中の、力及び空間とエネルギーに係わる理論によって、そのあり方が規定される。その状態が理論化出来れば、自ずからそれを操る手法も導かれるのだ。


 この場合の命題は、エネルギーを物質を介さずに力に変換しようというものである。そのために、空間に働きかけてそれを疑似的な腕として、力を発生させる。その疑似的な腕でどうやって推進するかであるが、それが連続的に前方に腕を伸ばして引き寄せるということである。


 このことで、機体が前方に進むことができる。物質の噴射による加速には重力が発生するが、この場合にはそれがない。

 問題なのは、疑似的な腕をどのようにして発生させるかであるが、磁力と電磁波によって空間にゆがみをつくることで、そこにエネルギーによる働きかけを行う。磁力は重力と似た力であり、物質を介さない力である。その方法は、翔の理論に明確に示されている。


 そのような、レクチャーを受ける防衛省側と四菱重工側であるが、彼らには翔がすらすらと説明する内容が殆ど理解できない。その顔つきをみて、斎藤が補足説明をすることで、漸く輪郭が理解できている。


 しかし、工学者であるために、未だちゃんと理解はできていない西川が「これが完全に理解できなくても、実際の装置化には支障はない」というのを聞いて、判らないことにストレスが募ってきている受講者は安心させられている。


 その3日ほどのレクチャーの後に、翔の作った力場発生装置のイメージ図を見せられ、詳しい説明を受け、斎藤、西川の補足説明を聞きながら理解していく。この段階では、それほど理解に苦しむことなく、『なるほど、こうした装置』で力場を発生するのか、という納得していくのだ。


 ちなみに、翔はこのような作図に3次元CADを使っており、もはや自由自在という域に達している。そして、それを実際の装置にする技術者は、それを引き継げばよいので、開発は非常にスムーズに進む。一つにはこれが、様々開発が早く進んだ理由でもある。


 また、力場エンジンの制御には電磁波と磁力場によって、空間を操作して力場を形成し、その力場を3次元的に操るという操作が必要であり、到底人の頭脳と手では操れない。これは、翔も当初から予想していて、K大学の電子工学科と共同でAタイプの自動車を作る時に作った人工頭脳CB1を改良した、SVB1(Space Vehicle Brain)を作りだしている。


 かくして、プロジェクト室が出来て、3ヵ月後には宙航機の力場エンジンが組み立てられた。それは、幅1.2mで長さ2.4mの鋼製の架台にのった代物で、セルを12個挿入したA型バッテリーのユニット2基と、幅1m長さ1.5m高さ1mほどの、ごちゃごちゃしたユニットから成っている。


 後者のユニットには60㎝角ほどの表示パネルがついたボックスが付属している。これがSVB1であり、実際にはエンジンとは切り離した機体に納められるものである。


 それは、プロジェクトのために作られた作業所の中央付近に鎮座しているが、それを20人ほどがじっくり見ている。そのメンバーは、プロジェクトの全メンバーに加え、笠山・名波の両教授を含めたK大の研究者、更に防衛省から技術研究所長に制服組を入れて5人、家主の四菱重工から5人ほどである。だから、後ろで見ている下っ端は伸びあがっており、そのユニットの周りには5m四方ほどしか空いていない。


「では、浮上試験を行います。まず1Gの加速で5mの浮上をさせます」

 プロジェクトの名目上のリーダーである、柳瀬みどりが言い、手に持った操縦ユニットに音声で命じる。


 どちらかというと、不格好なそれはブーンという運転音を立てていたが、ぐいーんという音に代わるなかで舞い上がり、最初はゆっくりであったがだんだん早くなり、また徐々にスピードを落として、空中にぴたりと止まった。


「はい、高さ5mです。最初は2Gに推力ですから差し引き1Gで上に加速して、中間部で加速を切り、重力で減速して現在の位置で重力を打ち消す加速度を付けています。力場によって動いていますから、非常に安定しているのがお解りと思います。

 それから、私の操縦は音声で『5mまで1Gの加速度で上昇』と指示するだけのもので、具体的な動きは人工頭脳のSVB1が操作しています。では、この高度でこの作業所を周回させます。これは『壁から1.5m離れた位置まで水平に移動し、室内を周回しなさい』と命じます


 柳瀬が説明を続けるが、そのユニットは、彼女の操縦で10m×20mの鉄骨剥き出しの内部を壁際まで、スーと動き、壁から1mほど離れた位置を四角に周回を始める。


「この動きは、基本的に鉛直方向には重力を相殺するために1Gの加速として、水平の壁までの動きは1Gで加速、減速して壁際で一旦停止しました。

 その後は1Gで加速して秒速10mで等速になるよう空気抵抗に打ち勝つのみの加速としています。直角に曲がるのは水平方向に力場を操作して行っています」


 勿論、試験飛行は人々を招く前に、スタッフのみによって行っている。それによって、操縦機で大体の操作を指示することで、問題なく起動することを確認している。 

 このように込み合った同じ室内で、1.5トンもある力場エンジンユニットが異常飛行したら大惨事になる。


 とは言え、外で飛行試験をすることはできない。アメリカが四菱重工K市事業所を人工衛星で常時監視しているのは、すでに知られているのだ。


「うーん、凄いですね笠松先生、あの安定性は、噴射式、プロペラ式のいずれでも出ません。それに、静かだし。あれで、機体の荷重を最大50トンと見込んでいるらしいですね」

 名波教授が横の笠松教授に小声で言う。そこには翔も並んで立っている。


「うーん。確かにそうだね。思ったより完成度が高いな。これは人工頭脳を開発してくれた電子工学科の重谷教授のお陰でもあるなあ」


「うん、重谷教授も、CB1で新たな論理を用いた言語と、重積コンピュータ回路を開発して一躍時の人になっていますからね。ご機嫌でSVB1の開発に協力してくれたらしいですよ。開発に重積コンピュータ回路を使わないと、あの大きさにはならないでしょう」


「ええ聞いてます、最近ではコンピュータ関連の会社の重谷詣でも一段落したらしいですね。それにしても数ヶ月で、良くその人工頭脳ができたもんだなあ」


 そこに翔が口を挟む。

「あの重積コンピュータ回路は、ブロックを立体的に繋ぐことで、機能がどんどん上がっていく仕組みなんです。まあ、ある程度の最適化は必要ですが、ユニットがあれば新たに設計する必要はないのです。あとはソフトウェアですから、カケル式言語を組んだ僕ならならちょいちょいです」


「うーん、なるほど。それにしても、さっきは機体を最大50トンと言っていたが少々過剰なんじゃないかな。それほど大きい機体は考えていないだろう?」


「ええ、まあ最終的に設計した結果では、機体は18トンに収まりましたから、兵器を10トン積んでも機体は30トン以下です。機体は高強度鋼板を使った鋼板製を考えていますので、すこし重めですが、ミサイルの直撃を食らわない限り大丈夫です」


「しかし、その期待を3Gで加速できるとはなあ。セルを12枚挿入のA型バッテリーユニット2基で2400㎾hの電力か。2時間もバッテリーは持つのかな?」


「ええ、3Gの加速で最大出力ですから、30トンの機体だと、2時間で18セル消費することになります。それほど余裕はありませんが、セルを予備で持っておけば問題ないと思います」

 そのように話をしていたところに、柳瀬がユニットを床に下ろした。その傍に寄った一人の制服を来た自衛官が柳瀬に話しかける。


「柳瀬さん、私は航空自衛隊の西村2佐です。相談ですが、このエンジンを本物の機に積めないでしょうか?この大きさなら、退役してうちの基地においてある、F4Fに積めます。私は是非早くこれで飛んでみたいのです。

 聞くと、今設計している機体を製造に回すところだと言いますから、飛ぶまでまだ半年はかかるでしょう。既存の機に組み込むなら、2週間もあれば出来るでしょうし、この場合は衛星からの監視でも、違うエンジンとは解らんでしょう。

 どうです、この開発チームも早く飛ばしてみたいのじゃありませんか?」


 それを聞いて、翔が西村のそばに駆け寄って言う。

「うん。それはいいですね。どうやって、試験飛行をするか悩んでいたのですよ。既存の機体なら、衛星からではわからんでしょう。まあ、実際に飛行場周辺から見ればバレバレですがね。いずれにせよ、早く試験飛行したいのは山々です。

 ねえ柳瀬さん、このユニットを……、えーと西村さんの基地はどこですか?米軍の人はいなのでしょうね?」


 翔は柳瀬に言いかけて、西村に改めで聞くと西村は考えこんだように言う。

「ええ、今私は移動していますが、その機があるのは百里基地です。米軍のスタッフはいませんが、噴射しない、音がしないということだと、結構見物人がいますからばれるでしょうねえ。 

 うーん、そうだ、硫黄島はどうですか。あそこだったら、ばれませんし、夜移動すれば誰も気が付かないですよ」




「うん、いいんじゃないかな。僕が行くのは難しいだろうけど。僕は宙航艦のほうに乗るつもりだから。ハハハ、面白いな。宙航艦は退役した潜水艦の船体を使う心算なんですよ。宙航機は退役した中古の戦闘機にエンジンを載せるしね。柳瀬さん、いいんじゃないでしょうか?」


「ええ、そうですね。このユニットについては、最初からトラブルなく動いていますから。問題は起きないと思います。じゃあ、1週間後に送るつもりでいますが、当然操作方法や、操縦系をどうするか、据え付け方法もありますから、どうしますかね?」


「うん、百里から整備のおやっさんを呼ぶわ。山崎のおやっさんなら、どうにでもしてくれるだろう。だけど、あの親父、ジェットエンジンでなくこんなエンジンだと怒るかな。まあ話してみるわ。山崎整備曹長がO.Kすれば、この程度のものならトラックで運べるな」

 西村がそう言うが、周りで聞いている者は軍隊らしく荒っぽい話に呆れている。それに気が付いた西村が、皆に向かって言う。


「いや、勝手なことを申し上げてすみません。しかし、このような機動ができる機体があると、非常に助かるのです。実は西方の某島がきな臭いのです。その近くの某大国がどうもその島に上陸して領土化を宣言することを狙っているらしくてですね。

 この宙航機のように、ヘリと同様に垂直離着陸が出来て、ヘリと違って3Gでの長期の加速ができる。しかも、マッハ3位では楽々飛ばせる訳ですね。それに、近くの海自の艦のヘリポート付き場合は離発着艦できるし、機体の気密をちゃんとすれば、超高空の飛行もできると、是非早く戦力化したいのです」


 この西村2佐まだ32歳であり、F35でのパイロット資格を持っているエリートであり、将来の自衛隊を担う人材と見られている。一方でその強引かつ説得力のある弁で、過去何度も問題を起こしてきたが、最終的には旨くいくので処分を受けることなくコースに乗ったままである。


 この日K市に現れたのは、フォローしていたこのプロジェクトが、成果をすでに出したと聞いての上である。そして、思っていた以上のその完成度に、どうやって早く戦力化するかを考えているのだ。


 彼の饒舌に、面白がっている翔に、西村は尚も話しかける。誰が話に乗ってきてそして実現する力があるかを見極めた上でのことである。

「カケル君、このエンジンユニットはどのくらいで、量産できるかな。そしてそのコストと規模は?」


「うん、このユニットには、いままでの人件費を入れずに2億掛かっているよ。今回作った程度の手工業レベルなら、1ヶ月に5台が限度だけだな。だけど、どこかの工場と契約して、1ヶ月かけて量産体制を整えれば、すぐにでも1ヶ月に50台はいくな。

 工場への投資が3億、1台のコストは1億だけど、防衛省への売値は2億だ」


 翔がすらすらと答えると、一瞬西村の顔が緩んだがすぐに引き締めて言う。

「1億のコストで売り値が2億ってアコギじゃないか?」


「F15のエンジンで5億を超えているだろう?あんなのと比べてどっちが優秀よ?それに防衛省だと、何重もの検査とかつまらん金がかかるらしいじゃないか」

「うーん。まあ金のことは後にして、何とか量産してもらいたいな。ええと、村井さんですよね。ここの事業所長の?」


 西村は先ほど名刺交換した村井に矛先を変えた。

「ええ、そうですよ」

 恰幅のよい村井は、半ば覚悟を決めた顔で応じる。彼はこの日の来場のメンバーのことは把握しており、西村のことも知っていた。




「是非、翔君の言われた量産体制を構築してください。幕僚長と大臣は説き伏せます。これを戦闘機に載せて戦力化したいのです。2ヵ月後になんとか50台のこのユニットが欲しいので何とかして下さい」


 村井は、社員でありプロジェクトのメンバーでもある仁科の顔を見て、彼が頷くのを確認して、西村に向かって返事をした。

「解かりました。全力を尽くしますよ」


「おお、有難うございます」西村は手を差し出して応じた村井の手を握りしめる。

 その夕刻、西村の言うおやっさんである山崎整備曹長が、百里基地から3人の部下を連れて百里基地からやってきた。基地からヘリでK市の駐屯所に下りたのだ。

 そして、夜中までかけてエンジンユニットの寸法を測り、コントローラで操縦法を教わった。


 西村も当然付き合ったが、防衛研究所のプロジェクトメンバーも付き合わされた。山崎はさらにその翌日は1日かけて、エンジンユニットのことを聞き倒した。

 その後、夕刻にはトラックで百里基地まで運ぶ段取りをつけて、自分達は再度ヘリで百里基地に戻った。そして、翌日には退役したF4F機の必要部分をばらして、エンジンの固定台を取り付けて、力場エンジン・ユニットの到着を待った。


 退役したF4F3302機が、新たなエンジンと操縦システムを備えて蘇ったのは、それがK市で力場エンジンのみの試験をしてわずか5日後のことだった。取り急ぎ、基地司令の室田空将補が立ち会って、巨大な格納庫の中で試験をすることになった。


 無論仕掛け人の西村2佐は来ているが、格納庫内での見物人の一人である。コックピットに座っているのは、嘗て西村の教官であったベテラン木川2佐であり、目の前に据え付けられた操縦ユニットを睨んでいる。この機の操縦は音声で行うのだ。


 西村は、最初は自分が記念すべき初飛行を自分の手で行う予定であったが、操縦席に座ってみて、操縦桿も使わず、ペダルでの噴射の調整も不要で、ただ音声で命じるだけということに気付いて木川に譲ったのだ。


 しかも、力場エンジン駆動の場合には、加速しても操縦者には加速度はかからないのだ。つまり、誰でもほとんど訓練なしに操縦できることになる。格納庫の中を高度10mで周回飛行する機体を見上げながら、操縦すると言うがすることがなく操縦席で固まっている木川元教官の顰め面を思い浮かべて、申し訳なく思う西村であった。


 しかし、彼が人に勝る戦略的な見方からすれば、この機体がどれほどのアドバンテージがあるか痛いほどわかった。

「正しい物、楽なものが必ずしも人に良い物とは言えないんだよな」

 そう呟く西村2佐であった。


 その後、この機は様々な動作試験を行って当面の問題が無いことを確認した。さらには翌日には硫黄島基地に飛んで、成層圏への飛行を含めて様々な試験を行った。


 この結果は『流星』と名付けられる予定の宙航機完成に大いに寄与した。一方で、F4Fの機体を流用した力場エンジン戦闘機は50機が作られ、機銃・ミサイルなどの武装も施されて戦力化された。そして、彼女らは間もなく大きな活躍をするのだ。


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