第18話 宙航艦開発チームと電磁砲(レールガン)の開発

『宙航機開発プロジェクト』と名付けられたプロジェクトを担当する開発チームは、防衛研究所からの5人の研究員、K大からは翔と彼といつも一緒の斎藤と西川、四菱重工からは仁科リーダー以下の5人が加わっている。


 K大については、同じ市内の車で10分の距離にあることから、必要の都度協力することになっている。四菱重工の思惑は仁科が公然と語っている。


「こんな開発に加わらない手はありません。なにしろ、今まで世の中にない力場の実用化ですよ。無論、宙航機という力場エンジンを推進力にした航空機にも大いに魅かれますが、その力場の活用にも大いに興味があります。

 カケル君は、深宇宙まで飛べる宙航機に興味が集中しているようですが、彼は、つつけばいくらでもアイデイアが出てきますからね。僕らも、彼が訪問してディスカッションをしているK大の研究室が羨ましかったのですよ。彼と一緒に仕事ができるのだから、こんな恵まれたチームに入れるチャンスは二度とありません」


 四菱重工は、開発チームに古い2階建てのビルと、作業所を割り当てた。作業所は新に鉄骨とパネルで作ったもので、200㎡の広さがあり、しかも天井の高さが10mもあるので、10万㎾のNFRGは楽々入る。ここでは、大型宙航艦の動力・推進部の組み立てを想定している。


 最初のメンバーからすれば、過大なほどの建物の提供であるが、狙いは間もなく判ってきた。翔は、半分程度の時間はこの開発チームのビルに滞在していたので、そこを狙って四菱重工の研究者やエンジニアが訪れて、自分の行き詰まっている研究の相談するのだ。


 翔は本質的に、このような研究の話を聞いてその解決策を解きあかすのが大好きである。だから、忙しいところでもそのような相談に乗っている。結果として、四菱重工はこの開発プロジェクトの期間に、行き詰まっていた35件の大きな改良や開発ができている。


「あのプロジェクト以外で、翔君のお陰で進んだ開発の効果を金額にすれば、1千億では利かないよ。あの開発で使った人件費や諸々の費用などは微々たるものだ。

 しかも、プロジェクトから派生して出てきた力場の活用で、今後大きな産業が生まれる。それに加えて宙航機の開発の結果はわが社に売り上げに大いに貢献するのだからね」


 ある四菱重工の役員の言葉であるが、この点は同じチームにいて、それを見ていた防衛研究所の柳瀬みどりとその部下の研究員も、真似をすべきと考えて研究仲間に声をかけて翔に接触させるようになった。


 その一つが電磁砲レールガンの研究チームであり、これはアメリカから引き継いだ研究で、引き継いだ能力から殆ど向上することがなくいき詰まっていた。みどりたちのチームも、宙航艦や宙航機に積む兵器を考えた時に、火薬を使った現状の砲では中途半端との思いがあった。


 その点で、大動力を積むことができる艦でもあり、レールガンが相応しいと考えたが、現状のものは非常に嵩張り、射出能力が秒速3㎞でこれもまた中途半端である。そこで、翔に聞いてみたら、答えが簡単に返ってきた。


「ああ、レールガンね。ネットに出ていたことからすると、今のものはダメダメだな。150㎜砲弾を10㎞/秒程度にはしないと費用対効果がでないよ。うん、どうすればいいかは判るよ。電磁波は核融合にも励起にも使っているし、空間に働きかけるにも便利がいいものね。

 だから、僕は電磁波の扱い方はかなり深く知っている。そのチームの人を呼んで……、いや、研究所にはすでに試作機もあるだろうから、僕が行くよ。考えたら宙航艦に要るよね?」


 実のところ、現在の翔の移動はさほど簡単ではない。彼にはすでに首相並みの警備体制が引かれており、公共交通機関を使うことには、はた迷惑な存在である。だから、みどりが研究所の中野所長に話をして、次の日にK市の陸自の駐屯所からヘリが出て、研究所まで移動することになった。


 ちなみに、翔が国家の重要人物と位置づけられて、警備体制が強化されたが、それに伴って水谷一家も引っ越ししている。これは、大学の隣接地にあった繊維工場が、整理統合されることになって、2ヘクタールほどの土地が売りに出されたのだ。


 それを、K大学技術開発研究所が買って、研究所の建屋を建てると共に、一戸建ての家を建て主要な研究者に分譲したのだ。その区画は、フェンスで囲まれて十分なセキュリティ体制が引かれている。


 これらの分譲の家屋を買った彼らには、研究所から自分の発明の特許の分配金が入っているので、十分な収入がある。翔の一家もその一つを買って住んでいるが、名波と笠松も同様である。この区画には、外来者が借りられる30室ほどのアパートもあり、防衛研究所から来た5人はそこに住んでいる。


 翌日、翔はいつもの2人と大学のヘリポートからヘリに乗って、防衛研究所のヘリポートに下りる。その途中で斎藤が翔に話しかけるが、ヘリのローターの騒音に負けないように大きな声になっている。


「カケル君、力場エンジンを民用に使うようになれば、こんなやかましいヘリを使う必要はなくなるね。それに、発着場はもっと狭くていけるだろう」


「うん、力場エンジンは量産化すれば、そんなに高価にはならないと思うよ。だから、民需にも使うようになるはずだ。それに力場をコントロールに使えるから、正確な飛行ができる。だから、離発着場は狭くてO.Kというのはその通りだね。

 まあ、僕は将来自動車は全て、力場エンジンを使って飛ぶこともできるようになると思う。けど、特に日本は町がそのような構造になっていないから、全面的にそうなるのは遠い将来だね。その意味では、広いアメリカなどはそうした航空コミュータかな、それに適しているね」


「あ、あれが、防衛研究所だな」

 西川がスマホの地図アプリを見ながら確認して、地上を指さして言う。


 地上に降りてヘリのローターが止まると、西川が乗るときに指示されたようにドアのロックを解いて、タラップを下ろす。タラップを降りると、一人の白衣の研究者らしき人がやって来る。眼鏡をかけた小太りで色の白い40歳くらいの男で、中背である。


「いらっしゃい。ようこそ、研究所へ。私は電磁砲の開発チームの笠木と申します。では、ついて来て下さい」


 背を向けてせかせかと歩く姿は、どことなく愛想がないので、仕方なく無言のままついていく。やがて、笠木は一つのドアの前で立ち止まり、その横のホルダーにカードをかざしてロックを解き、それを開けて入る。


 そこには5人の男女がテーブルに座って待っているが、唯一の若い女性が期待した目で迎えた他は表情が硬い。翔は、そのような表情には覚えがある。大学でも翔を受け入れようとしなかったチームはあった。その場合は翔があっさり見限って、話し合うことを拒絶している。


 当然、そのような者たちが成果を挙げられる訳もなく、その後長く低迷していた。その場合は、上司である主任教授が激怒して、反抗的な中心人物の准教授を外して、その後それなりの成果を挙げることが出来ている。


 その部屋の空気を感じて斎藤が進み出て言う。

「ええ、私は翔君の助手のようなもので、斎藤と言います。まあ、物理学の博士号は持っています。こっちは西川で、腕力があるので護衛兼の助手で、こっちは工学博士です。翔君はわかりますよね」


 頷く女性以外は、相変わらずぶっちょう面の男性研究者たちであるが、気にせず斎藤は話を続ける。


「前にも貴方達のような、チームはありまして、その場合に翔君はすぐに帰っちゃって関わりませんでした。だから、困っていた点はそのままになりますよね。翔君の能力が生かせるのは、受け入れるチームが翔君を必要としていないとダメなんですよ。

 だから、この部屋の雰囲気では翔君が来た効果はないでしょう。それは、当然お宅の所長に報告します。報告の内容は、一緒に協働すべきチームが受け入れる度量がないということになります。失礼ですが、あなた方は今の状態を脱却するアイディアがないのでしょう?」


「し、失礼な!度量がないなどと、我々が3年かけて出来なかったことが、ぽっときた子供に出来る訳はない!」

 30歳台に見える痩せた研究者が怒鳴るように言う。




 それを聞いて、翔はにやりと笑って言う。

「残念ながら、電磁波に関して、僕は理論的かつ実践的に深く解明しています。普通は、その分野の研究者にいろいろ情報を貰わなくては解決策が浮かばないのですが、この場合は別です」


「別と言うと、電磁砲をパワーアップする方法が判っているということ?」

 唯一期待した雰囲気の女性がハスキーな声で反問する。


「そういうことです。手間が省けると思ってきたのに残念です。K市で決定版のレールガンを開発しますよ。僕の考えているのは射出速度10㎞/秒、口径150㎜です。この位の目標でいいのでしょう?」


「馬鹿な!そんな性能は出る訳はない。嘘だ!」

 先ほどの男が叫ぶが、女性が割り込む。


「待って!皆、いいの?この話は所長、いや大臣まで上がるわ。このカケル君の実績を知っているでしょう?核無効化装置、A型バッテリー、I型モーター、それに常温核融合発電の開発、皆このカケル君が開発のキーマンよ。

 そして、どれも従来の研究から何段も跳躍した発想の元の開発よ。その点で言えば、私たちがやっているレールガンなんて、基礎的な部分はあるのだから、彼にしてみればずっと簡単な開発のはずです。


 ここで、翔君が帰ったら、少なくともこの研究所における私たちのキャリアは終わりよ。あなた達が拒絶するならしなさいよ。私は所長に頼んで、一人ででも翔君に協働するようにお願いします。さあ、どうするの?」


 それに、翔がぱちぱちと拍手して言う。

「すばらしい。ぜひあなたと協力しましょう。して、お名前は?」

「はい、失礼しました。鈴木アカネと申します。ついでに、こっちはチームリーダーの笠木、あと木村、向田、清水、鎌田です」


 鈴木女史は自己紹介をし、手で示して部屋の皆の紹介をする。それに、先ほどから反抗的なことを言っていた向田を除き、紹介される都度各々頭を下げるから、研究者のキャリアを終わりにはしたくはないのだろう。


「チームリーダーの笠木さん。それでは協力して開発をするということで良いのですね?」

 斎藤の言葉に、笠木は口を尖らせて反論するが、斎藤がぴしゃりという。

「いや、私はなにも、協力しないとは……」

「ですから、さっきも言ったように、いやいやでは困るのです。もっともこの場合には、翔君が具体的な構想があるようですから、あまり支障は無いようですが」




 かくして余分な時間は食ったが、まず翔から、プロジェクターを使っての、レールガンに関係する電磁波についての説明があった。それに、反抗的な男の研究者たちはすっかり引き込まれてしまった。




「ということで、レールガンのように、鉄の塊を電磁推進で高速で飛ばすには、この波長の電磁波を回転させながら使います。その発生装置は概念的にこの図のようになります。

 そして、その製造は、NKC電子工業㈱で核融合の連鎖反応を促すために作った、AKL345という製品を、この図とこの材質を使って改造すれば良いのです。NKCに話すときは僕も立ち会います。理論上の射出速度は秒速100kmでも可能ですが、消費電力は指数的に増加しますので、秒速10mが限界でしょう。


 概ね仮想的には径150㎜長さ300mm、重量が33㎏の砲弾を10㎞/秒の速度で飛ばす場合には、この式で計算すると大体30万㎾の電力を1秒流す必要があります。だから、消費電力としては、83㎾h程度ですから、A型バッテリーの1セルで十分賄える程度です。

 しかし、爆発的に瞬間に大電流を流す仕組みが必要であり、それは核無効化装置で使った瞬間放電装置が使えます。大体このようにすれば出来ますが、よろしいですか?」


 翔が説明の後に問いかけると、リーダーの笠木が机の上で頭を伏せて謝る。

「カケル君、いやカケル先生。謝ります。あなたは偉大だ。3年以上もこの研究をやってきた私は、電磁波とその使い方を全く分かっていなかったことが、よく解りました。まだ実証はしていませんが、お陰さまで、与えられた命題を遥かに超えた成果を出せそうです。おい、皆、一緒だ」


 彼がそう言うと、男連中は机に頭を擦り付けて言う。

「「「「「すみませんでした!」」」」」


 あの反抗的だった向田も唱和していたので、根は素直なのかもしれない。翔は研究所の研究を成果を聞き、試作したガンを見て、様々に改善点を指摘などして、ほぼやるべきことが終わった。

 なので、その日に帰るつもりだったが、報告を聞いて上機嫌の中野所長が夕食をということで、研究所の宿舎に泊まることになった。


 かくして、電磁砲は開発中の宙航機に搭載しても十分な性能を持つものとなった。その試射は、海上自衛隊の古いイージス艦“ちょうかい”で行われた。元々レールガンはアメリカで研究され、一応の完成をみたが、その研究成果を防衛省が譲りうけて改良を試みた経緯がある。


 従って、その改良の成果が出た場合には米軍に知らせる義務があり、その取り決めに従って防衛省は改良の成果を報告して試射への招待を行ったものだ。

 シークレットのスタンプを押された冊子を机において、米海軍研究所のジョン・セイラー統括研究官がミッチェル・サマー主任研究官が、その内容の話をしている。


「ミッチェル、これはどうしたことかな。彼らのレールガンはA型バッテリーを動力に、電磁発生器を巻いた7mの砲身で秒速10㎞を達成できると言っている。径5mmの試射では成功しているが、今回は径150㎜、33㎏の砲弾だ。


 この写真をみてくれ。砲身も只の10㎜厚の鋼管だから、軽くて極めてコンパクトだ。君が中心になって実用化したAKL331と性能で大きく勝り、かつ容量で1/3以下になるほどコンパクトだ」


「うん、半年前は殆ど進捗がないと聞いていた。それが急に進化したのは、多分日本の例のタレントだな」


「うん、カケル君か。そうだな、この発射に使っている電磁波と、その場を回転させる使い方は開発担当のカサギでは到底たどりつくことはないな。おそらく、そのカケルは電磁波とその働きについて完全に理論化して、それを使いこなせるまで実践も積んでいるのだろう」


「これを、簡単に開発するとは、核無効化装置と言い、日本の技術は恐るべきものがあるな。しかも、NFRG機も実用化してしまった。全て、そのカケルから発したものだという分析だ」


「そりゃあ、そうだろう。これだけ既存の技術を超越したものが、普通の研究者から出てくるわけもない。まあ、歴史上最大の天才だな。何とかステイツに呼べんかな」

「大統領が首相に交渉したらしいが、なんとかかんとか言って断られたらしい」


「まあ、そうだな。俺が首相でも断わるぞ。相手が約束を守って返すかどうかわからないからな。わがステイツも国益が絡むと信用ならん」


 その試射には米軍の将官を含めた将校5人と、その2人の研究者が立ち会っており、自衛隊側は海上幕僚長の他に将官・将校が10人、研究所から8人が立ち会っている。防衛研究所で径5mmの銃弾の試射には成功しているが、1000㎞も飛翔する砲弾の試射は海でやるしかない。


「この試射は、500㎞離れた、概ね周囲1㎞ほどの無人島のサキラ島を狙います。これは砲弾を回収して、その状態を確かめたいからです。3発を出来るだけ早く撃つ予定です。射角大体75度で一旦成層圏に出てから、また落下することになります」




 すでに研究者から詳しい説明があり、質疑も終わった後に、案内役の自衛隊の将校が、米軍側に説明する。

「では、試射を行います。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、今!」


 アナウンスによる英語のカウントダウンと共に、ブーンというハム音を立てていた電磁射出部が「ブン!」という音を出すと共に、砲身の口からバンという、空気を切り裂く音が聞こえて何かが飛び出したが、通常の砲弾のように目では全く追えない。


「では次弾を発射しますが、カウントダウンはしません」

 アナウンスが再度あり、2発目が発射された

 時計を睨んでいた、セイラーはハマーに言う。

「2発目が55秒だ、早い!」


 3発の試射が終わり、最初の発射から8分後にアナウンスがある。

「一発目着弾!島に命中しました」


 


 大気圏から出て成層圏に昇った砲弾の命中精度を高めるのはなかなか難しい。それを差渡し500mほどの島に命中させるのは大した制御だ。

 このように、宙航艦に装備するにふさわしいレールガンの試射は成功裏に終わった。


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