第20話 宙航艦『そら』の飛行

 このように、宙航機については早々に力場エンジンが完成して、退役したジョット戦闘機の機体を使って実用化してしまった。最初のプロトタイプは、硫黄島基地に運ばれて、重量を30トンになるように調整して、様々な試験飛行を行った。


 その中で、力場エンジンと人工頭脳SVB1を使ったコントロールシステムに大きな問題はなく、慣れると自由自在に機を操ることが出来る。だが、大きいGと戦いながら複雑な操作をして、F4、F15などを操っていたベテランほど、Gもかからず音声で操るこの操縦システムには嫌悪感を持つことが判った。


 その気持ちは、全体を調整している西村2佐も解るので困ってしまったが、試しにゲームが大好きという女性隊員を使ってみた。その結果、彼女は従来の戦闘機で苦痛であった高いGがかからず、ち密な運転をすることなく音声で的確に動く操縦システムに大満足であった。


 かくして、続々と完成した『海燕』と名付けられたF4改装戦闘機は、若手のゲーム好きの者達がパイロットとして選ばれるようになった。しかし、こうした人材はパイロットしての適性のある者のみでは十分な数が集まらず、一般隊員から集めるようになった。


 小型の力場エンジンが完成する都度、F4を改修した海燕の数が増え、パイロットの訓練が進んでいく。それと並行してプロジェクトの開発は進み、開発開始から6か月後には大型の力場エンジンユニットが完成した。これは、動力源である10万㎾のNFRGと共に鋼製架台に載せられた。


 この組み立てはプロジェクト用の作業所で出来たが、流石にこの中では1m程度の浮遊の試験はできるが、飛行などの試験はできない。そこで、やむを得ず夜間の構内で、飛行試験を行なって、正常な運転が確認できた。


 このエンジンは、翔の意見で海自の潜水艦に組み込むことになっている。海上艦が飛べても宇宙にでる訳にはいかないが、潜水艦であれば水深400mの圧力に耐えられる気密構造になっている。また、力場エンジンは重力を中和できるので、重量は苦にしない。


 だから、翔は最初から当面海自の潜水艦の船体を使って、宙航艦として開発期間を短縮するつもりだった。四菱重工K市事業所には護衛艦も建造できる造船所があるので、その点は都合が良い。呉から自航してきた、旧『みちしお』型潜水艦は乾ドックに揚げられる。


『みちしお』は横腹を切り裂かれて内部の全て、エンジン・発電機やバッテリーに燃料タンク、トリムタンク、居住区の中仕切りなど、更に魚雷、速射砲などの兵装も取り外された。


 さらに、艦体の諸所が兵器システムなど取り付けのために切り裂かれ、機器の取り付け後に修復されている。撤去された機器の代わりに、航行システム及び動力源として10万㎾のNFRGユニット2セットとA型バッテリーの励起装置、力場エンジンユニットが組み込まれた。


 兵器システムとしてはレールガンとして、径150㎜の大型2基、径25㎜小型が8基備えられている。大型砲は艦軸に固定であり、小型砲は自在に動く。さらに、AM3B空対空ミサイルを26発、ASM4A空対地ミサイル20発、さらに250㎏爆弾を24発が標準装備となっている。


 引き出され廃棄された諸々の機器に対して、組み込まれた機器の容積は半分程度になっている。この、旧『みちしお』型潜水艦は長さ82mで幅9m、高さ10m余の船体であり、大きな容積を持つが、空いたスペースには25人の乗員と最大50人の船客が快適に過ごせる諸々の施設の空間として改修された。


 また、『みちしお』から姿が大きく変ったのは、高く細長い管制塔を撤去して代わりに高さ2mの低い管制室に替え、シャッター付の窓を設置している。さらに、横腹に左右2ヵ所づつの出っ張りがあるが、これは宙航機『流星』の半分が埋め込まれている姿である。


 つまり4機の流星を艦載機としている訳だ。流星は、25㎜厚の鋼板製の機体であり、長さは6m、幅は2.5m、高さ1.8mの滑らかな機体であり、4席のシートがあってトイレがついているので乗員の長期の滞在を前提にしている。更にこれは、宇宙空間・水中での活動を可能としているので、当然完全な気密構造であり、小さなエアロックもある。


 外観はプレスによる成形によって溶接を最小限にしているために、曲線で構成されて優美な姿あり、操縦席と助手席も前面はシャッター付の窓になっている。翼はないので横腹はのっぺりしているが、空対空ミサイルを6発外付けで固定できるので、上部と横腹上部にその固定具がある。


 加えて、空気浄化装置で二酸化炭素を分解して酸素を回収できるので、4人が7日間程度の生活ができる。とは言え、リクライニングではあるが、椅子での滞在なので長期にわたると快適とは言えないだろう。


 コントロールは人工頭脳であるSVB1によっているので、人間は大まかな指示を行えば自動で機動する。武装は25㎜径のレールガンを2基備えているほか、外つけの空対空ミサイル左右3発が取り付けられている。

 レールガンは機体固定であるので、機体の向きで狙いが定まる。


 また、『みちしお』は潜水艦としては多くの時間を海中で過ごすこともあって、黒で塗装していたが、『そら』は基本的に剥き出しの状態が常なので、明るい灰色に塗装されている。


 この艦は力場エンジンユニットやNFRG機、A型バッテリーの励起装置ともに、航行に必要な機器については、運転は完全に自動であり、さらに給油や日常のメンテナンスを必要とする部分はほとんどない。


 また、兵器システムは、操縦・運行と共にマザー・ブレインSVB1によって制御されているので、人間の役割はどれをどのように攻撃するかを、マザー・ブレインのアドバイスに従って決めることになる。


 さらに人間の役割は、現状ではマザー・ブレインの指示に従ってメンテナンスを行うことになるが、現在メンテナンス・マシンが開発されているので、艦内の必要な乗員は指示を出せる数人で済んでしまうことになる。


 ちなみに、『そら』が完成する段階になれば、すでに力場エンジンの開発のことは米軍には知られており、すでに『海燕』として数十機の改造機が戦力化されていることもばれている。それが解かった時には米軍内で深刻な議論があったらしい。


 最初は国防長官のダニエル・トマソンが、丸谷大臣に電話をしてきた。

「丸山君、率直に言うが我々は君たちに失望している」

「おお、Mr.トマソン久しぶりだね。しかし、唐突に何を言っているのだな?」


「君らの、力場エンジンというやつだよ。すでに完成して、我々が与えたF4に組み込んであるそうじゃないか。このような重要な開発はノウハウを分け合うのは当然だろう?」


「ああ。力場エンジンについては、小型のものは実用化され始めている。F4に組み込んで使い始めているのは事実だよ。君らも知っているように、中国がまた西の端でちょっかいを掛けてきそうだ。君らにはどうも頼れなさそうだから、独自に撥ね返すべく努力しているのだ」


「い、し、しかし、このような軍事的な常識を変えるような開発は我々に知らせるべきだ」


「そのような、約束はしていない。我々は核無効化装置については、君らに必要数を売ったよな?これは我々が国家戦略上必要としたからだ。また、レールガンも君らが開発したものより圧倒的に進んだものを技術毎提供したよ。これは、元になる技術を君らから受け取ったからだ。


 今回の力場エンジンは、君らの国から一切の関連する技術の提供はない。また、世界で突出した戦力を持つ君らにとって、それが無くても覇権を持てることには支障は無いはずだ。

 だから、研究段階から君らを巻き込むつもりはなかった。大体において、わが国が独自の軍事研究をやろうとしたら、圧力をかけて潰した過去があるだろう、君らの国には?」


「う、うむ。そこまで言うのか。君は我が国に敵対するつもりか?」

「いや、その心算はないぞ。核の傘の必要は無くなったが、対中国、またシベリア共和国の件は協力をしていきたいと思っている。ただ、わが国がそちらの都合で振り回せる存在であると思われても困るということだ。

 力場エンジンについては、こっちの戦力化がある程度進んだら、技術とともに提供するよ。それに1週間後に、宙航艦『そら』の試験飛行を行うから、希望するなら招待するが?」

「う、うむ。その招待は受けるよ」


 翌日にはジェファーソン大統領から、加藤首相に電話があり、力場エンジンの早期の技術開示の要求があった。それを受けて、丸山は首相に呼ばれて官邸に行って話し合っている。


「丸山さん。君が言ったように、ジェファーソン大統領から電話があったよ。急増している自動車輸出への制裁関税をちらつかせていた。だけど、元より国民に人気のない彼が、できるわけがないことを知っているからトーンは弱かったな。

 とは言え、いずれ技術のある程度は渡す必要はあるだろう。どの時点、どの程度と考えているのかな?」

 最初の挨拶の後、丸山がソファに座ると、木村官房長官を横においた加藤首相が聞いてくる。


「ええ、余り危機感を持たせるとまずいとは思っています。だから、『そら』の試験飛行が終わって、今艤装の準備をしている『おやしお』の改装の終わった時点だから、1年後にはアメリカも宙航艦と宙航機共に作れるよう協力しましょう。

 敵意を持たれるのはうっとうしいし、危険でもある。彼らが我が国以上の戦力を持つのは仕方がないですよ。だけど、『そら』は宇宙に浮かべて防空ステーションになりますからね。


 日本の上空500㎞に浮かんで日本を守るということにすれば、大陸間弾道弾を含めてミサイル攻撃にはまず安全です。まあ、潜水艦発射タイプで、近海からやられたら中々防げませんけど、そこは逆に流星の役割です」


「うん。まあ、核がないのは気が楽だな。通常弾であれば、都市が壊滅する等のことはあり得ないならね。とは言え、安保条約について君は本音のところどう思う?」


「はい、すでに役割は終えたでしょう。元々は我が国を監視するためのものだったのですから。今後、わが国が必然的に力を付けてきますから、おそらくアメリカからの風当たりは強くなってきます。そうした時、国内に基地があると、どういう使われ方をするか……」


「私も、解消は早い方が良いと思います。ただ、憲法は2年前に変えたばかりですが、ただ自衛隊の存在と自衛権を明記した程度ですから、ちょっと中途半端です。もう少し、国際平和に貢献する程度のことは入れた方がいいように思います。

 幸い、前の改正時に、衆参両院と国民の過半数の賛成で変えられるようにしましたから、今度変えるのはさほど難しくはありません」


 官房長官が言って、それに丸山が応じる。

「そうですね。では木村さん、憲法と日米安保解消については内閣府で早く動いてください。ところで、ロシアの件で問題になりましたが国連改革はどうなっているのでしょう?」


「うん、改革が必要というのは西側諸国の総意になっているが、常任理事国のロシアと中国が必死に抵抗しているという図だ。ロシアはもはや相手にする国もないけど、拒否権があるからね。一方で中国は金で買った影響力はそれなりに持っている。


 とは言え、中国のその金も大分怪しくなってきているのと、何と言ってもスリランカが破綻したのは中国のせいであるというのは公知になっているからね」

 こう言う木村の話を受けとって首相が続ける。


「まあ、そういうことで、一旦別組織を作るしかないだろうという結論だ。国連の仕事に必要なものは間違いなくあるけど、その活動が古手職員の生活の場という部分が強くなっている。だから、ロシア・中国を排除した形の別組織を作って、機能し始めたら必要な部署を取り込んで行けば良い。

 一票の力が強い常任理事国的な存在は、作ることになる。でないと、やたらに多い小国の我儘が通って多数決だけで決められても困るからね。外務省が中心になって、日本やドイツ、インドなどがそういう存在になるように頑張っている。ここで手を抜くと、国際社会で孤立することになるからね」


 政府中枢でそういう話があって、結局『そら』その試験飛行にはアメリカとイギリスの代表も加わることになった。イギリスを招いたのは、アメリカとの緩衝役を期待してでのことである。

 勿論、基本的な試験飛行は勿論招待者を招く前に行っていて、正常に飛行できることは確認している。今日の飛行は月まで行って周回して帰ってくる予定になっている。




 開発チームの対外的なチームリーダーで柳瀬みどりは、自衛隊の乗員からの準備完了との連絡で、明るい灰色の宙航艦『そら』に乗り込んだ。艦底に型鋼による着座装置がついていて、『そら』の1800トンの荷重を分散してアスファルト面に載荷している。




 開発チームからは10人乗り込んでいて、運転を手伝うことになっている。乗客は50人一杯で、自衛隊から制服組15人を含め20人、米軍8人、イギリス軍5人、国交省・経産省などの役人5人、K大から3人である。残りはマスコミに割り当てた。


 これは、この大きさのものが空に舞い上がると隠しようがないからで、変に騒がれるより公開した方が良いということになったのだ。ライブ中継は地上からのみとして中からはやらない。


 地元のNHKの局が離陸の様を、ローカル版ではあるがライブで流している。

「皆さん、あの巨大な鉄の塊が遥かに上昇して月を1周して帰ってくると言います。この放送は、あの艦『そら』と呼ぶそうですが、あれが見えなくなるまで放送を行います。

 あ、皆さん聞こえましたか?アナウンスがありました。離陸まであと1分だそうです。カウントダウンを行うそうですから、お待ちください。……始まりました。7、6、5、4、3.2、1、0。


 浮き始めました。ああ、どんどん速くなっていきます。

 そう言えば、加速1Gで上昇すると言っていました。小さくなっていきます。あ!飛行機のように斜めに上昇し始めました。遠ざかります。小さく、小さくなっていきます。

 ああ!もう見えなくなりましたね。

 ええと予定では、月まで今は50万㎞ですが、あの『そら』は30分加速して秒速50㎞にして月に向かって飛ぶそうです。そうすると片道大体1万秒ですから、3時間位で月に到達して帰ってきます。大体6時間位で帰ってくることになります。


 なお、出発は午前10時半でしたので、16時半ごろ、帰って来た『そら』が見えるはずです。ではこの放送はここで終わります。ええ?ああ、16時ごろからまた放送をしますので、帰ってくる『そら』を迎えましょう。では放送を終わります。みなさんさようなら!」


 プロディーサーが帰る時点の放送をすると急に言い出し戸惑ったが、元気なアナウンサーは画面に手を振って消えた。

 そして、16時28分、月を回って来たという『そら』が現れた。16時から待っていたNHKのカメラはその映像を捕らえ、興奮したアナウンサーが絶叫した。


  16時38分、『そら』は何事もないように、スーと下りてきて、やがてハッチが開いて、人々が斜路を下りて来る。


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