第16話 核融合発電機(NFRG)の建設工事

 狭山健二は45歳の御代田エンジニアリングのエンジニアで、施工計画部、施設課の課長である。海外の仕事も5年こなして、石油化学プラントの建設、更新、補修の仕事一筋にここまで来ている。


 しかし、彼にとっては7月12日の核融合発電機の実証運転成功とそれに続く加藤首相の談話は悪夢であった。自分が誇りをもって取り組み、かつ将来性もあると信じてきた、石油化学という業界が消えてしまう。


 いや、消えるのは燃料に係わる部分なので、無くなるわけではないが必要な量は今の1/5程度になって、細々とやっていくことになる。国として救済措置をとるというが、プライドを持ってできないようなことを続けたくはない。


 彼の内線電話が鳴ったので受話器を取る。

「山下常務の秘書の汲田です。ご都合がよろしければ、15分後に常務室に来ていただきたいのですが」


 なんだろうと思いながら「はい、伺います」と返事をする。その後、落ち着かない時間を過ごして、腰を上げ、1階上の常務室をノックする。


「どうぞ」秘書がドアを開けて、彼を招き入れて、奥のドアを開けて声をかける。

「常務、狭山課長がおいでです」


 開けた中には、常務の山下と1年後輩の親しく付き合っている施工課の山田課長に加えて他に2名が座っている。他の2名は、柴田、吉安という3〜4年歳下のやはりエンジニアで係長クラスだ。


「ありがとう。忙しいところを、ああ、――もっともいまはあまり忙しくないか。首相のあの話があってからはね」

 山下は狭山の顔を見た後に、皆の顔を見渡して言い話を続ける。


「実は、1週間ほど前から経産省から打診があって、当社から20名人を出して、来週からK市に行ってもらうことになった」

 驚いて、見つめる皆にさらに続ける。


「これは、数日前の首相の話の一件だ。核融合発電機の完成は事実で、政府は5年程度で日本の発電機を全てこの方式に変え、全ての熱源もこのフュージョン・リアクターつまりFR機によるものにする予定だと言う。

 それも性能等は首相の言ったこと、新聞等で書いているとおりだ。わが社は、石油化学工業プラント関係の仕事が60%を占める。

 仮に全ての石油を焚いて得ていたエネルギーがこのFR機に変るとなると、中東産の場合で石油化学プラントの生成製品の、90%の量を占めていたガソリン・軽油などの燃料という部分が不要になるわけだ。


 従来はガソリン・軽油などが多くとれる軽質油の価値が高いとされていたが、むしろ燃料精製の副産物の多い重質油の方が、価値が高くなりそうだ。ただ、無論石油由来の多くの石油化学製品があって、それらは今後も必要なので、今後石油化学工業が無くなることはない。

 しかし、今のままのプラントであれば、このFR機が十分普及した暁には石油という材料から取れる製品の、平均的に8割から9割の様々な燃料油は不要の物になる訳だ。


 研究所に問い合わせたところ、原油から燃料油の部分を改質して、ナフサとか諸々の石油化学製品にすることはエネルギ―を相当に食うが可能だそうだ、

 まあ、エネルギーはFR機を使えばコストは何分の1になるので、可能ということだ。だけど、既存のプラントは大改造が必要になる。だから、石油化学プラントは、今後石油製品の需要の変化に従って、順次その改造を進めていく必要がある。


 そういう仕事は当然我々が手がけることになるが、しかし、問題は原油からの燃料以外の石油化学製品を生産する量は、平均で僅か15%程度という点だ。つまり、規模的には非常に小さくなってしまう。

 プラントそのものは2倍程度に割高になるらしいが、それでも、嘗ての30%程度の規模の産業になるということになる。当面は既設の施設の改造が必要になり、これは相当割高になるはずだ。


 それでも石油製品の扱い量が減るので、そのまま廃棄するプラントも6~8割位になる。このため、工事量としては楽観的に考えて今より半分以下だ。だから、我々も会社の規模を保とうとするなら、別の食い扶持を探す必要がある訳だ。

 そこで、経産省から、当社のような石油化学会社、また発電機メーカー、原発メーカー等の、石油または原子力利用を仕事としてきた会社からエンジニアを出して、核融合発電機、NFRG機と呼んでいるようだが、その建設に携わってもらいたいというわけだ。


 政府としては、できるだけ早く現行の全ての発電機をFR機に交換するつもりだ。とは言え、最低の発電量は5万㎾らしいが、小さい容量のものは例のA型バッテリーを使えば発電の必要性はないと考えているそうだ」


 山下常務が一旦言葉を切ったので、狭山は言ってみる。

「なるほど、私が最悪を考えていたより良いですね。なるほどそうですね。石油化学プラントは、石油を全て燃料油以外の製品に変換するように改質が必要なのですね。でもそれをやるには相当に試行錯誤が必要ですね」


「うん、そうだ。だから経産省が音頭を取って、早々に試験プラントを作るらしい。ただ、うちの研究所の言うには、全量を石油化学製品にするには石炭と一緒に処理した方が、より効率的に製品が出来るようだ。どっちみち、我々の業界は大きく変ることになる」


「それで、山下常務、経産省は具体的にはどう言っているのですか?」

 若い柴田が聞く。


「ああ、まず経産省が国全体について言っていたことを説明するな。現在、日本の電力会社の持つ発電能力は約2億kWだから、100万kWのNFRG機が200基必要なわけだ。

 また、電力料金が大幅に下がる。たぶん1/2~1/3になるために、使用量は当然増えるので300基位必要と見られている。いずれにせよ、君たちがその建設を担当することになる。当社は、たぶん何基かの受注という形で潤うわけだ。


 当面、K市のK大学で講義や訓練を受けることなるが、その期間は1ケ月だ。それぞれの専門家ということで、期間は最短にしているらしい。その後直ちに、各々担当する建設場所を指定され、建設を実行することになる。

 最初は、準備工になるので、今の社内で人を集めて発注仕様書を書き、製造をフォローしつつ適当な時期に現場に入ってもらう。2交代の16時間での建設を見込んで100万㎾の施設数基を並行してでの建設期間は8ヶ月を目標にしているという」


「ええ!100万㎾級の発電所を8ヶ月では無理ですよ。僕が知っているガス発電のプラントの現場では2年半でしたもの」

 吉安が悲鳴めいた声を挙げて訴えるが、それに手を挙げて制して山下が図面を広げて説明する。


「いや、これが100万㎾級のNFRG機の配置図と側面図だ。30m×40mのコンクリートベタ打ちのベースに乗っていて、総重量は600トン位らしい」

 皆が机に置いた初めて見る図面を覗き込んで、あるものは口の中でもごもご言っているし、あるものは無言だ。


「うーん。この程度のものは結構作っていますよね。2交代で8ヶ月なら出来るのじゃないですか」

 狭山が言い、山田も応じる。


「うん、2交代なら、大丈夫なのじゃないですかね?」

 それに、山下常務がにっこりと笑って話を続ける。


「うん、そう言ってもらえると思っていたよ。今回、講習を受ける担当者は、20名の予定だけど、基本的に10人づつ2ヵ所の建設担当に考えている。そして、各々の現場には20人ずつ社員を割り当てるから、次の現場が担当できるように鍛えてくれ。

 建設に当たっては、当然スタッフおよび作業員は、協力業者その他から必要なだけ雇うことができる。なお、今回の仕事は、発注先は電力会社だが、通常と違って見積もり等は必要ない。


 ただ、他と比べ大きく割高であれば、その後の受注に響いて来るのでその点は考慮してほしい。あとで清算という形をとるし、途中要求した金は正当であれば、払われるという約束になっている。この形式の発電設備は途轍もなく安いからね」


 集められたエンジニアは互いに顔を見合わせて、いたが狭山が言う。

「これは、また鷹揚でうれしい話ですね。ちなみに、100万㎾のNFRG機ですか、いくらくらいになるのでしょうか」


「大体、本体のみで送電関係を一斉含まず220億円と言われているが、購入品が150億近くになるようだ。なにしろ、10万kWもの実証機が25億位で終わっているからな。所詮この大きさだからね」

 図を示しての山下の答えに山田が驚いて言う。


「220億!安いですね。僕が知っている例だと100万㎾のガス発電所で1千億ですから。原発だと110万㎾ですが3千億ですよ。それを300機というと、6.6兆円。その分の燃料費だけで年間10兆円近くかかりますから、日本経済にとってはものすごくお得な建設ですね。いやあ政府が急がせる理由が良く解ります」


 そこに若手の柴田が不安そうに言うのに、山下常務が返す。

「でも、いったん建設が終わるとまた仕事がなくなるんじゃ?」


「そうだ、その懸念はあるさ。でも更新もあるし、海外への建設も莫大だ。将来性はあると思うよ。また、石油元売り会社から、話があっているのだけど、A型バッテリーの励起工場、あれも言ってみれば発電所のようなものだ。

これを、全国に作る必要があるわけだ。最終的には各都道府県に3か所から10か所作ることになる。これの建設と運営を石油元売り会社にという話が来ているらしく、うちに声がかかっている。このように、いろんな需要が生まれてくると思うぞ」



 狭山は研修のために、山田達とK市に行き市内のホテルに住んで、車で10分ほどのK大学に通う毎日である。

 講習と言っても、座学として理論とシステムを学習しているが、必ずしも根本のその原理を理解する必要はなく、構成するそれぞれの機器、装置の働きを解れば良いのである。原理について理論を追ってみたが、理解できないと早々に諦めたものが大部分だ。


 だから、標準設計の図面を渡されれば、その流れを追って、配管や電線、光ケーブルで接続すれば良い。その装置そのものは、石油プラントほど複雑かつ大規模なものではなく、通常のプラント仕事と一緒である。

 ただ、電気の端子が極めて大電力を流すために、驚くほど太いものが多数並んでいることが普通でないことを実感させる。


 基本的に出身先の会社ごとに分かれて、早速仕様のすり合わせと現地での取り合わせの詳細図の作成にかかる。集まったメンバーが、各社がえり抜いた優秀なものばかりであることから、1カ月を過ぎるころは発注仕様書、発注図あらかた出来上がっていた。

 予算書も作成も今のところ見積もりを取っていない機器費を除いて、ほぼ出来ており、準備そのものもほぼ出来上がろうとしていた。


bリアクター本体についても、材質はSUS316材による25mm厚の、径7mの円筒形のもので、特に複雑なものではなくはなく、励起装置である、電子銃や磁場発生器等も、その内部構造はともかくそれほど巨大なものではなく、特殊とは言えない。


 ノウハウはそれらの励起装置をどう動かすかにあるようで、そのコントロール装置はブラックボックスになっていて、笠松・村山両教授と名波教授以外にはセットできないようになっていた。


 その講習のなかで、放射能の除染設備というものも説明された、すでに小型のプロトタイプは出来て福島に持ち込んでいてうまく行っているらしい。これは、要はFR機の融合反応の励起の応用であって、励起の条件を少し変えてやれば、ガンマ線などを発生する不安定な物質を安定させることができるということだ。


 しかし、融合機のように連鎖反応が起きないので、電力多消費型の設備になる。施設として水の放射能除去は簡単で、その励起状態を起こしているリアクター部分の輪っかを高速で水を通してやればいい。


 放射能を帯びた土、機器等やはり励起状態の大きな円筒をそれらのものを通してやればいいというものだ。ただ消費電力が、水用設備が2万kW、固体用が8万㎾必要ということで、当初は100万㎾機を稼働後に動かすということであった。

 

 しかし、政府からの急いでほしいという要望で、福島のNFRG機設置チームが10万㎾級機を先行して設置することになっている。

 1か月後、終了式ということで、講習を受けた200人余が皆大学の小ホールに集まっている。講習会の座長を務めた山村教授から話がスピートをしている。


「皆さん、この1カ月ご苦労様でした。

 私ども講師役を勤めさせていただいた者たちは、皆さんのような社会で活躍してきた人々をお教えするのは実質的に初めてで、どうするか試行錯誤の連続でした。

 ですが、逆に皆さんに教えていただきながら、進めていきましたが、結果的には講習というよりNFRG機建設の準備工をしたことになります。たぶん、皆さんも一緒に働く人を決めて、予算の手配が済めば、すぐ発注にかかれるはずです。

 ご苦労様でした。これをもって、本講習は終了しました。それでは、各担当の建設課個所の割り当てを発表します」


 狭山達、御代田エンジニアリング社員の20名は、茨城と仙台にそれぞれ100万㎾のNFRG機を1基建設することになった。

 その夜、市内のホテルでパーティがあり、参加者は疲れをいやした。

 狭山は、ビールを飲みながら、終わってみれば短かったこの1カ月を、満足感をもって振り返ることができた。


   ー*-*-*-*-*-*-*-


 12月20日、茨城の旧火力発電所でのNFRG機の建設現場、現場所長の狭山を中心に工程会議の最中だ。まだ雪は来ないが、外では風が冷たいものの、日本の未来を変える設備を建設しているという作業員の熱気は熱く、寒さを苦にしていない。


 また、低温を嫌う基礎コンクリートは既に杭打ち後に打設し終わっていて、鉄骨パネル構造の建屋も完成している。従って今後の組み立ては建屋内で行うことができるが、直径7mの球形のリアクターなどを据え付ける場合には、パネルを外して釣り込み作業を行う必要がある。


「それでは、柴田君、昨日のリアクター本体の工場検査結果を説明してください」

そのように、所長の狭山が説明を求める。

「はい、浦和の大丸工業で組み立て中のリアクターは、現在外側の函体は完成しており、内部の整流格子もほとんど取り付け終わって、仮組をして接合のチェックはほぼ終わっています。その後溶接部のX線検査を経て、1月20日には発送できるということです」


「ふーん、工程上クリティカルなリアクターが1月20日発送ということは、22日には4つ割のリアクターの函体を溶接小屋に運びこんで、溶接を始められるな。溶接と検査に1ヶ月だから、3月にリアクターの組付けは終わるということか。

 しかし、最も精度を要するリアクターの函体を陸上輸送するために4つ割にする必要があるというのは、1ヶ月くらいの行程上のロスがあるなあ。釣り込み据え付けは100トンクレーンを使えるから訳はないのだがね」


 狭山がぼやくと若い柴田が応じて言う。彼はネット情報に詳しいのだ。

「狭山所長、どうも例のカケル君が、力場エンジンというものを開発しているようですよ。それは、力場で船を飛ばし、物を持ち上げられるらしいです。だから、この30トン位の函体なら工場で組んでそのまま空中から運んで据え付けられるでしょう。

だったら、工場できっちり溶接も出来て品質の問題も無くなります」


「ううむ。それが欲しいなあ。まあ俺たちの存在価値は余りなくなるが、10位のパーツに分けて工場で組んでそのまま組み立てれば、早くもなるけど品質的に優れているよね」


 実のところ、翔が防衛研究所に協力して入れ込んでいる力場エンジン搭載機は、すでに自衛隊の手で試運転段階に入っている。そして、狭山が言ったようなことは、1年後には実現できた。これは最大千トンの荷を吊れる起重機船が完成して、NFRGの建設に使われるようになった。


 そのために、その組み立てと試験運転が2ヶ月に縮まったので、必要な機器と設備については工場で製作され、それが1組揃えば2ヵ月で試験運転を含めて完成するのだ。しかし、狭山はそのような議論の場でないことに気付いて出席者に謝る。


「いや、すまん。話がそれた。そうすると、リアクター以外の組み立て配管・配線を全部終了させておけば、全体組み立て完了は3月頭だね。それから、調整、検査、4月頭には試運転に入れるか」

 狭山が考えながら言ってから、集まった15人の職員と協力会社の責任者を見渡して若い部下に聞く。


「ところで、吉安君、仙台の工事の進捗はどうなんだ」

 狭山の言葉に、吉安は苦笑いして答える。仙台とは、同じ御代田エンジニアリングが仙台の石油炊き発電所の跡地に建設しているFR機で、お互いをライバル視して早い完成を争っている。


「すこし、リアクターの製造が遅れているようですね。たぶん、こっちが1週間程度はリードしているのではないでしょうか」

 吉安が説明する。


 狭山がそれを受けて言う。

「うん、そうか1週間程度というのは、あっちも頑張っているな。また、聞くところによると、大阪の現場の四菱重工が少し先行しているようだ。さすがに、開発を担当したメンバーを入れているだけのことはある。

 それから、福島は少し遅れているようだね。なにせ、放射能の除染装置の設置、運転も並行してやっているから無理はないよね。でも、今年暮れには場内の除染は終わるらしい。ただ、周辺の低濃度汚染がね。


これは、例のK大で開発された中和剤が使われるらしく、すでに試験運用が始まっている。たぶん、来年一杯には、福島原発周辺の放射能の問題は片付くはずだよ。

 しかし、このNFRG機は我が国のためにも1日も早く完成させたい。とはいえ事故の無いように慎重に手早くやろう」


 皆が、にやりとして頷いて解散していく。

 現場のメンバーの士気は高い。

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