第51話 亜大陸ホウライの開発3

 シンガーとリアヌが到着したのは西京市建設基地であり、最終的にはそこで全部で4千人の要員が働く。そこは、2㎞四方の丸太に有刺鉄線のフェンスで仕切られた用地であり、現在ではプレハブ小屋百棟余りが建っており、百台ほどの重機があって、うち数十台が動いている。


 シンガー達が着いた時点で、この基地を建設した200人ほどのチームがいて、彼らが自動ブルドーザなどの重機を使って整地し、最低限のインフラ工事を済ませている。これはロボットも使いながらプレハブ小屋の建設、井戸掘りと給排水設備の組み立て配管、セルの励起機能もある10万㎾級のNFRGの設置と配電工事などである。


 彼らの働きの結果、宙航船ヤマト3-15号を迎えて、そこからシンガー等が下りて住めるようになったのだ。ヤマト3-15に乗ってきたバングラ人の5千人は西京市に2千人、西山市に5百人、西海市に5百人、周辺の農場開発に2千人が振り向けられた。


 現状では、これらの地区には西京市と同様に人々を受けいれるための設備を準備するための人々500人ほどがいる。これらの人々は皆、アズマ建設が担当する工区に働く日本人であり、建設に関わる人々のための住環境を整えるとともに、今後の建設工事の基幹を担う人々である。


 シンガーとリアヌが割り当てられたプレハブ小屋は、2階建てで3m×4mの小部屋に分かれており、上下共10部屋×2列に配置されているので、1棟で40人が住める。つまり、各部屋は狭いが一応個室である。


 トイレは1、2階とも棟の端にあり、風呂は男女に分かれて10人づつが入れる専用棟がある。食堂も専用棟になっていて、一度に500人ほどが食べることができるほど規模が大きなものである。


 彼らの最初の仕事は都市基盤作りであり、多数の重機をもちこんで都市計画部を整地して、道路を作って街路を形成して街の形を作る。

 それは設計に従って集合住宅・一戸建て区に分けた住宅街、オフィス街、商業地区、官庁地区、工場地区に分けて街区公園が適度に配置されている。官庁地区がある中心街には運動公園を中心とした緑地が配される。


 西京市の第1期計画の人口は5万人であり、最終的な計画人口が50万人である。街の中央に官庁街と運動公園・緑地などを建設し、その周囲に商業地区など繁華街を配置する。繁華街に人が集まるように魅力を持たせるには一定規模が必要である。しかし、5万人の街では繁華街はそれほど大きくはない。


 だから、官庁地区もそうだが中央部には将来の拡張に備えて空き地が多くなるが、中央公園地区は最終計画の規模になるので、当初の都市規模では不釣り合いに大きいものになる。とは言え、土地の購入を考える必要のない新ヤマトの都市計画では、コストに大差はない。


 ホウライ州のこうした建設において、街区つくりや道路や公園、上下水道、電力などの都市インフラはもちろん、本来個人が建設すべき集合住宅、商業ビルなども建設することになっている。


 工場や、大規模商業施設は、企業が自ら建設するが、西京市の都市インフラ・集合住宅を含めた施設の建設については、アズマ建設がすでに建設をその請け負っていて、開発の傍らそれらの建設も行う。


 こうした中心街の外側に3階建ての集合住宅群が建設され、その外側に一戸建て街区が形成される。集合住宅は広さが1K、1DK、2DK、までであり、それ以上の広さを求める場合は一戸建て地区に入ることになる。

 一戸建て区画は標準的に15m×25mであり、それを1区画ないし2区画買って家を建てることになる。


 電力は10万㎾のNFRGの2基を町の中央に設置して配電網を最小としているが、電線は地下埋設にしている。日本では電線の地下埋設が話題になっているが、すでに空中架線になっているものを地下埋設にすると莫大な費用を要する。


 その点で、新たな都市は上水管、下水管は地下埋設であるので、一緒に埋設すれば、むしろ空中架線より安く施工できる。また通信はすべて光ケーブルによっており、これも電線と同様に地下埋設としている。


 なお、ホウライにおいては電力が劇的に安いNFRGを使っているので、燃料として石炭やガスを使うメリットはないので、ガス供給設備はない。

 上水道は、目の前の西京湖から取水するが、湖周辺では地形がなだらかであるため圧力タンク方式にして市内のどこでも十分な水圧が得られるようになっている。通常の上水道の給水は岡の上に配水池を作るか、高架タンクを作って自然流下で行う。


 だが、西京市のように近くに適当な岡がない場合には、建設費が嵩む高架タンクが必要である。この場合には、電力費が大幅に下がった今は常時ポンプの運転が必要な圧力タンク方式がむしろ割安である。


 下水処理は、西京湖に向けてなだらかなに下がっている地形から、湖のほとりに下水処理場を作って処理して湖に放流する。この処理は膜分離活性汚泥法を使って、窒素・リンを高度に除去したもので、処理水の見かけは清澄な湖の水と変わらない。だから、将来下水の排水による湖の水質悪化は起こらない。


 学校については、日本の教育制度を踏襲しているので、小学校、中学校、高等学校、大学が作られる。第1期時点では、大学教育は中京市のみで行われることになっている。さらに、日本人以外の人々のために、社会人学校が作られて日本語教育・職業教育が施される。


 ちなみに、現在日本においてはK大式と呼ばれるアンチ・エイジング処方は60歳上の高齢者の90%以上が受けており、その効果で介護を要する人々の数が劇的に減っている。その結果、隆盛を極めた介護業界において、経営が成り立たなくなったものが続出している。


 最近の動向として、これら心身の活力を回復した高齢者が勤労意欲を取り戻しており、人余り現象を引き起こしてむしろ問題になってきている。さらに、アンチ・エイジングの研究の一環で見いだされた『処方』は高齢者のみならず、全年齢の人々の身体能力と脳の働きを増強する効果が確かめられている。


 このため、『身体・頭脳活性化処方』略して『活性化処方』は、日本では受けることが常識になっている。当然この情報社会においては、その効果は世界に知られていて、先進国で急速に処方が広まっており、途上国でもエリート層には広まっている。


 学校教育においても、この『活性化処方』は取り入れられており、現在では13歳の中学校の2年で受けることにされている。ちなみに処方の効果であるが、効果を計るためのテスト方法が開発されて、定量的に測定されている。


 アンチ・エイジングについては、身体機能は60歳台では10歳は若い状態、70歳代では15歳は若い状態、80歳代では20歳若い状態を保てる。しかし、90歳代になると個人差が大きくなり、効果も低減して5歳から15歳若い状態が保てる。一方で、100歳代ではほとんど効果はなかった。


 つまり、以前でも60歳代では十分働けたので、80歳代までは体の面では現役を保てるということだ。一方で頭脳の働きに関しては、80歳代まではほとんど衰えが見られず、これも個人差が大きいが一般に90歳代の後半から急速に衰えることがわかっている。


 そして、処方によって、認知症などの脳の働きの衰えは他の病気との合併症でない限りほとんど解消される。つまり人々は80歳代までは元気に働け、90歳代の後半から衰えを見せて100歳前後で亡くなるということになる。


 結果として、介護業界の苦境に繋がったという点は述べたが、予算の1/3を占める国の社会保障費のうち医療費及び老人福祉費が劇的に減ってきている。さらに年金に関しても、処方の効果をみて75歳給付開始が議論し始められている。


 また、『活性化処方』の効果であるが、ほぼ全年齢に効果があり、身体的には筋力及び速さの面で5~10%の改善効果がある。脳の働きの内で記憶力、判断力、集中力の持続性の面などに10~30%の顕著な効果がある。


 また、15歳以下の若年層では1~2年ごとの処方によって累積効果が見られ、13歳程度で始めれば身体・頭脳の両方で30%を超える効果があるとみられている。さらに、処方後の努力によって効果に差が出ることも知られていて、効果的な訓練方法が試行錯誤で開発中である。


 今回先発隊として、ホウライにきている日本人約3千人の平均年齢は62歳であり、一旦引退した高齢者が多く、全員が活性化処方を受けている。また、途上国から集められた人々はまだ殆どその処方を受けていないが、全員が受けることが権利であり義務である。


 処方は、個人に大きなメリットがあるので有料である。この料金は5万円なので、バングラディッシュの人々にとっては安くはない。だが、給料から毎月差し引かれて払うことになっている。シンガーとリアヌも処方のことは知っていて、早く受けたかったことが、今回の応募の動機の一つになっている。


 シンガーとリアヌは、選抜試験時に処方の効果も計るための運動テストと知能テストを受けている。ホウライで処方を受けた直後に同じテストを受けて効果を計り、さらに1年後と3年後に再度テストを受ける。


「シンガー、すごいね。身体能力は私が上だったけど、知能テストの元が102点!私の82とは大違いだね。それが処方後に118点!私はようやくシンガーの元の数値の102点よ」


 結果を書いたカードを見比べながらリアヌが感心して言うと、近くにいた20歳代の女性がカードをのぞき込んで口を挟む。


「でもあなた16歳でしょう?まだ、発展途上よ。私は84点だったけど、25歳だからもう伸びないところだったわ。だから『活性化処方』でどのくらい伸びるか楽しみだったけど、あなたと同じ102点よ。でも、100点以上というのは天才の部類らしいから十分なはずよ。

 あなたシンガーと言う名なのね。あなたはとんでもない天才だわね。私はセイラーよ。ぜひお知り合いになっておきたいわ。同じ特別枠の一人として、よろしく」


 そう言って差し出す手に、シンガーは一瞬たじろいたが気を取り直し、握り返してリアヌを紹介する。

「え、ええよろしく。あ、あのこちらはリアヌ。友達です」

「ああ、リアヌね。よろしく」

 彼女らも互いに手を握る。


 このようにして、シンガーとリアヌはセイラーの友達とも知り合いになって交友関係を広げることができた。

 ちなみに、宿舎の部屋は自由に選べたので、シンガーとリアヌは互いに隣の部屋を選んだ。彼らの部屋の床にクッション材を引いており、シングルベッドと勉強机と椅子に小さなクローゼットでほとんど一杯の狭い部屋であるが、どの部屋も窓がある。


 左右の壁は遮音性能がある程度はあるので、普通の会話程度は響いてこないが、叩けば響く程度である。彼らの部屋は1階であり、上の部屋の生活音が心配されるところであるが、2階の床はかなり高い遮音性能があり、よほど2階で暴れない限り問題ないようだ。


 また、幸い彼らの入った部屋は東向きなので、西日は当たらない。リアヌにとってはその部屋に住むのは、一時的といっても狭すぎて不満はあったが、スラムに近い住宅街でボロボロのもっと狭い部屋に住んでいたシンガーは、真新しい部屋に大満足だった。


 また、体を洗うのは、国ではシャワーもなく水浴びだけだったシンガーと、毎日シャワーのみだったリアヌだった。ところがこの基地では、大きな風呂に沢山の人と一緒に入るというスタイルだ。

 これは、イスラムのバングラディッシュにはない文化で、最初は戸惑った。だが、恥ずかしさに耐えて一度入ると、2人とも毎日入れる快適さに虜になった。


 大食堂は、5つほどのメニューから選んで自分で取りに行くスタイルであるが、栄養学的にも十分考えられ味も吟味されたものだった。

 さらにいくつものデザートを選べるので、とりわけマクドナルド程度がごちそうだったシンガーにとっては、食事の時間が待ち遠しくてたまらない毎日になった。


 このように、宙航船での1日の旅とともに、シンガーにとってはホウライへの旅に出て以来の日々は彼女にとって極めて快適な生活になった。

 ところで、彼らの仕事は先ほど述べた西京市の市街建設であり、アズマ建設の従業員として働くことになる。しかし、会社側はシンガーら特別枠の者はその潜在能力には大いに期待はしているが、実務経験には期待していない。


 会社は、彼らを現在建設のツールとして使っているInformation Communication Technology (ICT)の技術の根幹まで理解した職員にしようとしているのだ。ICT建設の手法は固まっていて、装置もマニュアルもそろっている。


 だから、配属された日本人職員は使うことはできるが、その仕組みを理解しているわけではなくマニュアルの通りに使っているのみである。仕組みを理解できるレベルの人を数人配置する必要があるが、その数は少なく、引手数多で常駐はできない。


 そこで、頭脳が優秀であることが解っているメンバーに、それを理解させようということだ。現場と現場事務所に一日中出かけていく同僚を見ながら、シンガー、リアヌにセイラーを含む10人は、毎日電子工学の座学とコンピューター操作の訓練である。訓練では、2日に1回理解度チェックのテストがある。


 2週間目で7人は能力が不十分ということで、コースから外されて建設班に回されたが、シンガー、リアヌにセイラーの3人は残っている。だが、彼らは結局いち早く理解したシンガーにその都度教えてもらいながらの残留である。


 アズマ建設としては、別にそれでもかまわない。一人完全に理解したものがいて、他は教えてもらいながらも、仕事をこなせるならそれでもいいのだ。彼らには、会社が彼らの能力に満足すれば当面給料を2倍にすると伝えており、最も金に執着のあるシンガーのモチベーションになっている。


 ICT技術の講師を務めている、中田康はシンガーを評価して言う。

「あの子は凄いですよ。今までの講義の内容は完全に理解しています。多分予定の3か月でオペレーションは彼女を中心に回りますよ。7人は外しましたが、彼女にもう少し時間をかけて教えさせれば、彼らも機能すると思いますよ。ICTを理解した人材は何人でも欲しいでしょう?」


「ほお! 君のお墨付きなら確かだ。してみると、『特別枠』は正解だったね。うん、言う通りICTを本当に解っている人材は何人でも欲しい。シンガーか。可愛い娘だけど、大当たりだったな。大事にしなきゃいかんな」


 それを聞いたアズマ・新ヤマト建設㈱社長の西村浩二はニコニコして応じる。その後、小学校しか出ておらず、スラムに住んでいた少女は、ホウライ州の建設事業のキーマンの一人として活躍することになる。

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