第50話 亜大陸ホウライの開発2

 亜大陸ホウライは、面積153万㎢で東西に2900㎞も伸びていて細長く、複雑な海岸線である。過去2年のデータのみであるが、はっきりした四季があって、夏の気温が22度から30度、春秋が10度から20度、冬が0度から15度といったところだ。 

<ホウライの図:https://39938.mitemin.net/i676186/>


 年間雨量は1800㎜余りで最低でも月100㎜あって、それほど大きな変動はない。従って灌漑施設にそれほど力を入れる必要はなく、都市部では10万人以下の人口では地下水で水需要には事足りるということだ。


 ちなみに、惑星新ヤマトの自転周期は22時間と10分、公転周期は420日と3時間である。1時間、60分に時間単位は動かしたくないので、1日は割り切って22時間とした。だから、新ヤマトでは1日22時間のサイクルで生活することになる。


 そして、10分の半端な時間を調整するために、133日に1回うるう日が生じることになる。一方で、1月を30日にしたので、年間は14か月になっており、7年に1回うるう年が生じることになる。


 ホウライは全体に地形がなだらかであり、山地にも険しい地形が少ない。最高峰は平均海水面から3502mであるから、富士山と同じ程度であり姿も似ている、ということで名前はホウライ富士となった。


 あの姿ということは火山であるのだが、どうも噴火したのは相当古い年代らしく、斜面の浸食が進んでいるためその姿は荒々しい。火山はホウライのあちこちにあって、煙を吐いているものもある。ということは、地震もあるはずで構造物は耐震設計は必要だろう。


 まず都市としては、東西に細長い地形を考慮して、中央と東西に中心になる都市を配置することにした。これが中央を中京市、東が新東京市、西が西京市であって、基本的に内陸の湖のほとりに決定された。これは力場エンジン機が主要な移動・運搬手段になった現在では、都市を海岸に置く必要がないという判断である。


 それに、たぶん地震があるであろうこの新ヤマトでは海際は津波の恐れがある。一方で、当面の所要産業の一つと目されているのが漁業である。海生生物については、相当に念を入れて調べられており、食用可能な魚類や甲殻類その他の宝庫であることが分かっている。


 一方で、地球における漁業資源は細まる一方であり、その状況において健康に良い水産物への地球世界の需要は継続的に増加している。

 このために、日本は輸入を加えても国内の需要を満たすのも難しい状態になってきて、価格は上昇の一途をたどっている。だから、新ヤマトにおける漁業資源に水産関係者の関心が集まるのは当然である。


 地球における水産資源減少への懸念は水産会社は無論、数多くの漁民も高いが、これは資源量の減少のために効率が悪くなり、そのため価格が高くなって需要が減るという循環になっている。


 その一方で、A型バッテリーの登場で、小型漁、船の駆動はほぼモーターになって、政府のセルの励起への設備の充実と費用の補助制度もあって燃料費にあたる部分は大幅にコストが下がっている。


 しかし、遠洋漁業ではA型バッテリーによる駆動では厳しく、力場エンジンに換装することになるが、経営的に厳しい者が多く、その投資に耐えられない者も多くいた。個人経営の漁民には高齢者が多く、エンジンからA形バッテリーへの換装が必要になった時点で、引退したものも多い。


 政府は、2028年時点で残っている50万人の漁業従事者の雇用を守るためもあって、漁民のホウライへの移住を促進するために、無利子の漁船や現地への家屋購入の制度を定めた。


 2028年時点で日本の年間漁獲量は440万トン、輸入が260万トンで合計消費量は700万トンに達する。政府は国内では遠洋漁業は取りやめ、栽培漁業を中心にして、国内漁獲高250万トン、輸入は50万トン程度として、残りを新ヤマトからの移入にする計画を立てた。


 ちなみに、政府は憲法を改正してさらに法を整備して、新ヤマトは日本国内の扱いとして新ヤマト星区と名付けた。ホウライは従って、日本国、新ヤマト星区ホウライ州と名付けられて、順次開発の都度住所も定められることになっている。


 その法制度によると、惑星新ヤマトは丸ごと日本政府の所有となっており、あるシンクタンクの試算ではその価値は200兆ドル、2京円になる。現在の日本政府及び自治体の負債は、順調な国内経済と、日銀所有分の国債を政府に移管した結果700兆円になっている。


 だから、すでに日本政府の財政危機を言うものはいないが、それに加えてこの途方もない資産をどう国民に還元するか議論を呼ぶことになるだろう。その、ある意味一方的な日本の惑星領有の法制化は、日本のみならず、アメリカ・イギリスも行っており、3国が示し合わせてであることは明らかである。


 それに対して、国連の場では大きな問題になったが、日本同様にアメリカとイギリスも自国民以外の人々を大幅に受け入れることは表明した。それを反映して、すでに惑星開発に途上国を中心に大々的に人員の雇用を始めており、それを梃に各国に働きかけているので、国連での反対は知りつぼみになった。


 しかし、3国がこれらのことができたのは、結局は日本と深い同盟関係にあって、早めに他の国が手に入れることのできなかった重力エンジン駆動の宙航艦と転移装置を手に入れることができたためである。


 財政難という意味では程度の差はあっても、3国とも同様であったものが、惑星の領有化で一気に切り抜けることができたのだ。イギリスは元々比較的友好的であったが、アメリカ政府は日本に対して相当に隔意を持っていたものが多く、敵対的な政策も出されていた。


 しかし、今回惑星の領有化ができたのは、日本が宙航艦と移転装置を供給してくれたからに外ならない。アメリカ政府や指導者層もそのことを理解して、最近では日本への敵対的な政策は影を潜めた。


 ちなみに、惑星領有化を言い出したのはイギリスであり、その後根回しをして国連の議決をあいまいに済ませた主役も彼らである。流石に国際政治の達者さは半端ではない。しかし、この前例をそのまま放っておくと、各国が惑星分捕り合戦を始めることは疑いない。


 それは結局、地球の国々による戦争の危険性が極限まで高まることであり、国連としては看過できない。そして、国連は日本とアメリカを除けば、宇宙において他を圧倒できる戦力を持っている。


 国連の者たちは米英日の身勝手さを非難しながらも、今後の国あるいは組織による惑星の占有を禁じるしかなかった。まさに、核保有国がある一方で、新たな国の核保有を禁じてきた核を取り巻く情勢と同じ構図である。


 話が逸れたが、こうした政府の制度と、ホウライにおける漁業資源の公表によって、移住に手を挙げた漁業者は10万人を超え、家族を入れると30万人を超えた。

 それに加えて殆どの漁業会社、水産加工会社が水産基地・工場の建設に名乗りをあげた。移住する漁民は比較的若い層で家族持ちが多いために全体の人数は多くなっている。


 このため、政府は漁業都市として、西、中央、東の西海市、中海市、東海市の3つをそれぞれ建設することになり、都市基盤及び漁民の住居を整備することになった。漁獲を行う会社の基地、水産加工会社の工場などは各会社が自分で建設する。


 また、漁民には漁船が必要であるが、漁船についてはモーター駆動、力場エンジン駆動でそれぞれ3つの標準タイプを揃えて、各人が選べるようにした。また、すでにこうしたタイプを自分で持っている者は政府が輸送費を負担することになっている。


 新しい船もどのみち地球で作って運ぶので、どちらでも大差はないのだ。

また、水産関係以外にも林産の2都市、鉱業の4都市の基盤整備を行うことになっている。林業・鉱業については、素材をある程度加工して地球に運ぶことになっている。例えば林業の場合には、最低丸太に加工し、鉄の場合は銑鉄までといったようなものだ。


 水産業や林業について述べたが、ホウライにおける初期の主要産業は農業である。それも日本が輸入に頼っている、小麦、トウモロコシ、大豆などの他大規模畜産も計画している。砂糖の原料の甜菜についても温帯で栽培できる品種が開発されているので、ホウライで大規模に栽培する予定にしている。


 そのため、大規模な平原がある中京、新東京、西京の周辺に10㎞四方100㎢を一単位として大規模に開発される。農民は現状で10万所帯以上が移民を希望しているが、この場合の特徴は、農業の経験のないものが数多く、農業専業者として移民を希望していることだ。


 さらに、企業が農場を経営したいという案件も多く、これらは輸出も視野に入っている。個人経営の場合の農場には基本的には1家族20haであり、この場合1区画100㎢について500世帯が入るので、100世帯ごとに集落を形成するという予定になっている。


 現状のところでは当面5万㎢の開発が発注されて、農場整備と灌漑設備及び集落建設がその工事範囲に入っている。畜産は当面は企業経営に任せることになっていて、1万㎢が割り当てられて、その整備も企業に任されている。


 ホウライの場合には、数年のデータではあるが降水量が多く年間を通じて降雨が平均的であるために、灌漑設備の必要性は低い。しかし、川や湖を利用した最低限の灌漑設備を整備している。


また肥料については窒素肥料として硝石、リン酸鉱、塩化カリウムの鉱脈が衛星による資源探査で見つかっている。ただこれらは、惑星新ヤマトのホウライ以外の大陸と島である。


 一方で、ケイ素と石灰石としてのカルシウム資源はホウライに豊富にある。このため、窒素肥料は大気中の窒素を化学的に合成し、リンとカリウムは原子変換によって作り出すことになった。


 このように、ホウライの主要産業は農林水産業に鉱業であり、それらを精製して地球へ輸出する素材までにするという工業も含まれる。これらは高度に機械化・自動化されるので、住民の所得は高くなるが、一方で雇用人数は多くはない。


 これらの生産と雇用者に伴う、流通・商業及び様々なサービス業を含めて、おおむね今後10年後の雇用者は1千万人程度と推定されている。人口としてはその2倍程度であろう。従って政府としては、ホウライの人口を5千万人程度を見込んでいるので、さらなる上積みを考える必要がある。


 その一つとして考えられているのが観光である。ホウライは美しい島であるが、それに加えて丸々一つの惑星があり、大部分は当分手付かずであり、力場エンジン機を使えば、好きなところを観光スポットとして開発できる。


 観光業というのは機械化・自動化しても比較的人を多く必要とする業界である。政府としてはホウライの開発に並行して、観光業を新ヤマトの経済の大きな柱にすべく企画中である。


 ちなみに、これらの地名を暫定的にということで名付けたのは、調査を指導・実施したK大学のグループであったが、なんのひねりもない安直な命名であると評判が悪かった。

 しかし、地名というものは呼び慣れるとそれが普通になるもので、結局それらの名前は定着してしまって正式名になった。


 日本政府主導のホウライの開発は、もたつく国連、アメリカやイギリスをしり目に恐るべき速さで進んだ。これは明らかに日本が宇宙開発に使う機材の圧倒的なNo.1の製造国であること、さらに綿密な調査に基づいてきちんとした計画を立てたことが大きい。


 加えて、日本には数多くのゼネコンがあり、彼らがすでにICTを駆使した建設に熟達しつつあったこと、さらに『処方』を受けて若返った、数多くのベテラン技術者を動員できたことも極めて効果的であった。


 とりわけ、バングラディッシュをはじめ、ケニア、インドネシア出身者などの数多くの比較的未熟な技術者・職人などを使う場合に、こうしたベテランの存在は効果的であった。


 ところで、このような日本人以外の人々は、基本的に開発事業終了後は、本人は無条件に、家族は審査後にホウライに受け入れる予定である。その場合の国籍は日本国新ヤマト星区ということになる。


 バングラディッシュから来たシンガーとリアヌは、中京市の建設を請け負ったアズマ建設㈱に雇用された。正式雇用ではあるが、アズマ・新ヤマト建設㈱の所属である。宿舎は貸与で、食事は大食堂で摂り材料費程度を徴収されることとなる。


 彼女らが配属されたのは、西京市の建設現場であり、着いた時点では藪が切り開かれて10㎞四方程度が整地された赤茶けた土地の隅に、2階建てのプレハブハウスが立ちならんでいる状況であった。


 西京市は、長さ30㎞で幅が10㎞ほどの巨大な西京湖の東岸に位置しており、周囲は平たんな地形で灌木の林が点在する大草原である。

 北に200km行くとニッケル・コバルトなどの大規模な鉱脈のある西山市、南東180㎞の位置に漁業基地である西海市が建設される。そしてその間には10㎞四方の農業区が当面10か所建設されるようになっている。


 シンガーとリアヌの乗って来たヤマト3-15号は、その整地された裸地に着陸して、乗って来た約5千人の人々を下ろした。2人の少女は夢中になって迫ってくる地上の映像を見つめていたが、そこにはホウライ州と呼ばれる緑の亜大陸の全景が小さく見える。


 そして、地上が迫ってくると西半島と呼ばれる、西京市の位置する南北に400km、東西に300kmもの広大な半島が迫ってくる。半島の中央部には大森林に覆われた山地があり、その周囲はなだらかな平原になっている。


 バングラディッシュも平たんな地形であるが、あらゆる場所に人々がひしめき合って暮らしているのに対し、眼下の景色は野生動物はいるらしいが、全く人はいない処女地である。それに、今後建設する市街地の西側に広がる広大な湖の水面が緑の大地の中で美しい。


 シンガーがスクリーンを見ながらリアヌに言う。

「きれいねえ、それにあの半島だけで私たちの国以上の面積があるのよね」


「ええ、だけど、たぶん着陸するのは、宙航艦が3隻着地していて、周りに資材を積み上げているあたりでしょう。だから、見ての通りに今は人が住むための何もないわ。今から自分たちで作っていくのよ。多分、ほらあそこに立ち並んでいる仮設の家に住むのよ。しばらくは楽ではないでしょうね」


「うん、それはそうよ。仕事は楽ではないわ。でも食べるのは保証されているし、あっちの何倍もの給料がでて、なにより、あの大地に住めるのよ。私は楽しみだわ」

「いいわね。シンガーは前向きで……、私は今まで学生だったから不安が大きいわ。でも社会人の先輩のシンガーにいろいろ教えてもらうわね」


「ううん、ここでは私の経験は役に立たないと思うわ。一緒に学んでいくしかないのよ」

「うーん。まあそうね。ここではこの船に乗っている5千人の人たちは皆同じ条件よね」


 彼らは着陸した船から降りて、あたりを見渡して深呼吸をした。季節は春であり、足元は土を削った状態でその土のにおいがするが、国ではいつも感じていた、そこら中にあったゴミの臭いはしない。


 太陽系の太陽より少し黄色が強いこの恒星系の太陽がまぶしく、青空が鮮やかで高く、空の色を映して目の前の湖がその周囲の緑と美しいコントラストを見せている。それは彼らには全く新しい光景であり、今後が楽しみになる景色であった。


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