第49話 亜大陸ホウライの開発1

 新ヤマトと命名されたみずかめ座ε星の第2惑星であるが、日本政府は発表したように新ヤマトの開発を日本の手で行うが、移住する日本人の割合を50%以下するとした約束を守ろうとした。


 だから、ホウライの開発は政府発注として建設会社に請負わせたが、作業員の2/3以上は指定した途上国の者を選ぶという条件を付けている。これは建設会社にも悪くない条件である。それは、一つには間違いなく安い賃金で人を雇えることがある。


 しかし、そうした人材を雇うにはそれなりの手間がかかるが、対象の途上国にとっては国連の宇宙開発プロジェクトは周知のこととなっていて、その募集が始まっているという状況がある。だから、現地における基本的な地ならしは済んでいて、その上に現地の日本大使館の援助を受けられるという好条件もある。


 従って、比較的高い水準の人材を集められることが期待できるのだ。ただ、個々のゼネコンの手でこれを行うことは手に余るので、企業連合を形成して募集・選定に当たった。


 一方で、日本のゼネコンからの募集は、現地の人々にしてみれば、人気が沸騰している異星での仕事に高給の職が保証されている。しかも、工事竣工後は、家族も含めた2親等以内の惑星ヤマトへの移住も可能になっている。


 しかし、一定以上のスキルと経験があるか、または一定以上の才能の持ち主であることという、なかなか厳しいハードルが待ち受けている。そして、そのハードルを越えたもののみが選ばれて現地に行けるのだ。


 バングラディッシュで、シンガー・リハビトはドキドキしながら乗船を待っている。ここは首都ダッカ近郊の広大な工場団地の空き地であり、そこには日本のゼネコン企業連合のチャーターした巨大な旅客船が着地している。


 そのヤマト3-15号は、全長が200m、幅40m、高さが18mの3層構造の船で、乗り込みは地上2mに張り出したデッキに接続した斜路で行う。明るいブルーで塗られたその巨体は、その色のおかげもあってそれほど人々に威圧を与えない。


 定員5千人のヤマト3-5号は、ほぼ一杯の人数でニューヤマトまでの21光年を移動するが、光年単位の転移には時間を要さない。

 だから、必要な時間は、地球から1千万㎞の太陽系内の転移点までの移動、さらにみずかめ座ε星の星系内の新ヤマトまで同じく1千万㎞の転移点から目的地ホウライまでの移動に要する時間のみで、おおむね1日弱で到着する。


 シンガーは16歳で、この乗船の直前まで小さなホテルの食堂のウェイトレスをしていた。彼女は、父親を知らずに育ったために、義務教育の小学校5年間のみの教育しか受けていない。しかし、成績は常にトップクラスであったものの、教師に惜しまれながらも11歳で働き始めるしかなかった。


 彼女は、自分の頭脳が人より優れていることは解っていた。そして、様々な技能を持った人々が貧しいこの国の中でも、豊かな暮らしをしていることを知っていた。自分は、美人でもないし、愛想もよくないので、人に好かれる方ではない。


 だから、自分の取り柄は頭だということは自覚していて、上の学校にいけないのは解っていたので、小学校から、必死に英語の勉強をしていた。また小学校卒でもありつけた小さな食堂のウェイトレスをしながら、必死に金をためてスマホを買った。


 英語力を生かしてその操作に熟達して、人に操作方法を教える。さらに、ちょこちょこ通訳を勤める。加えてスマホを使って情報を集めてその情報を売るなどして小金を稼いで、母と2人でまあまあな生活をしていた。母は最近商店主の老人の愛人に収まったが、彼女に金を無心してくるのは変わらない。


 そのスマホに、日本のゼネコン連合から、日本政府が開発するニューヤマト開発工事の職員募集の広告が入った。普通は小学校卒のシンガーでは応募できない。しかし、その中に『特別枠』という募集があり、年齢16歳上30歳以内で学歴・職歴不問となっている。


 その特別枠の第1次審査は、ネットで送る問題を自分で解いて結果を送ることであるが、問題が英語なので英語能力が必須になる。問題自体は基本的には知能テスト的なもので、合格点はIQ換算で125程度なので相当厳しい。


 ウェブ試験合格後は、バングラデシュの大都市を中心とした、5か所の会場に集められて、パーパーテストと面接の試験がされて、合格者の約4千人が決まった。試験は英語または日本語で行われるので、ここでも英語は必須である。


 シンガーにとっては英語が得意なこともあって、さほど難しいという試験ではなかった。彼女が合格したら絶対に行こうと思ったのは、見習い期間後の日本の大学新卒レベルの給料もさることながら、働きながら大学までの教育を受けることができるという点である。


 彼女が聞いたところでは、『特別枠』の合格者は120人余りであったそうだ。ゼネコンにしてみれば、現地ではドローンを使った3次元測量と自動重機や建設ロボットを組み合わせたITC建設になる。そこには単純労働者はほとんど不要であり、一定以上のベースの能力とスキルが必要であり、日本人の大卒でも半分は適応できない。


 特に『特別枠』の合格者は、英語能力に加えて日本においても基礎的な能力として上位5%程度のレベルを求めており、当初は合格者が出るかどうか危ぶまれていた。


「ふーん、120人合格したか。まあ、ウェブで試験を受けた数は230万人だったからね。現地試験で1/3にしての数だからね。バングラで『処方』を受けたものはまだ殆どいないはずだから、生の能力だよね。

 日本でこの基礎能力があれば必ず頭角を現しているはずだけど、バングラでは『特別枠』で受験するしかなかった状況に置かれていたわけだ。もったいないことではあるね」


 バングラでの選抜の責任者である加藤哲也が、結果を見ながら言うとサブの三橋美恵子が応じる。

「ええ、バングラの一人当たりのGDPが2500ドル、わずか14.7万㎢で日本の40%の国土に、1億7千万の人口ですからね。まあ、知能的にはそれほど日本人と変わりませんし、今回の合格者程度ではさほど突出して目立たないのでしょうね。

でもこの程度の基礎能力があれば、現地では役立ってくれるでしょう」


「ああ、バングラ人は真面目でよく働くということは認められているようだからね」

「うん、だから千人は参加ゼネコンの今までの伝手から採用されていますからね、今までの働きを認められているのでしょうね」


 シンガーと並んで、宙航機の発進場所に来て知り合いになった同じ16歳のリアヌがいる。シンガーはボロボロの大型ハードバッグを持っているが、リアヌは新品の布バッグを2つ持っている。

 2人の家庭環境は相当異なり、シンガーは母子家庭で育って一人っ子の小学校卒であるが、リアヌは高校在学中で公務員の両親と働いている兄2人がいる。


「リアヌは高校に通っていて、なんで試験を受けたのよ?」

「だって、私はもともとニューアースに行きたかったのよ。だけど、ニューヤマトの開発の方が早いようだし、職が決まっていて住むこともできるなんて最高でしょう。

 どのみち我が家も大学に行かせてもらうほど余裕はないから、絶対この試験に受かった方がいいわ。知ってる?この『特別枠』の試験は天才発掘試験と呼ばれているのよ」


「ええ?天才発掘!そ、そんなー」

「そうよ。私はその合格者の55番だったわ。全部で120人だから真ん中くらいね。だけど最年少の16歳よ。シンガーあなたは?」

「私?え、その、3番よ」


「3番!シンガー、あなた、小学校しか出ていないのよね?」

「え、仕方がなかったの。母さんが……」

「ふーん。それで、お母さんはどうするの?」

「母さんは、もう再婚したからいいのよ」


「でも、その再婚って、だったら中学校でも行けるのでは?」

「う、ううん。それは聞かないで。私は一人で生きていくしかないのよ」

「ふーん。でもあなたは小学校を出て働いていて、最年少でしかも、合格者の3番ということは多分実質は1番よ。少なくともこの国の何本かの指に入る頭脳を持っているのよ」


「でもニューヤマトの現地に行って、評価されるのはどれだけ役に立つかよ。頑張り次第だと思うわ。ちょっとだらしないお母さんで、お父さんのことも良く分からないけど、ちゃんと努力すれば身につく頭を与えてくれたことには感謝しているわ」


「ふーん。シンガーも苦労しているわね。私もあなたがそれほど優秀なのは心強いわ。現地では一緒に頑張りましょう。友達として、今後もよろしくね」

 リアヌがニコリとして差し出す手を握り、シンガーはにっこり笑って言う。


「うん。こちらこそよろしく。あ、私たちの番のようね。さあ乗り込みましょう」

 シンガーが言う通り、時間を指定されて集まった彼らの200人ほどの列が動き始めて、斜路を登っていく。リアヌを送ってきた家族は、この空き地を囲んでいるフェンスで止められてそこで別れを告げている。


 近い将来超空間通信が可能になるという話があるが、それでも当分は回線はごく限られるようなので、地球とのやり取りは、手紙又はニューヤマトとの連絡船で運搬したメモリーでのやり取りになる。


 大型バッグを引いた彼女らは、見上げる宙航艦の巨体から伸びている斜路を登り、エレベーターに乗る。リアヌの2つのバッグは重そうなので、シンガーが押す手助けする。


「ありがとう。でも、シンガー、いつ帰るかわからないのに荷物が少ないわね。支度金が出たでしょう?」

「ええ、もちろんもらったけど、現地では食事付きらしいし、向こうではお金は要らないでしょう?だから母にあげたわ。さすがにこの服と下着は買ったけどね」


「うーん。あなたも苦労しているわね。まあ給料も出るから大丈夫でしょうよ」

 彼女らは入口で大型バッグを預けて、代わりにタグを受け取り、支給されていた小型の手提げバッグのみを持ってエレベーターホールに入る。エレベーターに乗って上がった彼女らの席は2人とも2階であった。


 そこは高さ3.5mほどの明るい緑っぽい色の大きな空間で、高さ2.5mほどのパーティションでいくつもに仕切られている。エレベーター付近では、50人ほどが使える立ち席のカフェテリアがあり、分かれている区画に各々30基ほどのシートが設置されている。


 各シートは2つが1セットになっていて、簡単な仕切りがある。感じとしては航空機の長距離便のビジネスクラスのシートである。2人が割り当てられたリクライニングシートは当然離れている。なので、リアヌがシンガーと一緒に彼女の席に行って、通路を挟んだ反対側の青年に話しかける。


「あのー。申し訳ないのですが、よろしければ、この席を私と代わっていただけません?この子が友達なんですが、こっちの席なもので、できれば一緒に居たいのです」

 席に着いたばかりだったその青年は、にっこり笑って応じる。


「いいですよ。僕はどこでもいいですから。でも、できれば君のような美人の隣がいいけれどね。ハハハ」

 そう言って、リアヌから交換にチケットを受け取って快く代わってくれた。


そうやって、席について落ち着いたところで、シンガーが席の周りをあれこれ触って感嘆して言う。

「うわー!たった1日の移動なのに立派ね。スクリーンがあって、ビデオ・ニュースが見れるし、このシートはなんと真横になるのよね」


「ええ、お爺様が言っていたわ。ビジネスクラスのシートがこんな風らしいの」

 国内便の飛行機に乗ったことのあるリアヌに対し、初めてのシンガーにとっては巨大な宙航機の中は驚きに満ちていた。


 出発までの1時間、早速2階の中をこわごわ見て回り、カフェテリアに行って、無料のコーヒーを飲んで喜んだ。また、席の前にあるスクリーンを操作して喜び、シートを動かして喜んだ。


 それを見て、リアヌはシンガーが心理的に地上から解放されつつあるのだと思う。彼女の父が、今回の彼女の挑戦については彼なりに調べたらしい。『特別枠』の試験については素晴らしく考えられた試験であると言っていた。


 最初は国から、数千人のものを募集するという話が日本大使館からあった時には、バングラ政府としてはかなり強く政府から、人材を薦したいと申し入れたらしい。だが、ゼネコンの企業連合はそれを断ってきて、自分達で選抜することにこだわった。


「まあ、信用していないのだな。今回の企業連合の募集の条件は非常に良い。給料は日本の若手並みのもので、しかも能力次第で日本人と同等に扱うという。さらには、特別枠のように働きながらではあるが、大学までの教育も与えるというからね。

 加えて、ニューヤマトへの居住が可能になるわけだ。まあ、我が政府が選ぶとなると、あっという間に有力者の近親だらけになる。


 彼らは断って正解だよ。それにしても、リアヌが特別枠に入ったのは素晴らしいことだ。なにしろ最年少であり、230万の中から選ばれたわけだから、すごいことだよ。でも30人以上は義務教育の小学校卒らしい。

 つまり彼らは全く習わなかった英語を自由に操り、天才並みの能力を発揮したわけだ。彼らに教育の機会を与えず、しかるべき立場も与えなかったということは国として恥だね」


 父は苦笑してそのように言った。その意味で、シンガーは特別枠の年齢制限の下限の歳である。それほど優秀な彼女を母子家庭とはいえ、進学をさせず働かせた母親というのはどういう存在であろうか。


 多分シンガーは、経済面だけでなく精神面でも苦しい生活をしてきたのだろう。それから、解放されたという思いが、彼女をあのようにはしゃがせているのではないか。リンガは少々痛ましい思いで新しい友人の様子を見た。


 2人にとっては、25時間余りの旅は快適そのものであった。飛行機のように加速感もなく、乗り物に乗っている感覚なしの静かなBGMなかで過ごす時間が過ぎていく。

 その間、スクリーンで去っていく地球の美しい姿、新たな太陽であるみずかめ座ε星の姿、近づくニューヤマトの青と緑の姿を堪能した。さらには、前から見たかった映画のビデオも観ることができた。


 食事については、3回提供されたが、区画ごとに運ばれる小さなコンテナに収められた弁当と飲み物である。リアヌにとってもめったに味わえないものであったが、シンガーにとっては始めて味わう美味しいものであった。

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