第2話 ロシア、全方位に領土をむしられる

 一連の騒ぎのなかで、ロシア政府機関からの公式発表は長期間なかった。これは後で判明したことであるが、ウクライナの反攻宣言はある程度の予想はついていた。しかし、核の無効化については、彼らの完全に予想の外にあって対応が後手に回ってしまったのだ。


 つまり、ロシアはウクライナの反攻宣言に対しては核の脅しを表に出して、それを止める気であった。さらに、アメリカ大統領の核無効化の話は完全にブラフであると考えていた。


 だから、キーウへの核攻撃はウクライナの反攻宣言に対して、相手がそういうならと大統領のエグザイエフが意地になった。彼は半ば核を実際に使う決心をしていたのだ。それが、核を積んだ極超音速ミサイルの発射であった。


 しかし、発射したミサイルの核弾頭が爆発しなかったことは事実である。それはそれで大きなショックであるが、自分達ロシアの事情を知っているものにとってはほっとすることであった。彼らにとっては数十万の人々を核で殺した場合には、ロシアに対しての、世界の包囲網は恒久化するという思いがあった。


 そして、ウクライナ侵攻後の1年ほどで分かったことは、ロシアとて世界を敵に回しては生きてはいけないということである。その点は、あらゆるものを真っ先に手に入れられるエグザイエフには本質的に判らないことである。


 アメリカの、核の無効化のためというミサイル攻撃は結局防御できなかった。だが、その結果は基地が物理的に破壊されたわけでなく、数十基のアメリカのミサイルが基地の上空を通過した後自爆して墜落したのみである。


 だから本当にアメリカが主張しているように、核弾頭が無効化されたかどうかは判らない、そこで、アメリカが通知したように、3ヵ所の基地の弾頭の核物質の放射線量を計った。その結果は明らかにその放射量は下がっており、弾頭が無効化されていることが確認された。


 そして、数日にしてウクライナから押し返されたロシア軍は国境を超えて、ロシア領に戻ってしまった。つまり、ロシアの侵攻は完全に失敗したのだ。更には、通常戦力は殆ど枯渇し、国力の源泉であった核戦力は無効化された。


 その上に、戦争に莫大な資源をつぎ込んだ結果、国庫も金塊の備蓄以外は事実上空であり、国際的な包囲網にある今、あらゆるものが外に売れず、入ってもこない。唯一物資をロシアに売っていた中国も、アメリカから大幅な輸入規制をかけられるに及び輸出をストップしている。


 ここにおいて、エグザイエフと彼の一派が国内を抑えられる限度を超えた。町々で合計では数百万の人々が街頭に出て、軍や警察あるいは役所を襲い始めたところで、まず犠牲を押し付けられた軍が反旗を翻し、次に治安維持を担う情報管理部署が続いた結果、エグザイエフを拘束した。


 しかし、それに呼応するように、ロシアからの分離独立の動きが起きた。それは、ロシア極東連邦管区の中心都市であるハバロフスク市においてのことである。サビライ・サリミカヤ極東連邦管区長が、同志である極東軍司令官アジゾフ中将に命じて、まずモスクワに忠実な幹部連など反対派を拘束した。


 サリミカヤは、55歳で容貌は東洋系に近く、650万人ほどの極東連邦管区の6割を占める原住の人々との混血である。その意味ではアジゾフ中将も同じ混血であるが、彼はロシア人に近い容貌である。


 彼等や同じ立場の者達は、純粋のロシア人からは露骨ではないが明確に差別を受けており、よほど優秀でないと幹部になるのは難しい。その意味で、サリミカヤは極東の最高権力者になったのであるから、極めて優秀であったということになる。


 彼は、旧ソ連の共産主義の伝統を強く受け継いでいるロシアの社会及び政治体制に漬かってはいる。だが、ロシアという国がどんどん相対的に地位を落とし、今後回復の余地がないこことを自覚していた。


 そして、人口1億5千万を超えるロシアの内の、極東地区の立場の小ささも良く自覚している。率直に言って、極東地区の役割はロシアの資源供給基地であって、資源を効率よく採取して中央に送るのみで、それ以上ではない。


 だから、極東に住む住民は資源採取して送り出すのみのために存在するわけで、予算の配分も結局そのためのみであって、将来のために産業を興すなどのことを行う余地がない。


 しかし、彼は同時に寒冷ではあっても広大な極東地区のキャバシティも信じている。だから、彼は主として日本と接触して商社などを招き投資を促してきたが、それなりの成果が出はじめた所だった。


 そこに、ロシアによるウクライナ侵略が始まった。サリミカヤはその報を聞いた時思わず、「なんという、馬鹿なことを!」そう叫んで持っていた書類を床に叩きつけたものだ。


 祖国であるがロシアレベルの国力で、それなりの面積と人口を持つウクライナを侵略して、占領して統治することは実質核で脅すほかはない。そして、それは西側の全面的な経済封鎖に遭う可能性が高い。


 そう思い悩んで経過を見守ると、予想通りの動きである。そこに中国と日本と組んだアメリカの使者が来た。どちらもウクライナ戦後を睨んでの、分離独立の誘いである。


 しかし、彼はロシアと同様に、世界から切り離されようとしている中国と組む気にはなれなかった。その意味では、未だ世界のリーダーであるアメリカと、商売ベースでは組む相手として魅力ある日本の組み合わせは有望だ。


 ウクライナの戦局を見て、サリミカヤは腹を決めた。彼は密かに仲間を集めていったが、それには戦局の悪化で極東から引き抜いていかれる戦力をみて、ロシアの将来に見切りをつけた者も含まれる。


 そして、日本とのその駆け引きの中で、日本が核無効化の技術を開発したことや、安価かつ無限のエネルギー源を開発しつつあることなどを聞いた。軽々に信じられないことであるが、核無効化が事実であれば最後の一押しになる。


 何と言ってもロシアは核大国であり、分離独立の動きをした場合には、ロシア指導部は躊躇いなく反抗した都市に核兵器を使うだろう。それが無効化できて、アメリカの手助けがあれば、ロシアの軍事力など怖くない。


 そして独立後に日本の積極的な投資があれば、彼らが望む北方領土というちっぽけな島々を返すことはなんということはない。極東にも核ミサイル基地は3つあり、それらの上空をアメリカのミサイルが通過したことは極東軍が確認している。


 そして、ハバロフスク郊外の核ミサイル基地には、その後直ちに極東軍から調査部隊が送り込まれ、核弾頭の放射線量が減少していることが確認された。その知らせを受けたサリミカヤは、準備して待機していたテレビ放送で直ちに独立宣言を発した。


「極東ロシアの諸君、私はサビライ・サリミカヤ極東連邦管区長である。皆もすでに知っての通り、ロシアは、ウクライナに攻め込んだ挙句敗れた。しかも、先ほど確認したが、ロシアの核兵器はアメリカの言うように無力化された。


 その結果として、ロシアは世界からの経済封鎖に見舞われ、人々は不景気と物質不足に苦しんでいる。現大統領のエグザイエフは早晩排除されるだろうが、その後も長く混乱は続くだろうし、経済的苦境はまだまだ続くだろう。


 私は知っての通り、この地区の現住の人々の血を引いている。彼らは国家という意識をもたず、ばらばらに生活していたために、容易にロシア人に征服され、結果として大部分が混血している。私もその一人であり、いわゆるロシア極東地区の多くはそのような混血の者である。


 私もそうであるが、純粋な原住の人々や混血の我々は多かれ少なかれ差別されてきた。そして、それはこの極東地区そのものが差別を受けている。わが極東地区の人々の平均収入はモスクワ周辺やヨーロッパ地区に比べ、20%ほど低い。


 ここ極東は、十分な投資が得られず、貧しいままに置き去られている。まして、愚かなエグザイエフの決断によって、ウクライナ戦争を始めてからは余計である。そして、ロシアのより貧しい状態は今後長く続くであろう。


 それは、ウクライナが世界の後押しのもとに、ロシアが一方的に攻め込んで与えた莫大な損害の賠償を求めるだろうからである。その状況下において、この極東地区がより厳しい苦境に陥ることは確実である。


 従って、ロシアの一部として差別され、利用されてきた我々は分離独立して、独自の歩みをするべきではないかと私は考えた。この場合にはアメリカと日本が独立の手助けと独立後に開発の援助をすることを確約している。


 わが極東連邦管区の700万㎢の面積は膨大であり、その森林、鉱物などの資源が豊かである一方、人口はわずか650万人である。今までは適切な開発資金が投じられなかったがために、不当に貧しい状態で置かれていたのだ。

  

 日本は、我らの地区の資源と広大な国土は非常に魅力的で、多くの投資の対象があると云う。しかし、不実なロシアの一部ではいつ裏切られるか判らず、投資は躊躇っていたと云うのだ。


 したがって、私は両者の手助けの元、さらに私を支持してくれる多くの同志の協力の元に、この極東連邦管区の独立を宣言する。そして、その名前を『シベリア共和国』としたい。

 どうか、新たなシベリア共和国の国民たる諸君、この独立を支持してほしい。そして共に努力して豊かな暮らしを手に入れようではないか!」


 すでに、独立の話を知っていた人々はもろ手路を挙げてこの宣言を歓迎したが、秘密に準備を進めていたために、多くは初めて聞いた者達であった。しかし、元々中央に対して反感を持っていた人が多く、冷静に考えてサリミカヤの云う独立が最善と思うようになった。


 そもそも、民主主義が根付いていない国であるロシアにおいても、極東の独立を叫ぶ人々はいた。元々ロシア人はウラル山脈の西にしか住んでおらず、極東に住んでいたのはモンゴル系のアジア人であった。その意味でウズベキスタンやカザフスタンと似た立ち位置であるが、違っていたのは希薄な人口密度である。


 現在においても、広大な極東ロシアの人口は650万人にすぎないことを考えれば、国を形成するほどの人口はなかったことになる。そして、極東はロシアではあくまで資源の供給源であって、総体的に貧しい状態に置かれており、その原住の人々の血を引くもの達は歴然と差別されている。


 この地域にもテレビ・新聞はあり、中年以下の人々はインターネットを使うから、彼らは情報を世界から取り入れている。そうなると、被差別の人種として、自分の立ち位置を不満に思うようになるのは当然であり、元々の住民である自分たちの土地、極東の独立という運動は自然に出てきた。


 ただ、簡単に警察が政府の意向で市民を拘束し、マスコミが政府に統制されているロシアにおいて、それは当然ながら地下に潜ることになる。地元民とのハーフであるサビライ・サリミカヤ極東連邦管区長にも、そうした独立勢力からの接触はあった。だが、ロシア政府の中での“出世”に懸命であった彼は関心を示さなかった。


 そもそも、極東が独立を宣言したところで、配備されている戦力を自分のものとしても、中央の戦力と戦えば鎧袖一触であって実現性はない。それに、ロシアであれば、その武力を使って独立を叫ぶ市民を弾圧することに躊躇いがないだろう。多分、必要と思えば都市に核ミサイルを撃ち込むくらいのことはするはずだ。


 しかし極東連邦管区長という“あがり”の立場になった彼は、その経済・社会のあり方を深く知るにつれて、改めて極東がロシアから収奪される地域であることを実感した。それでも、ロシアが今後豊かになる可能性のある国であれば、極東も少なからずおこぼれに与る。


 しかし残念ながら、徐々に世界に社会・技術の両面で世界に置いていかれていたロシアには、その可能性はほぼ無いに等しい。その上に、今回のウクライナへの侵略戦争である。


 しかし、極東ロシアは寒冷であっても、人口に比して広大な国土と莫大な資源があり豊かになることは十分可能である。とは言え、極東が豊かになるためには、資源の採取と持ち出すための輸送用途のみでなく、民生産業やインフラに係わる社会投資が必要である。


 だが、貧しいロシアはそこからの収奪しか考えていない。そこから導き出される答えは“独立”である。そして、そのためにはバートナーというかスポンサーが必要である。そして、その相手としては、隣国であり経済大国かつ資源小国の日本は理想的である。そう考えて、進出している商社を通じて日本政府に接触を図ったのだ。


 そこに、アメリカも一緒になった独立の誘いである。独立後の安全保障の面では日本では心もとないが、アメリカが加われば完全であるものの、ロシアの持つ核兵器がやはり引っかかっていた。それも、『無効化』という手段が現実化すればもはや躊躇うこともない。


 このサリミカヤの宣言に対して、ロシアの中央はエグザイエフの粛清のごたごたもあって動きがとれず、様々なチャンネルを通じての脅しはあったが、具体的な行動は取れなかった。一方で、アメリカ・日本の他50ケ国余りが3日以内に独立の承認を行った。

 

 この独立宣言に対して別の形で動いたのは中国であった。彼らは、独立宣言の1週間後にアムール州に攻め込み、1週間で州の大部分を占拠して領有化を宣言した。かれらの言い分は、清の時代に奪われた領土の奪還であるという。


 また、ウクライナは、クリミヤ半島の奪還を1週間で済ませ、ウクライナ系の住民も多いロシア領ロストフ領も、その大部分を1週間で占領して領有化を宣言した。これに対して、ロシアはもはや抵抗する戦力が無かった。


 そして、これらの事象は核無効化に起因でするのである。だが、それはある日本の地方大学が後の歴史の主役になる少年を見いだして、彼を育てて共に人類最大発見と言われるある理論を確立し、その応用を見出したことによる。


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