第43話 北朝鮮崩壊

 北朝鮮は、中国の民主化によって危機に立たされた。とは言え、その前の核兵器無効化に時点で命脈は尽きていたのだが、中国の前政権が延命させてきた。


 中国は、北朝鮮を核を持った無法者に位置づけて、西側各国の目を逸らすのと、けん制に使ってきた。だが、中国が新しく権力を握った楊政権により中華共和国となって、民主化して西側と歩調を合わせるという決断した時点で、この国が単なる邪魔者になった。


 もっとも中国と厳しく対立していたアメリカは、180度政策を変えた楊政権に対して当初警戒を緩めなかったが、中国はアメリカの市場を必要としている。そこで、アメリカは楊に対して、踏み絵として世界の頭痛の種であった北朝鮮の始末をすることを要求した。


 これは、実は中国にとってはそれほど難しい話ではなかった。中国は、長く北朝鮮に入り込んでその実態を知っていたから、どこをどうすれば政権を交代させられるかをよく承知していた。


 しかも、その国内では乏しい国力を振り絞って開発してきた核兵器が、すでに無用の長物と化していることは、軍のみならず一般国民にまで大きな不満になっている。

だから、しかるべきところを少しつつけば直ぐにでも体制は崩壊する。


 とはいえ、政権の崩壊とともに、飢えた難民が国境を越えてなだれ込んでくることは望むところではない。とは言え、北朝鮮に関して第一に責任を持つべきは、同民族であり、憲法で北も自分の領土であると規定している韓国である。


 しかしながら、韓国は北と長く敵国として対立してきた。その間に兄弟国あるいは手下の国として面倒を見てきたのはロシアであり中国である。その意味では、ロシアが退場した今、中国が面倒を見ること自体には合理性はある。


 アメリカは中国に声をかける段階で、無論韓国にも責任を持つべきとの声をかけている。しかし、現在アメリカと韓国の関係は冷え切っている。韓国は日本の度重なる警告にかかわらず、事後法によって自国内の日本資産を取り上げた。


 その結果、後戻りのできない断絶の関係になった。その後、頼る相手がなくなった事にようやく気付いた韓国は、アメリカに日本の代わりの保証人の立場を求めた。だが、アメリカもこの間の日本との経緯はよく承知しており、韓国の行為はアメリカの戦後処理を否定するものであることを承知していた。


 したがって、韓国の要求に従って日本をたしなめることもしなかったし、自ら保証等の労を取らなかった。そのため、韓国は本当の意味で自分の国際社会の立ち位置を知ることになる。結果として、融資、輸出入の信用保証が高率になって、収支は大きなマイナスになった。


 加えて、日本に起こった様々な技術革新において、隣国であるにもかかわらず最も遅い導入にならざるを得なかった。また、半導体における日米台の戦略的合同生産に乗れなかったために、電子産業も凋落して年々GDPが減少する状態に落ち込んでいる。


 そのため、世界の最貧国の北を抱えて、その経済を発展させるような余裕は全くない状態になっている。実際に曲りなりにも先進国を名乗って、言論や行動の自由を謳歌している韓国と、抑圧国家の北では、あまりに人の考え方や行動様式が違っていて統一には数十年オーダーの年月がかかるだろう。


 このこともあって、韓国は北朝鮮の政権打倒への係わり及びその後の経済援助を拒否した。日本の国際社会への働き掛けもあって、韓国の国際的な約束の軽視などの身勝手さはすでに国際的に知れており、この場合の身勝手も結局見逃された。


 中国は、韓国との交渉は諦めて、現政権の打倒及び新政権の樹立までは行うので、その後の経済発展については、国連のスキームを使うことで合意を得た。


 北の将軍様である朴ヨンサムは、自国の置かれている状況は知っていた。そもそも核無効化装置が開発されて、ロシアは核兵器が無効化された挙句領土をむしり取られた。それと共に、米軍は韓国駐留軍を大幅に削減し、韓国軍に核無効化装置を供与した。


 勿論、日本は無効化装置によって国土を守っているので、北の核が有効なのは、西側と対立していたため、核無効化装置を供与されなかった中国しかなかった。その時点で、軍の若手から政権へのクーデターの動きが出たが、それは粛清によって抑え込んだ。


 また、中国も当面は静観の姿勢を見せているので小康状態ではあるが、軍や公務員・事業者・国民の全てが指導者への不満を高めているのは明らかである。朴は亡命を目論んだが、残虐な圧政者として悪名の高い朴を受け入れる国はないため断念せざるを得なかった。


 中国主席の楊は、北朝鮮と交流のある軍人や事業者、政治家に、北の軍実力者、若手の改革グループ、政権内の実力者に接触させ、朴及びその一族を見限ることを約束させた。これらの指導者にとって、中国からの話は渡りに船であった。


 自分達でクーデターを起こそうにも、狡猾な指導者の朴が縦横に巡らせた諜報網は把握しきれていない。皆自分と家族の命は惜しいから、命の危険は冒したくない。なにせ、朴は自分の叔父を大砲でばらばらにするような処刑をした人物である。


 この点では、北に石油や食料、工業製品・部品などの様々な必需品を供給していて、その首根っこを掴んでいる中国には『将軍様』も逆らえないのは常識である。その下工作のもとに楊主席は朴の下に、外務大臣黄ジュンシを特使として送った。


「朴閣下、閣下はもうこの国を去った方がよろしいのではないでしょうか?」

 黄は挨拶の言葉を交わした後に、朴に直球で話を持ち出した。黄は、朴が亡命先としていくつかの国を打診したが断られたことを知っている。


「うむ……。あの忌々しい核無効化装置が無ければ……。くそ!」

「そういうことです。我が国とて同様です。営々と築いてきた核戦力が、一夜にして無価値になり下がったのです。世界は急速に変わっています。核無効化装置だけではありません。

 常温核融合によって、石油・石炭が燃料としての価値がなくなっていますし、電力や熱源が圧倒的に安くなっています。力場エンジンによって、海を進む船の大きさの飛翔機が大量の荷を積んで空を移動しています。


 一方で国際連合は大きく変りました。積極的に人権侵害と規定する時事に介入すると宣言しています。また、彼等の軍は、地球を1時間で1周でき、強力なレールガンを備えた巨大な艦を持っており、介入を実行する実力があります。

こ れらが、ミャンマー軍とアフガニスタンのタリバンを、あっという間に無力化したのはご存じでしょう?貴国が見逃されているのは、強制収容所の秘密が今の所は固く守られているからです」


 黄は言葉を切って、肥え太った独裁者の顔をじっと見る。

「ふむ、では貴国は私と一族の亡命先の場所を提供してくれるのかな?」

「はい、雲南省にこのような別荘があります。聊か不便なところですが、F型の飛翔機があれば何と言うことはないでしょう」


 黄は持っていたブリーフケースから資料を取り出して、朴に渡す。朴はそれを熱心に読んでいたが、やがて息を長く吐き出す。

「うむ、50人位は暮らせるな。では、そこに行くまでの護衛と現地の警備は貴国でやってもらえるのだな?そしてその辺りは契約書にして貰えるな?」


「ええ、そうしますよ。聞き分けよくして頂けたので、楊主席に良い報告ができます」

 その後、彼らは契約書を作り、朴一族は脱出の準備を始めた。


 国家財産でもある金の備蓄100トン余りを飛翔機に乗るだけ持ち出そうとしたが、すでに中国側が手を打っていて、朴一族の命令が通じない警備兵の配備のために手を付けられなかった。


 結局一族28人の持ち出せた資産は、現金として米ドルが2千万ドル、1千万ドル相当のダイアモンドである。また、その他に様々な銀行口座に合計5億ドル程度の預金がある。


 朴の出国は民衆にも知られて、脱出のため宮殿の前の広場に駐機している飛翔機の周りには、2千人以上の群衆が集まって抗議したが中国が警備兵を出して守らせた。ただ、その光景は、朴一族に二度と国には帰れないことを知らせるに十分であった。


 朴一族の出国後、当面中国は北の政権のNo.3にあった白シュジュンを首班とする政府を立ち上げ、直ちに国連軍の戦争犯罪を扱う監察隊を含む国連の諸機関や、国際NGO、さらに海外のマスコミに対して国境を開いた。


 彼等が真っ先に向かったのは、招待所と称する拉致被害者が閉じ込められた場所と、全国に4か所ある強制収容所である。北朝鮮のその関係者は、これらに係わる資料を廃棄しようとしたが、それは中国の特殊部隊が入り込んですでに没収していた。


 国連軍の監察隊は、強制収容所内に飛翔機で乗り込んだ。そして、各建物を調査して看守など職員を拘束し、危篤状態に近い健康状態の200人余りを発見した。このため、連れてきた12人の医者と看護士では足りず、韓国から20人、中国から25人を改めて連れてきている。


 そして、拷問や虐待、栄養不足のため健康状態を著しく悪化させている3250人を解放したが、500人以上は病院に入院しての加療が必要であった。さらに、記録から収容所で死去した者が2万7千人を超えることが判った。


 その恐るべき実態は、基本的に収容者を生きて出すつもりはなく、看守の気まぐれで男は足や腕を切断して脱出を不可能としている場合もあり、若い女は看守の性奴隷として扱われていた。そこで5年以上生き延びる者はまれであった模様だ。


 招待所には、各国の拉致されてきた人々32人が収容されていた。ここでの彼らは、強制収容所ほどの虐待はないが、北朝鮮の生活に適応しなかった人々であり、終わりのない収容に精神を病む者が多く、日本人で生き残っていたのは2人であった。


 収容所に看守と管理していた者達は、全て捕らえられ、今後収監されていた人々の証言に沿って最高刑は死刑まである裁判にかけられることになる。この悲惨な収容所の実態は世界に広く報道されて、逃げた朴一族を捉えその罪を問うべきという大合唱が起きた。


 国連軍は、収容所の状況があらかた判明した状態で直ちに出動して、中国政府から場所の通知を受けた雲南省の家を封鎖して一族全員を捕らえた。封鎖中に、前将軍様の朴は中国の外務大臣の黄に電話して抗議している。


「こ、黄、話が違うじゃないか。国連軍が我々を捕らえようとしている。お前は、いや契約は我々を保護するとなっているじゃないか?」

「うむ、そうだ。我が国を含むあらゆる国の権力から、我が政府がお前の一族を守るとなっておるな」


「え、では、なぜだ?」

「国際連合は国ではない。国を超越した権力だ。前はそうではなかったが、今は事実国を超越している。そういうことで、国連の決定にわが国は異を唱える気はない。お前たちが居なくなって、北朝鮮で何が見つかったか知っているだろう?

 お前を非難の大合唱だ。我が国が、それに逆らっても良いというメリットをお前は提示できるか?」


「ううむ。騙したな!」

「だました訳ではない。お前たちが、あれほど悪辣なことを強制収容所で行っているとは知らなかったのだ。世界中から非難されるようなことをやらせたお前が悪い。切るぞ!」


 そう言う黄は、衛星電話を切って横にいる秘書官の祭に笑い顔を見せる。

「ははは、黄閣下よく言いますね。最初からその気だったくせに」


 祭がそう言うがその通りで、予め強制収容所の状況を掴んでいた黄は、その余りにひどい状況に朴を助ける道は無いと思っていた。しかし、大きな虐殺などの犠牲なく北朝鮮を開かせるには、朴に亡命を受けさせるしかないとも思っていた。


 そして、朴の亡命の試みは知っていたので、中国が一旦受け入れその後、捕らえて裁きを受けさせるべきと思って段取りを組んだのだ。まずは去っていく彼らに、民衆が怒りを見せて帰ることはできないと思わせる。


 さらに、強制収容所が此れまでに残虐なことをやって来たという記録を公開することも必要だ。さらに、出来るだけ早く国連とマスコミを入れて、収容所の有様を世界に広く広報することで、国連軍が朴一族を確保する大義名分をつくることだ。


 まあ、北朝鮮に残しておけば、多分一族は子供も含めて皆殺しになっていただろう。それが、朴本人を含めて3人から4人の死刑で済むのだから、一族全体にとっては幸せな方だ。


 それに北朝鮮は、国連の貧困脱出プログラムに入るから、うまくいけば10年で1万ドル以上のGDPになるはずだ。なにしろあの圧政に耐えた民族だから、北朝鮮の国民は素直で我慢強く、かつ基本的な教育を受けている上に勤勉だ。


 黄は、人としては南と北を比べると北の方が好みだ。南はすぐに要求に応じるが、その約束は後で言を左右して翻すので全くあてにならない。都合の良い時はすり寄ってくるが、自分が優位となると途端に傲慢になる。その意味では、北の者は一般に素朴で約束は守ろうとするし、言い訳が少ない。


 黄は、元々北が南に吸収される形は取らない方が良いと思っていた。現状ではあまりに生活水準に差があるから、間違いなく南の者が北の者をさげすみ虐げるだろう。それは我が国の東北から南に住んでいる朝鮮族の扱いを見れば分かる。


 その意味では、独立国として国連の支援を受けて徐々に豊かになっていく方が、彼らの誇りと精神のためにもずっと良い。それにしても、我々の政府が西側に組みしたのは本当に良かった。


 前の主席は、台湾はともかくアメリカ、日本、東南アジアの国々全てを敵に回して、何をしたかったのかさっぱり解らない。軍に予算をつぎ込んで威嚇しても、アメリカを中心とする西側には敵わない。


 事実、技術革新で兵器を一新した日本単独に完敗してしまった。しかし、あの敗戦は結果としてよかったのだ。お陰で前主席を排除できたし、合理的な楊閣下が主席に座ることになった。そして、なにより限定されてきた新技術が流れ込んでくるようになった。


 今は、凄い勢いで核融合の発電、熱出力機が導入されていて、北京の空も随分綺麗になった。それに、F形飛翔機のお陰で、輸送が楽になったので広大なウイグル・チベット地区の開発も進んでいる。なにも地元のものを虐めなくても、共に豊かになれば良いのだ。


 一時は我が中国は、ロシア北朝鮮と共に世界の敵になりつつあった。だが、古代大帝国を築いた我が先祖は鷹揚で、周りの国に文化を伝播する存在だったのだ。その意味では、人権と言い立てるアメリカ・ヨーロッパの白人連中の過去やって来たことは何という悪辣なことか。


 しかし、世界の世論は彼らが作ることは事実だ。我が国は今後マイルドに、しかし言うべきことは言うという形でやっていきたいものだ。今後宇宙時代になっていくことは事実だろう。


 その時代に、あのカケルのいる日本と、より密接に同調していくのが私の役割だ。

心の中で決心して、拳を握る中華共和国外務大臣である黄であった。


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