第46話 ナガラ帝国の解放

 国連の安全保障理事会で、ナガラ人の帝国を隷属状態からの救出が決議された。彼らの惑星イールズの周辺には、国連が有人のUSスペース3宙航艦を張り付けて2ヵ月以上かけて、惑星への降下、住民への聞き取りを含めた調査を行い、様々なことが判明している。


 まずは、イールズ星には大きな大陸が3つあり、サイラスという最も居住性の良い大陸にナガラ帝国があり、帝国人民7億人が住んでいる。彼らがナガラ人と名乗っており、国の名前もナガラ帝国、世界をイールズと呼んでいて国連はそれを採用しているわけだ。


 他の大陸にそれぞれ2億人、3億人が住んでいるが、大きな国はなく地球の中世の文化状態でとどまっていて、互に閉鎖的な状態で文明化は遅れている。その意味ではナガラ帝国の発達が圧倒的であり、すでに蒸気機関の利用は終わって内燃機関利用の段階である。


 すでに、水力、エンジンにより電気を起こし、電気の利用についても照明、モーターの活用で産業の機械化、家庭への電化製品の普及も進んでいる。ラジオは庶民に普及し、富裕者はテレビも視聴していた。


 さらに産業の基盤である製鉄は、高炉・製鋼炉が実用化されて安価な鉄が出回っているので、生活・産業に鉄を惜しみなく使うことができる。さらには燃料のために石油精製から石油化学工業が実現しているので、様々な化学製品が普及している。


 その中に火薬の精製も入るわけで、100万人の兵力のナガラ帝国軍には連発小銃、大砲、様々な榴弾が配備されていた。ただ、飛行機についてはすでに発明されて、実用されているが、まだ速度は200㎞/時、航続距離が100㎞以下のレベルであった。


 このように、ナガラ帝国は概ね地球の第1次世界大戦のレベルにあったわけである。ちなみにナガラ人は、1000年ほどの歴史を持ち、鉄器や農作において近隣から並外れた技術を持っていた優位性から徐々にその支配範囲を広げてきた。


 それが、200年ほど前に、「征服帝」と呼ばれる優れた皇帝が出現して、大陸の半分ほどをその勢力下に収めた。

 そのころには大型帆船と羅針盤の開発がなされ、それを使って他の大陸まで船を送り探検していった。しかし上陸した地の多くが、マラリアや様々な風土病が蔓延していて、船員に多くの犠牲者を出すことになった。


 さらに、現地で会ったそれらの土着の人々が、帝国は無論サイラス大陸の他の国々に比べても遥かに貧しく、遠路を航海してまで征服するメリットを見いだせなかった。このため帝国政府は他の大陸を向けての航海を取りやめることになった。


 帝国の判断は、海の彼方を目指すよりも、サイラス大陸全土の領土化を目指した方が良いということになった。更にその頃、様々な技術的な発明・発見相次ぎ、それらが実用化されて産業革命が起き、軍備も一気に近代化された。


 これらの革新に沸く帝国の、躍進する経済力、加えて圧倒的に軍事力によって、大陸の他国は、到底帝国には敵わないと思うに至った。そのため、自主的に傘下を入ることを選ぶ国々も相次いだ。


 それでも、抵抗する国も多かった訳だが、それらは大量の鉄の生産力と化学的に作る火薬の大量生産を背景に軍部を充実させる帝国に次々に飲み込まれていった。

 大陸の覇者としてのナガラ帝国は、産業革命を進めながら急激に大きくなった帝国領内の内政に没頭した。50年を超えるその努力によって、大陸の沿岸部には鉄道が巡らされ、何本もの横断鉄道も敷設された。


 更には、汎用されるようになった汽船による沿岸航路が出来て大量の貨物輸送に使われて、帝国の隅々までその文明の灯りが届くことになった。

 丁度その頃である。2隻のアーマラ帝国の送り出した恒星船が、2年の旅を終えてイールズ星へたどり着いた。


 彼らは、小型原子炉を実用化して、熱媒体から電力に転換する技術を持っている。その電力を力場エンジンの動力に使っているので、核燃料を持っていれば、非常に長い加速を行うことができる。


 1ヶ月以上の加速で光速に近づけて飛行し、目的地では再度逆の加速を行って速度を落とす。このようにして、彼らは1.5光年の旅程を越えてきたのだ。彼らは、数万年の歴史を持つ古い種族で、惑星はすでにマーマラ帝国に統一されている。


 この長い歴史を持つ民族は長い血塗られた歴史を持っていて、幾多の敵を滅ぼすことで今の統一皇国を築いている。そのため、その性格は苛烈で、残虐に振舞うことも躊躇わない。だから必要とあらば、平気で相手を全滅するまで戦うという気質が培われた。


 彼等は、地球レベルの科学技術はすでに持っていて自由自在に活用している。これは、翔が変革する前の地球であれば、むしろ技術的に負けていたレベルである。

 武器に関しては、力場を使った砲が実用化されていて、レールガンの半分くらいの弾速を出すらしいので決してあなどれない。また、ミサイルに関しては通信の傍受では良く解らないが商用兵器と見做されていない模様だ。


 しかし、決定的な武器は、やはりトリチウムを使ったいわゆる水爆を含む核爆弾であり、力場で撃ち出すものと、ミサイル搭載の両方による利用方法だと言う。

 彼らが、遥々航海してきたのは核燃料の不足によるものだ。原子炉でプルトニウムを作る高速増殖炉を実用化して、限られたウラニウム資源の延命に勤めてきたがすでに限界である。


 アーマラによるイールズ征服の第一歩は、マグラと呼ばれる小型の力場エンジン機で惑星全域の調査を行った。ナガラ帝国は、進んだ兵器を装備し、恒星を渡って来たアーマラの2隻の艦と12機の戦闘機に全く歯が立たなかった。


 多分その兵員は、わずか500人程度であったとされているにもかかわらずである。あたかもスペイン人ピサロに対するインカ帝国の如くであった。

 何しろ、空は彼らの戦うテリトリーではなかったし、射程外の数千mの上空から地上めがけて降って来る爆弾に対処すべき方法を知らなかった。それでも彼らは戦った。地上での戦いではある程度の損害を与えているようだ。


 しかし、その報復が2つの都市の原爆による30万人ほどの死者であった。また、帝国の首都に同じ攻撃をすると宣告されると、降伏の要求を受け入れるしかなかった。かくして、アーマラ遠征部隊によって、ナガラ帝国は支配されることになった。


 しかし、当初その支配は緩やかなものであった。なにしろ、征服者はたかだか500人足らずであり、それで7億人をコントロールしようとしても行き届いた支配は不可能だ。ちなみに、アーマラの到着から半年後、彼らが支配を始める段階では、アーマラはナガラ語をマスターしていた。


 アーマラ人は、帝国の直接支配をすることは避け、帝国は存続させた。そこで、支配者として勝手に土地を占拠したほかに限定的な要求を行った。まずは、彼らの居留地として、帝国の高級住宅街を占領して、住居の改修と高い塀を作らせ、彼らの住居区を作った。


 さらに彼らが選んだ食料を帝国に供給させ、数千人の下働きの者の派遣を帝国の負担で要求した。彼らの要求の本命は、ウラニウムの採取であった。これは、ナガラ人には無用の金属であり、その存在も知られていなかったが、アーマラ人が探し出したのだ。


 彼らの監視のもとに、彼らが持ってきた採掘機械を設置して採掘を始め選鉱する。そしてそれを彼らの宇宙船に積み込むまでをやらせた。さらに彼らは自分達にも母星に持って帰るだけの貴重品である金を要求した。


 加えて、帝国と貴族の持っていたもので、彼らが値打ちがあると考えたものは全て取り上げ、さらに既存の鉱山の更なる増産を要求した。

 ちなみに、異星人であるアーマラ人は哺乳類ではあり、そのために体つきは男女で大きな差がある。船に乗ってきた乗員は、ほぼ男女同数であったようで、船内で生まれた子供も少数いる。


 肌の色は白いが、全身がうっすらと毛におおわれ、全員が赤の剛い毛髪があるが大きなぎょろりとした目の上に眉毛はなく、代わりに突起がある。顔は四角で、大きな口にはごつい歯が生えそろっている。

 身長は高くごつい体つきであり力も強く、運動神経は優れている。これだけの文明を生んだのだから、知性は高くそれをあらわして額が広く高い。


 ところでアーマラ人の性器は、地球人と同様なナガラ人とは大きく違い、ナガラ人とは生殖は無論、性交自体ができない。このため、異民族支配に普通にみられる強姦、性奴隷化などのことはアーマラ人とナガラ族の間には起きていない。


 一方で、ナガラ人は地球人で言えば北米の先住民に似ている。肌色はやや薄い褐色であるが髪は黒か灰色であり、目は一般に大きく彫は深くないものの整っている顔立ちだ。女性は日本人から見れば体は均整がとれて胸が大きく美人が多い。身長は地球人で言えば日本人並みで、動きは機敏で知能は地球人と大差はない。


 このアーマラ帝国のナガラ帝国への侵略と征服、そして支配による、人々に対する精神面での影響は大きく、皇帝の権威を著しく損ねた。しかし7億人の帝国の人々にとっては、土地の収奪、人の駆り出し、資源の収奪と言っても全体からすれば僅かであった。


 500人足らずの征服者の存在は経済・社会面では実質的な変化は殆どなかった。しかし、問題は徐々に大きくなってくる。異星人により監督される帝国の役人、異星人の屋敷に帝国の経費で雇われた者、鉱山で働いていた者、いずれも簡単に暴力を振るわれ、重傷を負うもの、場合によっては死ぬものがでている。


 アーマラ人相互においてもそれは散見され、よく階級が下の者が殴られている。これは、帝国から恐る恐る抗議しているが相手にされていない。さらに問題であったのはウラニウム鉱山で働いていたものが、放射能症を発生して、多数の死者が出ていることである。


 これには、アーマラ側も困って、頻繁に人員を入れ替えることで対処しているが、健康を害するものは防げない。こうして、少数のアーマラ人に7億のナガラ人が支配される社会構造が始まった。しかし、半年後に1隻の鉱石や金を積んだ恒星船が出発していき、1年半後には10隻の新たな恒星船が到着したのだ。


 それから50年後、ナガラ帝国のアーマラ人はすでに100万人を超えて、極めて大きな存在になっている。アーマラ帝国は、ナガラ帝国を廃止はしていないがアーマラ総督府を作って、直接支配を始めている。彼らは貴族であり、ナガラ人をこき使いながら、のらくらしてナガラ人を監督し働かせる存在である。


 こうなると、ナガラ人にも反抗的な者が多く出てきて、すでに『ナガラ独立戦線』ができている。とは言え、武力が隔絶しているため、彼らは目立つとすぐに空からやられるので、こそこそ隠れながらの活動である。


 地球からの調査隊は、ナガラ人と接触しての聞き取りでこの組織の存在を知り、接触することに成功している。ちなみに、ナガラ帝国はすでにテレビ放送は開始していたので、ナガラ語の放送も存在し、ナガラ語もすでに翻訳機が出来ている。


 さらに、調査隊は、アーマラ人についても数人の捕虜を確保していて、聞き取りを行っている。調査隊はアーマラとナガラの2言語の放送、本の入手、さらに聞き取りなどを総合して、これらの情報をまとめている。


 技術・軍事的な面では、注目すべき点として、アーマラ帝国は恒星間通信技術を持っていて、1.5光年離れた母星と交信できる。これが判った時には、国連では大騒ぎになってすぐに翔に知らせて来た。


 その原理は、通信そのものは電波によるものらしいが、空間の隙間を潜り抜けるようなものらしく、送り手と受け手にそれぞれ装置が要るらしい。


「はー、なるほど!なんで気が付かなかったかな?僕も抜けているね。解かった、大丈夫です。こっちでも出来ますよ。ただ、問題はそれが出来たということは、アーマラ人が空間転移の技術を開発するのはそんなに遠くないですね。要注意だ」

 それを聞いた翔は、そう反応して、報告した笠松理事長は呆れた顔になった。


 しかし、実際に翔は1ヶ月後には空間通信機を開発して、各宙航機に供給した。そして翔の言葉は、地球がアーマラ人を無視できないもう一つの理由になった。

 軍事面では、アーマラ帝国は惑星イールズに移民船に使われた恒星船を12隻配備している。これらには、核爆弾の力場投射器を4基設置しており、100㎜程度の口径と思われる力場砲を6基、更に誘導ミサイルを10発程度備えているから、相当な戦力である。


 また、宙航機として使われる力場エンジン機を120機持っていて、力場機関銃と誘導ミサイルを4発備えていて、核弾頭のミサイルも使える。これらの戦力はほぼすべて、ナガラ帝国のあるイールズ帝国対象に配備されている。


 さらに、地上兵器としては力場戦闘機200機をもっていて、大気圏内のみの運用をしている。地上軍は1万人、小銃に力場砲、各種りゅう弾を装備している。

 他大陸のこの惑星の人々をアーマラ人は無視している。これらの人々は、多少文明は進み、帆船による航海時代に入っているが、イールズ大陸に近づくものはアーマラ人によって撃沈されている。


 アーマラ人にとっては、これらの人々は遅れすぎていて、支配するには手間が掛かりすぎるので、相手にしないということらしい。彼らにとっては、ナガラ人7億人の被支配者で十分ということだ。


 このように、情報面で相手を丸裸にした状態で、国連軍は行動に移った。

最初に、惑星イールズにおいてナガラ帝国の解放宣言を行う。これはギャラクシー3号とその艦載機のコメット6基を編成とする強行偵察隊が実施した。


「惑星地球を代表する世界連合は、アーマラ帝国の強欲かつ残虐な行為に対し強く非難し、以下宣言する。

 貴帝国は、惑星イールズに一方的に攻め込み、そこにあるナガラ帝国の人々を奴隷化している。それは、貴帝国の人々の用いる物品を一方的に代価なしに取り上げ、人々を強制的に徴収して自分の都合で働かせ、しかもその段階で故意に痛めつけ虐待していることで、このことは明らかである。

 とりわけ、放射性物質の鉱山や精製工場において、放射能の危険性を知りながら、何の対策も取らず働かせ多くの犠牲者を出している点は極めて悪質である。

 従って、我が地球は、貴帝国に対して直ちに惑星イールズにおける、ナガラ帝国への占領行為を止めることを要求する。さらに、惑星イールズから引き揚げて母星に帰りなさい。24時間以内に、受諾の回答が無い場合には実力で上記を実現するための行動を開始する」


 この宣言は、調査隊が宇宙空間からテレビ回線に入り込んで、調査隊長の仁科大佐がテレビ画面上において口頭で読み上げた。またその際には、画面に宣言文の書類を見せているので、アーマラ総督府はビデオを再生して読むことができる。


 設定した時間を過ぎて、まずは威力偵察を実施した。調査によって、アーマラ帝国のイールズ派遣軍の戦力は解かっているが実力が解らない。核兵器は核融合爆弾であっても、中心の核分裂反応を止めてしまえば無力化できる。


 だが、危険なのは動きの遅いジーラムと呼ばれる大型の植民船より、マグラと呼ばれる戦闘艦である。しかも、その加速力、力場砲の実際の弾速や射程、力場エンジンのコントロールと力場砲の照準技術、ミサイルの速度や精度・射程などは正確には解っていない。


 これは、マグラを見つけて挑発するしかない。と云うことで、コメット3-2号が、地上から上がってきたマグラ機に呼び掛ける。さらに、自分の機体の位置を探知できる電波を発信する。

 国連軍のこれらの機体は、全てステレス塗料が塗ってあり通常のレーダーでは探知はできない。


「こちら、国連軍のコメット3-2号、航行中のマグラ機に次ぐ、直ちに加速を停止して、我が指示に従え。貴機はすでに我が制圧下にある」

 コメット3-2号のパイロットのマイク・ダリーム少尉は、斜め下を加速しているマグラ機に無線機で呼びかける。


 相手は呼びかけを当然無視するが、慌てて反転しようと力場を操作する。しかしコントロールを失なって何度が不思議な運動をして、斜めに飛び去ろうとする。


 それをコメット機の機載の人口頭脳が冷静に分析結果を伝える。

「最大加速度推定2.1G、力場の管制が不完全、頭脳の能力が劣るためと考えられる」


 コメット3-2号は落ちついて相手を追いかける。相手のマグラは5分以上かけてようやく混乱を治めて、機首をコメットに向けた。距離は2㎞ほどであるから、動きが速く機体の小さなコメットを狙うのは高度な制御を要する。


 ダリームの機は、すでにレールガンの照準を付けている。しかし、ここは撃たせなくてはならない。力場によるバリヤーは全力で張っているが、レールガンには耐えられない。2分以上たって、ようやく相手が砲弾を放った。


「狙いが外れています。10m逸れます。弾速は3㎞/秒、口径は……30㎜。あれだけ時間をかけて、しかも外れるというのは管制の能力が低い」

 さらに人工頭脳は言う。

「今砲弾通過!相手を撃破しますか?」


 人工頭脳が言うように、真横を砲弾が通り過ぎる。だが、空気がないため、秒速3㎞/秒の小さな砲弾の認識は困難であり、ダリーム少尉は何かを瞬間に感じたのみであった。


「いや、止めておこう。相手に呼び掛けてみる」

 少尉は、外部無線用のマイクを取って話し始める。


「こちらコメット2-2号、貴機の弾丸を検知した。管制能力がお粗末だな。こちらが撃てば当たるが、今回は見逃してやろう。では次は戦場で会おう。

 いいか覚えておけ。俺は地球人で名をマイク・ダリームと云う。俺たちはお前たちからナガラ帝国と人々を解放するぞ」

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